私の名は赤松紅葉。
どこにでもいる普通の女の子だ。
そしてあまりに眩しい双子の姉、赤松楓の妹である。
姉は超高校級のピアニストであり、その才能は次元を超えていた。
そう、プロに近い私は理解できる。あまりにも隔絶した才能の差だ。
子供が大人に勝てないように―――それほどまでに実力差があった。
私は音楽をやめた。
文字通りの意味ではない。友達に頼まれたら弾くし、子供に頼まれてもピアノを弾くだろう。
ただ、姉と比較されそうなとき、私は絶対に弾かない。
惨めになるから。
自分の才能のなさを、姉に対する嫉妬を、音楽に対する憎しみを、
何より自分が惨めだった。
姉の楓はもう、世界のピアニストになっていた。
絶望に抗った希望は世界に愛された。
ますます、双子の出来損ないとして惨めになった。
希望という名の才能は身近にいる人を絶望させてしまう。
姉と同じ学年の友達は姉の才能を純粋に喜べるだろう。両親も同じだ。
だけど、姉と同じ立場、姉と同じように音楽が好きで嗜んでいる者にとって姉は絶望の対象である。どうあがいても勝てないという現実は多くの才能の欠片を持つ少年少女を絶望させた。
多くの少年少女は楓の音楽の才能に絶望し、屈服した。
私もそうだ。
姉は、小さい頃から才能を発揮していた。その時は嫉妬半分だったけれど、その頃にあの「人類史上最大最悪の絶望的事件」が起きた。
姉はその時、海外に居たし、事件が本格化した時にはもう連絡手段がなかった。
「超高校級の希望」である苗木誠が江ノ島盾子を倒した後、ゆっくりと世界は平和へと近づいた。
徐々に連絡手段が復活し、世界中の情報が伝わるようになった時、私は希望に絶望した。
姉はもう、私には届かない存在になっていた。
「超高校級のピアニスト」
その才能は世界に希望を届けていた。
機械の電波越しからでもわかるほどの希望の音。
姉は世界の希望になり、私は姉に絶望した。
私はもう音楽を辞めた。
姉と比較されるのが嫌だ……どころではない。
私のレベルで姉と同じことをしていることが姉に対しての侮辱なのだ。
あぁ、私は音楽が好きでなければよかったのに……。
私が姉に絶望して、数年後……。
突然になって私は誘拐された。
最初は驚いた。
けれど理解した。
彼らは私…赤松紅葉を姉である赤松楓と間違えた。
私は薄く笑い、絶望的な状況下で希望した。
もしも、彼らの前で私の才能を発揮し、認められれば…私は「超高校級のピアニスト」になれるという暗い願望が生まれた。
だから私は言った。
「はい。私は赤松楓です」
これは私への罰なのだろう。
希望がなにも不自由なく暮らしているなどと考えていたことが傲慢だったのだ。
超高校級の才能を持つ人間は才能を持つだけで、ただの人間なんだ。
彼らは赤松楓を誘拐した理由は才能を持つこと関係なく、ただ絶望させたかっただけなのだ。
赤松楓を含めて超高校級の才能を持つ者を全て。
私は彼ら超高校級と出会い、話し、私は自分勝手な人間なのだと自覚した。
彼らも失敗したり、悲しんだりしていた。
私の姉の赤松楓も世界を相手に絶望したりしたんだろう。
希望だって悲しんだりするんだ。
私だけ辛く悲しいものではないんだ。
私が見ている前でみんなが洗脳されたり、絶望されている。最後に新世界プログラムを受けようとしている。
私は、そもそも本人ではないので他人事のように私への絶望を聞き流した。
でも、これで最後。
このプログラムに入れば、私は設定として赤松楓なる。
お姉ちゃん。ごめんね。
けどよかった。
お姉ちゃんがこんな奴らに捕まらなくて……
私の希望が―――穢されなくて―――
夢のような曖昧な空間だった。
暖かい、安らぎの時間。
目を開けたら希望がある気がする。
あぁ、光の先へ、私は重たい瞼をゆっくりと開いた。
「おかえり―――赤松さん」
光あれ。
完結です。
最後ですので読者の皆さま感想などを見たりして、これまでの流れを思い返し、この作品に巡り合えたことをそれぞれの想いで振り返ってみてください。
これまで皆さんありがとうございました。
次に会うその時まで―――さようなら。