【休載】スターダスト・ノイズ   作:平井銀二

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 必ず作品紹介のタグ前書きをお読みになってから読み進めて下さい。
 読まずにご意見を言われても、当方一切関知するつもりはありません。





 プロローグにしてまさかの10,000字超え(吐血)


【序章】 西方に紅く輝く序曲
【第0話】プロローグとは何だったのか


 

「……どうしてこうなった」

 

 

 ――桜前線真っ盛りのとある昼下がり。

 

 街の名所の一つでもある3kmにわたって伸びる桜並木道では、春の陽気につられた桜が我先にと咲き乱れ、散った花びらが足元を桜色の絨毯()れと敷き詰める。時折吹きすさぶ春一番が花びらを舞い上げ……

 

 

 

 すっごい迷惑。 

 

 

 

 いや、だって視界悪くなるじゃん? 車も通る道だから、シーズン(ごと)に数回は桜の花びらによる視界不良で事故を起こすし。みんなそれを知ってて注意して走っているので、比較的軽度のものばかりで大きな事故や人身事故が起きてないのがせめてもの救い。

 

 だけど、それで桜の木が倒れると区の職員さんが喜々として植え直すんだけどさ。なんでそんな時ばかり仕事が早いんだよ。海岸沿いの道路のガードレールとか、近くの公園のトイレとか、もう3年は放置されてるんですけど。

 

 確かに綺麗っちゃ綺麗なんだけどさ。物事には限度というものがあると思うんですよ。

 普通、並木道と言ったら道の両脇に一列ずつ植樹するもんでしょ? なんで()()()()()に、しかも外側は斜め交互に2列で植えてるんだよ。桜花粉症の人に謝れ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 ――そんなアホみたいな名所がある都心部ギリギリ中心街のとあるレッスンスタジオ。

 

 話は全然まるっと変わるけど、そこで今、僕はダンスレッスンなんかしたりしている。

 情けないことに然程(さほど)激しくもない曲を一曲踊りきっただけで、激しく肩で息をし、あまりの疲労に足元もフラフラになる有様だ。

 

「う~ん、驚いた事に振付もステップも大まかな流れはほぼ完璧なのよねぇ。細かい部分は

 置いておくとしてだけど。……ついこの間まで素人だったとは思えないわよホントに。

 身体は見るも耐えないくらいにバテバテで、足元も情けないくらいフラフラだけどね」

 

「ハァ……ハァ……ほ、褒めるのか(けな)すのか……どっちかにして欲しいんですが」

 

 勿論(もちろん)褒めてるのよと言いながら完璧なウィンクを飛ばし、妖艶な笑みを浮かべているつもりなのは、僕にレッスンを付けてくれているトレーナーの萌木(もえぎ) 留美子(るみこ)さん(年齢不明)

 

 この人はコトある(ごと)に、なにかとこういった色仕掛け()な態度をとるんだけど、その年齢に見合わない容姿も相俟って中学生が頑張って背伸びをしているようにしか見えない。ぶっちゃけめんこい(可愛い)、癒される。流石は身長142cmカップサイズAA。通称・無限の関東平野。

 

「咲也くん、今何か失礼なコトを考えなかった?」

 

「いえいえ、滅相もない」

 

 僕はそんな貴女が好きなので、永遠にそのまま(合法ロリ)でいてください。

 

「え、そ、そう……? ……永遠にそのまま?」

 

 おっと、やば。

 どうやら声に出ていたようだ。

 

「はい」

 

「……えっと、それはどういう意味で?」

 

「勿論、()()()()()という意味に決まってるじゃないですか」

 

「…………咲也くん?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「……」

 

「……(ニッコリ)」

 

「……っ!///」

 

 だけど、その手の人の例に漏れず、一部の事柄については異様に鋭いので油断できない。

 隙を見て弄ろうとしなけりゃいいんだろうけど。テヘペロ♪

 

 

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

「う~ん、そうねぇ……貴方は振り付けの精度ややリズム感は良いんだけど……やっぱり問題は

 そのスタミナの無さよね」

 

 そんなこと言われたって困るんです。

 こんなことを言い訳にはしたくないけど、元々僕には生まれつき健康上の問題があって、運動とは無縁の人生を送ってきたんです。まぁ今は少しずつ回復してきてるけど。

 

 だというのに僕がこんなことをしているのは――

 

 

 

 そう、あれはおよそ一週間前のコトだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

『――うん、検査結果は良好だね。これからは無理しなければ少しずつ運動をしてもいいよ。

 普通に日常生活を送ってもいいし、友達とも遊んだりできるかな』

 

 双海という、院長先生の名前がついた総合病院のエントランス。

 検査と診察を終え、会計を済ませ、院内薬局で大量の薬を受け取った僕は、診察室で担当のお医者さんに言われた事を思い出していた。

 

「……今更そんなことを言われてもね」

 

 薬袋の氏名欄には〝向日向(むかいひなた) 咲也(さくや)〟と僕の名前がしっかりと記名されている。

 

 年齢は16歳。4月8日、花祭りの日に生まれた高校一年生。

 どこにでもいるような、ごく普通の少年……とは残念ながら正直言えなかった。

 

 何ていうか、俗に言う不幸少女……ならぬ不幸少年と言うヤツで。

 誰得だよと思いつつも、おそらく少数ながらそれなりに需要はあるらしい。

 なんの? とは訊かないでいてくれると有り難い。

 

 天涯孤独な身の上で、生まれつきの病弱・難病持ち。何時(いつ)ぞかは10歳迄生きられないとか言われつつ何だかんだ是迄(これまで)生きてきた。ついでに男の娘。何と言われようとコレ(男の娘)は不幸属性です。

 

 

 

 病名――クラインフェルター症候群。

 

 性染色体に異常があり、生まれつき病弱だったりいくつかの身体的及び精神的な異常を合併する染色体異常。それが、僕が生まれ持った人生のハンディキャップだ。

 

 通常、男性ならXY、女性ならXXとなる23対ある染色体のうちの23番目、性染色体が減数分裂によって……いや、難しい話は置いておこう。長くなるし。とにかく本来男が生まれる時にはXYになるはずの性染色体が何故かXXYやXXXY、酷い時には無数にX染色体が連なった後に最後だけYなど複数のX染色体と単数のY染色体で構成されている性染色体になってしまうことがある。これにより、肉体及び精神に様々な悪影響を及ぼす事になる。

 

 ちなみに『X染色体が通常より多いXYの人』という定義なので、医学的または生物学的には男である、ということになる。ここ大事。2回言わないけど凄く大事。超大事。

 

 まぁ、だからと言って別に不平不満を(こぼ)したいわけじゃないんだ。

 それ以外には……いや、他にもちょっとした特殊な事情がないわけじゃないけど、そんな身の上の割には友達には恵まれた方だと思うし、()()経済的に困窮してるわけでもない。

 男に告白されたこと? ……訊かないでください。

 

 けど、これからは~とかなんとか言われても、運動でクラスの人気者になれるのは小学生までだと思うんですよ。ましてや僕は学校にあまり通えていなかったので、これから勉強に追われる身になるだろうことは想像に難しくない。ネットの通信教育受けてたから他との差がイマイチわかんないけど。

 

 正直、学校に通っているよりも病院のベッドの上で生活している時間のほうが長かったから、それを言い訳にできていた今までの方が恵まれていた(楽だった)んじゃないかと、変に後ろ向きなことを思わないわけでもないんだ。

 

「普通の日常生活……か」

 

 勿論、今まで()()に憧れがなかったわけじゃない。

 

 クラインフェルター症候群に未だ治療法はないし、そもそも病気とはちょっと違うから治せるもんでもないらしい。精々男性ホルモン剤を投与する程度。というか、むしろコイツ自体が別の病気を誘発するというか、クラインフェルターとして生まれるとかなりの割合で病弱になるというのが問題というか。

 

 なので、これからも月に1~2回程度は通院しなきゃならないし、薬も飲み続ける必要がある。という訳で完全に健康体というわけじゃないし、むしろ今だってそれ(普通の日常)を切に望む身ではある。

 

「だけどなぁ……」

 

 今まで色んな意味で気を使い使われして生きてきた身の上だ。

 昨日と今日の間に線を引いて「はい、じゃあ今日から元気に頑張りましょう」とか言われても、「明日から本気出す」(CV:五十嵐裕美)とか言わせて欲しくなる。

 

 

 

 

 

 軽く溜息を溢しながら、散歩がてらによく利用していた帰宅コースを歩き、市街地からは大きく離れた……その割には結構大きくて綺麗な公園に立ち寄る。こんなところもよくわかんないねこの街。この公園の利用者なんてほとんど見たことないんですけど。

 

 夕飯の材料を買う主婦(タイムセール戦士)の皆様も、買い物を終え今頃キッチンで包丁を握っているだろう時間帯。元々住宅街からも遠く離れているとあってか今時間この公園周辺には人っ子一人いない。時々少年少女に帰宅時間を伝える(カラス)の鳴き声がするくらいだ。

 

 そんな公園で……いや、むしろそんな公園であることを良い事に――僕はスマホに直接突っ込んだ音楽(MP3)をイヤホンから流しつつ、声高らかに歌いだした。

 

 何故って? 歌いたいからだよ勿論。長年の習慣とも言う。

 一緒にカラオケに行く友達はいないし、ヒトカラは苦手だ。ボッチなわけじゃないぞ一応。

 っていうか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し。

 

 それに――()()()()()というのが大事なんだ。

 

 

「~~♪ ~~~♪」

 

 

 

 ――この公園で、僕はよく母さんに歌を()()()もらっていた。

 

 僕と同じく、生まれつき身体が弱かった母さんは、絵、工作、料理、手芸、創作話、そして歌。僕が何をして見せても凄く喜んでくれた。特に歌を歌って聴かせると「きっと将来は歌手ね」なんて、お世辞ともつかないことを言いながら満面の笑顔を見せてくれたものだった。

 

 だからだろう、他の子供と殆ど一緒に遊んだりすることがなかった僕が、歌を趣味にするようになったのは。今ではパソコンで作曲したり、それを数少ない友達に聴いてもらったり、更にそれを合成音声で歌ってくれるという流行りのソフトらしいものを使って打ち込みをして、某笑顔の動画サイトや貴方の動画サイトで公開したりもしている。

 

 自慢じゃないけど結構評判が良いんだコレが。某笑顔だと必ず提供してもらえるくらいには。

 っても入院生活の手慰みでやってただけで本気で歌手とかを目指すつもりはないんだけど。

 

 

 

 それに――そんな拙い僕の歌を喜んでくれた母さんも、今はもういない。

 

 

 

 父さんのことは……なんというか、実は僕には父親が二人いた。

 なんてことはない、僕が物心付く前に亡くなった実の父親と、その後母さんが再婚した時にやってきた〝父親モドキ〟がいただけだ。過去形で言っていることからも解るように、コイツも既に死んでいる。

 

 本当の()()()についてはよくは知らない。顔すら見たことがない。物心付く前に亡くなってしまったのだから当たり前と言えば当たり前だけど。

 昔、それとなく母さんに()()()のことを訊いた時、凄く寂しそうな顔で微笑んだので、それ以降僕は二度と()()()のことを話題にしなくなった。今では死んだものと思うことにしている。

 

 ()()()については言いたくない。思い出したくもない。

 これまでのアイツへの呼称の仕方で察しがつくと思うが、碌なモンじゃなかったとだけ言っておこう。いつか話の流れで語る時がくるかもしれないけど……お見苦しいとは思うが、その時は勘弁してください。

 

「……帰るか」

 

 母さんのことを思い出したせいか、ちょっとシンミリしちゃった。

 

 誰に()()()()でもない歌を、普段の習慣とばかりに大声で更に数曲歌い、家路に足を向ける。

 ――うん。ちょっとスッキリした。なんかこうモヤモヤした時にはやっぱ大声で歌うに限る。……まぁ、そんなの多分僕だけなんだろうけど。

 

 けどこんなことも、この公園に……特にこの時間には殆どまるで人がいないからできること。

 街中へ行くと、路上で楽器を弾きながら歌っている人たちをよく見かけるけど、正直よく人前で堂々と()れるものだと思ってしまう。ある意味尊敬の対象だ。僕も一応楽器(ギターとピアノ)はできるけれど、作曲するために色々覚えた様なものだし。

 

 とまれ、ここまではいつもの僕の日常。

 

 

 

 だけど今日―― 一つだけ違っていたのは、そこに一人の女性(オーディエンス)がいたことだった。

 

 

 

 

 

 ――それが、僕と彼女の出会いであり……僕の人生が変わった瞬間だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆01 即興曲「時は少し遡りて」

 

 

 

 身体が重い。

 

 足が重い。

 

 頭が重い。

 

 首が項垂れ、視線が前を向かない。

 

「はぁ~……」

 

 もう、何度目になるかもわからない溜息。

 なんとはなしに私はビジネスバッグの中から名刺入れを取り出し、自分の名刺を一枚。紅くなり始めた太陽に透かすようにして見上げた。

 

 

 ―― 765プロダクション・アイドル事務所 アイドルプロデューサー兼マネージャー ――

 

 

 そこまで読んで、不意に視界が歪む。

 何かが頬を伝うのは、きっと太陽の光が目に染みたせいだ。

 

「……やだな、もう」

 

 

 ―― 小暮(こぐれ) (あかね) ――

 

 

 今の時間帯、そして今の気分に妙に合う字面(じづら)だと思ってしまったのは何かの皮肉だろうか。

 

 紅くなり始めた太陽は、その時は綺麗だけど後は堕ちていくだけ。

 沈みきってしまったら、次には夜の暗闇が……

 

「……っと。いけないいけない」

 

 このすぐ思考が後ろ向きになる癖はいい加減に治さなきゃね。

 そう思いつつも――

 

 ――浮かんでくるのは、私のもとで夢破れ挫折していったアイドル候補生達。

 どれもが希望に満ちた笑顔から、絶望に沈んだ涙顔へ、今の私のように……今の私?

 ……いや、私なんかと彼女たちを比べることなんて、そんな烏滸(おこ)がましいことは出来ない。

 彼女たちにそんな表情をさせたのは他でもない、私自身なんだから。

 

 おもむろに、袖口でガシガシと強く目元を拭った。

 その時にこぼれ落ちたんだろう。名刺入れの裏側の、カード入れに入っていたと思われる小さなメモ紙がハラリと落ちた。

 

「これって……確か……」

 

 随分古くなったその紙片を、震える指で恐る恐る開く。

 

 

 

 ――Fightしますよ! 目指すので Top Idol(トップアイドル) を! です!――

 

 

 

 一瞬で()()()()が思い起こされる。

 

 凄く流暢な英語と。

 非常に滑舌のいい日本語と。

 なのに微妙にへんちくりんな文法が独特の個性だった女の子。

 

 これは、彼女が私へ宛てて初めて書いてくれた手紙(?)だった。

 この言葉には、ここでは書ききれないくらい沢山の意味と想いが込められていて……それが、それがわかっていたのに私は何もしてあげられることができなくて……。

 

『気にしないでヨ! これは茜ちんのせいじゃないのです』

 

『これは私の才能(talent)努力(effort)が足りたコトなかっただけ。だから……そんな顔しないで(Please)笑っててよ』

 

 違う……それは私の台詞だ……。

 だから、だから……そんな笑顔(悲しい顔)で、そんな風に言わないで……。

 

 

 

 けれど結局、彼女はその笑顔のまま……踵を返すと振り返らずに私の元を去って行った……。

 

 

 

 

 

「辞めちゃおっかな……社長はあと一人駄目だったらって言ってたけど。当人(アイドル)にとっては、その

 一人分が最後のチャンスなわけだし……私なんかのために……うん、だよね……決めた。今か

 らでも社長に電話して……」

 

 そう言いながら、携帯のアドレス帳から社長の業務用携帯番号を呼び出して暫し。

 この期に及んでも発信キーを押せずにいる私の耳に……それは聴こえてきました。

 

 

 

 

 

 ~ 今日の終わりを嘆かないで 夜が来ることを恐れないで

 

 ~ A setting sunset(沈みゆく茜の輝きは) 次の誰かを照らすから

 

 

 

 

 

 これは――歌?

 

 音源も伴奏もアンプも何も無い肉声だけのアカペラソング。

 なのに……こんなにも心を揺さぶるだなんて。この音量ならそんなに遠くではない筈だけど……そう思って探してみても、文字通り声はすれども姿は見えず。そうして探している間にも、私の心はどんどん歌に引き込まれていきます。

 

 そして3~5分程(1曲分の時間を)かけてやっと見つけたその姿は――

 

 

 

 ――圧倒。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 集中線を錯視してしまうかの様な、圧倒的でも足りない、超高密度とでも言って良いかのような歌唱力。歌を聴いて「ゾクリ」という擬音が似合うと思ったのは生まれて初めてのことです。

 

 先程も言いましたがアンプ(音響増幅器)も何も無い肉声だけの歌……の筈なのに、この広範囲にまで届く声量、透き通るように繊細でありながら、(まさ)しく魂に響くような迫力のある歌声。

 そしてこの歌唱力の存在感……私は、ついさっきまで考え、想っていたことすらスッカリ忘れ去り、行動を起こし終えていました。そう――()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ◆02 二人だけの協奏曲「ちょっとしたお巫山戯から」

 

 

 ~ Side [AKANE]

 

「あ、ああ、あ、あのっ、あのっ! ア、アア、アアア、アイドルに! なりましぇんガリッ!」

 

「…………はい?」

 

 

 私は思いました。行動を起こす時は、ちゃんと良く考えてからにしようと。

 

 

 

 

 ――閑話休題。

 

 

 

 ~ Side [SAKUYA]

 

「アイドル……って、そういう貴女はもしかして……」

 

「あ、は、はい! 私は765ぷろぷぽでゅっ……」

 

 ああ、噛むのとドモリ癖はデフォルトなのか……。

 突然僕の目の前に姿を現した女性は口頭を諦めたのか、おずおずと恥ずかしそうに名刺入れから名刺を取り出して渡してくれた。口の中が真っ赤だったのは見なかったコトにしよう。

 ……というか、しまったなぁ……歌を()()()()()のか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()を……

 

 765プロダクション……聞いたことある事務所だし、携帯番号や会社の固定電話番号と住所もバッチリ記載されている。後でちゃんと調べないといけないが、まずシロと思っていいだろう。

 まぁ僕なんかをスカウト詐欺に掛けたって良いことなんか無いと思うけどね。

 

 身長は155cmくらいかな。年齢(24歳)からすると低い方だが僕に比べりゃどってこたぁない。つーか僕よりも背が高けぇ。長い茶髪をうなじ辺りで尻尾にまとめ、ベージュのスーツに身を包んだ、人の良さそうな顔の、可愛い系美人さんだった。外見だけで見ればデキる人に見えなくもない。

 

 ああ、そうか。765プロってどっかで聞いたこと在ると思ったら、もやし炒め定食(税込み350円・ご飯お代り自由)が絶品な『たるき亭』の3階にある事務所じゃないか。

 そうか……そこでプロデューサーをしている人なのか……。

 

 プロデューサーってアレだよね。カテゴリにもよるけど、アイドルプロデューサーなら歌方面にもそれなりに精通しているはず……そんな人が僕の歌を……?

 

「……訊いてもいいですか?」

 

「なんなりと!」

 

 うわ……なんか鬼気迫るって言うか、土下座寸前って言うか、どうしてこの人はここまで……

 

「さっきの歌を聞いてたんですよね?」

 

「はい! 素晴ら「あんな歌が……?」」

 

「あんな……歌……?」

 

 僕が、自分の歌を「あんな」呼ばわりしたその瞬間――小暮さんの目の色が変わったのがハッキリとわかった。

 

「それ……本気で言ってます?」

 

 気付けば、言葉にドモリも引っ掛かりも、緊張の影すら一切見えなくなっていく。

 

「はい」

 

 だから、僕も目を真っ直ぐに見つめそう答えた。

 

「この歌は……抜け殻です」

 

「抜け殻?」

 

 その問には返事をせずに、僕は言葉を続ける……視線を少しだけ上にして。

 

「僕が(えが)いてきた歌たちは、全部……今はもういない母さんに贈るために生まれた歌なんです」

 

「……っ!」

 

 その言葉の意味がわかったんだろう。小暮さんの表情が目に見えて沈む。

 ついでに僕は自分の生い立ちや母親の事を(ごく)端的に掻い摘んで話す。父親モドキのことはバッサリカットした。アレは話す必要のないコトだ。

 

「僕の歌は母さんに贈るためだけに創り、母さんに聴かせるためだけに歌ってきた歌なんです。

 さっきのは惰性で歌ってた……って言うか習慣になってて、歌わないと変な感じになるんで

 毎日歌っているだけで……受け取る人のいなくなった歌は、空っぽの抜け殻です。僕も……

 僕の歌も」

 

「……」

 

 小暮さんの表情が、更に沈んだ。感受性の高い人だ。そんなところは素直に羨ましい。

 

「ですから、アイドルなんて無理です。すみません」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 それから、いつまでそうしていただろうか。

 

 僕もさっさと帰ってしまえば良かったのに、何故か……本当に何故か帰る気にもならず。だからと言って別の何処かへと行く気にもならず、そのまま2人で近くのベンチに並んで座っていた。

 ……ホントになんでさ。

 

 しかし、夕焼けが本格的に空を紅く染め上げてきた頃……小暮さんが思い詰めたように拳を握り締め、語りかけてきた。

 

「あ、あのっ! き、きき、聞いてくだしゃいっ!」

 

 ついでにドモリ癖と噛み癖も復活していた。

 

「じ、じ……実は私、会社を、ククク、クビ、寸前でした! いえ! む、むしろ自分から辞め

 ようとさえしていました!」

 

 は……? 一体何をイキナリこの人は、人生の終着点に成り兼ねない重要な事をカミングアウトしてんだろう?

 

「じ、実は私、プロデューサーなんて言ったって、殆ど、なな、名ばかりのプロデューサーで……」

 

「……はぁ」

 

「入社したての頃なんか、と、特に……って言うか、入社理由が凄いんですよ? 街角でイキナリ

 声を掛けられて『キミの瞳にティンときた! どうだい? ウチでプロデューサーをやってみな

 いかね?』なんて、しゃ、社長自らに声を掛けられて……」

 

 社長にですか! しかもスカウト理由がティンときたって……ティン?

 

「ア、アイドルは勿論のこと音楽にしたって全くの素人の私がやっていけるか心配でしたが……

 迫り来る就職難の不安に耐えきれず……」

 

 ああ、それは少し気持ちがわかるなぁ。……明日は我が身だ。

 詳しくは長くなるので割愛するが、僕は大学進学を目指せるような人生環境にない。おのずと

 3年後には就職戦線に突入することになる。比較的高ランクの大学を好成績で卒業したって、

 この就活地獄から抜け出せないと言われる昨今……どうなることか今から戦々恐々だ。

 

「入社してから色々と勉強させて貰ってますけど、残念ながら私の担当したアイドルで芽が出た

 ()は全く……というか765自体、あ、あまり成績の良い事務所じゃないですし……

 

 なるほど……そういう事か。それでさっき初めて顔を見た時にも、目に涙の跡が……

 

「あ、気付いちゃいました? すいません。お見苦しいところをお見せして」

 

 そう言って小暮さんはテヘリと笑うが、その笑顔には隠し切れない悲しみが滲んでいた。

 

「駄目なんですよね……ついつい思い出しちゃって。さっきも本当に心が折れかけていて……

 あのままだったら本当に何もかも投げ出してしまっていたと思います」

 

「そう、でしたか……」

 

「でも、そんな時にふと聴こえてきたのが――あなたの歌だったんです」

 

「っ!?」

 

 

 

 ~ 今日の終わりを嘆かないで 夜が来ることを恐れないで

 

 ~ A setting sunset(沈みゆく茜の輝きは) 次の誰かを照らすから

 

 ~ 今日の終わりを嫌わないで 夜の帳を恐れないで

 

 ~ さぁ 振り向いてごらん そこに(つな)がる Ascending Ascension(昇る朝日があるから)

 

 

 

「初めは耳を疑いました。幻聴なんじゃないかって」

 

「…………えっと」

 

 今、現時点で耳を疑っているんですが。僕が。僕の。

 

 

 

 

 

 

 

 

 母さんだって――

 

 

 

 僕の歌なんかを聞いている時間より。

 

 微笑ってくれても、笑い返してあげられない。笑い会えない(無感情な)僕の相手なんかより。

 父親モドキに殴られても蹴られても、■■■ても事実を伝えられない(無口な)僕よりも。

 無価値な僕の、無為な歌を聞いている、無意味ナ時間よリモ。

 余程良イ生前の使い方があっタんジャナかったろウカ。

 

 

 『将来は、歌手かしらね――?』

 

 

 けど、そう思う度に……あの満面の笑顔が浮かぶのは何故なんだろう。

 

 

 

「よく心を震わせる歌とか、心に響く歌声――なんて、詩的な表現がありますけど、本当にそんな

 歌と出会えるなんて……本当にそんな歌があるなんて…………思ってもみませんでした」

 

「それは……」

 

「気のせいだ、なんて言わないでくださいね?」

 

「ぅ……」

 

 釘を刺されてしまった。

 

「あなたの歌を聴き終えた時、私……気付かないうちに涙が溢れてました」

 

 うわお、女性を泣かせちゃったよ。

 罪作りだ……なんて、ちゃかして良い話じゃないですね。はい、ごめんなさい。

 

「その時私、救われた気がしたんです。折れかけていた心が立ち直った気がしたんです。

 それで思ったんです。こういうのが本物なんだって」

 

 

 

 ――本物?

 

 救った……? 僕の歌が?

 

 

 

「……やっぱり気のせいなんでしょうか? 一過性の勘違い……なんですかね?」

 

 救えるのか……誰かの、なにかの力になれるのか……僕が……僕の歌が。

 

 

 

 無意味だと思ってた。

 

 僕の歌は……惰性で続けていた、ただの素人の歌で。

 

 何の意味もない。誰にも届かない。

 

 母さんにだけ届けていた歌が、誰にも届かなくなった。ただそれだけ。

 だから、僕の歌は。僕は。すごく空っぽで――

 

 

 

「空っぽなんかじゃ、ないです」

 

「え……」

 

「抜け殻なんかじゃない。あなたの歌はしっかりと私に届きました! きっと……他の誰にだっ

 て届くはずです!」

 

 

 

 その瞳は――泣きそうな、怒ったように、悲しそうで、それでいて……慈愛に満ちていて。

 

 僕は、その瞳を、()()()()()()()だった。

 

 

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 ……あー、ったく。ホント、失敗したなぁ。

 

「ズルいですよ」

 

 僕は、後ろ頭をボリボリと掻きながら顔を上げた。

 

「……え?」

 

「僕はね。そんな風に言われて否定できるほど、タフな精神(メンタル)してないんです」

 

「あ、その……す、すみません」

 

「だから……」

 

「え?」

 

「責任……取ってくださいね」

 

【挿絵表示】

 

 

 ちょっと冗談めかして、低い目線から上目遣いで見つめてみる。――少し小首を傾げて。

 もちろん、()()()心算(つもり)も意味もない。そんな心算がどんな心算かって? 察しろ。

 ギャグに仕立てる精神力(メンタル)も無いし。

 

「は、ははははは、はい?」

 

 おお……見事に顔が真っ赤だ。

 

「なんか僕、その気になっちゃってるみたいですから……はは、我ながら単純ですけどね」

 

 

 

 本当に単純(バカ)だ。最後まで話を聞いちゃうなんて。

 さっさと逃げておけば良かったのに――

 

 

 

「え? あ、ま、そ、そうですよね! そういう話ですよね!」

 

 よし、ここはスルーで。

 

「一度やると決めたら、僕、わりとしつこいですから。

 仕事がなくたって、人気が出なくたって、なかなか諦めてなんかあげませんから」

 

 

 

 帰って歌番組でアイドルでも()()()いれば良かったのに――

 

 

 

「え、と、その……それじゃあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向日向(むかいひなた)咲也(さくや)です……これから、よろしくお願いします」

 

 

「は、はひっ! よろしくお願いします! ありがとうございますっ!」

 

 

 

 

 

 

   本当に――

 

 

 

 

 

 

 

 

       『将来は歌手(アイドル)かしらね?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――僕はバカだと思うんだよね。

 

 

 




 会話文が携帯だと崩れて読みにくくなるかも。





 ホント、どうしてこうなった。

 シリアルを書こうと思ったら、いつの間にやらシリアスに。
 これは、そんな駄文の好例ですね。後先のテンションの違いに良くそれが表れています。
 ちなみにテストには出ないので憶えなくても構いません。



 最初にすべき話だったかもしれませんが、当作品は作者〝不思議ちゃん〟さんによる『怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す』と設定・キャラクターなど非常に似ている部分があります。
 ただし、パクリではありません。この設定・プロットetcは以前から思案していたモノであり、件に関しては不思議ちゃんさんにもご了承・ご承諾いただいております。



萌木(もえぎ) 留美子(るみこ)さん(年齢不明)
  年齢不明。()()ではなく()()
  ぶっちゃけ、薄い茶髪で言葉数の多いルリルリ(劇場版)です。どこにも要素がないねw
  作中、咲也が言う「貴女らしく」は原典での楽曲「私らしく」にかかってます。
 ――はい、超どうでもいいですね。



 ところで、さらにどうでもいい話ですが、双葉杏の中の人の五十嵐裕美さんの声を聞いた時、かないみかさんに似てる……ってかちょっとの間、C.V.かないみかだと思ってたのは自分だけでしょうか? ……本当にどうでもいいね。

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