皇国の艦娘   作:suhi

9 / 32
艦隊再編 一

 

●艦隊再編 一

 目が覚めると木製の天井が見えた。

 既に陽は出ているらしいが、空気は酷く冷たく感じられる。

 身を震わせて新城は起き上がった。

 彼が休んでいたのは出撃前に休息を取ったのと同じ部屋だった。

 以前は電気が通っていたらしいが無論今は通っておらず、室内に残っていた家電製品は唯の廃棄物となっている。

 残っている輸送船や艦娘の船体から電力を引いてくれば動く物があるのかも知れないが、勿論そんな余裕は無い。

 旧時代的というには大袈裟だが一昔前風という表現の合いそうな木造の部屋には、暖房器具として木材が詰め込まれた一斗缶が置かれていた。

 横になる前に消したので今は僅かな暖気さえない。

 それでも、外とは比べものにならないくらい暖かい筈だ。

 関東以南と比べると、そもそも家の作りそのものが違うように思える。

 そんな事を考えながら彼は身を起こした。

 横になっていたのは、下が収納箱になっている木製のベッドの上である。

 寝袋の下に見つけてきた布団を敷いていたので、信じられないくらいに寝心地は良かった。

 戦地でこれほどの贅沢を味わえるとは思わなかった。

 そんな事を考えて、自分は随分安上がりな人間になったものだと自虐する。

 一斗缶を引き寄せると細巻きを取り出しライターで火をつけた。

 煙を眺めながら、記憶の中の映像を探る。

 最近の記憶と符合しない以上、夢を見れるくらいに長く寝たという事なのだろう。

 温かい何かに抱きしめられていた、今より幼い自分。

 そこで何かを追い払うように、新城は頭を振った。

 

 彼は、分類上は東京都に属するはずの小さな島の出身だった。

 だが……島はある時、深海棲艦の襲撃を受けた。

 彼の周囲の人々は死に、彼自身も命を落とすはずだった。

 そうならなかったのは一人の艦娘のお蔭である。

 彼女は戦いによって深海棲艦たちを倒し、退けた。

 同時に、戦いによって船体を破壊され艤装も失った。

 そうなれば艦娘も、ただの人間と変わらなくなる。

 そんな身の上で、彼女は孤児となった新城を保護してくれたのである。

 その後、2人は事件の調査の為に父と共に島へと赴いた人物、駒城保胤に保護されたのだ。

 数日しか経っていないような気もするが、一週間以上……もしかしたら、数週間過ぎていたかも知れない。

 いや、調査に訪れた一行に発見されたのだから、それほど経ってはいない筈だ。

 駒城というのは旧時代は指折りの将家として、現在も財閥の一つとして名を知られる家である。

 共に赴いた保胤の父である篤胤は、皇主の教育係も務めたような人物だ。

 父子の間でどんなやり取りがあったのかは分からない。

 結果として彼(この時点では新城ではなく、只の直衛だった)は、駒城の家の育預(はぐくみ)、養子のような立場として育てられる事となった。

 正確に言えば養子とは全く異なるのだが、孤児として施設で育てられるのと比べれば遥かに恵まれているという点では同じである。

「お前良かったなぁ。姉ちゃんがあんまりに美人だから、おこぼれで助けてもらえて」

 冗談めかして彼にそう言ったのは、保胤に同行していた誰かなのだろう。

 実際にそれは冗談ではなくなった。

 彼女は後(のち)に、保胤の妻のような存在となったのである。

 元が艦娘ということで正式とはなっていないが、艤装を失った艦娘が人として扱われるように法律等も改正されつつある現在、それが正式となるのは決して遠い未来という訳ではないだろう。

 美人というのは事実かも知れない。

 だが彼女が寵愛を得たのはそれだけではないと新城は思っていた。

 向かい合い、言葉を交わす事で感じられる……温かな、何か。

 それが保胤を、彼の義理兄となった男を癒したのだろう。

 新城はそんな風に思っている。

 実際に彼も、そんな彼女に惹かれていたのだ。

 

 

 考え続けると更に暗くなりそうで、彼は再び頭を振った。

 吸い終えた細巻きを缶の中に捨てると、室内に取り置いた水で軽く身嗜みを整え部屋を出る。

 見張り兵の礼に軽く答礼しながら、彼はそのまま艦隊の司令部となっている建物に向かった。

 場所は以前と変わらないが、そこに詰める人間は異なっている。

 その上、総数も減っていた。

 当然と言えば当然だった。

 部隊は先日の夜戦で大きな被害を出したのだ。

 具体的には首脳部、艦隊司令部が丸ごと戦死している。

 第一機動部隊の長と艦隊そのものの司令官である少佐とその部下たちが、第二水上打撃部隊の旗艦に移乗していて、そのまま第二部隊の隊長達もろとも戦死したのである。

 結果として、中尉でしかないはずの新城が最も階級が上の指揮官として艦隊を統率する羽目になっているのだ。

 第一部隊で移乗しなかったのは駆逐艦の艦長達だけで、最高位は少尉、もう一人も准尉でしかなかった。

 第二部隊は、ほぼ壊滅。

 第三と第四部隊も旗艦である天龍と龍田が沈んでいた為、生き残った艦長達はやはり少尉と准尉しかいなかった。

 艦長や乗員でない者たちの最高位も少尉。

 見事なまでに大尉以上が戦死し、中尉も第一から第四部隊まで戦死してしまっている。

 中尉で第五部隊の副隊長でしかなかったといったところで、それはあくまで数日前の新城の状況に即した立場でしかないのである。

 こうして彼は部隊の最高責任者を押し付けられる形となった。

 もっとも、他の者たちも余計な仕事を押し付けられたという点では同じである。

 結局は生き残った者たちが手分けするしかないのだ。

「お疲れさまです、隊長」

 出迎えた少尉、元から新城の部下だった青年は上官に挨拶すると、本土……つまりは軍部からの連絡を彼に告げた。

「隊長の昇進が正式に認可されたそうです。おめでとうございます、大尉」

「嬉しくないと言ったら嘘になるが、厄介な予感しかしないな」

 新城が率直な意見を述べると、青年は困ったような苦笑いを浮かべてみせた。

「ええ、自分も全く同意見です……あと加えて、現任務中において艦隊司令官の呼称と、現有する戦力に対しての絶対的な指揮権も委譲されると」

「格好をつけた呼び名と現状の追認だけで、更に働かせようという訳か」

 露骨すぎる表現に堪えきれず、青年は口元に手を当てて吹きだした。

「……失礼しました、司令官」

「別に気にしなくて良い」

 そこまでは冗談めかしてから、新城は表情を引き締めた。

「部隊の状況に変化は?」

「現在のところ、報告すべき変化はありません」

 青年も真面目な顔で返答する。

 頷いてから新城は、現状と泊地帰投後数日間の活動を、頭の中で反芻した。

 

 

 艦隊の状況は、全く酷いものだった。

 軍事的な表現であれば全滅という表現を使っても問題ないほどだ。

 今回の艦娘艦隊は全部で五部隊が編成されていたが、水上打撃部隊とされていた第二部隊は先日の夜戦で殲滅されてしまっている。

 重巡洋艦である古鷹が船体を失いつつも何とか大破状態で帰投できたが、修理も満足に行えずに待機(という呼称で休養)している状態だ。

 第三部隊も旗艦である天龍を失い、泊地まで戻れた駆逐艦は2隻。

 第四部隊も同じく旗艦の龍田を失ったものの、こちらは何とか駆逐艦3隻全員が帰投している。

 もっとも、第五部隊も数で言えば3隻全員が帰投していた。

 長月の方は小破とされ直ぐに修理を行い、作業の方は一日と掛からずに完了している。

 ただ、艦長の方は助からなかった。

 同じように、艦娘本人は帰投できたものの艦長が戦死した、あるいは帰投後に死亡したという事態が他にも発生した為、現在艦長無しとなっている艦娘が数隻存在している。

 長月の様子を見ていた新城が、無理に新たな艦長を任命するのはかえって危険ではないかと判断した為だ。

 被害が如何であろうと、撤退を許可されるまでは戦い続けなければならない。

 である以上、不確定要素は可能な限り排除すべきだった。

 天龍の艦長は大破状態でも生存し指揮を執っていたようだが、長月の艦長は船体小破の損傷で死亡したのである。

 乗員がいる事に長所が無いとは言わないが、状況を思い出せば……リスクがあまりに大き過ぎる。

 彼はそう判断したのである。

 

 新城は残った部隊を再編制し、2つに纏めていた。

 弥生と長月は第一部隊に編入し、第三と第四の生き残りに卯月を編入して再編成した水雷戦隊を新たな第二部隊とする。

 こうして軽空母2隻と駆逐艦4隻から成る第一部隊と駆逐艦6隻から成る第二部隊が編成されていた。

 戦力が損耗した以上再編成は必要だったが、きっかけは夜戦後の撤退だった。

 泊地へと向かっている最中に撤退中の第三第四の生き残りと合流した新城は、その後に深海棲艦部隊から執拗な追撃を受けたのである。

 夜間であるにもかかわらず敵は新城たちを見失わずに追撃を続け、このまま追撃で殲滅されるならば玉砕してでも反撃すべきという意見まで上伸されるほど逃走が絶望的な状況となったのだ。

 ところが、多少の被害が出ても全滅よりはマシとばかりに全艦が分散して逃走した結果、どの艦も追撃は受けずに泊地まで戻る事に成功したのである。

 翌日から新城は生き残った艦長や艦娘たちの意見を聞きながら、編成を微調整しての出撃(但し偵察や小規模な戦闘に限る)を繰り返した。

 そしてその結果、深海棲艦は7隻以上の集団に対して極めて高い探知能力を持つという事実を発見したのである。

 6隻以下と7隻以上の差は何なのかは、新城は考えなかった。

 科学的、学術的見解は本国の方の研究者に任すとばかりにデータを送り、その上で指揮下の艦娘を6隻ずつの2部隊に分けたというのが現在の編成なのである。

 分けた部隊はこれ以上大きな編成にはできないので、便宜上それぞれを艦隊と呼んでいた。

 たった6隻で艦隊と呼ぶのも明らかに皮肉めいているようにも思えるが、それはこの際考えない事にする。

 他にも手に入った情報はできる範囲で纏め、本国の残留部隊に送っていた。

 彼の立場は成り行きで就任した指揮官である。

 本人が望んでいたかどうかは関係ない。

 こちらの戦力は減り、本国の部隊の方は新たな艦娘の建造に成功し錬成(練成)を行っているという状況である為、現時点では練度はともかく本国側の方が規模は大きくなっている。

 加えて残留部隊の責任者は大尉だった。

 昇進する前の新城より上官で、彼が昇進した現在であっても先任である。

 とはいえ新城の方としても必要だと考えたからこそ資料を作成したのであって、点数稼ぎのつもりはなかった。

 彼は無駄な軋轢は避ける性格ではあったが、上官からの視点を殊更に気にするような性格でもなかったのである。

 

 とはいえ、そもそも点数稼ぎなどする必要もなかった。

 その大尉は上官としては珍しく、新城に批判的ではない人物の一人だったのである。

 有能云々というのではなく、元来が親切な質の男なのだ。

 だからこそ残留部隊の責任者を任されたのかも知れない。

 とにかく新城は海戦から続く以降の戦いとそれに関連した艦隊運営で得た情報を本土へと送り、彼は律儀に新城の調査結果として送られた情報を軍部に報告した。

 その間、新城の方も再編した部隊を率いて偵察や小規模な戦闘を繰り返していたのである。

 艦娘以外の部隊への人員配置は最小限に留め、残りは泊地に待機させた。

 艦娘達の方も実際は、泊地の防衛にと各隊から1隻、場合によっては2隻残し、交代で休みも取れるようにと配慮した。

 無論、彼自身の休みは最小限に留められていた。

 出撃中は細部は任せるにしても艦隊の大まかな方針を定める必要があったし、泊地に戻れば本国に送る纏められた資料の確認が待っていたからである。

 

 

 

 実際、深海棲艦に関する資料は僅かな期間で大幅に増加していた。

 見れば見る程、現代の兵器での対処は難しいように新城には思えた。

 単純な強い弱いではなく、相性的な問題とでも表現すべきであろう。

 厄介なのは、深海棲艦たちの潜伏能力、隠密行動能力である。

 北方海域海戦の敗北の原因は、接近され攻撃が開始される直前近くまで、敵を確認できなかった事らしかった。

 他人事表現なのは、新城の所属する艦娘部隊が本隊後方に配置されていた為である。

 彼が確認できたのは混乱した様子の通信と、遠くに見える光と響いてくる爆音程度だった。

 状況をある程度でも確認できたのは、味方の敗走に巻き込まれてからである。

 聴いた話では、少なくともレーダーには直前まで敵の反応は無かったらしかった。

 目視で確認されたにも関わらずレーダーの反応が確認されなかった事が、混乱を大きくしたらしい。

 当然と言えば当然だった。

 まだ近くにいないと考えていたら、いきなり間合いの内側まで踏み込まれていたようなものだ。

 攻撃を受けた後はレーダーにも反応があったというのだから、攻撃的行動を行うまでは発見されないような、或いは発見が極めて難しいような……そういう能力を持っているのでは? と、今のところ推測されている。

 実際に姿を確認し行った攻撃そのものに関しては、対艦ミサイルは勿論として速射砲なども効果はあったようだった。

 実際に撃破の報告も挙がっている。

 とはいえ現代の戦闘艦艇というのは防御に関しては無いに等しい。

 多くの兵器が攻撃を受ける前に敵を発見し攻撃する事を、攻撃が行われた場合にその攻撃が到達する前に迎撃によって無力化する事を目的として設計されている為である。

 目視以外では敵が攻撃態勢に入るまで発見できないという状況では、敵の攻撃への対処は間に合わなかった。

 結果として日本の海上戦力は、深海棲艦部隊にある程度の損害を与える事には成功したものの、攻撃には耐え切れずに壊滅的な損害を被ったのである。

 

 

 艦娘部隊の長所の第一は、この深海棲艦たちへの索敵能力だった。

 艦娘に対して一定以上の距離に近付いた深海棲艦は、攻撃態勢ではなくともレーダー等に反応するようになるのである。

 電探を装備した艦娘が確認できるというだけでなく実際の電子機器でも探知ができたという事なので、艦娘にしか探知できないという訳ではなさそうだった。

 艦娘の能力なのか深海棲艦の性質なのかは分からない。

 とにかく艦娘が(船体が無くとも)最低1人いれば、深海棲艦は一定以上の距離を置かない限り隠密行動は行えないという事になるのである。

 もちろん電探などへの妨害も行ってくる可能性はあるが、妨害が行われていると確認できるなら敵が存在する事だけは確認できる。

 予備兵力で無く主戦力の何処かに配置していれば、それだけで海戦の結果は様変わりしていたかもしれない。

 結果論でしかなかったとしても、そういった思考を弄ぶ者たちは新編された艦隊司令部の中にもいた。

 

 新城自身も全く考えなかったと言ったら嘘になる。

 だが彼には、それよりも気になる事があった。

 北方海域での海戦の前に、政府なのか海軍の上層部なのかは分からないが、とにかく軍を動かせる地位にある者たちは、ある程度ではあったとしても深海棲艦の動きを察知していたのだ。

 何しろ深海棲艦たちが集結しているという情報を得る事に成功していたのである。

 だが、艦娘が一定の距離にいない限りは……偵察機だろうが早期警戒機だろうが、敵が攻撃態勢に入らない限り深海棲艦を発見できない筈なのだ。

 それ以外の手段となると目視しかない筈なのである。

 もちろん自分たちの出した結論が間違っている可能性が絶対に無いとは言い切れないが、状況や結果を積み重ねたものである以上、大きく間違っているという可能性は低そうだった。

 である以上、少なくとも現状においては自分達の出した結論を前提に推測を進めるしかない。

 もし何らかの作戦で失敗すれば……推論を基に作戦を練り指揮を執った自分の結末は、解任等では済まされないものになるだろう。

 とはいえ、その時には既に戦死している可能性が高いが。

 

 

 とにかく、艦娘に頼らない深海棲艦の捜索というのは難しい事になるはずだった。

 実際もし容易なのであれば、相手の射程外から一方的に攻撃し被害なく撃破する事が可能なのだ。

 現代の兵器は攻撃力に関しては、決して不足していない。

 射程でいえば完全に上回っていると言っても過言ではない。

 その射程という長所を活かせなくなってしまったのが、問題なのである。

 科学の力で発展させてきた、射程を活かす為の目を、探知や索敵の能力を、深海棲艦の能力によって無力化されてしまった事こそが問題なのだ。

 現代の航空機で目視で何かを探すというのは不可能だろうし、襲われるのを覚悟で巡視艇などを出すというのも世論的に難しい筈だ。

 それに、現代の巡視艇も基本は電子機器に頼る形で目視はあくまで補助の筈である。

 

 つまりは艦娘部隊以外で活動する艦娘達がいたという事なのか?

 しかしそうであるならば、今度は海戦で不意打ちを受けたという点が不自然になる。

 ならば……政府や海軍、艦娘部隊と関係ない艦娘が、北方海域のどこかに居たという事なのかだろうか?

 集結する事が察知できたとなれば、かなり広範囲に点在していたという事になる……そんな事があり得るだろうか?

 加えて海戦の間際には探知できなくなっていた事を、その理屈で説明するなら……北方海域に散っていた艦娘達は、海戦が始まる頃にはいなくなっていた……という理屈になる。

 それゆえに海軍は深海棲艦の動きを察知できず、不意打ちを受けたという事になるのだ。

 

 

 あまりに推論に過ぎるその考えを、新城は頭の片隅へと追いやろうとした。

 確かに、艦娘部隊に所属していない艦娘と言うのは存在する。

 各地で深海棲艦と戦っていたという艦娘達の噂話の幾つかは、事実なのだ。

 金剛は艦娘部隊に所属する前の戦いで船体を失っていたし、たしか第三と第四の旗艦だった天龍と龍田も、建造されたのではなく艦娘部隊に招致されたのだと聞いている。

 本人たちが言っていたのかどうかは覚えていないが……冗談めかした調子で、放浪艦娘とか野良艦娘だとかいう言葉が語られるのを、耳に入れたような記憶もある。

 つまりは、何らかの組織に属しているかは不明だが、国の支援を受けずに戦っている艦娘達も存在するという事だ。

 そういった艦娘達が北方海域に深海棲艦が集結しているのを知り、一時的に退避したのだとしたら……

(「だがそもそも、そんな数の艦娘達が本当に存在するのか?」)

 艦娘が戦い続けるには、補給や修理が行える恒常的な拠点が必要となる筈だ。

 それが無い限りどれほど強い艦娘であろうとも……燃料や弾薬が尽き、損傷を受け、早晩に海の底へと沈むことになるだろう。

 それでも一定数の艦娘が存在するのだとしたら、そうやって沈むのと同程度の早さで新たな艦娘が誕生し続けなければ計算が合わなくなる。

 だが、専用の建造施設で一定量の(場合によっては大量の)資材を消費し、妖精たちの力を借りてようやく建造する艦娘を容易に誕生させる方法など……果たして存在するだろうか?

 そもそも建造以外の方法で、どうやって艦娘が誕生するのか?

 

 確かに艦娘達は(少なくとも建造された場合に限ったとしても)、誕生した時点で会話が可能なだけの知性や言語能力、そして最低限社会で生活していくには問題なさそうな常識を有している。

 それを含めて考えると、外見の方は歳を取らないというより変化しない、つまりは成長しない、成長の必要が無いと言った方が正しいのかも知れない。

 戦闘技術に関しては訓練や実践を重ね蓄積させていくしかないだろうが、誕生したばかりの艦娘であっても、消耗や損害を気にせず全力を尽くせれば……同じ艦種の深海棲艦が相手ならば(eliteやflagshipでは厳しいだろうが)、互角に近いの戦いはできるかも知れないのだ。

 だが……そういった艦娘達の存在があっても、それでも深海棲艦たちは此処まで勢力を伸ばせるものなのか?

 いや、寧ろそのような戦いが陰で続いているからこそ……深海棲艦の勢力拡張はこの程度で済んでいるのであって、それがなければ世界は既に水底(みなぞこ)へと沈没しているのか?

 

 

 ……その辺りで新城は、その思考を続けるのを止めた。

 どこまでが休む前の思考で、どこからが今の自分の考えだったのか……混乱しそうになっている。

 幾ら科学的に説明できない物事について考えていたからといって、飛躍が過ぎた。

 考えたところで推論に推論を重ねる事にしかならないし、今は他にやらねばならない事があるのだ。

 それなのに自分は、不安と推測でわざわざ自分を疲れさせ混乱させようとしている。

 見事な利敵行為だ。

 これで、その混乱を理由に他人に八つ当たりでもすれば完璧だろう。

 最悪の人間だ。

 己で無ければ殺してしまいたくなるほどである。

 せっかく休みを取って楽になれた以上、無意味どころか有害な真似はすべきではない。

 新城はそう自分に言い聞かせた。

 実際、必要な事が文字通り山となって、紙の束という物理的な存在となって机に蓄積されているのである。

 本土へと送るための資料の基(もと)……出撃の内容を詳細まで記述した書類だ。

 完全に纏められていないのは、何が役立つ情報となるのか分からない為である。

 艦隊指揮よりもそういった資料の確認の方が、疲れた頭には重くのしかかるのだ。

 酷い時は、文字を確認しても頭に意味として入ってこなくなるである。

 

 

 

 それと比べれば……休息を取る前と比べれば、今の新城は随分と回復していた。

 寝覚めは多少悪かったが、身体と心から強張りのようなものが……完全には取れていないものの、確実に減っている事が実感できる。

 艦隊の置かれた状況は変わってはいない。

 それなのに、調子が違うだけで随分と受ける印象が違うように感じられた。

 司令部に詰めている兵の一人が、彼に珈琲を入れた。

 礼を言って受け取り、手を温めるように器を掴む。

 立ち上る湯気が不思議と頼もしく感じられた。

 こちらは大きな損害を受け、敵は幾らか戦力が減少したとはいえまだ活発に動いている。

 それでも撤退は許されない。

 そんな状態にありながら、自分は意外なほどに平静を保っている。

(「現状をまだ実感できていないのか……いや、自棄になっているだけかな?」)

 そんな事を考えていると、外が騒がしくなった。

 眉をひそめ外に出ようかと考えたところで、駆けてくるような足音が響く。

 誰かは分からないがその者の責務を無駄にしないようにと、新城は珈琲を一口啜るとテーブルに置いて待った。

「司令官に御報告致します」

 足音が部屋の入口で止まり、ノックの後に生真面目そうな声が響く。

「どうぞ」

 新城は丁寧に答えた。

 その辺り、彼は指揮官というものを立場以上に考えない、考えたくないという思考を持っている。

 扉を開けて入ってきたのは、水雷戦隊として再編された第二艦隊の旗艦である吹雪だった。

 新城の正面で敬礼した彼女は、そのまま彼に告げた。

「航空機と思われる機影が確認されました。味方の信号を発しているとの事ですが、念の為に待機の者が警戒に当たっています」

「ご苦労、直ぐに向かおう」

 ちらっとテーブルに置いた珈琲を眺めてから、新城は答えた。

「では、御案内いたします」

 護衛という事なのだろう。

 前に立って吹雪が歩き出す。

 外に出ると、弥生が待機していた。

 新城が軽く頷くと、彼女は新城の後方に付いて周囲を警戒する。

 少し前までの自分と比べ何とも厳重だという感想を抱きつつ、彼は吹雪に案内されるままに進んだ。

 外では警戒に当たっている艦娘や兵以外にも、空を見上げている者たちが数名いる。

 この泊地にいる総数を考えれば、かなりの割合といえるだろう。

 飛んでいるのは軍用の小型垂直離着陸機のようだった。

 恐らく海軍のものだろう。

 護衛艦の中には軍用のヘリコプターの運用を可能とした艦があるらしいが、航空機の運用を可能とする艦も存在するのかも知れない。

 壊乱している味方の撤退を支援する為に新たな海軍艦艇が派遣されてきたと聞いているが、恐らくはその関係だろう。

 昇進後、すぐに撤退支援部隊からの訪問者となれば……内容はろくでもない事に違いない。

 そんな事を考えながら、新城は空の点を見守った。

 信号を発しているという航空機は、そのままゆっくりと着陸地点を探るように飛行したのち、港から離れた空き地に降下してゆく。

 ここが正式な駐屯地や基地ならば迎撃されかねない雑さだが、現時点で重視すべきは建前や形式より実際、という事なのだろう。

 使いを出すという手もあったのだろうが、新城は直接出向く事にした。

 彼が現場に到着した時には、機体は既に着陸していた。

 機体側面の扉が開き、短い金属製の階段を伝って兵と士官らしき人物が地上へと降り立っている。

 一足先に現場に先回りしていたらしい金剛が、新城に向かって敬礼してみせた。

 一応答礼してから、新城は小声で尋ねてみた。

「事前の連絡は」

「無かったようデスね。つまり、突然の訪問という訳で」

 相手から見えていなければ、大袈裟に肩をすくめたいところだった。

 嫌な予感を感じながら近付いていった新城は、相手の階級を見て予感が当たりそうなことを確信した。

「昇進おめでとう、新城大尉」

 機から降り立った海軍中佐は、そう言ってにこやかに笑って見せる。

 眉をしかめたのを見られないように生真面目な顔を作って、新城は相手に敬礼した。

「ありがとうございます、中佐殿。それで、自分の名を知る貴方は?」

「笹島だ。転進支援隊本部司令」

「転進? 敗北や撤退の姑息な言いかえですな」

「軍事的表現と言ってくれ給え、君」

 新城の言葉に男が答える。

 2人はお互いの顔を二呼吸ほど見詰めた後、どちらからともなく笑い出した。

「失礼しました、中佐殿」

 そういって再び敬礼すると、新城は彼を司令部へと案内した。

 操縦士や他の兵たちも室内へ案内させ、吹雪たちには機の護衛を指示する。

 司令部に戻ると新城は中佐に火の近くの席を勧め、当番兵に命じて温かさが取り柄の珈琲も用意させた。

 中佐は礼を言って珈琲を受け取ると、両手で包み込むように金属製の器を持った。

 ありがたそうに飲んでから、背後に立つ兵に頷いてみせる。

 人払いを頼まれ、新城も少尉や金剛らに頷いてみせた。

「それで」

 2人以外の者が外に出ると新城は直ぐに切り出した。

「当方へのご用件は、中佐殿?」

 直ぐには答えず中佐は細巻きを取り出すと、咥えながら新城にも勧めた。

 受け取りながら香りを嗅ぐ。

 上物であることに驚き、疑念が湧いた。

 大した意味も無くちょっとした善意を示す者は信用ならない。

 彼はそう信じている。

 つまりはこれから余程の厄介事が待ち構えているのだ。

「戦闘は可能なのかね?」

「投入される状況によります」

「ああそうか」

 新城の言葉に笹島は頷いた。

 能力の評価は、状況が明確に表示されなければ意味が無い。

 ましてやここは軍隊なのだ。

 安請け合いが即座に全滅壊滅に通じる職場である。

「済まない、私は君たちの表現には疎くてね」

 素直に詫びの言葉を入れる。

「殿軍ならば恐らく……一週間弱、という処でしょう」

 新城も今度は分かり易い言葉で応じた。

 笹島の問いを理解した答えだった。

「攻撃は? 例えば先日の夜襲のような」

「情報があれば可能です。艦娘はまだ半数ほど戦闘可能ですので」

「そう言えばこの部隊の主力は、彼女達だったか」

 先ほどの姿を思い出すようにしながら笹島が呟く。

 現在では軍への女性の参加も昔と比べれば増えてきたが、それでもこれ程ではないだろう。

「船乗りにとっての船と同じでしょう?」

「まあ随分と可愛らしくはあるが」

 諧謔味を含んだ言葉にそう返すと、彼は煙を吐き出し表情を改めた。

 用件を持ち出す為の雑談は、ここまでだった。

 

「……君に頼みがある」

「失礼ですが、中佐」

 言葉に応じるように新城の声質も変わった。

 彼はそれまでとは違う冷めた声で尋ねた。

「あなたの権限は、どのようなものでしょうか?」

「当然の質問だな」

 笹島は頷いてみせた。

 呼気に混じった煙が、ゆっくりと室内に拡がってゆく。

「私は転進支援隊本部司令として、転進作業全般を監督する権限が与えられている」

「監督?」

 表情を作るのも忘れて新城は首を傾げた。

「妙な言葉ですね? 少なくとも指揮ではない」

「その通り」

 笹島は表情を変えないまま口にした。

「上からそう伝えてきた。司令部も承認している」

 新城はその言葉に、何とも言えずに曖昧な頷きを返す。

 笹島はそのまま……だが、と続けた。

「正直なところ、どんな権限が与えられているのか私にも分からない。だからこうして、下手に出ている訳だ」

「なるほど。そうだったのですか」

 新城は諧謔味のある声と表情で頷いてみせた。

 同情のようなものが浮かんだのは否定できない。

 とはいえそれも、僅かだけだ。

「……で、頼みたいのだ」

「……嫌だな」

 笹島の言葉に反射的に彼は呟いた。

 心の内では、やっぱりとか予想通りとかいう言葉が浮かんだが、口から出たものは、もっと直接的だった。

「嫌だ嫌だ、凄く嫌だ。英雄なんて冗談じゃない」

「何を頼むのか分かったのか?」

「僕も味方の置かれた現状は理解しているつもりです」

 本当に嫌そうに顔をそむけたまま、新城は口にした。

「すぐに撤退しろという命令である筈がない。とすれば、その逆の筈です」

「十日だ、大尉」

 笹島は端的に表現した。

「あと十日あれば何とかなる。実際には更に一日ほど必要かも知れないが、敵も動かねばならないからな。何とかなる、皆を救い出せる」

「この部隊を除いて、ですか?」

 新城の言葉も直接的だった。

「退避した全ての艦が動けば、そもそも時間を稼ぐ必要すらないのだが……」

「動かせない訳ですか」

「本調子でないのを含めてすら動くのは一握りだ。戦闘で壊れただけなら兎も角、味方同士でぶつかったり補給や整備の不良で動かせない物まである。燃料や装備の移乗に加えて陸上施設から撤退する人員も乗船させねばならん。指揮ではなく監督しながら、だ」

 笹島の立場は、確かに同情できるものだった。

 とはいえ、それで自分たちに尻拭いが回ってくるとなれば話は別である。

「お陰で面倒が、この部隊に押し付けられる訳ですか」

「家名は上げられる」

 笹島のその言葉に、新城は不意を突かれたような気持ちになった。

「家名? そんな物ありはしませんよ」

 自分の今の表情が、如何だったかは分からない。

「しかし君は、あの駒城の係累だろう? 調べたのだ」

 そんな笹島の言葉に、今度は意図して皮肉気な笑みを浮かべながら新城は応えた。

「ええ、しかし血は繋がっていません。育預、僕がちょっとしたお零れを預かっている……そんな処です。姓もそのひとつで、一字貰って一家を立てたのです」

 説明を終え、息を吐く。

「つまりは何もかも借り物、貰い物、という訳で」

 短い沈黙が、室内に訪れる。

 

「……別に全滅する必要は無いのだ」

「同じようなものです」

「どうあっても受けてくれない、とあれば」

「……脅しですか」

「ああ、脅迫だ」

 

 目を閉じて口にした笹島は、薄く目を開けた。

「残存兵力二十名以下の艦娘部隊の全滅と、兵数で百倍以上、艦艇でも倍以上の海軍兵力の脱出は、割のいい取引だからね」

 笹島は素直に答えた。

「必要なら君を抗命罪で解任させ、誰か運の悪い大尉か少佐を見つけて君の部隊を率いさせる。兵らは君を恨むぜ? たぶん、君の可愛い艦娘達もね」

 新城は細巻きを吹かした。

 眉を揉み……細巻きを半分ほど灰にしたところで口を開く。

「まず艦娘達に力を発揮させるだけの物資が必要です。現状、糧食はともかく武装の弾薬や資材等、主力である艦娘達への補給すら不足している有様です」

 そこまで困窮してはいないのだが、多少の誇張は許されるだろう。

 実際、余裕がないのは事実なのだ。

「こちらの泊地まで艦娘部隊の補給隊が到着している。そちらに追加する形で直ぐ向かわせよう」

「……此方には連絡がありませんでしたが」

「無線や通信での発覚を恐れたらしい。額面戦力は高いが練度で考えれば君達と比べ物にならない戦力なのだそうだ。装備の輸送として派遣されたらしい」

「作戦は現地を死守、という事でしょうか?」

「ここと転進部隊が駐留している泊地の間に港湾施設がある。そこまでは後退してくれて構わない。ただ、その場合稼いでもらう時間が増える事になるかも知れない。現状ではハッキリした事は言えないがね。現在は近衛艦隊が駐留しているが、数日の間に転進部隊の近くまで後退するので面倒は無い筈だ。ちなみに近衛艦隊の方も後衛戦闘は続けるそうだ。君達ほど過酷な運命を嘆いている訳ではないが」

「……親王殿下の率いる部隊が、ですか?」

 新城は首を傾げた。

 たしか海戦では自分たちと同じ予備兵力として配置された筈だ。

 だからこそ損害も少なかったのかも知れないが……近衛艦隊は元々戦力として当てにならない名ばかりの部隊と噂され、そちらの意味で噂に違わぬと言われているような集団である。

 所属する艦艇やその装備も、主力の御下がりなどと言われていた隊だ。

 艦隊と呼ばれているがそれも大げさな表現で、総数は一桁だった筈である。

「これは聞いた話なんだが……」

 笹島は言った。

「艦隊司令官である殿下……実仁准将は、なかなかの人らしい。撤退しろという命令を断ったそうだ。負け戦だからこそ、皇族がいいところを見せる必要があると言って。本当ならば皇室崇拝の念を新たにしても良いくらいだよ」

「本当ならばね」

 そう言ってから、新城はわざとらしく付け加えた。

「しかし、兵にとっては如何でしょうか?」

「不敬だぜ、その言い草は」

 笹島は誤魔化すように言った。

 本気でそう思っている訳ではないというのは、その表情が明らかにしている。

「誰もが一様に皇室万歳という訳ではないでしょう?」

 新城は続けた。

 海軍も高級士官の半数程度は旧五将家出身者、つまりは駒城と同じように将の家として国に仕え現在は財閥等に変化した有力家と関係のある者たちで占められている。

「一中佐に補給の手配が可能なのですか? 横槍や面倒が多いのでは?」

「それほど面倒は無いよ。海軍の要職は全員が衆民庶民、要は一般人の出だ。こいつはかなりの勢力と言っていい。それに私はいずれ統帥部に転属する。既に戦務課として内示も受けている。本当に面倒は無いよ」

 笹島は説明した。

「戦務課上級課員ともなれば、それは中々のものなのだ。海軍ではね」

「そいつは随分と頼もしい」

 そう言ってから新城は表情を引き締めた。

「後衛戦闘は承ります。その為に、戦力とならない重傷を負った艦娘や兵の後送を許可して頂きたい」

「其方は任務に最善を尽くす為、適当にしてくれて構わないよ」

 笹島の言葉は実際的で温情的だった。

 実際、この場面では適当という言葉を最大限に活用すべきなのだ。

「では、補給部隊の撤退時に紛れ込ませます。無論、中佐殿は御存知なくて構いませんが」

「配慮に感謝する。まあ、その辺は実際何とでもなるし、するさ。他には?」

「撤退等についての書類は此方で整えます。ですので、兵には規定外の慰労金も出して頂きたい。ああ、もちろん戦死したり負傷で障害者となっている兵には年金の増額を」

 可能ならば艦娘達に対しても兵と同じ扱いを求めたかったが、流石にそれは言えなかった。

 それに、金を渡したところで……何処で使うというのだろうか?

 現状、本土での彼女らは出撃と訓練以外では鎮守府の外に出る事ですら難しいのだ。

 それでも、以前と比べれば随分とマシになってきたというのも事実なのである。

 

 新城の言葉に頷いてから、笹島は追加するように口にした。

「君には海軍の名誉階級と勲章を申請しておく。前者は何もしなくても俸給が出る。後者には年金が付いてくる。私の勲章も適当な人物に推薦させるがね。心配ない、話は絶対に通る」

 そう言ってから頭を掻く。

「他にも色々できれば良かったのだが……まあ今回の場合、こっちに並べられる飴玉はこれくらいだな」

「個人的な約束ですね?」

「個人的で公的な約束だ。十中八九戦死してしまうであろう人間には、どんなことでもしてやろうという気になる」

「なんとも率直ですな」

 新城の眼つきに険がこもる。

 

「しかし約束する」

 笹島は続けた。

「君が生き残ったならば、何としてでも約束は守る。絶対にだ」

 瞳は真っ直ぐに新城へと向けられていた。

「笹島定信としての確約だ」

 捉えどころのない、見通せないものの中に……頑固で歪みのない何かが浮かんでいる。

 

(「この男は、たらしだな」)

 内心で溜息を吐(つ)きながらも、新城は折れる事にした。

 彼のような男であっても、時に何かを信じたくなる事があるのだ。

 とはいえ無条件降伏というのも何やら癇に障る。

 新城はわざとらしく、指先で仕草をしてみせた。

「細巻きがもう少し欲しいな」

「持っていけ」

 それだけ言って笹島は入れ物ごと煙草を放る。

 受け取った新城は、背筋を伸ばすと敬礼した。

「了解しました、中佐殿。艦娘特別艦隊は、北方連合艦隊の後衛戦闘を承ります」

「大尉、殿はいらないよ」

 答礼したのち、笹島は答えた。

「海軍では、そういう決まりになっているのだ」

「そいつは面倒が無くて良いですな」

 そう言いながら肩を竦めると、新城はこれから待ち受けるであろう面倒について想いを馳せた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。