皇国の艦娘   作:suhi

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艦娘部隊 二

 

●艦娘部隊 二

「Hey、弥生? 御機嫌デスね」

 自身への呼び掛けの声に、弥生は箸を止めて顔を上げた。

「……金剛、さん」

「そのままそのまま、大丈夫デ~スよ?」

 立ち上がろうとする弥生、卯月、長月を制するように手を動かすと、金剛は弥生に質問した。

「隊長はどちらにいらっしゃいマスか?」

「……はい……ただ、今、個室で……休憩中、です……」

 時計を思い出しつつ説明すると、金剛は少し考え込んだ。

「それでは、少し待つ事にしましょう」

「……良い、んですか……?」

 問いに笑顔で頷くと、金剛は少し離れた場所で待っていたらしい軽巡たちの許へと戻っていった。

「……隊長から何か頼まれていたようだったが……」

 その後姿を眺めながら、長月が呟く。

 卯月の方はというと、そのままと言われたので再び間食を味わい始めていた。

 彼女はミカンの缶詰を開けていたところである。

 箸でひとつひとつを器用につかみ、一度に幾つか口に含んでからまとめて味わっているようだ。

「……待っちゃって……良い、のかな?」

「まあ、あの隊長だと色々言うかも知れないが、気にしないのだろう。彼女は」

 そんな長月の言葉を聞いて、弥生は……どうだろうかと考え込んだ。

 自分の主が気難しい性格だというのは、少しは分かっているつもりである。

 もちろん自分が分かっているのはほんの少しで、ほとんど分かっていないとも思う。

 自分ではない誰かの事など、そんなに分かる訳が無いからだ。

 理屈ではなく体感で、弥生はその事を理解していた。

 何かあるとすぐ、自分が怒っているのではと勘違いされる故である。

 その度に、怒ってないですと説明するのだ。

 そうすると、今度は謝られたりする。

 そして今度は、謝らないで下さいと自分が言うのだ。

 一体何回くらい繰り返されただろうと思う。

 時々……鏡を見る時に、自分はそんなに怒っているように見えるのだろうかと考えたりもする。

 しみじみと眺めて、表情が硬いのだろうかと考える。

 そしていつも、硬いのだろうなと結論を出すのだ。

 そうではないと思おうとしても、現実が、結果が、それを雄弁に物語っているのだから。

 逆に今はそれを考えて、自分から口にしたりもしているのである。

 相手に謝られるのが嫌な時に、表情が硬くてすみませんと先に謝ったりするのだ。

 

 そんな自分と比べれば……主は表情がハッキリ出るとは思う。

 ただ、逆に表情では気持ちは分からないとも思う。

 笑っているのに凄く怒っているような時もあれば、眉を怒らせ睨んでいるような顔なのに笑いを堪えているように感じる時もある。

 そんな風に分かる時もあれば、何を考えているのか分からない時もある。

 でも、分からなくても良いのだ。無理に分かる必要は無いのだ。

 弥生はそう考えていた。

 言わなくても察せという態度を少なくとも主に取られた事が無いからだ。

 難しい事は分からなかった。

 ただ、自分でできる事を、命ぜられた事を、一生懸命やった。

 それ以上を自分の主は求めなかったように思う。

 それに、これまでの人生……艦娘の生を人生というのかは分からないが、大切にしてもらったと感じてもいる。

 うっとおしそうに暫く離れていろと命じられた事もあるが、優しくしてもらった事も数えきれないくらいあると思う。

 弥生にはそれで十分だった。

 弥生は艦娘の研究の際に建造され、軍関係者で研究の支援も行っていた財閥の1つである駒城と呼ばれる家に保護された。

 育預(はぐくみ)と呼ばれる立場の直衛(この頃はまだ駒城の姓を与えられていた)と出会ったのはこの時である。

 それ以降、彼が軍人として学ぶ為に家を出ていた数年以外はほぼ一緒だったのだ。

 駒城という家も、人間ではない艦娘という立場の自分に対して十分すぎるくらいの立場を与えてくれたように思う。

 研究対象ではあっても心を持つ存在として、兵器ではあっても上官と部下のように、扱われていたと思う。

 無論その内の幾つかは、新城の下に付く者として故の対応だろう。

 良い主に巡り合えたと思っているし、不自由をした記憶もない。

 自分がまた沈む時まで、自分の主人で艦長はこの人であって欲しいと思っている。

 それまでに出来るだけの事をしたい。

「3人共、妖精サンはすぐ準備できマスか?」

 弥生の思考を中断するように、金剛の声が響いた。

 妖精というのは艦娘たちが自身の運用や整備、補給等の為に働く小さな人間のような姿をした存在の呼び名である。

 普段は如何しているのか分からないが、必要に応じて船体や艤装の中から出てくるかのように姿を現し、修理や整備、補給作業などを手伝ってくれるのだ。

 艦種や個人差もあるが、実際の戦闘の一部に関しても艦娘に協力したり、あるいは完全に妖精たちに担当してもらったりという事もある。

「金剛さん、どうしてぴょん?」

「修理に使えそうな資材が見つかったのデース」

 少し得意げに彼女は説明した。

「第一第二部隊を修理となると時間的に難しいかも知れまセンので、三から五で少しずつ応急のドックで修復を行う事になりそうなのデス」

「ウチにも回ってくるのか?」

「ウチは全員、小破かそれ未満なのでNo problem!」

「そうか……助かる」

「……ありがとう、ございます……」

「気にしないでくださ~い」

 笑顔で言ってから、金剛は少し目を細めた。

「私はもう、艦として戦う事はできマセーン」

 その言葉には、少し悲しそうな何かが籠っているように弥生には感じられた。

「だから、貴女たちには後悔の無いように全力を尽くしてほしいんデス」

 そう言った時には、もう顔も声色も、いつもの彼女に戻っている。

 それでも、同じように何かを感じたのだろう。

 卯月と長月も頭を下げた。

「Doするかは、とにかく隊長に聞いてみまショウ。そろそろ起こしても良さそうデース」

 3人の頭を順になでると、金剛はウインクしてから士官用の小屋を顎で示す。

 こういうのは、昔と変わらないのかも知れない。

 弥生はそう思った。

 昔もきっとこんな風に、たくさんの支えがあって自分は戦場へと送り出されたのだ。

 守りたくて……でも守れなかったものが、たくさんあった。

 だから、今度は……前よりもっともっと、たくさんのものを、守りたい。

 

 

 

 少なくとも敵の偵察機には発見されていないはずだ。

 そんな事を考えながら、新城は岩場に張り付くようにして待機していた。

 この場にいる自分たちは、極めて邪魔な存在なのではないかという自覚はある。

 艦娘たちは即座に動ける体勢で、それぞれ艤装のみを展開した状態で岩場の陰に隠れていた。

 新城とは違い、海上に浮いた状態である。

 船体を収納し艤装のみでも海上で活動できるという点は、この状況では極めて優秀な特徴と言えた。

 こと潜伏という点において、これほど便利なものも無いだろう。

 逆に、何らかの手段を用いねば海上でも海中でも活動は難しく、岩場に張り付いたり海蝕洞に潜りこんでいるのが精一杯という人間たちの存在は、邪魔以外の何物でもないと言わざるを得ない。

 夜になれば船体を出しても問題ないのかも知れないが、奇襲という点を考えればできる限り船体を出すのは直前まで我慢するべきなのかもしれない。

 へばりついたままの姿勢で彼はそんな事を考えていた。

 そうできれば幸いだが、実のところ只の理想論にしかならないだろう。

 結論としてそれは思考による只の時間つぶしでしかなかった。

 実際のところ、時間はまだ夕刻にも達していない。

 空は晴天ではなく薄ぼんやりとした……太陽との間を淡い何かが遮っているような、そんな天気である。

 それでも、北方のこの季節にしては波は酷くなく陽の温かみも感じられ、ある程度は遠くまで見通せるのだ。

 天気は良い方と言えるのだろう。

 とはいえだからこそ、油断はできない。

 近くに待機している弥生は周囲を警戒しながら、時々彼の方を見上げてくる。

 心配しているようだったが、これまでに何度も問題ないと繰り返してきた。

 そもそもボートならば艦状態の弥生に搭載してきたのだ。

 とはいえ艦娘の船体ほどではないものの、海上に立つ艦娘と比べればそれらは目立つはずである。

 機関を稼働させていない艤装状態の艦娘は、海面に二の足を付けているだけなのだ。

 万一敵に潜水艦がいて発見されるような事になれば……そう考えて、新城は岩にへばりつく事にした。

 彼は決して完璧主義者では無かったが、独自の基準から手段や工程を省く事で失敗を招くことに強い恐怖感を覚える性質の持ち主だったのである。

 この場にいるのは部隊の駆逐艦3隻と金剛、人間の方は新城以外は卯月と長月の艦長を務める准尉2名のみだった。

 海上での潜伏という行動を考慮しての結果である。

 他の人員は泊地での待機となっている。そちらの統率は副官のような立ち位置になった少尉に任せていた。

 無論今の新城に、そちらを心配する余裕など無い。

 今の彼はこれからの作戦よりも、長時間しがみつく事で疲弊してきた己の手足や腹筋の震えにうんざりしていた。

 日が暮れてくると、今度はそれに染み込んでくるような寒さが加わる。

 それでも、暗くなり見通しが悪くなるのはありがたい事だった。

 敵の艦載機らしき存在が何度か目撃されているとなれば尚の事である。

 完全に陽が暮れたのを確認してから弥生に船体を展開させると、新城は念の為に卯月と長月は艤装のみの状態で周囲を警戒させながら、弥生の艦橋で艦長2名と金剛を相手に、今夜の作戦を確認した。

 

 部隊の戦闘開始は、水上打撃部隊の砲撃の開始が合図だった。

 全艦が船体を展開し、そのまま敵部隊への突撃を開始する。

 最優先目標は打ち合わせ通り敵の航空母艦。

 次の目標が戦艦。

 それ以外の艦に対しても有効と判断できるのであれば砲雷撃を行い、可能な限りの損害を与える。

 戦闘時間は1時間。

 ただし30分以降で戦果より損害の方が大きいと判断した場合、隊長の責任においては泊地への帰還は認められていた。

 今更ながらに幾つかの疑問が新城の脳裏に浮かんだが、本当に今更という感じでどうしようもない。

 灯火は制限した状態で、彼は長月と卯月に交互に休憩を与えるように指示してから、甲板で双眼鏡を手に周囲を警戒する事にした。

 何かを確認できるかなど分からないが、何もしないで待つというのは精神的に辛すぎる。

 金剛も何も言わずに、新城の近くで控えるようにして待機していた。

 弥生の方は卯月と長月が警戒を行っている間に短時間の休息を行った後、交代する形で周囲を警戒している。

 弥生本人の方は休憩中は船内にいたものの、現在は甲板上を動き回りながら警戒を行っていた。

 最初に気付いたのは弥生である。

 ほぼ同時に、金剛も気付いた。

 2人に言われて目を凝らして双眼鏡を構えていた新城は、やがて狭い視界の中で何かが動くのを確認した。

「各艦は戦闘準備、船体を展開。完了の通信は必要無い」

 控えていた2人の准尉は彼の言葉を聞くと、敬礼して艦内と艦縁へと駆けた。

 休んでいた卯月が船外へと飛び出してゆく。

 准尉2名も船外に降ろした弥生の内火艇へと乗り込むべく梯子を下りていった。

 弥生の後方に長月の船体が出現し、数分後その更に後方に卯月の船体が出現する。

 戦闘準備は完了した。新城はそう判断した。

 あとは主力部隊が文字通り戦いの火蓋を切って落とすのを待つのみである。

「……かなり数は多いようだが、艦種は判別できるか?」

「前衛は……軽巡、1隻。駆逐艦……3……か、4隻……」

「次は主力デスね。戦艦ル級、2隻は確認しまシタ。他、2隻確認……巡洋艦と思われマスが、確定できません」

 重巡か軽巡か……どちらにしろそれが敵の主力だろうか?

 夜間は攻撃が不可能という事で空母は後方なのか?

 それとも空母は中央付近を航行し、最後尾には更に護衛が配置されているのか?

「……大型の航空母艦と思われる船体を確認」

「2隻……その後方に、重巡、リ級と……思われる船体を……」

 弥生の言葉を遮るように、砲声が響き渡った。

 水上打撃部隊が攻撃を開始したようだ。

「突撃を開始する。弥生、目標空母ヲ級」

「了解、しました……隊長、艦橋へ」

「……分かった」

 頷いて新城は艦橋へと足を向けた。

 その後ろに数歩開けて金剛が続く。

 機関が唸りをあげ船体が前進を開始し、それに続くように長月と卯月も機関をフル稼働させる。

 隊長と金剛が艦橋に入ったのを確認すると、少女は艦の進む先に向き直った。

「弥生……水雷戦隊、出撃です」

 

 

 


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