●艦娘部隊 一
「まあいい。被害を出したのは頂けんが、指揮を引き継いで以降は大した被害は出さなかったという見方もできる」
厳つい顔に疲れを滲ませたまま艦娘特別艦隊の司令官、少佐は煙草をくわえたまま呟いた。
「駆逐艦3隻を小破程度にとどめ、ヌ級に損害を与えられたのは上出来だ。貴様の事は好きになれんがな」
つまらなそうに口にする。
新城は休めの姿勢でその言葉を聞きながら、正直な人だなと素直な感想を抱いた。
新城の隊は無事に泊地へと到着し、後から到着した長月ら2隻とも合流していた。
弥生の方はもちろん、戦闘を行った長月たちの方も大きな損傷はない。
彼はその事を特別艦隊の指揮官である少佐に、たったいま報告したところだった。
「真面にあたれば勝負にならん。にも関わらず、届く命令は足止めだ。結局のところ夜戦しかない。貴様はそのまま隊長だ。場合によっては臨時の戦隊を編成するかもしれん」
相変わらずつまらなそうな表情のままで煙草を吹かしながら少佐は説明した。
口調は雑で態度は面倒くさそう以外の何物でもなかったが、作戦にはあからさまに奇怪しなところはない。
そもそもこの戦力で足止めをしろというのが一番奇怪な話なのだろう。
(「少佐は艦娘部隊に転属を命じられてから、世の全てを恨んでいるという噂だが……」)
以前はそこそこ有能な将校だったのではないだろうか?
そんな事を考えていると、少佐は煙草をもみ消しながら話の終了を告げた。
「あと2時間で指揮官集合を掛ける。今後の詳細はそこで説明する」
無論新城には、集合時間までのんびり過ごすという選択肢は許されなかった。
兵には可能な限り温かな食事を摂らせたかったし、艦娘達には食事や休息以外にも燃料や弾薬の補充を行わねばならなかった。可能ならば少しでも修理も行いたかったが、そちらの方は何とも言えない。
泊地と呼ばれる部隊の現在の拠点は、打ち捨てられた港のような場所だった。
当然人は住んでおらず、建物や倉庫は傷み始めている箇所もある。
元々深海棲艦の出現によって放棄された港を可能な限り最小限の改造で艦娘用の軍港として使えるようにした応急的な施設なのだ。
本土の艦娘用軍港である鎮守府と比べれば、当然のように何もかもが足りない港である。
とはいえ友軍が撤退時に使用したのか、古びていない、明らかに保存の効かなそうな物資等が雑然と置かれていた。
とりあえず兵站責任者に相談した後、放棄された装備や資材等の回収を考えて金剛には指示を出す。
そんな事をしている間に集合時間が訪れた。
さして広くない木造の建物内には、新城を含め十数人の士官たちが集まっている。
艦娘達の姿は無い。
作戦はあくまで人間たちのみで決定され、彼女たちは命令を受けてそれを果たすのが役割とされている。
意見を求めたり相談することは無論あるだろうが、あくまで建前としてはそうなのだ。
「全ての偵察隊からの報告を纏めれば、敵の戦力はこちらの倍以上。その中には戦艦ル級や空母ヲ級も含まれている」
司令の副官である艦隊幕僚が告げた情報の内容に、幾人かが呻くような声をあげた。
「少なくとも我々は、その部隊と戦って足止めをしなければならない。撤退は許されていないからだ」
やはりつまらなそうに、他人事のように少佐は告げた。
「その答えは簡単だ。誰も生きて祖国(くに)には帰れん」
撤退は許されず進撃のみ、頭の中で想像して新城は軽く肩をすくめてみせた。
他の士官が叱責するような視線を向けるが、その表情はこわばっている。
「状況は以上だ。これより作戦を説明する」
促された幕僚が、海図を基に話し始める。
事前に少佐がもらしたように、基本の作戦は夜襲だった。
潜伏場所は、大きな岩が無数に海上に姿を現している岩礁地帯である。
敵艦隊を待ち伏せし、主力は正面から足止めを狙っての砲撃戦。
他の部隊は側背面から斬り込んで砲雷撃戦を仕掛ける。
「第一機動部隊は敵の航空部隊からの艦隊防衛と敵の偵察の妨害。そして夜襲部隊を発見させない為の囮として、夜襲部隊の潜伏場所より後方に配置します」
偵察と敵航空機の迎撃を行ない可能な限り被害を抑えて戦闘を行ったのち、夕刻前までに泊地に帰投するよう動く事で敵の油断を誘う。
幕僚はそう説明した。
特別艦隊には、現在5つの艦娘部隊が存在している。
第一部隊が空母を主力とした機動部隊。
第二部隊が戦艦と重巡洋艦を揃えた水上打撃部隊。
第三から第五までが、軽巡洋艦と駆逐艦で編成された水雷部隊だ。
もっともこの編成は今回の海戦の前に急ぎ整えられたもので、こちらこそ臨時の戦隊と呼んだ方がそれらしかった。
実際水雷部隊というよりは水雷戦隊と呼んだ方が言葉尻は相応しく感じられる。
その辺りの曖昧さ、不明瞭さは、戦時急造とでもいうべき性急さといい加減さと、一部の者たち考えた、外面を最優先で気にしすぎて他をおざなりに済ませたような雑さ、が混ざり合わさった結果なのかも知れなかった。
元々部隊の方は、この海戦に参加する前は艦種で分けられていたのである。
戦艦部隊、航空母艦部隊、巡洋艦部隊、駆逐艦部隊という感じだった。
巡洋艦で一括りにされていたのは、重巡洋艦(及び他種巡洋艦)の艦娘がまだ少なかった為、軽巡洋艦と一括りにしても問題ないと考えられていた為である。
戦艦の方も航空戦艦はまだ計画のみの段階で、戦艦と高速戦艦も僅かだった為に一括りとされていた。
航空母艦に至っては、正規空母の艦娘の建造が遅れており、現役が軽空母のみだったのでやはり一括りにされていたのである。
艦種で部隊を分け、研究や訓練を行い、場合によっては各隊から艦娘を選んで編成し、臨時の部隊……艦隊や戦隊を編成し、実験的に運用、活動させデータを収集していく。
それが艦娘部隊の基本的な活動方法だったのである。
とはいえこの方法もまだ試行錯誤の中にあって、完全に決定された物では無かった。
あくまで訓練や研究の為の枠組みであり、戦闘を行うのであればそれに適した編成に変更すべきである。
そんな意見の元、部隊から実戦でも十分に戦闘が可能と判断された艦娘を選び、特別艦隊として編成し直したのが今回の艦娘部隊だった。
編成に関しても、ある程度は役割で纏めるにしても、同じ艦種のみで揃えた場合、様々な状況に対応できないのでは……と考えられ、旧来の海軍艦艇の編成を参考にしつつ別艦種も混ぜる形で、部隊を編成したのである。
ちなみに新城が所属し今回指揮を任されたのは、第五部隊、三番目の水雷隊だった。
駆逐艦3隻で水雷戦隊ならば、それらしいと表現できるかも知れない。
率いているのが中尉という辺りが、やはり冗談以外の何物でもないが。
とはいえ階級は言い続ければ限がない。艦隊の司令官が少佐なのだから。
規模の方も、決して大きいとは言えなかった。
第三と第四部隊は軽巡が1隻ずつ残っていたが、駆逐艦の数はやはり3隻ずつ。
第二部隊は戦艦2隻と重巡2隻で、実質的にこの特別艦隊の主力を担っていたが、無理に今回の戦いに間に合わせようとした為に、他と比べて練度が不足していた。
第一部隊の方は練度の方は十分だったが、此方は艦の方が不足している。
軽空母2隻と護衛の駆逐艦2隻の計4隻が、第一部隊に所属する艦の全てなのだ。
正規空母の艦娘の建造が急がれており、建造には成功したものの、今回の戦いには最低限の調練すら間に合わなかったのである。
それでも、第一と第二の2つの部隊は各艦が軽微な損傷は受けていたものの欠員は出ておらず、本来の戦力を維持していた。
無論、戦力を温存して戦闘を控えた故である。
打撃部隊は速力の関係で撤退を優先して泊地へと到着していたし、機動部隊の方も航空機による偵察を主としていた為、敵艦からの直接攻撃を受ける危険は無かったのだ。
練度に加え航空隊も戦闘機を主に編成されていた為、敵航空機との戦いによる損害も最小限に抑えられたのである。
その分という訳ではないが、第三から第五部隊……全ての水雷部隊は、少なくとも1隻以上の損害を出していた。
もっとも、それもこれまでを考えれば信じられない程の軽微な損害といえるだろう。
北方海域海戦に参加した他の部隊の殆んどは少なくとも三割以上の損害を受け、部隊によっては壊滅、殲滅と判断された隊も存在していたのである。
指揮系統が完全に混乱し撤退の準備が遅々として進まない事が、艦娘部隊が足止めを命ぜられた理由なのだ。
それでも、部隊の首脳部は唯の玉砕ではなく実際に効果のある戦法を用いて敵の足止めを実行しようとしていた。
少なくとも新城には、そう思えた。
「夜襲の目標は敵空母です」
艦隊幕僚はそう説明した。
敵の航空母艦に対し、少なくとも航空機の運用が難しくなる程度の損害を与える。
可能ならば、夜戦であることを活かして敵戦艦にも打撃を与える。
その上で襲撃は短時間で終わらせ撤収。
翌朝以降はこちらの航空戦力を活かして偵察や攻撃を行ない、敵部隊の牽制、足止めを行う。
必要とあれば偵察の情報を活かして再度の夜襲を行う。
「こちらの航空戦力は決して多くはありませんが、敵の航空戦力が運用不可能な状態となれば十分な効果を発揮できます」
幕僚は丁寧に説明した。
実際、敵に艦載機がいなくなれば敵部隊は侵攻に余程慎重になるだろう。
こちらの航空隊の規模が小さくとも、それらが脅威となる事には変わりない。
攻撃力というだけでなく、自分たちの行動が見張られるというのが脅威なのだ。
撃破でなく足止めというのであればより有効なはずである。
「何か質問は?」
説明が終わり、艦隊幕僚が一同を見回す。
敵に戦艦や正規空母がおり、こちらは軽巡と駆逐艦が殆んどというのであれば夜戦しかない。
作戦そのものは、これでもかというぐらいの真っ当な内容である。
とはいえ懸念が無いという訳ではない。
敵の戦力や動きをあまりに限定的に考えているように思えるし、敵が想定以上の戦力を用いた場合、此方から自滅しに行くという事になりかねない。
(「……まあ、余程の事が無い限り作戦中止という事は無いか」)
夜戦を仕掛けられるタイミングは限られるし、此方にはそもそも行動の自由が無いのだ。
とはいえ実際に質問しておいた方が、やる事は同じでも行動を考える指針にはなる。
もっとも、逆に失望する可能性も無いとは言えない。
如何するべきか?
考えてはいたものの……蓄積した疲れが、新城の疑問を押し潰した。
まあいいか、という気分になる。
出撃時刻が告げられた後、少佐は会議の終了を宣言した。
会議が終わった時点では、金剛はまだ戻ってきていなかった。
歩哨以外は、兵たちも艦娘たちもそれぞれ各々の形で休息を取っている。
炊事係に当てられた兵が炊き出しを行った為、休み番の者たちは久方振りの温かい食事を味わっていた。
艦娘部隊も海軍と酷似していて艦や艦娘の船体内には糧食の保存や調理を可能とする設備が整ってはいるが、だからといって携帯型の保存食が疎かにされている訳ではない。
栄養を補充する為の携帯食品、レーション等はもちろん全員分が各種用意されている。
種類によっては化学反応を利用して短時間で加熱される糧食もある筈だ。
とはいえそれらとは違う安堵する何かが、炊いたばかりの米というものにはあるのだろう。
その辺りに関しては安直とは言われても新城も同感だった。
もっともそんな事を感じたのはたった今である。
自分にそんな里心のようなものがあったとは意外だったと何か珍しい発見でもしたような気分を味わっていた。
港の方、防波堤を見張っている兵士の近くには天板を開けられた空の一斗缶が置かれ、放り込まれた木材が炎を上げている。
休むための部屋や小屋は割り振られている筈だが、外に居たかったのか……休息している筈の第5の艦娘たちの姿もあった。
弥生、卯月、長月ら3人は、一ヶ所に集まって焚火に当たりながら嗜好品を味わっている。
兵士とは違う形で支給されたらしく、果物の缶詰が幾つも積まれていた。
甘い物が好きなのだろう。
鋼鉄の艤装や船体を用いて戦う艦娘とはいっても、そういったところは不思議と普通の少女のようだ。
艤装を出していない為なのか、防寒具として支給品の上掛けをしている処も、その雰囲気を助けている。
もっとも、大人の男でも食べきれない量が並んでいる辺りは、ただの少女ではないという事の証明なのだろう。
それでも、男たちが集まって飯を頬張っているのよりは余程に華やかな雰囲気があった。
妙に感心したような気持ちでそれを眺めていた新城は、果物の缶詰に混じるようにして焼き鳥の缶詰が1つ積まれているのを発見した。
何かの見間違いか、ずいぶんと疲れて寝ぼけているのかと思ったが、どうやら見間違いでは無いようである。
とはいえ冷静に考えれば、別段、不思議な事ではないのだ。
普段の新城ならば、そういう事もあるだろうとか、甘味ばかりでは飽きるのだろうで済む話なのである。
何故か今は、そうはならなかった。
妙な笑いがこみ上げてきて、それを抑えようとした新城は噎せ込むように口元を押さえた。
疲れているせいもあったのだろうが、ツボに入ったのか顔がにやけてしまう。
不気味な顔つきをしている自分を想像して何とか笑いを堪えしかめ面を作ると、彼はゆっくりと歩いて自分に割り当てられた小屋へと向かおうとした。
笑いで緊張がほぐれたのか、すさまじい睡魔が襲ってくる。
時間は少しあるはずだ。
僅かでよいから与えられた自室に籠り、短くとも徹底的に深い睡眠を貪りたい。
身体がそう要求していた。
個室があるというのは優遇なのだろうが、士官にそういったものが与えられるのは兵士の前では無様な姿を晒さないようにという理由もある。
一介の兵であれば疲れを多少なりとも顔に出し、許可を得れば座って休んでも構わないだろうが、兵に見られる立場の者となればそういう事も気軽にはできない。
違う意見もあるだろうが、少なくとも新城はそう考えていた。
世の中に必要な偽善の中には、見栄というものもあるのだと考えているのである。
時に部下に非情を求める者が眠気で無様な真似は見せられない。
だからこそ、疲労で瞼が重く全身に重りが下がっているかのように感じられようとも、ゆっくりと周囲を見ながら歩いているように振る舞って、兵の眼の届かない場所まで移動する必要がある。
心配したのか弥生が歩み寄ってきたが、皆と休んでいるようにと命じて追い払った。
それでも気にするようだったので、長月と卯月に命じて一緒に休息するようにと連れて行かせる。
あの焼き鳥も食べるのかと聞いてみようかと思ったが、本当に聞いたら今度は笑いをこらえきれないかも知れないと考えて、とりあえず好奇心を満たすのは我慢しておく。
代わりにこれからの任務の事などを考えてみる。
可能なら船体の修理ができないか確認してみようと考えながら、小屋へと辿り着き扉を閉めたところで……新城の意識は、途切れた。