皇国の艦娘   作:suhi

5 / 32
北方海域海戦、その後 五

 

●北方海域海戦、その後 五

 地面が抉られ入江のように変形した岩場近くの海上に、空母ヌ級は浮かんでいた。

 護衛という事なのか近くに駆逐艦が1隻おり、入江の外にも1隻が巡回している。

 外見上は軍艦のように見えるが、初めて見た者はその姿に化け物のような不気味な印象を受ける事だろう。

 そして目の良い者や遠くを確認する器具を持つ者は甲板や艦橋等に、初めて見た時に船体にダブらせた化け物の姿を確認する事もできるはずだ。

「……護衛は2隻だけみたいぴょん」

「それでも、かなり厳しいな」

 海上の深海棲艦たちを陸側から眺めながら、卯月と長月は小声で話し合っていた。

 2人は今、艤装のみを展開した状態で木陰に隠れるようにして深海棲艦たちの様子を観察している最中である。

 冬の太陽は既に沈みかけ、西の空は僅かに赤みを残すだけ。

 雲は僅かばかりで、東の空には既に星々が輝いている。

 珍しくというべきか幸いというべきか……天気は晴れ月も出ているお陰で、暗いとはいえ離れた場所から敵を確認するのに不都合は無かった。

 その分というべきか空気は澄み渡るように冷え切っているが、艤装を展開した2人にとっては活動を困難にするほどの物ではない。

 2人は敵の動きを観察しながら、襲撃の手段について話し合っていた。

 敵の航空部隊は先ほど帰ってきて全機が着艦し、その後に飛び立つ気配はない。

 今日の作戦は終了という事なのだろう。

 2隻以外の駆逐艦は、もしかしたら夜戦……夜襲に向かったのかも知れない。

「完全に日が暮れたら、すぐに襲撃でいいと思うぴょん」

「問題は襲撃方法だろう?」

 地形とヌ級の位置を見ながら、長月は考え込んだ。

「うーちゃん達じゃ、船体を出さない限り小破もさせられないと思う」

「ああ。少なくとも中破、航空機の発着を不可能にすると考えるなら……」

 この状態で襲撃というのは論外だ。

 2人はそう結論を出した。

 睦月型駆逐艦の主砲は12cm単装砲と呼ばれているが、彼女たちが手に持つ砲の砲口は無論12cmの大きさは無い。

 その大きさは、彼女たちの船体に搭載された砲の大きさなのだ。

 つまりは名前通りの威力を、全力を発揮しようとすれば、海上で船体を展開・出現させる必要がある。

 となれば、海中の地勢……海底の形状や水深が気になった。

 艤装のみを展開した状態であれば、艦娘は海上に浮いている……地面に立っているような状態となるが、船体まで出現させるとなるとそうは行かない。

 海面を押しのけるようにして出現させた船体は、当然の如く一部が海中へと潜る。

 水深が浅ければ当然着底するし、岩などがあればぶつかる。

 ぶつかったとしても大抵は砕いてしまうが、それで船体がダメージを受ける事もあるのだ。

 下手な場所で船体を出せば、身動きが取れない上にダメージを受けてしまう。

 もちろん収納……船体を消す事は出来るが、一刻を争うという状況であれば、特に戦闘等に関わる状態であれば……

 船体や自身へのダメージは、修理しない限りは回復せず蓄積してゆくのだ。

 船体を出現させるというのはそれだけリスクのある行為でもある。

 とはいえ全力で戦闘を行う以上、今回それを避ける訳には行かない。

(「海上へと移動して船体を出現させ、接近しての砲撃……場合によっては砲雷撃を浴びせ、離脱する」)

 船体状態であっても睦月型としての火力で考えるのであれば、雷撃も併用しなければ2隻掛かりでも中破させられないという可能性も……否定はできない。

「司令官はああ言ってたけど、一撃離脱なら全力でも沈められないと思うぴょん」

「それはそれで調整を考えなくて良い分、楽だな」

「けど、夜戦は結局は……運っ!」

「……身も蓋もないな」

「でも、真実で~すっ♪」

「もう少し静かにしろ」

「うーちゃんも流石に、その辺は心得てま~すっ」

「やれやれ……」

 そんな会話はしているものの、むろん2人は深海棲艦達への注意は怠ってはいなかった。

 周囲にも気は配っているし、物音を聞き逃さないようにとも注意している。

 現状では周囲に、自分たちと深海棲艦以外の存在は確認できていない。

 季節柄なのか、それとも深海棲艦によって陸地が浸食されつつある故か……

「攻撃後に一旦陸に退避して、別の場所から脱出するか?」

 少し考えてから、長月は卯月に問いかけた。

「敵が入江の入口を封鎖しようとしたら、それも考えた方が良いと思うぴょん」

「そうだな……結局は状況次第か」

 長月は頷いた。

 明るく無邪気な発言が目立つが、卯月もれっきとした艦娘である。

 寧ろ艦であったころを考えれば、初陣が上海事変という歴戦の駆逐艦なのだ。

 名だたる武勲を挙げた訳ではないが、経験に関しては不足しているという事は無い。

 もっともそれを艦娘として活かせるかとなると、それはまた別の問題となってくる訳だが。

「燃料と弾薬の方はどうだ?」

「攻撃や回避に行動に影響するほどじゃないぴょん」

 様子を窺う間に太陽は沈み、周囲を闇が満たしてゆく。

 

「……いくぞ?」

 ひそめた長月の言葉に、卯月は単装砲を持っていない側の腕をあげて了解を示した。

 2人の艦娘は物陰を利用するようにして、海岸へと近付いてゆく。

 下手に音を立てれば気付かれる可能性もある以上、2人は慎重だった。

 しがみつく様にして崖のような岩場を下り、海面まで1mほどの場所まで移動すると、そこから飛び降りる。

 2人はそのまま海面をこっそりと歩き、200mほどの距離を互いに取った。

 艤装状態でも機関を稼働させれば海面を滑るように移動できるが、今回は隠密を第一として使わない。

 長月はタイミングを合わせる為に、卯月に見えるように腕を上げ……静かに振り降ろした。

 同時に、自身の内に籠る力を拡散させる。

 次の瞬間、海面に2隻の駆逐艦が出現した。

 2人の姿をそれぞれの甲板上に移動させた2隻は、そのまま激しい音を響かせて加速を開始する。

 それに反応するように敵の軽空母と入江内にいた駆逐艦が動き始め、巡回していた駆逐艦も入江内に向かおうと舵を切り方向を転換した。

 長月は艦を加速させながら緩やかに、ヌ級に左側面を向けるように面舵を切り始めた。

 わずかな距離を置いて後に続く卯月も、それに合わせるようにして舵を切る。

 単縦陣を取った2隻の駆逐艦は、そのまま砲撃を開始した。

 どちらも船体に軽微な損傷を受けてはいるが、航行や砲の運用に支障はない。

 動き始めた敵駆逐艦の方が、軽空母を庇うように移動しようとする。

 その周囲に2隻から放たれた砲弾が水柱を生み出し、1発が船体を、1発が甲板上の何かを捉えた。

「……イ級か?」

 距離か詰まった事と爆発による一瞬の明かりで確認できた敵の姿から、長月は駆逐艦の詳細な種別を推測する。

 深海棲艦は確認された順に、イロハの一文字を取って命名されていた。

 駆逐艦は、イ級、ロ級、ハ級、ニ級の4種が確認されている。

 北方海域海戦の前後までならば、補給艦と思われるワ級までが確認されているが……潜水艦型の深海棲艦も目撃されたとの情報もあり、カ級と命名されるのではと噂されている。

 とにかく、敵が駆逐艦の中でも能力の低い種であるならば幸運と言えた。

 長月と卯月は今回の海戦の前に船体と艤装に全面的な改造を施している。

 加えて幾度もの近代化改修も行い、火力や装甲等様々な面で性能が向上していた。

 現在の損傷を考慮しても、十分に優勢に戦闘を進められる筈だ。

 敵の駆逐艦を沈める必要は無いが、もし撃破できるのであれば追撃を受ける可能性を減らす事が出来る。

 イ級側からの砲撃も始まり、先頭の長月の周囲にも水柱が上がり始めた。

 両者の距離は、かなり近い。

 昼間であるならばここまで近付く前に砲弾が直撃し始め、勝負が決していた事だろう。

「卯月!」

「任せるぴょん!」

 長月からの通信に合わせるようにして、卯月の船体が同じように敵艦へと左側面を向けた。

「夜のうーちゃんはぁ~ ……凄いぴょん!」

 構えていた単装砲を発射するのと同時に船体の砲塔も火を噴き、12cm砲弾がイ級に向けて発射される。

 旋回した魚雷発射管からも、3本の魚雷が海中へと放たれた。

 もったりと放流でもされるような感じで海中へとしぶきをあげ飛び込んだ魚雷は、一旦沈み込んだ後で海面近くまで浮上し、スクリューを回し航跡を残しながら前進し始める。

 砲撃をそのまま続けながらも、卯月は敵艦と自艦の間に注意した。

 こちらが魚雷を発射するのと同じように、相手も魚雷を発射している可能性があるのだ。

 イ級はヌ級を庇うように、ヌ級の前側に覆いかぶさるようにゆっくりと移動しながら、左側面を長月と卯月に向けようとしている。

 敵艦は殆んど加速していない。

 行き足がつき過ぎてしまうのを警戒しているのかも知れない。

 このままいけば反航戦、イ級の横を通り抜けた先辺りで完全に向きを変え、そのまま入江から脱出する形になるだろう。

 互いに面舵を切る形となっているので、イ級との距離は縮まっているように見えるものの……幅の方は広がっている。

相対的な距離は……一応縮まっているのだろうか?

(「どっちにしても、すれ違う時が一番危険だぴょん!」)

 できればすれ違う前にイ級の攻撃力を減退、可能なら無力化させておきたい。

 卯月はそう考えていた。

 できなければ恐らく、先頭の長月が直撃を受ける。

 船体そのものならともかく砲塔や艦橋に命中すれば、大きなダメージを受ける可能性があるのだ。

 イ級は深海棲艦の中では最も戦闘力が低いが、それでも距離が近ければ攻撃を命中させてくる。

 そして駆逐艦の装甲では、それを完全に防ぐことは不可能だ。

「そんなの、させないぴょん!!」

 狙いを定め、単装砲を発射する。

 放たれた砲弾がイ級の船体を直撃した。

 長月からの攻撃も命中していたらしく、イ級の甲板上には既に火の手が上がっている。

 長月の砲撃そのものは既にそれを飛び越えるようにして、ヌ級の方に向けられていた。

 距離が詰まり完全にすれ違う前に、イ級の側面に大きな水柱が上がった。

 激しい爆音と共にイ級が動きを止め、惰性で僅かに前進しながら船体を沈ませ始める。

 夜の為に航跡は確認できなかったが、卯月か長月の放った魚雷が命中したのだろう。

 攻撃を止め完全に動きを止めたイ級は……炎に包まれたままゆっくりと沈んで行く。

 

 その代わりに、とでもいうタイミングで卯月の右側の海面で水柱が上がった。

 入江内へと突入してきたもう1隻の駆逐艦が砲撃を開始したのである。

 水柱が上がった場所はそれほど近くない。

 直撃させるには、もう幾度かの砲撃が必要だろう。

 危険が全くないという訳ではないが、卯月はそちらを無視する事に決めた。

 イ級に妨害された為、ヌ級は殆んどダメージを受けていないのだ。

 少なくとも中破はさせなければならない。

 命令というのも勿論だが、実際に出来なければ夜が明けてから敵艦載機の追撃を受ける事になる。

 長月の方も攻撃を優先する事にしたらしかった。

 舵を逆に切るまではしないが、先程までよりも舵の切り方が軽くなっている。

 通り過ぎてから出来るだけ一気に転舵して入江の外に向かうつもりなのだろう。

「卯月、すまんが速度をやや落としてもらって構わないか?」

「任せるぴょん!」

 こちらが狙われている状態で申し訳ないという事なのだろうが、長月からの通信に卯月は元気に了解を返した。

 2隻の距離をある程度まで開けて、転舵のタイミングを離そうという事なのだろう。

 急な転舵を行なえば、艦の速度は大きく低下する。

 当然、移動する距離も短くなる。

 そのタイミングを狙って攻撃を集中するというのは常識の1つと言って良い。

 2隻の距離を開けることで、互いが転舵するタイミングをある程度ずらしたいというのが長月の考えなのだろう。

 互いの転舵の際に牽制の砲撃が行なえれば、敵は攻撃に専念できずに砲撃の精度が大きく減少する事になる。

 互いの距離を開かせる方法としては長月の方が加速するという手もあるが、ヌ級への攻撃を考えて彼女としては速度を上げたくないのだろう。

 速度を落としながら、卯月はイ級越しにヌ級への砲撃を続けた。

 イ級はもう半分以上も沈み、その向こうに船体の上に飛行甲板を持つ空母独特の船体、ヌ級の姿が見え始めている。

 その甲板には既に光源らしきものも見えた。

 砲撃の幾つかが命中しているのかも知れない。

 火花が散っているだけか、それとも小規模とはいえ既に火災が発生しているのか?

 単装砲の狙いを定め、発射する。

 轟音と発射の反動、衝撃が彼女の身体と船体を揺らす。

 それらとは明らかに違う音が響くと、ヌ級の船体の一画で火の手があがった。

「少なくとも小破を確認!」

 長月からの通信後間もなく、続くようにその近くで爆発が起こった。

 周辺が照らされ、飛行甲板の一部が変形しているのが卯月の位置からも確認できる。

 完全に日が暮れた後だった為、甲板上に航空機の姿は無かった。

 誘爆が期待できない以上、こちらの攻撃で何とかしなければならない。

「ヌ級の飛行甲板の破損を確認」

 再び長月からの通信が入った。

 彼女の位置からは、ヌ級の様子がもっとよく見えるのだろう。

「予定通りに転舵、海域を離脱する。沈めそうな場合は中止を号令する。それまで砲撃は続けてくれ」

「りょ~かい、ぴょん!」

 元気に答えて、卯月はそのまま甲板を狙って砲撃を続けた。

 船体を狙った場合、長月の言うようにあっけなく轟沈という可能性もある。

 それでは敵を引き付ける役には立たなくなってしまう。

 今、こちらに砲撃をしながら近付いてくる駆逐艦のみであれば危険はそれほどないが、入江の外に他に敵艦がいる可能性もあるのだ。

 むろん、近くにいなくても通報を受けて近付いてきている可能性は、高いというよりほぼ確実だろう。

 だが逆にそれが、弥生の撤退を援護する事になる。

 船体の砲1つを近付いてくる駆逐艦を牽制する為に操作すると、卯月は残りの砲でヌ級を砲撃し続けた。

「転舵に入る、援護を頼む」

 通信を受けて他の砲も、駆逐艦の方へと向ける。

 1つは射角が取れなそうなので、そのままヌ級を砲撃させた。

 

 一方で、長月は艦の速度を落としながら大きく面舵を切った。

 砲撃の方は駆逐艦へと向け、自身の構えた単装砲も照準をそちらに向ける。

 艦が傾き揺れも激しい為に狙いは付け難いが、第一は敵への牽制である。

 ヌ級が既に損害を受け一部が炎上しているのは幸いだった。

 敵の事は気にせず自分たちの脱出だけを考えればよいのだ。

 艦の近くに水柱が上がるが、幸い船体に直撃する物は無い。

 大きく向きを変え入江の外を目指しながら、長月は距離を縮めてくる駆逐艦へと砲撃を続けた。

 後方では卯月の艦体が同じように舵を切り、長月に続くように向きを変えている。

 その斜め後方では、遠目からでもハッキリと確認できるほどに飛行甲板が歪んだヌ級が、一部を炎上させながら海上に浮かんでいた。

 護衛だったイ級は船尾だけを残して海中に沈んでいる。

 それ以上沈まないように見えるのは、もしかしたら既に艦種部分が着底しているのかも知れない。

 砲撃を続けながら、長月は艦を加速させた。

 敵の駆逐艦も、砲撃は続けながらも距離は詰めてくる事なく、両者はある程度の距離を置いてすれ違う。

 敵への至近弾はあったかもしれないが、命中は確認できなかった。

 とはいえ無理に命中させようとして此方も被弾するよりは余程いい。

 周囲を警戒しつつ、長月はそのまま外海へと艦を乗り出し、更に船体を加速させた。

 念の為に前方には充分に注意を払う。

 深海棲艦の出現によって一部の陸地は浸食されたが、逆にただの海洋であった箇所に岩礁等が出現したという報告もあるのだ。

 この姿になってからはしくじった事は無いが、微かに残るかつての記憶が静かに警鐘を鳴らし続ける。

「そろそろ巡航速度に落とした方が良いと思うぴょん?」

「もう少ししたら、だ。その時に船体も収納しよう」

 卯月からの通信に、長月はそう答えた。

「節約は良いけど、泊地までそれはキツそうだぴょ~」

 空気の抜けたような言葉に、思わず苦笑いがこみあげてくる。

 戦闘中も多少張り詰めはしたが、こんな調子だったのだ。

 それが逆に、緊張をやわらげてくれたという気もする。

「片方だけが船体を展開して、もう1人は同乗するという方法で交互にいく。司令か……隊長が、その方が楽ならそうしろと言っていた」

「乗ってる方は休憩?」

「しばらくは警戒だ。十分と判断したら休憩。嗜好品も許可されている」

「やった~♪」

「油断するなと言っただろう!」

「うぅ~早く離れる為に急ぐぴょん」

「無駄な燃料を使うな。少なくとも泊地までは補給無しなんだぞ?」

 実際、泊地に着いてもどれだけ補給は行えるだろうか?

 少し考えるだけで、懸念は幾らでも浮かんでくる。

 長月はそれらを頭の隅へと追いやった。

 自分たちは唯、与えられた命令をこなすだけだ。

「少なくとも……」

 先に卯月を乗せようと通信を送りながら、長月は誰に言うでもなく呟いた。

 あの隊長ならば、いくらかましな地獄を自分たちに見せてくれるはずだ。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。