皇国の艦娘   作:suhi

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北方海域海戦、その後 四

●北方海域海戦、その後 四

 金剛の報告によれば、戦闘は短い時間で終結したようだった。

 一時間どころか夜になっても隊長たちは戻ってこなかった。

 代わりにというべきか、夜になる前に敵艦載機らしき航空機が襲来し、部隊の待機していた一帯を攻撃していった。

 雪をかぶっていた樹木が薙ぎ払われ、一部は短時間だけだが炎上した。

 離れた場所で少人数ごとに分かれて潜伏しながら、新城はその様子を双眼鏡を使って観察した。

 状況は最悪という言葉を使っても悪くないのではと思えるほどだった。

 こちらは駆逐艦3隻と僅かな兵のみ。

 敵には少なくとも空母、航空母艦が1隻。

 そして前の情報通りならば駆逐艦が3隻。

 そして推測でしかないが、ほぼ確実にそれ以上の……こちらで確認できていない戦力が存在している。

 こちらの大まかな戦力と位置も、確認はされていなくとも推測はされてしまった事だろう。

 問題なのは敵の空母だった。

 そのせいで新城たちは全くと言っていいほど身動きが取れなくなってしまったのだ。

 とにかく敵の艦載機が動けなくなる夜を待つしかない。

 だが、そこまで待てば敵の駆逐艦の一部が……追い付くとまではいかないまでも、付近の海域まで辿り着いてしまうかも知れない。

「隊長代理、意見具申を希望したい」

 這うようにして近付いてきた長月が、そのままの姿勢で用件を述べた。

 索敵を行った金剛の言葉を報告に来た弥生は、そのまま彼を護衛するように新城の傍らに控えている。

 卯月の方は艦長からの伝令としてこの場に来た後、今度は新城からの伝令役として待機していた。

 金剛以外の艦娘全員が、この場に集まった事になる。

 双眼鏡から目を離した新城は、そのまま視線を長月へと向けた。

「本来ならば意見具申は、艦長職に就く者を通して行うはずだが?」

「艦長の許可は得ている。本来ならば代理の言うとおりだが、艦長は他の部下も指揮する役割がある以上は兵と引き離せない。だからといって艦長含め全員で此方に移動するのは敵に発見される可能性が高いと考え、許可を得て自分のみでこちらに伺った」

 彼女の言葉に間違ったところは無いと新城は判断した。

 自分や大尉が偵察の際に複数の兵を連れて行ったのは、現状ではそのような体制で艦娘部隊が運用されているからだ。

 艦娘1隻に対して艦長1人、そして兵士が数人で艦娘部隊の最低単位は成立する。

 その集まりの正式な呼称は決定されていない。

 兵の数も現状3~5名程度だが、ハッキリとは決まっていない。

 少なくとも増える事は無い。

 むしろ減る事の方が多い。

 隊によっては艦長のみの場合もある。

 形骸と化していてあまり意味が無いのではという意見も最近では多いからだ。

 実際、今のように艦娘だけで動いても全く問題がない。

「了解した。意見具申を許可する」

 彼の言葉に感謝の言葉を口にすると、長月は用件を告げた。

「夜まで待機後、弥生先頭の単縦陣で包囲を突破。追撃を振り切れない場合は、私と卯月が遅滞戦闘を引き受ける。如何だろうか? 代理?」

 他人事のように、長月は強めの口調で言い切った。

 表情を僅かに動かしたのは弥生だけで、卯月の方も態度は変えず、小声で何かを口ずさんでいる。

 その態度に、新城の内に存在する何かが刺激される。

 これだけの覚悟を持つ彼女たちに、御国は何を以て報いているというのか?

「……代理?」

「却下だ」

「しかし!」

 声を荒げようとする少女を宥めるように、新城は片手で抑えるようにと仕草をした。

 流石に黙りはしたものの、長月は射貫くようなきつい視線を彼へと向ける。

「その方法では、追跡の駆逐艦は振り切れても艦載機への対処が難しくなる」

 努めて淡々と、彼は自分の推測を長月へと説明した。

 こちらの移動に気付けば、敵の空母も追撃を開始するはずだ。

 多少のリスクは厭わず此方を全滅させようと試みるだろう。

 航空機の移動速度は勿論だが空母という艦種も、小回りはともかく移動速度ならば決して遅くは無い。

 そして新城たちが全滅すれば、敵戦力についての情報は本隊には届かない。

「僕としては、空母を狙って夜戦を仕掛けるべきだと思う」

 彼がそう提案すると3人は、態度は異なるもののそれぞれ驚きの表情を浮かべた。

「恐らく敵は軽空母……ヌ級と言ったか? せいぜい1隻程度の筈だ」

「根拠は?」

「君たちはヌ級2隻以上か、正規空母……ヲ級の航空隊に襲われたら、どれくらい保たせられる?」

 その問いに、長月はあからさまに表情を歪めてみせた。

「船体を展開できたとしても単艦でとなると、かなり厳しい……初撃で沈められる可能性もある。2隻以上ならば、敵航空隊への損害は兎も角として持たせるだけならばある程度は何とかなる……と考えるが」

「……戦闘が発生した際、金剛に探るように命令した」

 責任が自分にあるようにと意識しつつ、新城は隊長たちが遭遇したであろう敵艦載機隊について説明した。

「対空戦闘を行ったのは恐らく如月だろう。金剛の話では、船体は出さずに艤装のみで戦闘を行ったようだ」

 他の者たち、大尉を含む人間たちも抵抗したのかも知れないが、効果は殆んど無かっただろう。

 それでも、いきなり全滅という事は無かったはずだ。

 新城はそう考えた。

 そうであれば、如月は現状を此方に報告する為に即座に撤退を選んだ事だろう。

 艤装のみでも障害物に頼りながら逃げるだけとなれば……逃げ遂(おお)せられる確率は決して低くはない。

 生存者がいて、しかも動けない。

 それでも治療できれば、生存の可能性は十分にある。

 そんな状況であったからこそ、彼女は抗戦を選択した筈である。

 たとえその先に待つのが自身の死であると確信できたとしても、命令で禁止されない限り……艦娘は人間を、絶対に見捨てない。

 もちろん艦娘によっては違うのかも知れないが……少なくとも如月という艦は、そうだったのだろう。

「即座に轟沈、つまり撃破はされなかった……それが、僕の推測の根拠だ」

「絶対ではないが、可能性は高いな。了解した。だが……」

「全艦でとは言わない。卯月と長月の2隻に任せたい。もちろん兵たちは全員、弥生の方に乗船させる」

 本来ならば有り得ない方針だった。

 艦娘が行動する際、艦長や部下の兵は基本行動を共にする。が、今回はあえてそうしようと新城は決めた。

 迅速な行動が必要な際はその方が都合が良いと考えたのだ。

 むしろ現状の体制の方が、形式を重視した結果として無駄に組織が肥大化し動きが鈍くなっているように感じられる。

「それならば心置きなく戦える」

 長月の言葉には、それを否定する要素は何もなかった。

 むしろ大いに賛成という感じだった。

 実際、艦長や乗組員がいなくとも艦娘は船体を問題なく動かせるのである。

「本来の運用方法とは異なるが、君はそれで構わないという事だな?」

 そう尋ねると彼女は、あっ、という表情を浮かべた後、慌てて返答した。

「ああ、正直……船体を展開した状態で人を乗せている場合、特に乗っている者が多いと不安になる。激しい操船で怪我をさせてしまわないか、等と」

 成程と新城は感心した。

 早速学ぶべき意見が出たようである。

 

 船体に人員を乗せている際の問題点は元々挙がっている。

 船体収納時に人員は収納されずに残され、結果として海に放り出されてしまうのが一番の問題だ。

 この為、船体に人員を乗せている際の艦娘の船体収納と再展開は迅速に行えなくなってしまう。

 貨物に関しては人員のように残される場合と問題なく一緒に収納される場合があり、現在はまだ状況や容量重量等、様々な条件で調査を行っている最中だった。

 そういう事もあって船体に人間が搭乗する事について不安を口にする艦娘たちがいたのである。

 

 そういう点で考えれば、艦娘部隊というのは司令官以外の人間はいない方が良いのではないだろうか?

 新城はそう考えていた。

 無論、自身で判断できるようにする為には、これまでとは全く異なる調練や講習が必要となるだろう。

 だが、その辺りに関しても先任艦娘達の意見を聞けば解決できるかも知れない。

(「どちらにしてもその前に、この現状を切り抜ける事だ」)

「では、今回は2隻とも艦長含め乗員はいない状態で作戦を行ってもらう。作戦に関しては2人で考えてもらうが、判断に迷う際は長月の判断で。よって今回の作戦に限っては襲撃隊の旗艦に長月を任命する」

「了解した」

「了解ぴょん。それじゃ、うーちゃん達はヌ級撃沈後に~」

「いや、沈める必要は無い。寧ろ出来るだけ中破か大破で留めて撤退してもらう」

 卯月の言葉を遮るようにして、新城は説明した。

「完全に沈んでしまえば諦めもつくが、大破でも沈んでいなければ……」

「……あ」

「……そういう事か」

 気付いた、という感じで駆逐艦たちの顔に何かが浮かぶ。

 艦娘というのは、同じ名で呼ばれた艦の魂を宿し、故にその記憶の一部も所持していると聞く。

 彼女たちが如何だったかは知らない。

 だが、彼女たちの味方の何隻かは……そうやって海へと沈んだはずだ。

 沈みかけた仲間を助けようとして、守ろうとして……戦場は時に、人としての情けすら餌に罠を仕掛ける。

「この際、君たちの好みは問題ではない」

 寧ろ刺激するかのように、自分に敵意を向けさせるように、新城は言葉を選んで口にした。

 自分から嫌われるような事を言っているのだから嫌われても仕方ない……という自己弁護。

 言ってから罪悪感と羞恥心がこみ上げてくるが、どうしよも無い。

 如何感じたのかは分からないが、長月が少し考え込んでから質問した。

「……だが、敵にそういった思考があるのか?」

「直接見た訳ではないが、敵旗艦を僚艦が庇うという行動が目撃されているそうだ。可能性はあると考えて問題ないだろう」

 彼女の問いにそう答えると、新城は3人を見回した。

「魚雷の場合は撃沈する可能性が高いし、敵が沿岸部にいる場合は防潜網が仕掛けられている可能性もある。加えて飛行甲板を使用不能にするなら、雷撃より砲……」

 そこまで言って、新城は恥ずかしくなった。

 自分は誰に、何を言っているのだ?

 戦を知らない新兵に授業でもしているつもりなのか?

 見た目が幼子とはいえ、彼女たちは訓練を積んだ艦娘なのだ。

「……宜しく頼む、の一言で済ませるべき事だな」

「ああ、まかせてくれ」

「がんばるぴょん!」

「攻撃後は速やかに離脱、此方との合流は考えなくていい。本隊の泊地に向かってくれ」

 地図を広げて一点を指す。

 その言葉に2人が即答する。

「……僕は無駄遣いが嫌いだ」

 そう言って、新城は2人の顔を見回した。

「こんな戦いで、貴重な艦娘をこれ以上失うつもりはない」

 怒ったような表情で、2人の顔を睨みつける。

 卯月の方はというと、ちょっと怯えたような顔をしたが、長月は不敵な表情で口元を歪めてみせた。

「了解だ。では卯月、準備にかかるぞ?」

「うぅ、長月はもうちょっとお姉ちゃんを大事にするぴょん?」

「だったら、もう少し姉らしくしろ」

「うぅ……ひどいぴょん。ぷっぷくぷ~」

「卯月、大丈夫」

 しゅんとした卯月の頭を、弥生がそっとなでた。

「中尉……卯月に沈んでほしくない、から……厳しく、いっている」

「そ、そうなのぴょん?」

「そんな事も分からんから、子ども扱いなんだ」

 長月は拡げた地図の内を指でなぞりながら、自分たちの動きを確認した。

 そして……ちらりと新城の顔を見てから、小さいが鋭く通る声で姉へと呼びかけた。

「作戦を頭に叩き込んだな? さあ、往くぞ!」

 

 

 

 


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