皇国の艦娘   作:suhi

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絶望は無く、希望でもなく 四

●絶望は無く、希望でもなく 四

 その音は今まで響いていた爆発音とは違っていた。

 直接的な揺れと衝撃を伴って、艦橋を訪れたのである。

 勿論、これまで龍驤が行っていた転舵や増速減速の繰り返しによって船体に加わる揺れや傾き、衝撃とは全くと言っていい程に異なっていた。

「これは……」

 誰が何を言おうとしたのか、ハッキリとは確認し切れなかった。

 それを遮るように龍驤からの報告が入る。

「龍驤、被弾した! 飛行甲板一部破損。けど艦載機の運用は、まだ……」

 彼女の言葉が終る前に、肌や鼓膜を直接叩くかのような轟音が艦橋を襲った。

 僅かな間の後に轟音が続き、同時に激しい揺れが、船体を揺すぶるような震えが襲ってくる。

 その数秒後に訪れたのは……下から突き上げてくるような衝撃だった。

 吹き飛ばされそうになる身体を押さえるように、新城は近くの何かを懸命に掴んだ。

 一方の手で頭を庇うようにしながら身を縮め、俯いてぎゅっと目を閉じる。

 細かい何か、破片のような物が無数にぶつかってきて、その後に大きな衝撃があった。

 大きな何かがぶつかったのだろうと考えたが、その割に痛みは殆んど無い。

 掴んでいた物が壊れたのか突然の浮遊感があって、続いて身体が何かに叩き付けられた。

 呻くような声と共に衝撃で咳き込む。

 声は自分のものとは思えない響きを持っていた。

 いや、自分以外の者も同じような声を発したのだろう。

 揺れも衝撃も治まったが、今度は振動のようなものが身体を揺らし始めた。

 音の方も、先程とは全く違うものが響き始める。

 何より先刻までとは違い、外で響いていた機銃や砲撃音に身体で感じられる衝撃が追加された。

 火薬か何かの混ざり合ったような、焦げるような臭いが鼻をつき、むせるような鉄の香りも押し寄せてくる。

 身体が何かにべっとりと浸ったかのように濡れているにもかかわらず、妙な温かさのようなものも感じられた。

 新城はうっすらと目を開けた。

 何かが染みるような感覚がある。

 見えているのは天井か何かなのだろう。

 電気は消えているものの外から弱い光が差し込んでいて、周囲の様子はそれなりに確認できた。

 自分が倒れているのは認識している。

 衝撃で平衡感覚が奇怪しくなったのかと思っていたが、実際に金属製の床の方が傾いていたらしかった。

 天井も半面ほどが剥ぎ取られたようになっていて、歪んだ金属板や鉄骨の隙間から空らしき灰色のものも覗いている。

 けたたましさに眉を歪めつつ、ゆっくり身体を起こそうとすると、節々に痛みが走った。

 服を濡らしているのが血液であろう事は、最初から感じている臭いと感触で推測はしている。

 これだけの血が身体から出ていれば、恐らくは死亡するのではと推測したが……それだけの怪我をした箇所の感覚は無い。

 身体の各所に痛みを感じる以上、死にかけて感覚が失われかけているという可能性も無さそうである。

 とはいえ新城としては自身が死にかけた事がない以上、自分が情報や伝聞として知っている知識が真実なのか自信は無いが。

 そんな事を考えていたところで……彼は今がどんな状況だったのかを思い出した。

 艦隊は敵攻撃隊、航空機部隊の攻撃を受け、対空戦闘を行っている最中だったはずだ。

 もっとも彼自身に出来る事は無かった為、司令部要員の者達と共に龍驤の艦橋で邪魔にならぬようにと待機しながら状況を窺い続ける、というのが……彼の先刻までの仕事だったのだが。

(「……状況を見る限り、爆撃を受け……中破、もしくは大破……か?」)

 自分で想像していたよりは余程に平静な状態で、新城は現状を確認しつつ推測した。

 或いは自分にはまだ、状況が実感できていないだけかも知れない。

 

 そこまで考えたところで……彼は視界内に倒れている幾つかの人影らしきものを確認した。

 司令部要員を務めていた2人だった。

 正確な表現をするのであれば、かつて2人だったもの、という事になる。

 それは破壊された船体の一部によって潰されており、既に人としての原形を留めていなかった。

 考えてみれば当然の事で、撒き散らされている血が自分のものでないとするのならば、誰か別の者がそれだけの傷を負ったという事なのだ。

 残酷であり呆気なかったが、同時に……それこそ真に、現実的とも言えた。

 何より、最後の時というものが瞬間であったとするのならば、苦しむ暇もなかったであろう。

 ある意味それは救いなのではと新城には感じられた。

 自分は今、こうして誰かの最期を目の前に突き付けられた事で……その時まで怯えなくてはならないのだ。

 勇者は一度だけ死ぬが、臆病者は何度も死ぬ。

 一体、誰の言葉だったか?

 以前にも考えた事があるような気もする。

 改めて実感した、という事なのか……まるで背骨の芯の辺りから冷たい何かが滲んできたような感じがして、身体が震えそうになる。

 呻きのような、壊れた微かな呼吸音のようなものを確認したのは、そんな時だった。

 今まで気付かなかったのは、周囲の音に掻き消されていたという事なのだろうか?

 実際今も砲や機銃の発射される音が外から響き、同時に周囲から何かが燃える音や爆発音のようなものも聞こえているのだ。

 喉や鼻にも異様な感覚があり、何かに焙られたような空気には熱が感じられる。

 そんな中で新城は、自身の傍にもう一人の司令部要員が倒れている事に気付いた。

 副官のような立場についていた青年だった。

 新城の軍服を染め上げていた赤色の一部は、少なくとも彼の傷を源として流れて出たものらしかった。

 青年は仰向けに倒れていた。

 既に虚ろになりかけた瞳は、一応という感じで新城へと向けられている。

 その唇が、痙攣や震えという感じではなく動いた。

「しっかりしろ!」

 呼びかけながら、新城は自身の記憶を必死に手繰り寄せようとした。

 応急処置の為の器具一式が、艦橋内にあった筈なのだ。

 そう考えはしたが……実際の処、手遅れだった。

 艦橋内の半分ほどは既に原形を留めていなかったし、青年の身体からは既に生命を維持するのが不可能と思えるだけの血が流れ出てしまっている。

「……いいんです……自分、は……」

 騒音の中にありながらも不思議と聞き取れる、か細い言葉で口にしながら……彼は微かに首を振った。

 全てを拒むような仕草だった。

 それ以上の言葉は無かった。

 新城を見上げていた瞳は、そのまま別の無機物か何かに変わるように色合いを変えていった。

 それは青年が既に生き物ではない何かへと変わってしまった証でもあった。

 青年を抱き起すような姿勢で、新城は歯を喰いしばった。

 こめかみに筋が浮かび、白目が赤く見えるほどに充血する。

 数秒して青年の身を横たえようとした次の瞬間、彼は肩に走った激痛に呻きを上げ、倒れこんだ。

 青年だった物の頭部が床にぶつかり音を立てたが、新城の耳には入らなかった。

 彼の精神は、痛みを堪える事で一杯になっていた。

 全くの不意打ちだった。

 一瞬だけだが息が詰まり、噎せ込む。

 身体を痙攣させるようにのたうち回ったせいで節々が近くの何かにぶつかり、今度は足に痛みが走った。

 こちらも強烈で、痛みを感じたのは足であるにも拘らず、頭に……後頭部か側頭部に何かが刺さりでもしたかのような、裂かれでもしたかのような衝撃を感じた。

 少なくとも痛めたのは今という訳ではなさそうである。

 自身が、妙に滑稽(こっけい)に思えてきた。

 今までは感情が高ぶり気付かなかったという事なのか?

 自分はそれほど情の強(こわ)い人間だったのだろうか?

 恐怖を感じ、命の危険もある状態であるにもかかわらず……薄ら寒い笑みがこみ上げてくる。

 身を固くして堪えていると、痛みはゆっくりと弱まっていった。

 そろそろと息を吐きながら安堵すると、新城は改めて状況を再確認した。

 司令部は全滅した。

 生き残ったのは自分一人で、その自分も命に別状はないと推測するが、負傷している。

 龍驤の船体は、中破か大破と思えるだけの損傷を受けているようだ。

(「……いや、こちらに通信がなく龍驤自身が姿を現さないとなると……」)

 大破以上の損傷を受けた、という可能性もある。

 倒れている金属製の床は……冷たくなかった。

 何かによって熱されている。

 そういえば我に返った時、目や喉の調子が奇怪しいような感覚が無かったか?

 聞こえてくる音の中に、何かが蒸発するようなものは含まれていないか?

 差し込んでいる光の中に、やけに赤みがある灯がなかったか?

 考えを進めるというよりは、パズルのピースを当て嵌めていくような感覚だった。

 実際、結果は既に出ているのだろう。

 自分がそれを正確に認識できていない、というだけなのだ。

 

 

 頭上、というか上方から物音のようなものが聞こえたのは、そんな時だった。

 立っていれば頭上と表現すべきなのだろうが、今の新城は身を強張らせた格好で艦橋の床に倒れていた。

 ならば単純に上と表現すべきなのか?

 そんな事を考える。

 何か考えたくない事があった場合に限って、自分は余計に用心深くなるか無駄に哲学的になるのではないだろうか?

 同じような事を以前も考えたという記憶はあるが、それが何時(いつ)の事なのかという記憶は無かった。

 それほど前の事では無かった筈だ。

 いつもは放り出していた思考を突き詰めてみるべきなのか?

 そんな事を思い付きのように考えた時、再び音が聞こえた。

 音は一つだけでは終わらず、幾つもが混ざり合いながら継続して響いた。

 

 上から何かが、降ってくる。

 それは呻くような声と何かにぶつかる音を幾度も響かせながら近付いてきて、最後に傾いた床に落ちて苦しげな声と気味の悪い音を立てた。

 距離は然程離れてはいない。

 もう数メートルもずれていれば、それは新城の上へと落下し、彼を圧し潰していたかもしれない。

 視界に飛び込んできたそれを、新城は容易に確認できた。

 龍驤だった。

 倒れていた彼女は、呻くような、呟くような声を上げながら身体を起こそうとする。

 その動きが不安定で妙にぎこちない事に疑問を覚えた新城は、彼女の片足が、もう一方と比べて短く見えることに気が付いた。

 一方の足が、踝の少し上辺りから見えなくなっている。

 布のような物が巻き付けられてはいるが、べったりと赤黒い何かに染まっていた。

 もっとも、そこから床に滴る血は意外なほどに少なく見えた。

 先刻の衝撃、恐らく爆撃と推測される攻撃による負傷なのであれば、一時間どころか30分と経っていない筈である。

 医学には詳しくないが、末端とはいえ四肢の一部を失うような負傷による出血が短時間で弱まる、というのは……人間の場合は有り得ないだろう。

 やはり艦娘というのは大した者なのだ。

 倒れたままの姿勢で、新城はそんな事を考えた。

 乗り込んだ艦が恐らくは危険な状態で、自身も負傷している。

 にも関わらず、ほんの少し前に死の恐怖というものを実感し震え上がっていた自分が……今は傍観者のように、現状を観察している。

 やはり身近に迫った恐怖が何かを麻痺させているのか。

 それとも、判断力が鈍り自分が如何すべきかを決断できないが故に、それを促す為にと情報収集と現状の把握に全てが振り分けられている、という事なのか。

 

 不器用な動きで上体を起こした龍驤が、膝立ちの姿勢になって周囲を見回した。

 呆然とした表情で口元が動く。

 何か言おうとしたらしかったが、新城の耳には彼女の声は届かなかった。

 一瞬、自分が耳をやられたのかとも思いはしたものの、即座にそれは無いと思い直す。

 今この瞬間も砲音や銃声、何かが爆発する音や炎が燃える音らしきものが、聞きたくないと思っても耳の奥まで次々と飛び込んできているのだ。

 龍驤の声はそれらに掻き消されたか、或いは……そもそも言葉が口から出なかったのだろう。

 何より、その直後の呟きは掻き消される事なく新城の耳へと届いたのだから。

「……嘘やろ……」

 そう呟いた彼女の瞳に何かが滲んでいくのを、新城は見出したような気がした。

 壊れた各所から光が差し込んでいるとはいえ、照明は切れ決して明るいとは言えない状況で、何故見えたのかは分からない。

 或いは声色に泣いているような何かを感じ、それが何かを錯覚させたという事だろうか?

 どうであれ何かを滲ませたのは……煙が目に染みた、という訳ではないだろう。

「誰、か……誰か、生きてるもんは……」

「生きている。早とちりするな」

 彼女が言い切る前に、呟きが形を変えて叫びと嘆きへと変質する前に、新城は何とか言葉を絞り出した。

 言葉を遮らねばならないような、妙な義務感に突き動かされたのである。

 声を発している最中に肩に痛みを感じたが、今回は微かなものだった。

 全く自分はこんな処でもと内心で自虐しつつ、努めて冷静に言葉を発する。

「確認を怠り、推測に基(もとづ)いて現状把握を行う……というのは、褒められる行為ではないな」

「すまん……で、傷は?」

 申し訳なさそうな響きは確かにあったものの、龍驤の声は先程までと比べると明らかに異なる何かが満ちていた。

 それには一切の反応は示さないようにして、新城は冷静に自身の現状を伝えた。

「負傷はしているが、恐らく命に別状は無い筈だ」

 そう口にはしたが、無理に身体を起こそうとはしなかった。

 思った以上に機敏な動きで、龍驤が屈んだ姿勢のまま距離を詰めてくる。

 薄い明かりのせいで気付かなかったが、近付いた事で新城は彼女が足以外にも傷を負っていることを確認した。

 両腕の肘から先は服が裂け、覗く肌には複数の赤い痕が走っている。

 頭に被っていたバイザー型の艤装の方は無く、首や肩部の艤装も何かがぶつかったような跡が付いて歪んでいた。

 腰部や大腿、脚部の艤装の方も一部を除いて原形を留めないほどに破損し、或いは身体との接合部部分を残し、砕けて失われてしまっている。

 身体の方も細かな傷を殆んど全身に受けており、服や残った艤装を血と油が汚していた。

 

 船体の損傷がどれほど酷いものであろうとも、艦娘の本体が影響を受けることは無い。

 推測でしかないが、本人が爆弾の直撃を受けたという訳でもないだろう。

 とすると彼女の傷は爆風によるものも大きいだろうが、爆発によって破壊された船体の破片等による二次的なものも含まれているに違いない。

 

(「船体を展開し搭乗しているという状態は、防御の面で優れているのかも知れないが……」)

 良い面ばかりではない、という事なのだろう。

 そんな事を考えてから、彼はすぐに人間も似たようなものかと考え直した。

 骨折した際に肋骨が内蔵に刺さり損傷を与えるなどという話は、頻繁というには大袈裟かも知れないが、幾度となく聞いている。

 何もかも都合良くとは行かないという事なのだろう。

 そもそも状況の把握を重視して飛行甲板上に出ていた訳だから、船体の防御力を活かし辛い状況下でもあったのだ。

 その辺りはリスクとリターンの兼ね合いという事になるのだろう。

 そんな事を考えている間に龍驤は、不測の事態に備えてという事なのか周囲を警戒しながら彼の傍まで移動してきた。

 足の傷以外は殆んど感じさせない機敏な動きである。

「状況は?」

 新城も自身の怪我に関しては無視して短く質問した。

「艤装は……まあ、何とか大破で済んどる。けど、船体は……沈み始めてる。一旦切れた接続を繋ぎ直して引き伸ばしとるけど、どれだけ持つかは……正直、分からへん」

「……了解した。生存者は一名、自分のみだ」

「……了解、や」

 短い言葉に、龍驤は表情を動かさないようにして短く答えた。

 実際のところ、感傷的になっている余裕は無いのだ。

 

 さて、如何するべきか?

 倒れたままの姿勢で新城は考え込んだ。

 実際のところ、現状での優先事項はハッキリしている。

「とにかくキミは脱出や。連絡は取れへんけど、誰か近付くなり乗り移るなりしてくる筈やし」

 そう言ってから龍驤が心配げに、新城の様子を窺うように問い掛けた。

「……動けんか?」

「全く、という訳では無いが」

 そう言って、新城は身体を起こそうと力を込めた。

 この場合、足は問題ない。

 顔には出さぬにようにと表情は固めながら、痛みを感じた方の肩を使わぬようにして、何とか左の腕だけで起き上がろうとする。

 それでも、右肩から何とも言い辛い感覚が漂い、額に邪魔なものが浮かび上がってくる。

 それを堪えて脇を閉めるようにして肘から先で腹を抱えるようにすると、痛みはあるものの随分と楽になったような気持ちになった。

 動かすのが拙い、という事なのだろうか。

 症状の良し悪しは兎角として、今は痛みを感じない事こそが、新城としては第一だった。

「……右の腕か、肩辺りか?」

「そのようだ」

 他人行儀に答えた次の瞬間、龍驤の手が支えるように背に回される。

 気恥ずかしさのようなものも感じたが、新城はそれを受けて何とか半身を起こした。

「ウチも片足やってしもうて……歩くんは、ちょっち無理なんや」

「こちらも、恐らく足首を負傷している」

 言いつつ新城は確認するように足に力を込めた。

 肩とは反対と記憶しているので左足の筈だ。

 平静を装ってはいても内心はおっかなびっくりというのが相応しい状態だった。

 そっと動かそうとすると、痺れたような感覚と共に痛みが走った。

 奥歯を噛むことで、顔に出す事は何とか拒む。

「動かんか?」

「立ち上がるのは難しいな。片腕がこれだと這うのも無理だろう」

 

 命に係わるというのに、不思議なほど淡白に新城は判断を下す事ができた。

 言ってから寒々としたものがこみ上げてきたが、表に出すのは何とか拒んだ。

 もっとも、本当に隠せたのか如何かは分からない。

 実際のところは隠そうという意思が大事なのだろう。

 それすら失ってしまえば、自制心というものを根本から無くしかねない。

 

「なら、なんとかウチが背負うなり何なりして運ぶしかないわな? しんどいと思うけど、我慢してや」

 そう言って龍驤は周りを確認した。

「多分損傷で艦橋が少し落ちて傾いた……から、飛行甲板からの距離は開いてるんやろうけど、逆に前の甲板には出易くなってる筈や」

「船体の損傷確認は難しいか?」

「うん……正直、繋ぎ直せたってのが奇跡みたいなモンやと思う。実際今も、いつまた切れても奇怪しない状態なんや……艦内の移動もそうやけど、状況確認の方も、もう……」

「そうか……」

「だから、急がなあかん。さ、しんどいやろうけど」

 そう言って手を取った龍驤が、新城の左腕を自身の肩へと導いた。

「ちょっち小さくてしがみ付き難いやろけど、その辺は堪忍な? さ、はよう、早う」

 

 

 そう急かされ流れで了承し龍驤の背に身を預けるようにはしたものの、その時点で新城は後ろめたいような気持ちを抱いた。

 龍驤にそこまでしてもらうという事に、何というか……躊躇いを感じたのである。

 軍人ではないとか、人間のように見るか兵器として見るか……とか、そういう高尚なものではなかった。

 背負われるように身を接した時、肩幅の狭い後ろ姿や目に飛び込んできたほっそりとしたうなじ等に、女性的な何かを感じてしまったという事だった。

 甘やかな香りが漂ったような、そういう印象を受けたのだ。

 何かが焦げ付き喉や鼻の奥がひりつくようなこの場でそんなものを感じるとは思えないので、つまりは錯覚的なものなのだろう。

 それでも、そういったものを感じてしまうと何とも微妙な気持ちになったのだ。

 別段潔癖を気取る訳ではないが、こんな時にまでそういうものを感じてしまう自分に少々嫌気が差したのである。

 そういえば夜戦の時に金剛に抱えられた際は全く気にはならなかったのだが、何故だろろうか?

 沈み始めた天龍の船体から脱出しようとしていたからなのか、……いや、今も龍驤の船体は沈みつつあるのだから緊急事態である事に変わりはない。

 あの時は突然で、事態を認識する前に弥生の船体へと到着していたから実感する暇がなかったという事なのか。

 もちろん自分が士官としての教育を受けた際の、つまりは学生時代の記憶も大きく影響はしている事だろう。

「……何や? 何処か妙なコトでもあるんか?」

 怪訝そうな表情で振り向いた龍驤が首を傾げる。

「いや……年頃の娘に、こういった風にさせるのは、あまり感心できるものでは無いな……と思ってね」

 何でもないと答えようとして少し考えた後、新城は冗談めかしてそう口にした。

 自分の内面を隠そうとしての行為だった。

 平静を装うよりはと考えたのである。

 

 多分に誇張は入っているのかも知れないが、全くの嘘という訳では無かった。

 何より言葉にした事で、新城は自分の後ろめたさの原因らしきものを察したような気分になった。

 龍驤の外見はどちらかというと、大人の女性というよりは少女という印象に傾いている。

 少なくとも自分はそのように感じている。

 咄嗟に年頃の娘などという表現が口から出たのだから、実際にそんな印象を抱いていると考えて然程間違いはないのだろう。

 例えるなら異性との付き合いも知らない女学生に、あまり宜しくない仕事を押し付けているような、そういう気持ちになったという処だろうか?

(「……しかし、女学生という表現は少々旧時代的に過ぎるな」)

 そもそも若いなら異性との付き合いが少なそうで大人の女性なら問題ないだろうという発想も、随分と失礼な事のように思える。

(「迷うなら、付き合いが無さそうと見た方が無難か? ……いや、それだとモテ無さそうと見ていると判断したと受け取られるか?」)

 そんな事を考えてみたせいか、少しだけ強張りがほぐれたような気持ちになった。

 

「何? 気にしてくれてるん? それは、ちょっち嬉しいな」

 応えるようにという事なのか、龍驤も冗談めかしてそう返す。

 もっともその声は新城と比べると些(いささ)か外連(けれん)味に欠けていた。

「こんな時や無かったら、なぁ……って、アカンな!」

 続いて零れた言葉を打ち消すように、彼女は自身の頬を軽くはたく。

「とにかく、キツイやろうけど堪えてや。今はキミに生き残ってもらうんが第一やから」

 そう言ってから、龍驤はそろそろと動き出した。

 再び口から洩れそうになった何かを、新城は先程と同じように、奥歯を噛み締めるようにして堪えた。

 ゆっくりはであっても、龍驤の動きの一つ一つは機敏で確実なものだった。

 扉の無くなった艦橋を後に、傾いて所々めくれ上がった通路なのかラッタルなのか分からないような場所を、這うようにして一手ずつ進んでゆく。

 その間にも、周囲からは何かが燃える音や破裂するような音が響き、傾きが徐々に増していった。

 何もできないからこそ余計にという事なのか、急き立てられるような気持ちになる。

 今迄は恐らく五分と掛からずに何気なく通り過ぎていた場所を、その倍以上の時間を掛けて、まだ彷徨っているのだ。

 

 いや実際の処、どれだけの時が過ぎたのかは分からない。

 今の新城には正確な時間を確認する術は無いのだから。

 随分と時が過ぎたような気はするものの、実際はそれほどは過ぎていないのだろうという想いはあった。

 距離の方も、実際にどれだけ進んでいるのかは分からないのだ。

 飛行甲板と甲板の高低差は10m程度だった筈だから、損傷で少々落下したという艦橋からであれば更に数mは低くなっている事だろう。

 高さ以外となると、それこそ距離など殆んどと言っていいほどに無い。

 龍驤船体の艦橋は飛行甲板最前部直下にあって、艦橋から前方の甲板を見下ろせたのだから。

 そんな僅かな距離が、信じられないほど遠くに感じられる。

 まるで別の場所に迷い込んでしまったかのような気分を味わって、新城は己を嘲笑った。

 そんな風に自身を見下したことで少しばかり客観的な視点が戻ってきたという事なのか、周囲の状況が見えるような気持ちになる。

 もっとも、それも実際はそのような気がしていた……というだけの事らしかった。

「……聞こえる」

 龍驤が動きを止め、呟く。

 背にしがみ付くような姿勢で新城も耳を澄ましてはみたものの、龍驤が聞いたらしき何かを捉える事はできなかった。

 もっとも彼女が捉えたという何かについて、彼は全く疑いを持とうとは思わなかった。

「誰か来とる。声かけてみてええか?」

「構わない」

 確認を取る龍驤に短く答える。

「おお~いっ!! 誰か、おるんか?」

 龍驤が声を発した直後、今度は新城も声らしきものを聞き取る事が出来た。

 もっとも、それが誰の者かまでは判別し切れなかった。

 声と共に金属に何かがぶつかる音、恐らくは通路を駆ける際のものであろう音が響き、徐々に近付いてくる。

 やがて、コードの束や金属の管や板の隙間から、小柄な姿が現れた。

 2人の姿を確認した弥生が小走りに、足元を確認しながら駆け寄ってくる。

 

 

「これで安心やな」

 龍驤が安堵するように息を吐いた。

「司令、官。龍驤、さん」

「お疲れ、すまんな。司令官の事、頼むわ。左肩と右足首を痛めとるみたいやから、気ぃ付けたってな?」

 龍驤の言葉に頷くと、弥生は膝を付いた姿勢で両手を伸ばした。

 軽く息を吐いてから、新城は身を固くする。

 恐らくは襲ってくるであろう痛みを堪える為だ。

 全くないという訳にはいかなかったが、感じた痛みは想像していたよりもずっと軽いものだった。

 安堵の息を零してから、弥生に背負われるという状態を改めて認識する。

 不思議というべきか、龍驤の時に感じたようなものは全く無かった。

 年月なのか、間柄なのか。

 全く欠片も感じないというのは却って失礼なのではないか?

 そんな考えすら浮かぶほどに落ち着いている。

 或いは……自分がそういう趣味を持っていない、というだけの事なのか?

「龍驤、さん……は……」

 取り留めの無い思考を遮るように弥生の言葉が響く。

「ウチは、ええ」

 呆気ないくらいあっさりとした調子で、龍驤は否定を口にした。

 何かを吐き出すように息をして、通路の壁だったであろう歪んだ鋼板に背を預ける。

「ちょっち……疲れてもうて、な……」

 そういって彼女は、何かが抜け落ちたような笑みを浮かべて見せた。

 

 

 既視感らしきものを抱いた新城は、すぐに先刻の、副官の青年の最後を思い出した。

 顔の造りというものは異なるのだろうが、若そうな、それ故に内に抱くものが素直に滲むような印象を受けるその顔には、全てを拒むような何かが浮かんでいる。

 どうしようもない。

 それが新城の抱いた思いだった。

 憎悪や憤怒より無気力こそが絶望に近い。

 彼はそう考えていた。

 怠惰は効率に近しい側面も持つ分、似てはいても決して同じではない。

 それでも、彼女が漂わせていたのは……世間知らずや狂信の徒の多くが抱く短絡的で刹那的な思い込みとは異なるものだった。

 長らくを生きてきて、疲れ果てた者の……諦念、とでも呼ぶべきもの。

 新城にはそんな風に感じられた。

 だからこそ、彼は即座に説得を諦めた。

 彼女の力は実際に限界に近付いてはいるのだろう。

 もしかしたら此処までの行程すら、気力だけで何とかしてきたのかも知れない。

 勿論、感情的なものが全くないという訳では無い筈だ。

 艦娘にとって半身とでも呼ぶべき、或いはそれ以上の意味を持つのかも知れない、船体というものを失おうとしている……失いつつあるという現状が絶望に、終わりを素直に受け入れるというような気持ちに繋がっているというのも事実なのだろう。

 

 だが、それが分かったとしても、推測が仮に正しかったとして……一体何ができるだろうか?

 生きるという事を諦めた者に対して、生きようとする者に……自分に、何ができるだろうか?

 少なくとも自分には諦める以外に思いつかない。

 

 新城はそう結論を出していた。

 自分は死にたいと思ったことは無い。

 日常ならば兎も角として、生死が直接的に関わるような場面という事に限るのであれば……これで十分と思った事も、疲れ果てて何もかも如何でも良いと思った事もない筈だ。

 そもそも死というものについて、どうしようもない程の恐怖を抱いている。

 思考するまでもなく無意識に、本能で、忌避しようとしているのだ。

 相手の考えが、分からない。

 説得するという事において、これほど如何しようもない問題は無いだろう。

 間接的に、あるいはかつて自身が沈むという記憶でもって死というものを一面的ではあっても理解していて、それを拒もうとしない者に対し、想像するだけで恐怖し避けようとする者が、何を言えるだろうか?

 臆病者は何度も死に、勇者は一度だけ死ぬ。

 そして……一度も死んでいないのに死んでしまう者もいる。

 つまりはそういう事なのだ。

 

 

「さ、みんな? のんびりしてたらあかんで?」

 龍驤が呼びかけると、壊れかけの艤装や彼女自身の身体から、湧き上がるようにして妖精たちが姿を現した。

「今までありがとな? これからは鳳翔さんや皆の事、助けたってくれや」

 そう呼びかけはするものの、妖精たちは涙を浮かべながら艤装や体にしがみついて、彼女の言葉を拒むように首を横に振る。

「な、弥生? この子たちの事、頼まれてくれんか?」

 

 その龍驤の言葉を受けて、新城は自分を背負っている少女へと意識を向けた。

 彼女は……弥生は、主とは異なる結論を出したらしかった。

 新城はそれを十分に推測していた。

 そして、自分とは異なるその結論を即座に否定しようという気持ちには、ならなかった。

 彼は現実主義者的な面を持ってはいたが、決して悲観主義者であろうとはしていなかったからだった。

「……司令官」

「どうした?」

「片手で、龍驤……さん、担ぎます。司令官、片……」

「構わない」

「ちょ、キミっ!?」

 弥生が言い終える前に許可を出した新城に、龍驤が驚いたような顔を向ける。

 頷いて礼を言った弥生が新城をそっと、それでも手早く動かして、両手で抱えていた状態から片手で肩に担ぐような姿勢に持ち替えた。

 痛みはあったが堪えられる程度だった。

 寧ろそのお陰で、新城は余計な事を考えずに済んだという気がした。

 何より、時間がそれほどあるとも思えなかった。

 相変わらず様々な音が周囲から響いていたし、船体の傾きは更に酷くなっていく。

 つまりは移動も困難になってゆくという事だ。

「龍驤、さん」

 弥生が屈み込み、龍驤を抱え上げようとする。

 身体は殆んど動かしはしなかったものの、龍驤は言葉で懸命に反対した。

「ウチは、エエから!」

「駄目……です」

「こんな事してる時間無いやろっ!? 早く脱出せんと!!」

「急げば、二人とも……」

「司令官が第一やろ! 余裕なんて、もう無いでんやで?」

 叫ぶように口にした龍驤の手を、弥生は掴んだ。

「……それでも……」

「あの子ら墜落させといて、ウチだけ……」

 弱々しい仕草で龍驤が、振りほどこうとでもするかのように手を揺らし、首を振る。

 動きそのものは微々たるものだったが、表情や声には明確に、拒絶という色が滲んでいた。

 龍驤の零した言葉で新城は彼女の内について推測はしてみたものの、自身の考察については口に出さず、表情に滲ませもしなかった。

 ただ他人事のように……難しい事だろう、と考えただけだった。

 

 実際、これほど弥生に向いていない物事も無いだろう。

 荷物のように担がれながら、新城はそんな事を考えた。

 会話がそもそも苦手という者が、正反対の意見を持つ相手を説得しようというのだ。

 もっとも新城としては、必要なのは言葉だけではないという想いもあった。

 であるならば向いていなかったとしても、決して無理でも不可能でもない筈だ。

 彼はそう考えた。

 弥生は喋るという点については確かに不得手ではあったが、だからといって秘密主義ではないし、周囲に何一つ伝えようともしないという性格では、全く無かった。

 雄弁ではないからこそ、生き方そのものが何かを伝える……そんな少女だった。

 少なくとも新城はそう考えていた。

 不器用だからこそ誠実だった。

 贔屓目が入っているかも知れないが、あらゆる総てに対して真摯に見えた。

 もっとも、二人の会話は今のところ平行線を辿っている。

 このまま数分も過ぎれば、最後は龍驤の言葉を受け入れざるを得なくなるだろう……という流れだった。

 艦娘である弥生は力だけならば2人を担ぐだけの膂力はあるのだろうが、体型を考慮するのであれば、2人を担いだまま沈みつつある龍驤の船体内を素早く移動するというのは難しい。

 

 龍驤が動ければ問題ないが……動くのが困難でも例えば背負われる際にしがみ付く事でも出来れば、弥生としては格段に動き易くなる事だろう。

 或いはそういった有利不利ではなく、単純に嫌がる者を無理やり連れて行くという行為を弥生が望んでいないだけという可能性もある。

 ともかく事実はどうであれ、本当に時間が無くなってしまえば……弥生は司令官を脱出させる為に龍驤を見捨てる、という選択肢を選ばなければならなくなるのだ。

 

 

 

 もっとも……実際には、そうはならなかった。

 時が過ぎる前に、状況は変化した。

 二人の会話、主には弥生の声よりそれを拒む龍驤の声が、弥生に向けての懸命の説得が、別の者に新城たちの存在を、居場所を教える形となったらしかった。

 何かがひしゃげるような、引き裂かれるような音が響く。

 船体の沈む速度が加速したのかと思った処で、近くの鋼板が音を立てて歪んだ。

 道を切り開くようにして姿を現したのは、金剛だった。

「遅くなりマシタ、すみまセン」

 普段と変わらない態度に、いや寧ろ意図的に諧謔味を加えたような態度に……新城は感心すると共に心からの安堵を抱いた。

「無茶するなぁ」

「提督のみ、となれば慎重さが必要でしょうガ、声からして2人も傍にいると判断しまシタので」

 毒気を抜かれたような、呆れたような表情の龍驤に向かって、相変わらずの調子で金剛はそう説明する。

「2人がいるナラ、何かあっても提督を守れるデショウ?」

「ウチ、怪我で動けんのやけど……」

「あれだけ声を出せてれば、動けマスよ?」

 龍驤の反論を金剛は即座に否定した。

「ダメだと思ってもその先に、一歩どころか二歩も三歩も先があるんデース。艦娘の限界、というのはネ」

「だから容赦なく壊して突っ切ってきたワケかいな?」

「速度と最短距離を優先シマシタ。船体への配慮は、悪いケド無しデス」

 そこまで言ってから、金剛は少しだけ表情を変えた。

 

「沈むのデショウ? アナタの船体?」

「……ああ」

「ならば、急ぎまショウ」

 金剛はそう言って、膝を折った。

「金剛はん、ウチは……」

「……ここで終われるというのは、アナタにとって救いデスか?」

 龍驤の言葉を遮るようにして、金剛の言葉が彼女へと向けられる。

 そう口にした金剛の表情は穏やかだった。

 言い方そのものも、優しげで落ち着いた調子だったと言ってよいだろう。

 だからこそ、一層重く響いたという事なのかも知れなかった。

 

 先ほどまでの表情の方がまだ余裕があったとでも思えるかのように、龍驤の顔が歪む。

 泣きそうな迷い子のような、堪えていたものが露わになったような表情に、新城は慌てて(但し外面上はそう見えないように装いながら)顔を背けた。

「……はは、厳しいなぁ……そないな事、言われたら……ウチ、ここで終われんやん?」

 それでも声は、周囲の雑音に妨げられつつも耳に届いた。

 表情を思い出しかけて、新城は微かに首を振った。

 幾度目になるのか……妙な潔癖感とでも呼ぶべきものを自身の内に感じて自虐的な気分になるが、少なくともこの瞬間に限っては、それを改めようという気持ちは起こらなかった。

 金剛の方はというと、視線を逸らすことなく真正面から龍驤に頷いてみせた。

 泣き笑いのような表情を浮かべた龍驤の潤んだ瞳に何かが宿ったのを確認し、微笑んでみせる。

「終われませんヨ? 生き恥をさらす等と考えてマスか? 誰かにそう言われるのが嫌デスか? そんな事を言ったら、ワタシだって同じです。それでも……戦い続けるべきナンデス。ソウデショ?」

「……せやな」

 龍驤はそれだけ言って、息を吐いた。

「……まあ、めっちゃしんどそうやけど」

 声の調子が冗談めかしたものへと変化する。

 それに応えるように、金剛の声色も軽くなった。

「シンドイよ~? 先輩のワタシが断言シマス」

「うわ、ひっどいなぁ~」

「私は酷いオンナですからね?」

 力の抜けた身体で、それでも龍驤がおどけて見せ、金剛も笑みを意地悪なものへと変化させた。

「他の金剛たちと違って、ヴァルハラには行けそうにありません」

「どうかな~? 酷い(ひっどい)けど、何やかんやで要領よく行けそうやと思うけどな~?」

「何やかんやって何デスか?」

「何やかんやは、何やかんやよ!!」

「……そういうのが出てくるなら、大丈夫そうデスね?」

 じゃあ急ぎましょうと、金剛は龍驤を抱え上げた。

「足の方も大丈夫でしょう。艤装さえ直せば、生えてキマスから」

 ちらりと傷を見て、事も無げに断言する。

「そうなん? 話は聞いたことあるケド、体験も見た事も無くてな~」

「別の個所ですが私も経験済みデス」

「……そっか。なら、ええわ」

 呟いて龍驤は、静かに息を吐いた。

「取りあえず帰ったら、一緒にお茶会と行きマショウ。聞きマスよ? 一度くらいは愚痴を」

 目を細めて金剛が口にする。

「……ん、おおきに」

 

 そう言ってから、龍驤は涙を零しながら自分にしがみ付き見上げている妖精たちに謝罪した。

「色々ゴメンな? 悪いけど、もうちょっち付き合ってくれや?」

 妖精たちは涙目のまま、嬉しそうに縋り付いたり、くしゃくしゃの顔のまま小さな拳で龍驤をポカポカと叩くような仕草をしたりと、それぞれの形で彼女の言葉に応えてから、彼女の艤装や身の内に溶け込むように姿を消してゆく。

 それを見守ってから、龍驤は弥生へと向き直った。

「……御免な? 迷惑かけて」

「い、え……私、こそ……我儘、で。でも……」

「良いんです、弥生は」

 口籠る弥生に向かって金剛は断言した。

「アナタは何も間違ってません。悪いのは全部、龍驤デース」

「酷っ!?」

「酷いのも龍驤デス、弥生を困らせて。後で御仕置デス!」

「い、え……でも……」

「兎に角、今は急がんと。ウチの船体、そう持たんわ」

 金剛と弥生のやり取りを龍驤が遮る。

 責められている本人が仲裁をするというのも奇妙な光景ではあるが、少し前までの空気は完全に払拭されていた。

 少なくともそれは、喜ぶべき事と言えるかもしれない。

 続きは後でという龍驤の言葉に2人が頷いて、会話はひとまず終わりとなった。

 

 

 それら、特に龍驤の顔が元の通りに戻ったのを確認すると、新城は金剛に短く質問した。

「現状は?」

 龍驤を気遣うように片腕に抱え直した金剛は、器用に敬礼してみせると司令官へと報告した。

「隊の指揮は事前の決定通り、航空母艦・鳳翔が引き継いでおりマス」

 

 

 

 


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