皇国の艦娘   作:suhi

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鈍色の下で 二

●鈍色の下で 二

「敵部隊が接近するまで基本的な作戦方針は変わらない」

 大井に状況を説明した後、新城は再確認するように口にした。

 実際のところは作戦方針と呼べるほどに立派なものではない。

 内実は龍驤と鳳翔の攻撃隊による只管(ひたすら)の空襲だ。

「あまり細かくやる必要は無いぞ」

 あくまで気軽な調子で龍驤と鳳翔の2人に呼びかける。

 攻撃の目的はあくまで擾乱(じょうらん)攻撃、ただの嫌がらせだ。

 可能なら敵艦隊に少しでも損害を蓄積させ……そんな欲が出そうになるが、無理をすれば貴重な航空戦力を磨り減らす事になる。

 南下してくる敵艦隊には戦艦であるル級と重巡洋艦のリ級2隻の計3隻が含まれているのだ。

 主砲の火力と比べれば大きく劣るとはいえ、対空能力の方も駆逐艦とは比べ物にならない。

 しかもその艦隊はあくまでも露払い的な、新城達のような足止め部隊に対処するような前衛部隊なのだ。

 前衛部隊に戦艦が存在するという時点で勝負にもならないという感じもするが、深海棲艦側も此方の主力の撃破を目的としているようで、撤退中の味方を攻撃する為と思われる深海棲艦の艦隊は動いてはいるものの此方を目標とはしていないようだった。

 だが、ヌ級を主力とした機動部隊を撃破した以上、敵がそれに対処してくる可能性もある。

 嫌がらせ程度にとどめる理由には、そちらへの警戒も含まれていた。

 もし増援として機動部隊が派遣され直掩の戦闘機隊が前進してきていれば、例え護衛を付けたとしても損害は少なくないだろう。

 敵の損害は補充され、此方は減っていく一方では真面な勝負にならない。

「しかし、敵もこれまでと比べて急に戦略的に動くようになってきましたネ?」

 新城の疑問を先読みするような形で金剛が発言した。

 実際その通りだった。

 今現在の深海棲艦たちの動きは、単純に纏まりがあるというだけではない。

 大きな目的を持ち、それを達成する為に統率され、役割分担をしているとしか思えない動きをしているのだ。

 何故、という疑問が湧かない方が不思議である。

 もっとも今迄は気にする余裕も無かったという処もあるが。

「攻撃隊とは別に偵察機も出したい。何とかなるか?」

「御命令とあれば、提督」

 攻撃隊の調整について頭を悩ましていた龍驤に代わって、鳳翔が即座に返答する。

 頷いた新城は、話の終わりを告げるように立ち上がった。

(「思いつきもこれで種切れだ」)

 とはいえ上手くいけば、残りの3日という時を稼ぐ事は決して不可能ではない筈である。

「霧や夜陰に紛れて本土まで撤退する事も、不可能じゃない」

 何かが震えるような感覚を味わいながら、彼は自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 

 

「なんとまあ」

 双眼鏡を通して眼下に広がる光景に、新城は思わず息を漏らした。

「まさに圧倒的じゃないか、敵軍は」

 声に震えや怯えが滲まぬようにと、意識して冗談めかした物言いになっている。

「一度でいいからあんな艦隊を指揮してみたいものだ」

 呟いてから一旦双眼鏡から目を離すと、新城は後部座席の金剛に声をかけた。

「敵戦力はこれで全てデショウか?」

 道具は使わずに外を眺めた姿勢のまま、金剛が質問の形で言葉を返す。

「まあ、主力は此方の主力を追撃する為に待機しているよ。だからこそ、あの艦隊だけで済んでいると考えるべきだ」

 そう答えてから再び新城は双眼鏡を構える。

 二人の視線の先、靄の陰る海面には、6隻の深海棲艦の姿があった。

 それぞれの艦に、人のような姿や怪物のような姿がダブって見える。

 駆逐艦たちは勿論として先日の夜戦の際に重巡たちの姿も確認していたが、戦艦の姿を見るというのは新城にとって初めての事だった。

 見た目だけならば人間のような、それも整った顔立ちに長い黒髪を靡かせた、美人と呼ぶに相応しい外見に思える。

 その姿に色気ではなく怖気を感じるのは、幽霊のような雰囲気を感じるからだろうか?

 ……もう少し肉付きが良かったら扇情的な何かを感じたりしたのだろうか?

 新城はそんな事を、ふと考えた。

 それから……どうして自分はこうなのだろうか、と嫌になった。

 結局どうしようもないので、自嘲するように口の端を歪め、視線を戻す。

 深海棲艦の艦隊は戦艦であるル級を先頭にした一列の単縦陣を取り、白い軌跡を残しながら海上を進んでいた。

 それを眺める2人、新城と金剛の姿は、鳳翔所属の九七式艦上攻撃機の操縦席にある。

 席にはまだ1人分余裕があるが、乗っているのは2人のみだった。

 今のところ機体を操っているのは妖精たちなのだが、実際に器機を使って操る事も可能な以上、操縦席と呼ぶのも間違いではないだろう。

 もっとも本来の意味で操縦席と呼ばれるべき席は、新城と金剛の座っていない席、艦攻に備え付けられた三座の最前に当たる席になる。

 新城の腰掛ける二番目中央は、航法を行いつつ戦闘時には雷撃や爆撃の照準を行う役割の者が座る席で、金剛が座を取った三番目最後尾の席は、機体に備え付けられた旋回機銃の機銃手と通信手を兼ねる者の定位置になるらしい。

 もちろん新城にも金剛にも、その席に座る者としての役割を果たす能力も気持ちも、欠片もなかった。

 つまりは結論として、2人は妖精たちの邪魔にならないようにと考え一切器機に触れていなかった。

 代わりにと言うべきなのか、人の掌に乗るような身の丈をした複数の妖精たちが機体から現れたり潜り込んだりしながら忙しそうに動いている。

 新城としては其方にも興味をそそられない訳ではないが、流石に今はそういう時では無かった。

 とはいえその様子は、彼が表面上の平静を装う為に大いに役立ってくれている。

 可愛らしいとしか表現できない外見の妖精たちの顔には、今は真剣さ以外の何物も見い出す事は出来なかった。

 その、何処か相反するものの不思議なほどの調和が……新城の内に、この場にそぐわない、それでいて決して不愉快ではない何かを湧き上がらせているのだった。

 

 それが無ければ彼の身体は、心が命の危機に気付いていないのではと心配するかのように、主にその感情を思い出させようと試みるかのように、例の震えを生じさせていたかも知れない。

 深海棲艦艦隊の先頭を往く戦艦ル級は、それだけの威容を持っていた。

 後に続く重巡や駆逐艦らしき姿がある分、その大きさも認識できる。

「……どうされマスか?」

「どうもこうもない」

 金剛の言葉に新城は率直な答えを返した。

 実際、戦い続けるしかないのだった。

 稼ぐべき時間はまだ3日ほど残っており、眼下の艦隊が艦娘部隊の入った港に到達するのにそれだけの時間が掛かるとは思えない。

「何かこう、楽しくなってくるな? ええ?」

 そんな言葉に金剛は顔を強張らせ、呆れよりも驚きとか怯えとか呼んだ方が相応しい表情を滲ませながら上官へと視線を向けた。

 実際彼は、言葉通りの表情を浮かべている。

 本当に楽しんでいるのか如何かは……残念ながら金剛には分からなかった。

 もっともそこで突き詰めようとしない辺り、金剛は別の意味で新城直衛という人物を解っているという事なのかも知れない。

「提督、隊長機より通信です。これより攻撃を開始するそうです」

 無線から響いた鳳翔の声に、新城は短く了解の旨を返した。

「仰られた攻撃ですと殆んど命中を期待できないと、隊長妖精が話しておりますが」

「それで構わない。それがどの程度なのか、一度だけ確認したいと考えて面倒をかける訳だからね」

「了解しました。それでは攻撃を開始します。念の為に攻撃部隊と同じように行動しますが、高度は更に取らせて頂きますので」

「その辺りは任せる。宜しく整えてくれ」

「お任せ下さい、提督」

 通信が終わるのとほぼ同時に、機体が向きを変えるように傾いた。

 双眼鏡を手に、新城は再び眼下の海面へと視線を向ける。

 天候が悪ければ目標の姿をこの距離で視認する事など不可能だったことだろう。

 とはいえ逆に、だからこそ敵からも攻撃隊が発見され対空砲火を浴びる事になるのである。

 被害を出さないことを優先させているとはいえ、全く出さないというは……恐らく難しいだろう。

「どちらにとっても悪い事、という訳デスかね?」

「僕にとってだけ都合が良い、という事かな」

 金剛の言葉に皮肉めいた言葉で返すと、新城は周囲を確認した。

 敵の艦載機が確認できないからだろう。

 護衛の零戦隊はある程度の間隔を保ちながら、艦攻たちの周囲を警戒するように飛行している。

 新城達を乗せた艦攻のみ、その周囲、後方と上空を3機の零戦が飛行していた。

 それを確認した新城は、再び眼下の海を覗き込む。

 少々見づらいが、それを優先して艦攻に位置を取らせると護衛の零戦まで攻撃隊から引き離す事になってしまう。

 敵側に増援として新たに戦闘機隊が襲来し攻撃隊に余計な被害が出るようなことになれば、どれだけ後悔しても、し切れないという想いを抱き続ける事になるだろう。

 逆に攻撃隊の護衛を優先させ自分の乗る機が撃墜されるような事になれば、自身は直ぐに後悔など意味なく出来もしない事になるが、それ以外の者達を後悔させる事になるだろう。

 新城がこうしてわざわざ偵察に出る事に関して、龍驤も鳳翔も当然のように反対だったのだ。

 そもそも賛成の者は司令部内には居なかった。

 護衛として同行している金剛も、少なくとも賛成はしていなかったのだ。

 それでも、今後の事を考えるならば少なくとも一度は確認すべきだと考えて、新城は我儘を通したのである。

 推測と実際の剝離を可能な限り少なくする為には必要な事だと彼には思えたのだ。

「不服を命令で抑えつける。まさに軍隊だな」

「失礼デスが、貴方の軍隊デスよ? 提督」

 呟きを聞きつけた金剛が小さく呟く。

 意見は言えども一度決めていしまえば迷いはない、という事なのだろう。

 実際、余計な事に意識を傾けている余裕などないのだ。

 深海棲艦側も此方を発見していたという事なのか、砲声が響き対空砲火が始まった。

 十分に離れている筈だが砲音は衝撃を伴っており、打ち上げられてくる無数の砲弾や銃弾もハッキリとではないが視認できる。

 此方が高度を取っているせいもあるのか、精度の方は然程でもなかった。

 それでも何かが縮み上がるような感覚があって、新城は身を微かに震わせた。

 今回の此方の攻撃は編隊を組んでの水平爆撃のみ、しかも本来よりもさらに高い位置からの攻撃である。

 雷撃はもちろん急降下爆撃も行わない。

 命中が殆んど期待できないような攻撃で、進行を遅延させるような効果が見込めるのか?

 不安は押し殺し、双眼鏡を通して海面の深海棲艦たちを睨む。

 今はまだ良いが敵艦の真上近くになると流石に視認は難しいだろうか?

 そんな事を考えていると、機体がゆっくりと傾いた。

 姿を現した妖精の1人が、様子を窺うように彼の顔を見上げる。

「ありがとう」

 素直に礼を述べ感謝を伝えるようにと笑顔を作ってみせると、妖精はしてやったりと言わんばかりの表情で敬礼をしてみせた。

 新城は笑顔のまま答礼すると、双眼鏡を手に海面を覗き込む。

 進路を調整しているようで機体が微妙に揺れるが、リズムを一定にしてくれているお陰で何とか敵艦を捉える事はできた。

 深海棲艦達は海上を進みながら、戦艦を中心にした輪形陣を作り上げようとしているように見える。

 少なくとも今回に関しては、小なりとも影響は与えているという事だ。

 ただ、今回のような攻撃が繰り返され脅威でないと敵が判断した場合、効果が薄くなったり全く望めなかったりという可能性が出てくるかも知れない。

 編隊を組んで飛行していた艦上攻撃機が、次々と搭載していた爆弾を投下し始めた。

 それを視界の隅に留めるように確認してから、新城は再び海面に意識を集中させる。

 投下された爆弾は大型ではあったが、彼の眼でその動きを見届けるには小さ過ぎるし、何より落ちて行く速度が早過ぎた。

 陣形を組んで航行する深海棲艦たちの近くの海面に、幾つか水柱らしきものが上がる。

 直撃したものは無かったようだが、近くに水柱が上がった駆逐艦1隻の進路が逸れ、陣形が少しだけ乱れように見えた。

 もしかしたら軽微な損傷くらいは与えたかも知れない。

 他の艦の動きをざっと確認した後、新城はその駆逐艦に意識を集中させた。

 駆逐艦は直ぐに速度を上げ、陣形の正位置へと戻ってゆく。

「命中弾は無し。至近弾一発」

 妖精たちから連絡を受けたのか、無線から鳳翔の声が響く。

「被害は?」

 尋ねながら新城は周囲を見回した。

「対空砲火で1機が撃墜されました」

 変わらない調子で鳳翔が報告する。

 見回しても変化が無いように思えたが、数えてみると確かに機数が足りなかった。

 そういえば視界の隅で爆発のようなものを見たような気持ちもある。

 敵艦の対空砲火のせいで気付かなかったという事だろう。

(「……やはり被害が全くでない、等という訳には行かないか」)

 そんな事を考えているうちに機体が角度を戻しながら向きを変えた。

 味方の損害は確実に蓄積している。

 だが、敵にも……今回は兎も角としてこれまでの攻撃で、かなりの損害を与えているはずだ。

 可能な限り冷徹に評価しても……戦果に比べ、損害は少ないと言える。

(「……もしかしたら……」)

 当初は絶望的と思えた状況でも……全てが、上手くいったとしたら。

(「もしかしたら……」)

 全てが目論見通りに転がるのだとしたら……

 そんな想いを、僅かばかり……新城が思い浮かべた時だった。

 

「提督、体勢を崩さないようにして身を縮めていて下さい」

 再び、鳳翔からの通信が入った。

 その声に今迄とは違う強張りを感じた新城は、短く彼女に質問した。

「何かあったか?」

 質問に鳳翔は、同じくらい短い言葉で端的に答えた。

「敵艦載機です」

 

 

 

 

「ヌ級にしちゃ数が多すぎるで。多分、ヲ級やないかな」

 敵艦載機の内訳を確認した龍驤は、そう結論を出した。

「最低ヲ級1隻、か」

 表情に険を滲ませながら新城が呟く。

 敵機の攻撃を避けるようにして動き回る艦攻内にいた為、疲労というよりは気持ち悪さの方が強かったが、それも大分落ち着いてきていた。

 帰還した当初は足を付けた地面が揺れているようにすら感じられたのだから、今は随分と回復したと言える。

「敵の増援という事でしょうか?」

 司令部員の一人が皆の様子を伺うように尋ねる。

 新城はそれに短く肯定の言葉を返した。

 恐れていたものがやってきたという気持ちである。

 ヌ級2隻から成る機動部隊に対しては最小限の迎撃に留め、殲滅するべきではなかったのか?

 湧きあがりそうになる迷いを打ち消す為に、新城は以前に出した結論を思い返した。

 あの戦いは結果だけ見れば一方的な勝利のように錯覚するが、何か僅かな違いで逆に龍驤や鳳翔が攻撃を受け戦闘能力を喪失していた可能性も無いとは言えないのだ。

 一発の爆弾で勝敗が逆転しかねないのが機動部隊同士の航空戦なのである。

 結果的に相手の航空戦力を二分出来ていたというのも極めて大きいと言える。

 それに、艦隊に大きな損害が無かったとはいえ味方の航空戦力の方は、敵の航空部隊との交戦や対空砲火によって減少しているのだ。

 現状では、それを補充する術は無かった。

 現在の拠点では燃料や弾薬の補給が精一杯なのだ。

 船体や艤装の小規模な修復ならば可能だが、本格的な修理や航空隊の補充は難しい。

 そんな風に現状を確認していると、今度は前の泊地で粘るべきだったのだろうかという迷いが湧いてくる。

(「……無意味な事を」)

 新城は苦笑いが浮かびそうになるのを嚙み殺し、顔を歪め考え込んだ。

 

 結果だけ見れば敵は戦力の逐次投入という愚を犯している形になるのだが……正直、戦力差が大き過ぎて実感は全くと言っていいほどに無い。

 無論、最初から同じような戦力が投入されていれば艦隊は壊滅していたのだろうが、現状も真綿で首を絞められているようなものなのだ。

 幾らかマシ……等とは思えないというのが、本当の処なのだ。

 

 

 問題はそれだけではなかった。

 転進部隊の方で時間的な問題が出たらしく……笹島から、更に一日の時を何とか稼いでほしいとの連絡が入っていたのである。

 ため息は出たが仕方ないと考え、新城はそれを了解した。

 つまりは稼ぐべき日数は、一日戻って残り4日となる。

 とはいえ泊地に留まっていて近海を封鎖でもされたら、如何なっていただろうか?

 その可能性は、想像するだけで……何か冷たいものでも突き立てられるかのような不快感を持っていた。

 もしそうなっていれば、敵はこちらを好きなように料理できた筈だ。

 総力を挙げて攻められ短時間で殲滅されるという結論は勿論として、こちらが力尽きるまで戦力を逐次投入というふざけた手段も可能だっただろうし、そもそも抑えの隊を残して残りの全戦力で本隊が追撃されてしまう……という、最悪のシナリオも予想できた。

 少なくとも、それだけは回避できたのだ。

 新城は自分に言い聞かせた。

 

 今は空想を弄んでいる時ではないのだ。

 敵は戦艦を主力とした水上打撃部隊の他に、少なくともヲ級1隻を含む機動部隊を持ち、こちらを撃破すべく進軍している。

 それを如何やって足止めするか、だ。

 

 

 当初予定していた進行速度を遅くする為の擾乱攻撃は難しかった。

 今後はほぼ確実に、敵の水上打撃部隊には護衛の戦闘機が付く事だろう。

 今回もタイミングが遅ければ艦攻の攻撃前、或いは敵の場合は此方の攻撃時に、危険を冒し対空砲火の中を掻い潜るようにして、敵戦闘機隊から攻撃を受けていたかも知れないのだ。

 敵戦闘機にも損害を与えたが、此方にも当初の推定を上回る損害が出ている。

 攻撃を続けるつもりならば、同程度以上の損害を受ける可能性があった。

 加えて、それだけの損害を出しつつ攻撃を加えても……敵水上打撃部隊に充分な損害を与えられるかは未知数なのだ。

 いや、寧ろ被害ばかり出て戦果は殆んど無いという結果になる可能性の方が高いだろう。

 被害を可能な限り少なくしてという当初の作戦は実行不可能と言えた。

 寧ろ此方の損害を少なくする為に、現状可能な戦力を投入して敵戦力の漸減に全力を尽くした方が結果的に損害が少なくなる筈だ。

 勿論、此方の戦力は敵部隊の一方に集中させる。

「此方の全戦力を投入して敵機動部隊を狙うしかない」

 新城の意見に反論する者はいなかった。

 短く頷くか、緊張した面持ちで続く言葉を待つのみである。

「艦攻は全て偵察に出してもらう」

「敵が機動部隊となると、損害が出る可能性がありますが……宜しいですか?」

「仕方がない」

 鳳翔の言葉に彼は無表情に一言で返した。

「ま、このままじゃ此方が一方的に叩かれるだけやしね」

 同意するように龍驤が呟く。

「実際、その可能性はあります」

「此方の拠点は把握されている可能性が高いですし」

 司令部要員の2人が補足するように口にする。

「補給が終わり次第、全艦出撃。敵機動部隊を発見次第、全力でこれを叩く」

 そう言って新城は全員を見回した。

「発見まで時間が掛かるかも知れへんけど、その場合は?」

「とにかく北上するように進路を取る。敵機動部隊の位置は、恐らく水上打撃部隊の後方だろう。憶測でしかないが……大きな間違いは無いはずだ」

 その言葉に龍驤と鳳翔の2人が頷いてみせた。

「敵の速度的に可能性は低いですが、真っ直ぐに北東に向かうと敵水上打撃部隊と遭遇する可能性もあります。一先ずの進路は東に取られては如何でしょうか?」

 鳳翔の言葉に頷いて、新城は他の司令部要員達を見回した。

 3人も同意するように頷きを返す。

「出港後の進路は東に。敵機動部隊を発見次第、第一艦隊は全航空戦力を投入してこれを叩く。勿論現在の航空戦力のみでは撃滅は難しいだろう。続けて第二艦隊の突入による砲雷撃戦、夜戦を以てこれを完全に撃滅、難しくとも最低限航空母艦は撃破したのち、残存戦力を用いて敵水上打撃部隊に対しての遅滞戦闘を再開する」

 敵機動部隊を撃破後に戦力が残るのか、そもそも敵機動部隊を撃破できるのか?

 先日までと比べれば状況は悪過ぎるが、考えたところで如何しようもない。

 自分の言葉が言葉でしかないという浮ついた感覚を味わいながら、新城はもう一度皆を見回した。

 少し間を置いてから大井が手を挙げる。

「提督、質問を宜しいでしょうか?」

「許可する」

「私は如何しましょう?」

「君には第二艦隊の指揮を任せたいが」

「吹雪さんが十分に出来ていると思います。彼女の方が適任かと」

「自分では不適格と?」

「はい、そうです」

 新城の視線を物ともしない態度のまま、彼女は笑顔で返答した。

「重雷装巡洋艦は指揮艦には向いていません。水上偵察機も搭載できませんし索敵能力も駆逐艦と大差なし。装甲も軽巡洋艦と比べるどころか駆逐艦と良い勝負。魚雷発射管を増設した為に火力の方も軽巡の頃よりも低下しています。引き換えに向上した雷撃能力の方も、一定以上の損傷を受ければ使用不可能となりますので」

「……つまり」

「重雷装巡洋艦の能力を活かすのであれば、水雷戦隊後方に随伴させるか単独行動を取った方が良いと思います」

 聞きながら新城は成程と思った。

 恐らく大井は以前にも、こんな風に自分の意見を口にしたのではないだろうか?

 そう考えながら、以前の自分の上官の事を思い返してみる。

 決して有能とは言えない人物ではあったが……少なくとも自身の好悪で配置や編成替えを行う人物ではなかったという記憶があった。

 自分に対しても、好感は抱いていなかったようだが、それで評価を下げるという事はしていなかったと思う。

 艦娘が作戦に口を出すというのは以前は殆んど無かったが、大井の性格からすると直接かどうかは兎角として気付かれるように考えを零していそうである。

 かつて自分の所属していた部隊の旗艦変更は、そういったやり取りの結果なのではないだろうか?

 つまりは自分も人の噂というものを自分の都合の良いように前提にして、いかにも客観的に判断している気になっていたという事か?

 無論、実際の処は分からない。

 目の前の当事者に聞いてみれば分かるのかも知れないが、少なくとも今の新城は、それらに関しての真実というものを特に解明したいとは思わなかった。

(「……まあ、今更だな」)

 再評価したところで何かが変わる訳ではない。

「君の意見は分かった」

 そう言って話を終えた大井に頷いてから、新城は吹雪へと視線を向けた。

「現旗艦の意見を聞きたい」

「……あ、は、はい! 失礼しました! ……え、その、少し考えを纏めさせて頂いて宜しいでしょうか?」

「あら? 私の意見に反対?」

「そ、そういう訳では! ただ、突然で驚いて……」

 吹雪が慌てた様子でそう言うと、大井は笑顔を更に深めた。

 文字通り、深めたという表現が適当な表情だった。

 相応しく表現するのであれば、笑顔というものは本来攻撃的なものだという説を肯定するような印象を与える表情を浮かべた、とでも称すべきだろうか。

「思う存分酸素魚雷を撃ちたいから、他の面倒まで見たくないんだろうって思ってるでしょ?」

「ち、違います! そんな事は決して……」

「まあ実際、どうせまだ北上さん建造されてないみたいだし、だったらまた想定を基にした訓練の繰り返しよりはって思ったのも事実だけど」

「そうなんですか?」

 そう吹雪が尋ねた刹那、彼女は笑顔を崩し、純粋に不思議そうな表情を浮かべてみせた。

 そして、逆に訊ね返した。

「あ、吹雪さん信じた? 私の事そういう女だって思ったのかしら?」

「え!? い、いえ、今のは……」

 不意打ちを受け動揺しきった様子の吹雪を追い詰めるかのように、大井は再び、見た目の印象だけならば朗らかそうな笑みを浮かべてみせる。

 もっとも、その態度にはどこか楽しんでいるような雰囲気もあった。

 吹雪の方はというと、焦って困り切ったという表情で否定の言葉を繰り返していたが、大井の態度もあってか、怯えたり恐れたり、とまでは追い詰められてはいない……という印象を受ける。

 二人の姿を見ながら、新城は妙に感心した。

 艦娘と言えども女性なのだな、などという場違いな感想を抱いたりもした。

 実際、その感想は場違いといって良いのだろう。

 此処は会議の場であり、新城は司令官なのである。

 堅苦しい言い方をするのであれば、行程を楽しむのではなく結論を出す為に言葉を交わす場所であり時なのだ。

 

「……大井」

 必要最低限、という形で短く名を呼ぶ。

 翻弄されている吹雪に助け舟を出すべきだろう……などという、一般人的な思考もあった。

 立場、そして実際の戦力として、というものがあったとしても……どうであれ彼女たちは、軍人ではないのである。

 権利という考え方をするならば、只の兵士より不遇な存在なのだ。

「は~い、提督。大井、待機します!」

 新城の言葉に愛想よく答えて、大井が姿勢を正した。

 全く見事に建前というものを整えた態度だった。

 堂々としたわざとらしさ、とでも表現すべきものが其処にあった。

 噴き出しそうになるのを堪えるように、表情を歪めて軽く頷くと、新城は吹雪を促した。

 誰かの苦笑が微かに耳に届いたような気がしたが、勿論気付かないふりをする。

 吹雪の方はというと、頷いてから表情を引き締めると、難しい表情のまま口許に手を当てて黙り込んだ。

 

 

 少しして顔を上げると、彼女は新城へと向き直った。

「お待たせしました、司令官。私見を申し上げます」

 新城は軽く頷いて、吹雪が言葉を続けるのを待った。

「大井さんの意見は、自分としても適当かと考えました」

「理由を聞こう」

「水雷戦隊の場合、旗艦の役目は部下の指揮と……極論的な表現になりますが、突入の為の弾除けです」

 少し言葉を選びながら吹雪は口にした。

「わざと囮になる訳ではありませんが、単縦陣で敵との距離を詰めれば当然先頭の艦に敵の攻撃は集中します。それに耐えながら反撃も行い、タイミングを見極めて雷撃の指示を出す……というのが旗艦の仕事ですので」

「大井の装甲、火力では危険だと?」

「……言い難いですが、そうです」

「ふ~ん、肯定しちゃうんだ~?」

「す、すみません! 大井さん! で、でも……」

「でも、その通りよ……というか吹雪さん? 私がそんな事で怒るような性格だって思ってたのかしら~?」

「ひ、す、すみません!!」

「謝るって事は肯定?」

「……大井?」

「あら提督、冗談ですよ~おほほほっ♪」

 にこやかにそう言ってから、大井が表情を少しだけ引き締めた。

「と、今までのは冗談ですが、吹雪さんの言った事は間違いじゃありません。重雷装巡洋艦には、攻撃に耐える為の装甲も接近しながら反撃する為の火力もありませんので」

 表情は硬いと表現する程ではなかったものの、言葉そのものには……これまでとは違うものが漂っている。

「魚雷発射能力を最大限に有効活用しようと考えたら、全く被害を受けていない状態で相手に接近する……というのが理想になります。その状態で酸素魚雷を撃ちまくれれば、戦艦だって沈める自信はあります」

「実際、その通りだと思います」

 言葉を続けるようにして吹雪が肯定した。

「大井さんの搭載する魚雷発射管は、片舷だけで20門。それだけで魚雷発射管を追加装備した磯波さんの倍以上、私たちと比べれば3倍以上です。逆に考えれば、大井さん1隻が雷撃能力を喪失しただけで通常の水雷戦隊の半数が雷撃不能になるのと同じ損害という計算になります。通常の軽巡洋艦でしたら、雷撃能力を喪失したとしても駆逐艦2隻分にはなりません。仮に標的とされ集中砲火で戦闘力を喪失しても後続の駆逐艦への被害が軽減されるのであれば、それは割に合う損害という事になります。加えて通常の軽巡洋艦でしたら装甲も厚いですし損害を軽微に抑えられる可能性も高くなる筈です。火力もある程度はありますから、反撃そのものが敵の攻撃を牽制する効果も大きいでしょうし」

 そう言って吹雪が口を閉じる。

「私見は聞かせてもらった。それで?」

「私は大井さんがどのタイミングで動けば最良の結果を出せるのか判断できません。ですので、大井さんには出撃時は同行してもらった上で、タイミングを見て独立して行動してもらうのが最良だと考えます」

 真剣な表情で真っ直ぐに新城の顔を見て吹雪が発言する。

 新城は頷いてから、大井へと視線を向けた。

「君の意見は」

「全く同じです、提督。私の雷撃能力を活かすなら、それが最善。御許し頂けるながら、目標を海の藻屑と変えて御覧に入れますわ」

「では意見を採用する。大井は吹雪に同乗、自己の判断で艦隊から独立し、最善を尽くしてくれ」

「了解しました。お任せ下さい、提督。重雷装巡洋艦の実力をお見せいたしますね!」

 本当に嬉しそうに、人によっては凄惨さを感じさせるほどの笑みを浮かべながら彼女は新城に返事をした。

 

「ワタシの方は如何しまショウか?」

 話が終わったのを確認した金剛が、挙手すると短く尋ねる。

「現状の戦力を考えると、もう一艦隊を編成するのは難しい。金剛は第一艦隊の旗艦に同乗してもらう。如月の方も現在の練度では艦隊に加えるのは難しいので同じく同乗させる」

 そう言った処で、少しだけ考え込んだ龍驤が挙手してみせた。

「ええかな?」

「構わない」

「総力戦になる以上、金剛はんにも協力してもらった方がエエんちゃうかなって思うんやけど……どうかな?」

 そう言って龍驤は皆を見回した。

「船体無し言うても戦艦やし、艤装だけでも対空砲火は十分強力。戦闘経験の方は言わずもがってヤツやし……問題は編成やけど、いっそ第一艦隊を2つに分ければ鳳翔はんとウチに護衛2隻ずつで、そのどっちかに付いてもらう形にすれば、3隻と4隻の2艦隊って事でバランス悪くないと思うんや」

「成程……囮としての効果も考えるのでしたら、いっそ7隻で動いてしまっても良いかもしれませんね? ……かなり危険ではありますが」

 龍驤の言葉で考え込んだ鳳翔が、そう付け加える。

「流石に7隻編成は危険すぎると私は思います。それでしたら、隊を分けるのが良いのではと」

 話を聞いていた副官の青年が、挙手して意見を述べた。

「分隊すればこちらの対空砲火も弱くなりますが、敵も両方を狙うなら戦力を分けなければならなくなります。そういう点では有効なのではと自分も考えます」

「ま、片方に集中される危険はありますが、その場合はもう片方は無傷になりますからね。凌ぐって事を考えるなら俺も良いんじゃないかと思いますよ」

 司令部要員の2人もそれぞれ意見を述べる。

 新城は視線を金剛へと向けた。

「艤装の全主砲は対空射撃に用いる事は可能デス」

 頷いた金剛が短く答える。

 対空砲火が厚くなるのは願っても無い事だが、隊を分ければ当然その効果は半減される。

「実際に如何なるかは分からないが、7隻編成はリスクが高すぎる」

 夜戦からの離脱時の事を思い起こしながら新城は口にした。

「はい。案の一つとして挙げましたが、私もそれに拘るつもりはありません」

 頷いて鳳翔が意見を取り下げる。

 そうなると、選べる方針は二つとなる。

 金剛を温存して1艦隊で動くか、金剛に艤装を展開させた上で3隻と4隻の2個艦隊に分けるかだ。

 どちらが良いのか?

 少しばかり考えた処で、新城は短く息を吐いた。

 考えた処で答えが出る訳がない。

 どちらの状態の方が龍驤と鳳翔が戦い易いのか自分は分かってはいないのである。

 対空戦闘における基本的な知識や戦術というものが無意味とは言わないが、最優先すべき事柄は別の事だ。

 思考能力というものは、こうも低下するものなのか?

 いや、そんな事は当たり前なのだ。

 戦闘など齟齬や失敗の積み重ねだと、陳腐化するほど言われ続けている事ではないか。

「空母である2人の意見を聞きたい」

「単純に私たちの戦い易さという点で考えるならば、分けて頂いた方が動き易いです」

「ウチも同意見やね」

 問い掛ければ待っていたとでもいうかのように鳳翔が答え、龍驤も即座に鳳翔の言葉を肯定した。

「私と龍驤さんの速力の違いも勿論ですが、先日の戦いでは互いの動きを意識した結果、思うように動けなかったという場面もありましたし……駆逐艦の子たちも私たち2隻両方の動きを意識して位置取りをしようとした結果、動きが遅れるという場面があったように思うんです」

「まあ、ウチら2隻も駆逐艦の子たちも対空戦闘用の装備が不足してるっていうのもあるし、一丸となって弾幕張っても敵機を寄せ付けない言うんは難しいと思うんや。とすると、避け易くするために動き易くする……っていう感じ?」

「……比べる必要は無さそうか」

「希望を通して頂けるのであれば、私達は分割を希望します。ただ、直掩機は最低限にと考えますと……」

「艦隊を分けても互いに確認できる位置を保って、上空を護衛の零戦に警戒してもらうんがエエと思う。3隻と4隻の単縦陣やけど、見た目はちょっち間の開いた複縦陣……みたいな? 近すぎて一纏まりって認識されるかは分からんけど……」

「警戒範囲が広がる事に関しては問題なさそうか?」

「護衛の戦闘機隊は完全に上空ですと対空砲火に差し支(つか)えるので、元々接近する敵機を待ち伏せる形でしたし、恐らく問題はないと思います」

「なら採用しない理由はない。だとすれば、後は護衛の艦を如何分けるかだが」

 新城の言葉に、副官の青年が挙手してから発言した。

「駆逐艦4隻と金剛。元々の動き易さで考えるならば、弥生と長月、望月と初雪という組み合わせでしょうか?」

「その組み合わせですと、25mmの対空機銃を追加装備している望月と初雪の方に対空能力が偏ります。弥生と長月の方に金剛に付いてもらうという形で丁度良いのではと」

「なら、龍驤に3隻、鳳翔に2隻という振り分けで良いんじゃないですかね?」

 青年の言葉に続くように、司令部要員の2人が発言する。

「問題なさそうですね」

「ウチもそれでエエで~」

 手早くという感じで鳳翔と龍驤も同意した。

 

 それで問題なさそうかと考えて口にしようとしたところで新城は、何かが引っかかるような感覚を覚えた。

 何だろうかと考えた処で、無論すぐには思い浮かばない。

「……弾幕を考え少しでも数をと考えるのであれば、如月も編成に加えた方が良いかもしれないと考えたが、やはり難しいか?」

 口から出たのはそんな言葉だった。

 出してから、引っかかっていたのはこれではないという気持ちになる。

「まあ、ちょっと難しいんやないかな?」

 龍驤が口にし、金剛や吹雪も同意するように口にしたが……

「……船体を出して、という事なら難しいでしょうが、艦に同乗してもらうのでしたら何とかなるかも知れません」

 少しだけ考える仕草をした鳳翔が、挙手して案を挙げた。

「艤装を展開し甲板上に待機して頂き、牽制の対空射撃に専念して頂くという形でしたら」

「……邪魔にはならない、と」

「役に立って下さると思います」

 何かを見透かしたような視線の鳳翔から何となく目を逸らしながら、新城は頷いてみせた。

 他に何か、引っ掛かりを覚える事は何なのか?

 心当たりはなく、今度は口からも何もでない。

 疲れているせいか考える事が億劫になってくる。

 前にもこんな事があった。

 確か敵艦隊に夜襲を仕掛ける為の会議の時だ。

 あの時も、まあいいやという気持ちが勝(まさ)ったのである。

(「少なくともあの時は幾つかの懸念が具体的に浮かんだはずだが……」)

 今回は漠然とした何かが感じられただけだったが、だからといってこのまま多少の時間を置いたところで答えが出るとは思えない。

 結局今回も新城は、自分の気持ちに従う事にした。

 何かつまらない事に拘っているという風にも考えたのである。

「では、挙げられた編成で艦隊を組み替える。分隊の指揮艦は鳳翔。第一艦隊旗艦である龍驤が戦闘不能となった場合は、指揮権を鳳翔に委譲する形で」

「了解しました」

「金剛は龍驤指揮下に、如月は鳳翔指揮下に編入とする」

「了解しマシタ」「了解や」「了解です」

 それぞれの形で確認を伝える言葉が返ってくる。

「僕が戦死若しくは指揮不能となった場合の権限は司令部内で順番通りに、司令部要員全員が不能となった場合は龍驤に、それ以降は先刻の通りとする」

 今度は司令部要員の3人も頷きながら返事をした。

 

 小さく頷くと、新城はもう一度集まっている皆を見回した。

「第一目標はあくまで敵の航空母艦だ。少なくとも航空機の運用能力を喪失させない限り、此方に勝ち目はない」

「攻撃の際は、直掩機も攻撃隊の護衛に回しますか?」

「できる限り攻撃隊の護衛に付けたいが、最低限は残したい。残念ながら機動部隊を撃破できても、もう一部隊いる」

「戦艦いても、このままやと間に合いそうやしなぁ……」

「そういう訳だ」

「了解しました。龍驤さんと相談し、出撃機を調整します」

 鳳翔が頷いて質問を終える。

 

 

 もう一度皆を促し質問が無いことを確認すると、新城は終了を宣言し起立した。

 副官の青年が心配げな視線を向ける。

「大分お疲れのようですが……」

「疲れちゃいるが、敵も待っちゃくれない」

 つまらなそうに口にすると、新城は小さく息を吐いた。

 何より、疲れているのは自分だけではないのだ。

 それでも……特に艦娘達に関しては、短時間であっても交代で少しでも休ませるべきだろう。

(「昔は訓練の時、弥生は勿論として部下を無駄に疲れさせない事を密かな自慢にしていたものだが……」)

 艦娘部隊は他と比べ兵員は少なかったが、だからこそ十分に部下たちの状態に気を配る事ができたというのもある。

 勿論艦娘たちの体力持久力は通常の兵とは比べ物にならない。

 そんな者たちですら、外面から容易に察せるほどに疲労しているのだ。

 果たしてこれで、いざ戦闘という時に実力を発揮できるのか?

 指揮官の責務というのは色々あるのだろうが、部下が力を発揮できる環境を整えるというのも、その一つではないだろうか?

「僕もいよいよ化けの皮が剝がれたかな……」

 誰にも聞こえぬよう小声で呟いてから、新城はやれやれという気持ちになった。

 

 いまさら何を言っているのだ?

 化けの皮が剝がれ窮地に陥ったからこそ、こんな処にいるのではなかったか?

 

 

 

 


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