●北方海域海戦、その後 二
本隊へと合流した中尉、新城直衛は上官に偵察の結果を報告した。
場所は偵察していた海岸から南へと下り、僅かに内陸に入った地点である。
艦娘が力を発揮するとなれば海上の方が都合が良いが、海岸に近いほど敵からもまた発見され易くなるからだ。
ちなみに本隊とはいっても、彼の所属している隊はあくまで艦娘の所属する特別艦隊の一部隊でしかなかった。
特別艦隊の本隊は更に南西……といっても、まだ北海道より北ではあるが、泊地で態勢を立て直している最中である。
特別艦隊などと呼称されてはいても、艦娘の数は合計で20にも達していなかった。
元々が少なかったというのもあるが、撤退……敗走によって、その数が更に減じたのである。
深海棲艦側の追撃はもちろんだが、単純にはぐれた者もいるだろう。
とはいえ現時点で戦力として存在していないという点は同じである。
新城の所属する部隊には現在、約20名の兵と4隻の艦娘が所属していた。
通常の艦艇は一切ない。
特別艦隊の各部隊には元々1隻(隊によっては複数)の輸送船が所属していたが、ほとんどが壊れるか沈むかして、残りの全ては本隊直属となっている。
その残りの方も真面(まとも)に動く船は僅かばかりで、物資等の全ては陸揚げされていた。
その一部で補給を行ったのち、この隊は偵察の任を受けて出撃してきたのである。
損傷や負傷を修理、治療する暇は無かった。
その為、戦闘が不可能という者はいないが程度の差はあれ全員が幾らかの傷を負っている。
艦娘たちの傷は、実際に深海棲艦たちとの戦闘の結果だった。
元々新城たちの隊に所属していた艦娘は6隻である。
5隻が隊の所属で、弥生は新城の個人的な持ち込みとでもいうべき艦だった。
その辺りについての様々な中傷や噂話を、新城は全く気にしなかった。
そんなものだという諦めにも似た感情がある事に加え、もし自分が逆の立場であれば色々と憶測してしまうに違いないと思えるからだった。
彼自身は様々な理由により艦娘をそういった視線で見ないようにしようという考えを持ってはいたが、その考えを持つに至った今迄が無ければ如何なっていたかは分からない。
その点に関しては、良いも悪いも無かった。
自分はこんな風に育ってしまったのだという開き直りのようなものがあるだけだ。
もっともそれ故に艦娘という存在について学ぶ前から艦娘について知ることができたというのは、彼にとっては利点と呼ぶべき事なのかもしれない。
少なくとも隊に所属する艦娘たちにとっては、新城は自身の能力を活かしてくれる上官という評価を与えられているようだった。
新城としても、自分が世間一般的に考えれば恵まれている部類に属していると見られていると分かっているし、彼自身そう感じている部分がある事も認めている。
艦娘という存在に自分自身救われていると考える部分もあるのだ。
もし自分が艦娘と言う存在と接する機会が無ければそもそも生きていたか如何かも分からないし、それを除外したとしても歪まずに済んだという想いがある。
本当であるならば自分はきっと、もっと如何にもしようがない歪みを抱えて育ったはずなのだ。
その点に関しては自分としては信じられない事に、感謝にも似た感情もあった。
同時に、自身が根本的な部分で狂ってしまっているという自覚もある。
本当に大切なものを絶対に手に入れられない。
その事を絶えず思い知らされ続けた事で、自分は結局、どうしようもないように育ってしまったのだという想いもあるのだ。
例えるなら、土台が狂ってしまった故にどれだけ確りと建てようとしても安定しようのない家屋のようなものなのだろう。
とはいえ今まで生きてきた歳月というものが、それを決して外へと漏らさないというだけの理性や忍耐、体裁を整える力を彼に与えていた。
実際彼は自身の奥底で暴れようとする悍馬のような、獣じみた何かを御する事には成功し続けているのだ。
「正確な数は分からないか?」
考え込んでいた上官、彼より若そうな(二十代と思われる生真面目そうな)男は、口元に手を当てたような姿勢で質問した。
「はい、大尉。敵に発見されない事を優先しましたので、それ以上の索敵は困難でした」
上官の質問に新城は淀みのない言葉で返す。
その言葉に、上官は少しばかり俯いた姿勢で再び考え込んだ。
部隊に求められた役割は、可能な限りの敵情報の収集だった。
敗北した味方の本土への撤退は遅れており、艦娘達の艦隊はそれを援護する為の戦闘を求められていたのである。
俗な言葉で言われる殿というものだ。
直接戦闘に加わらなかった為の被害の少なさ故に、このような役割を押し付けられる結果となったのか?
新城としては、それだけでは無いのではという思いもある。
艦娘という未知の存在への恐れや差別的な感情も含まれているのでは、等とも考えるのだ。
少なくとも通常の艦艇よりも艦娘たちへの扱いは低い。
海軍艦艇の場合、駆逐艦であろうとも艦長という役職は佐官、少佐以上の士官が拝命するはずだ。
一方の艦娘部隊は、複数の艦娘を率いる部隊長ですら大尉……自分に至っては、私物的な扱いが為されているとはいえ中尉で駆逐艦を率いているのである。
(「……まあ、それは流石に穿った見方過ぎるか……」)
自虐的な笑みが浮かびそうになるのを、何とか堪える。
この場でそんな顔をすれば、ろくでもない勘違いをされるに違いないのだ。
それに階級で考えれば隊の中では自分ですらましな方なのである。
現状では艦娘1隻につき最低1人はそれを指揮する兵が付いている。
艦長等とも呼ばれるこの役割の人間は准尉とされているが、実際は下士官のようなものなのだ。
最低でも士官か准士官には率いらせねば、とでも上層部は考えたのか?
どうであれ准尉や准尉待遇の者が艦長などと呼ばれるというのは、旧時代の軍人から見たら冗談か皮肉以外の何物にも見えないだろう。
それでも、奇怪しくはあっても……それらは艦娘を指揮する者への配慮と考えられなくもない。
実際のところ軍上層部も、深海棲艦への戦力として有効らしい艦娘という戦力の運用法を手探りで模索している最中なのだろう。
そのような戦力を味方の撤退の為に当てにせざるを得ないというのは、一種の悲劇なのかもしれない。
逃げる兵士たちにとっても、戦う艦娘たちにとっても。
「……本隊に報告する以上、敵戦力が不明では意味が無い」
「ですが、これ以上詳細な情報を求めようとする場合、損害の発生する可能性があります」
「分かっている……が……我々の任務は、敵戦力の把握なのだ」
その言葉を聞いて、新城は更に言葉を費やす事を諦めた。
これ以上は何を言っても無駄だろうと思えたのである。
上官の顔には、既に何かを決めてしまったような表情がある。
ある意味彼は病気なのだ。
必要以上に斥候(偵察隊)を出したがるという、正規の教育を受け実戦経験に乏しい士官が陥り易い病気なのである。
これとは逆に経験を積んだ指揮官は偵察を最小限に留める。
やたらと斥候を出しても真面な情報が手に入る訳ではないし、実戦ならば斥候が帰って来れるかも分からない。
そしてそれは指揮官に与えられた戦力の低下にも繋がるのだ。
「もう一度偵察を行う。私が率いよう」
大尉は緊張した面持ちで宣言すると、自身の率いる隊員を選別した。
彼を除けば兵士4名、駆逐艦娘1名、先ほどの新城と同じ兵力である。
想いに凝り固まっているとはいえ、少なくとも不公平な男ではないのだ。
もっとも、だからといって良い結果を導き出せるとは限らない。
寧ろ自身の正しさを信じて疑わないような者こそ、他者にとっての悲劇を生み出すのだ。
「部隊の指揮を頼む、中尉。1時間以内に戻る」
そう言って他の細々とした話をしている最中、新城の視界の端に弥生や他の艦娘たちと話をする駆逐艦娘の姿が映った。
隊長、大尉たちに同行する艦娘。駆逐艦の如月である。
彼女は、もしかしたら……この任務の結末を推測しているのかも知れない。
新城はそんな事を考えた。
それでも動かなければならない、命令に従わなければならないのが……軍隊、というものなのだろうか?
無論、議論の余地など無い。