皇国の艦娘   作:suhi

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機動部隊迎撃 三

●機動部隊迎撃 三

 龍驤と鳳翔から発進した艦爆隊は、戦闘機隊に守られた状態で敵機動部隊へと向かっていた。

 内訳は龍驤所属の九九艦爆5機で編成される小隊が2隊、同じく九九艦爆だが14機で編成された鳳翔の航空隊1隊の計24機である。

 これを守る戦闘機隊は全機が龍驤所属で、零戦二一型9機で編成されている。

 33機から成る攻撃隊を遮るものは今のところ存在しない。

 とはいえ敵空母が2隻いる以上、敵の航空隊が泊地の輸送部隊に向かうもののみという事は有り得なかった。

 仮に何らかの不手際で敵航空隊が出撃できないとしても、敵機動部隊は2隻の軽空母と4隻の駆逐艦で編成されている。

 此方の攻撃隊の規模を考えれば、一方的にという展開は難しい。

 敵の対空砲火はそれなりの効果を発揮してしまう事だろう。

「輸送部隊と敵攻撃隊の戦闘、始まったみたいやね」

 攻撃隊と通信していたらしい龍驤が、少し表情を変えて報告した。

 攻撃隊の発艦作業を終えた彼女は、艦橋内へと戻って船体の操作や味方との通信を行っている。

 表情が引き攣りそうになるのを堪えつつ、新城は努めて冷静な声で質問した。

「状況は?」

「また直掩の戦闘機隊が戦闘始めたばっかりみたいや。傍受っていうか、向こうのやり取りをこっちも聞くみたいな感じやから、何とも……少なくとも泊地は出て航行中なのは間違いなしやね」

 軽く肩を竦めるような仕草をしながら龍驤が説明した。

「まあ……今んトコ大きな被害は出てないみたいやけど」

 取りあえずという感じで、そう付け加える。

 それでも、それを聞いた司令部要員達は安堵の表情を浮かべた。

 表情には出さなかったものの、新城も一先ずはという気持ちになった一人である。

 もっとも、彼の安堵は襲撃前に出港できたという部分が大きかった。

 実際、新城が最も憂慮していたのは出港前に敵航空隊の襲撃を受ける事と、出港時に敵潜水艦からの奇襲を受ける可能性である。

 まだ目撃情報のみであるが、彼は敵潜水艦について臆病とも思える程に警戒しており、自身の艦隊に付いても護衛艦たちに潜水艦への警戒を厳にさせていた。

 それらに関しての不満は、艦娘達の側には無かった。

 実際に彼女たちの多くはかつて潜水艦による攻撃を受け、そのうちの少なくない者達が沈められた経験を持つのである。

 自身が沈められずとも僚艦や護衛対象であった輸送船を沈められた者たちもいる。

 そういう意味では新城の潜水艦への警戒を寧ろ彼女たちは当然と思っており、自分たちと考えを共有する司令官だと見る者すら存在していた。

 故に航空機への警戒と同じくらい潜水艦への警戒も行われていたのである。

 輸送部隊だけでなく新城の率いる第一第二艦隊の方でも潜水艦への警戒は十分に行われており、敵発見の前から駆逐艦たちは油断なく対空対潜警戒を行っていた。

 敵発見の報により交代で取っていた小休止が取り消され全艦警戒となった事で、現在は全ての駆逐艦たちが奇襲を含め敵の攻撃に備えている。

 龍驤と鳳翔の方はというと、敵発見の前は偵察隊の差配と通信で、敵発見後は攻撃隊の編成と偵察機の受け入れと再編成、全ての部隊との通信という感じで、それに加えて輸送部隊の通信を確認までするという文字通り目の回るような忙しさを味わう事になっていた。

 その一方で……旗艦に乗船した人間たちには、為すべき事というか出来る事が全くと言っていいほどに無かったのである。

 せいぜいが、輸送部隊の者たちが交わす通信に一喜一憂する事……程度だ。

 

 新城は一先ずという事で感情を片隅へと追いやると、部隊のこれからについて思いを巡らせた。

 それこそが、彼が現状において最も考えなければならない事だともいえる。

 少なくとも当面の目的はハッキリしていた。

 発見された敵機動部隊の撃破である。

 敵の戦力が自分たちより余程に強力であれば精々敵航空隊の漸減程度で十分だが、構成で考えて同程度、技量等実際の戦力を考えて此方が上となれば、可能な限り撃破を狙うべきだった。

 撃破したとしても、敵の総合的な戦力は此方より高い可能性はある……というか、確実に上回っているだろうと推測されている。

 更に増援が派遣される可能性も否定できない。

 とはいえ、水上戦力ならばともかく航空戦力で少しでも拮抗に近付けられれば……時間を稼いだ上で撤退できる可能性も出てくるのだ。

 

 だからといって戦果を重視して此方の損害が増大してしまっては、継戦そのものが不可能となってしまう。

 被害は可能な限り抑えて勝利しなければならないのだ。

 俗にいう肉を切らせて骨を断つ、等という贅沢な戦法は許されないのである。

 その点、新城は特に航空戦力について神経を尖らせていた。

 かつて大日本帝国海軍はミッドウェーの戦いで多くの空母を喪失し、母艦の損失を恐れるあまり遠距離からの攻撃に拘り……結果として航空戦力の消耗を大きくしたとも伝えられている。

 艦隊が敵部隊に向かっているのは、その航空部隊の消耗を恐れるが故だった。

 ある程度まで接近できれば艤装の艦載機も攻撃に使用できるという龍驤の言葉も理由のひとつである。

 新城としては最終的な決着は、第二艦隊による砲雷撃戦に頼むべきだと考えていた。

 敵の反撃で此方の損害が大きくなってしまってはそれこそ本末転倒だが、艦攻や艦爆だけで敵艦を撃沈まで持っていくとなれば攻撃隊の損害も尚のこと大きくなるのではと考えたのである。

 敵艦が仮に大破していたとしても、多少の機銃が稼働するだけで攻撃隊が被害を受ける可能性はあるのだ。

 その点に関しては、駆逐艦の方が損害を受ける可能性が低いだろうと新城は推測したのである。

 装甲を厚くするぐらいなら魚雷を積むなどと言われるほどの駆逐艦ではあるが、それを更に高次元で実現しているのが航空機と言えるかもしれない。

 龍驤や鳳翔の扱っている戦闘機にしろ攻撃機にしろ、艦船は勿論航空機同士であっても、装甲等という言葉はあって無きが如しなのだ。

 加えて次の拠点となる港湾施設では、航空機の補充が難しいという理由もあった。

 損傷は受けても自力で帰還できた機体の修理程度ならば行えるかもしれないが、撃墜され完全に失われた艦載機を新たに用意するというのは不可能だった。

 艦艇の方も大きな損傷を修理する事は難しそうだったが、やはり軽微な損傷であれば……こちらの方は、ある程度の修復ならば可能かもしれないのである。

 どうすれば損害を抑えた上で戦果を拡大できるか?

 補填が可能な程度の損害で済ます事ができるか?

 今の新城が考えている事は、それだけだった。

 とはいえ現時点で考え実行できそうな方針や戦法は既に実行に移されている以上、やはり彼にできる事は無いのである。

 実際の戦いに関する細部については、彼は全て艦娘たちに任せていた。

 今の立場の新城に唯一できる事と言えば、打った手が如何なったのかを龍驤からの連絡で確認する事くらいである。

 もっともそれを度々行えば龍驤を無駄に疲弊させる事になるだろうし、周囲の者たちの不安も掻き立てる事になる。

 当然、多用するという訳にはいかない。

 現段階において彼の判断を必要とする事と言えば、味方が大きな損害を出した場合に作戦を継続するか中止するかという判断を行うくらいになるだろう。

 もちろん状況が変化すれば判断するべき事柄が出てくる可能性は高いが、そのような場合ならば彼がわざわざ尋ねずとも龍驤の方で即座に判断し、確認してくれる筈である。

 つまるところ現状、彼の判断を必要とする事態は発生していないという事だ。

 焦燥という言葉に相応しい、何かがジリジリと焦げついていくような、心が磨り減らされるような時間が過ぎてゆく。

 

 そんな状況下で……龍驤が一瞬顔を強張らせた後、短く告げた。

「敵攻撃機の爆撃により……加賀被弾、だそうや」

 何かが燻っていたかのような艦橋内の雰囲気が、凍り付いたかのように一変する。

 他の者達ほどに表情を変化させはしなかったものの、新城も一瞬、目の前が文字通り真暗になるような感覚を味わった。

 詳しく確認してしまいそうになる気持ちを抑え、表情を隠すように右手を顔に当て眉を揉み解すように動かしてみせる。

「損傷は軽微……航行、戦闘には問題ないみたいやね」

 数秒後に龍驤が告げた言葉を受けて、固まったような空気が解(ほど)けた。

 大きく息を吐きそうになるのを堪えて、新城は軽く頷いてみせた。

 どのような状況なのか知りたい気持ちは治まるどころか大きくなってはいるが、今はそれを満足されていられる状況ではないのだ。

「輸送部隊に関しては最低限で構わない。此方の攻撃隊との通信を最優先してくれ」

「うん、了解。まあ、まだ辿り着いてないし、もう暫くは……」

 新城の言葉に頷いた龍驤がそこまで口にしたところで、鳳翔からの通信が入った。

「提督、偵察機より入電です。敵部隊が発艦作業らしきものを開始した模様」

 伝えられた内容に、これまでとは違う緊張が艦橋内に走る。

 泊地に向かった敵攻撃隊は、やはりというべきか敵の全戦力では無かったのだ。

 或いは敵もこちらの行方を探っていたのかも知れない。

 とはいえ、先手は取れたようだ。

「……偵察機は狙われない位置まで退避する事は可能か?」

「敵艦隊そのものを見失う可能性がありますが……」

「構わない。一旦退避し、敵の航空隊が……恐らく此方に向かってくるだろう。離れたと推測出来たら偵察を再開するように伝えてくれ」

「敵戦闘機の一部が直掩として残る可能性はありますが」

「撃墜されない事を最優先としつつ偵察を行ってもらいたいが……敵機に発見され振り切れない場合は、悪いが諦めてもらう」

「了解しました」

 新城と鳳翔のやり取りを困ったような笑みを浮かべて聞いていた龍驤は、そのまま輸送部隊の戦闘の模様を掻い摘むようにして報告した。

 もちろん艦載機たちを統制しながらである。

 戦闘時間そのものは決して長くはないのだが、実際に戦闘に参加した者達には信じられない程に長く感じられた事だろう。

 特に、敵の情報を聞いてから実際に戦闘が開始されるまでの時間については……実際に戦闘を行う時間とは別の感覚で長く苦しく感じられたに違いない。

 もっとも新城含め艦娘部隊の面々にとっても、自分たちが直接関われず状況が断片的にしか確認できないという状況は似たような意味で長く苦しく、苛立たしさを感じずにはいられなかった。

 いっそ何も分からなければ思い煩う必要もない。

 そんな事を考えながら新城は苦労して不安や悪い予感を片隅へと追いやり、部隊の置かれた現状を分析した。

 敵の航空部隊に如何対応するか?

 今考えるべきはそれである。

 此方に襲来する攻撃隊は、輸送部隊へと向かった部隊と同程度だろう。

 わざわざ今まで待機していた事を考えると、更に輸送部隊や泊地の攻撃に向かうとは思えない。

 艦戦は直掩として一部残るかも知れないが、艦攻と艦爆は全機向かってくる筈である。

 輸送部隊への攻撃に関しては、艦攻のみで爆撃と雷撃で攻撃を仕掛けてきたようなので、艦爆の方は泊地攻撃へと向かったのかも知れないが……此方への攻撃では全機が向かってくるという認識で間違いはないだろう。

 最短距離を向かってくるのならば、此方の攻撃隊とすれ違う形になるかも知れない。

 新城はそこで眉を歪めた。

 第一次攻撃隊はまだ良い。

 艦爆隊には少数とはいえ戦闘機の護衛を付けてあるのだ。

 だが、偵察から戻り次第ある程度纏めて出撃させる予定の艦攻隊の場合は?

 魚雷や大型爆弾を抱えた状態で遭遇すれば、そして相手の戦闘機が味方機の護衛を止めて襲ってきたら?

 それを考えるなら、護衛が付いているとはいえ第一次攻撃隊の方も……被害を受ける可能性は無いとは言えないのだ。

「偵察の艦攻の方、触接を再開しました。現在、敵の直掩は確認できないとの事です」

 鳳翔からの連絡で懸念の一つは片付いた。

 

 思い切った事をすると考えたが、それだけ此方への攻撃を重視しているというだろうか?

 それとも、自分たちが沈められるという恐怖を感じないのだろうか?

 何はともあれ辿り着く事さえできれば、攻撃隊の脅威となるのは対空砲火のみという事だ。

 とはいえそれは裏を返せば、敵戦闘機の全てが護衛として敵の攻撃隊に同行しているという事でもある。

 此方は直掩と攻撃隊の二手に分けた訳だから、恐らく機数で上回られる事になるだろう。

(「……だが向こうはそもそも攻撃隊を2つに分けている」)

 泊地、輸送部隊に全力を向けなかったのは、やはり此方の存在を意識しての事だったのだ。

 泊地の輸送部隊に向けた此方の通信を傍受して、残しておいた航空戦力を総てこちらに向けた……そういう事なのだろうか?

 しかしこちらが発見されない為に通信を送らなかったとしたら、輸送部隊が大きな損害を受けた可能性がある。

 無論、輸送部隊も泊地が敵の勢力圏内である以上警戒はしていただろうが、攻撃の容易さは外洋を航行している状態とは比べ物にならない筈だ。

「攻撃隊より通信、敵攻撃隊を確認したみたいやね」

 考える間に、状況は刻一刻と変化してゆく。

「……敵戦闘機隊、こちらの攻撃隊に向かって接近。艦攻艦爆隊は進路変更無し」

「わざわざ艦隊上空の守りを捨てるようにして、攻撃隊に同行させた戦闘機隊を……?」

 緊張した表情のまま、司令部要員の一人が呟いた。

 正直に言えば、新城も同じような疑問を抱いた。

 艦隊上空を守る戦闘機を1機も残さずに、全て攻撃隊に同行させたのだ。

 攻撃隊を出来るだけ攻撃に専念させられるように、攻撃隊への妨害を排除する為に戦闘機隊を護衛として付けた……彼もそう推測していたのである。

 ところが、此方の攻撃隊と遭遇した途端に……この有様だ。

 知性的で時に思い切った動きをする……かと思えば、思い付きや場当たり的としか思えないような行動を取る。

 何らかの方針があるのか?

 それとも、此方の動きに何かを見い出したのか?

(「……下手に推測するべきではない、か」)

 基本というものを念頭に考えれば逆に振り回される事になりかねない。

 新城は改めて、自分にそう言い聞かせた。

 実際現状で、自分は状況の変化に対応できていないという気持ちが湧き上がってくる。

 今は即座に対処しなければならない事態だ。

 敵艦隊の上空を守る戦闘機がいないとなれば……如何するべきか?

 このまま護衛を続けさせるというのは、恐らく最も意味が無い……そう思える。

 戦闘機の力は、敵の航空機に対して最も効果を発揮するはずだ。

 だとするならば選択肢は2つ。

 敵と同じように攻撃隊へと向かわせるか、敵戦闘機への迎撃に向かわせるかだ。

「……如何思う?」

 何かを睨むように眉を歪めつつ、新城は龍驤へと問い掛けた。

「攻撃隊への被害を抑えたいなら、敵戦闘機への迎撃へと向かわせるんがエエんやないかな」

 質問を予想していたかのように龍驤が即座に答える。

 それに対する新城の言葉は短かった。

「それで行く。戦闘機隊に命令を」

「了解」

 短く応じた龍驤が戦闘機隊に指示を出しながら、隊の動きを鳳翔へと連絡する。

 

 

 指示を受けた零戦隊は、接近してくる深海棲艦の戦闘機隊へと一斉に向きを変えた。

 艦爆隊の方はそのまま直進し、両隊の距離が離れてゆく。

 深海棲艦の航空隊も同じだった。

 艦爆艦攻連合は向きを変えずに直進する一方で、此方の攻撃隊を狙っていた敵戦闘機隊の方は零戦隊に応じるように向きを変える。

 無視して艦爆隊を狙うという選択肢もあっただろうが、その場合被害も大きいと考えたのかも知れない。

 両者の距離が縮まり……零戦隊の各機は互いに合図するように機体を微かに揺すると、一斉に互いに距離を取った。

 それを追うように、深海棲艦側の戦闘機たちも動き始める。

 射撃を開始した敵機に対し、零戦たちは即座に迎撃せずに大きく弧を描くように旋回した。

 追随しようとする敵機を引き離すべく、速度を調整しながら旋回する角度を深くしてゆく。

 敵機の後方へと回り込む為の動きだった。

 零戦隊が狙うのは、敵戦闘機の背後を取る事で1機ずつ確実に葬っていこうという戦法のようである。

 時間は掛かるものの、この戦い方は攻撃の命中率という点で優れていた。

 音速以上の速度で飛行する近代戦闘機と比べれば圧倒的に遅いとはいえ、どちらの戦闘機も時速に換算すれば数百キロの速度で、動きを読まれないようにと進行方向を小刻みに変更しながら飛行しているのだ。

 相対速度が落ち、一方的に攻撃できる後方からの攻撃が最も当て易いのは当然の結果と言える。

 だからこそ背後を取られる事を敵側も警戒するし、味方と連携する事でそれを防ごうとする。

 深海棲艦の戦闘機達も落とされる一方ではなく、零戦たちの背後を取るべく加速と減速を組み合わせながら旋回を繰り返した。

 とはいえ旋回性能では零戦に大きく劣っていたようである。

 容易に撃墜はされないものの、当初の機数の差は徐々に少なくなってゆく。

 

 

 戦闘機同士の戦いでは此方が優勢らしいという情報は新城を内心安堵させたが、彼にとって最もありがたかったのは時間の経過だった。

 味方の攻撃隊は艦爆隊だけではないのだ。

 偵察から戻った艦攻の方も、爆弾や魚雷を積んで出撃するのである。

 戦闘機同士が戦っている状態であれば、攻撃隊が狙われる可能性も低くなるはずだ。

 もちろん龍驤もその辺りを心得て戦闘機隊に指示を出しているのだろう。

 航空優勢の状態で続く艦戦同士の戦いの間に、艦爆隊が敵艦隊へと距離を詰めてゆく。

 艦爆隊を確認したという偵察機からの連絡と、敵艦隊を発見したという艦爆隊の報告を受けて、新城は再び表情を硬くした。

 こみ上げてくる不安や恐怖はいつも通りである。

 自身が直接戦場に立たなくても変わらない。

 それらを隠すように表情を固めるのである。

 攻撃を開始する旨の通信を確認し、更に何かがこみ上げてくる。

 実際には見えないが、訓練で目撃した光景が……頭の中に甦った。

 

 

 彼の思い浮かべた光景を再現でもするかのように、艦爆隊は敵機動部隊の上空へと向かっていた。

 その姿を確認した敵艦が、対空射撃を開始する。

砲火を避けるように間隔を開けた編隊で上空へと到達した艦爆隊は、そのまま急降下の態勢に入った。

 最初に攻撃を開始したのは龍驤所属の艦爆隊である。

 250kg爆弾を抱えた機体が、次々と機首を下に向け急降下を開始する。

 目標は敵軽空母。

 輪形陣の内側に位置する2隻のヌ級だ。

 5機ずつ2隊に分かれた九九艦爆は、そのまま敵軽空母に狙いを定め銃弾と砲弾の飛び交う空を降下してゆく。

 急降下する爆撃機の狙いを逸らすように、深海棲艦たちは速度を微妙に変化させながら複雑に舵を切り始めた。

 駆逐艦の1隻がヌ級へと近付きながら、降下する艦爆達に対空砲火を浴びせてくる。

 その動きを厄介と感じたのか、2隊に分かれていた艦爆隊の一方が向きを変えた。

 目標は空母とは伝えてあるが、実戦となればその辺りは現場の判断と考えた龍驤は意見を述べ、新城もそれを認めている。

 彼が第一に考えているのは被害を可能な限り抑えた上で敵に損害を与える事だ。

 目標を固定しその為に被害を厭わないという贅沢は、少なくともこの戦場では許されていない。

 まして戦場と指揮官のいる場所が離れているとなれば、現場の状況と指揮官の想像や推測は乖離する場合が殆んどである。

 自身が現場で指揮を執るとなれば細部まで気を配る新城ではあるが、自分がその場にいないとなれば方針だけ伝えそれ以外は任せるという度量も持っていた。

 今回の戦いなどは特に、司令官からの細やかな命令は現場の動きを縛るものだと考えるべきだろう。

 だからこそ、余計な事を口にしないようにと自分に言い聞かせていたのである。

 少なくとも言い聞かせる必要があるくらいには、彼は人間らしい弱さを持っているのだ。

 向きを変えた艦爆隊は降下進路を調整し、駆逐艦の1隻を目標に定めた。

 もう一方の隊は進路を変えることなく、そのままヌ級目掛けて降下する。

 艦上の砲や銃座から放たれた砲弾銃弾が、それを撃墜すべく次々と空へと撃ち上げられる。

 そのうちの幾つかが、降下する艦爆へと命中した。

 一機が爆弾もろとも爆発四散し、もう一機は片翼を失って錐揉みに回転しながら加速してゆき……激しい水柱を上げて海へと墜落する。

 艦爆たちは目標に向けて降下しながらも、速度を調節していった。

 爆弾が機体から切り離され、目標目掛け落下しながら……加速してゆく。

 逆に艦爆達の方は急激に速度を落としながら機首を返した。

 そのまま機首を上空へと向け、再度加速しながら敵射程外への離脱を試みる。

 一方で投下された爆弾の方は、更に加速しながら海上の艦艇目掛け落下していった。

 幾つもの水柱が上がる中、軽空母の甲板の端で爆発が起こる。

 駆逐艦の周囲でも水柱が上がり、しばらくして船体が湧き上がるような爆発が起こった。

 艦の行き足が急に遅くなり、止まりかけたものの……完全には停止せず、駆逐艦は極めて低速ながらも航行し、対空戦闘を継続する。

 軽空母の方は船体の一部に損傷を受け対空砲火は弱まったものの、速度の方は変わりなかった。

 敵艦の様子を確認して報告を送りながら、龍驤艦爆隊は戦域から離脱してゆく。

 それと入れ替わるように、鳳翔艦爆隊が攻撃態勢に入った。

 目標は健在な方の軽空母である。

 爆弾を抱えたまま次々と降下を開始する艦爆達目掛けて、先ほどよりやや弱まった対空砲火が浴びせられる。

 1機が急降下中に撃墜され、爆弾投下後に機首を上げようとしたタイミングで更に2機が爆発した。

 それでも、敵艦に与えた損害は大きかった。

 2発の直撃弾と3発の至近弾を浴びたヌ級は完全に機関を停止させ、惰性で進みながらそのまま沈降し始めたのである。

 内部で可燃物に引火したのか炎を上げながら小規模な爆発を繰り返し、沈む速度が加速し船体が急激に傾き始める。

 上昇しながらそれを確認した艦爆隊の隊長機から、通信が鳳翔に、そして旗艦である龍驤へと届けられた。

 

 

 報告を受けた新城は、笑顔こそ浮かべはしなかったものの内心で安堵し、軽く頷きながら言葉を返した。

 ほぼ同時に到着した2機の艦攻の方は鳳翔の偵察機と触接を交代し、偵察を行っていた2機は既に帰途についている。

 一方で龍驤と鳳翔の甲板上では偵察から帰還した艦上攻撃機たちが着艦し、爆弾や魚雷を搭載し再度発艦する為の作業が行われていた。

 その作業の為に龍驤は再び甲板上へと移動している。

 別々に偵察に出ていた為に帰還するタイミングには多少のズレはあったが、だからといって順番に帰還してくる訳でもない。

 一度に全機を着艦させられるほど飛行甲板に広さは無く、だからといって格納庫に降ろしていては時間が掛かり過ぎる。

 結果として少数ずつが着艦しては装備を整え、発艦するという作業の繰り返しになった。

 その間に帰還した機体は母艦の上空で待機する。

 幸いと言うべきかどの機体も燃料に余裕があったので、燃料切れで海上に不時着する機は出なかった。

 とはいえ時間の掛かる作業となってしまったのは事実である。

 鳳翔の艦攻隊は全部で12機、龍驤に搭載されていた艦攻は全部で24機も居たのだ。

 内それぞれ2機が偵察機として敵部隊に触接を行っていたが、それを省いても10機と22機である。

 失敗したと思いはしたものの、新城は何も言わなかった。

 内に生まれた感情を、何とか堪え、抑え込む。

 余計な事を言えば却って混乱させる事になるだろう。

 まして指揮官が作戦中に自分の失敗を公言したり焦ったりする事が、良い事になるとは到底思えない。

 そして自分が現状指示するべき事は無いとなれば、平静を装って部下からの報告を待つ以外に為すべき事は無い筈だ。

 彼の頭上、甲板の方からは……エンジン音や何かの回転音、金属同士が触れたりぶつかり合う音が、ひっきりなしに響き、それらを掻い潜りでもするかのように龍驤の声も響いていていた。

 

 結論として……鳳翔の方は何とか全機の爆装を完了し、発艦させる事に成功した。

 龍驤の方は、残念ながら間に合わなかった。

 半数ほどを換装させた処で敵攻撃隊接近の報が直掩の戦闘機隊より齎(もたら)されたのである。

 対空砲火に巻き込まれないように離れた場所で警戒していたとはいえ、猶予など全く無いと言っていいだろう。

 作業を中止したという事なのか、龍驤が艦橋内へと姿を現した。

「戦闘機隊より戦闘開始報告在り。換装作業中断、換装待ちの機体は一旦退避。以上の意見を」

「報告確認、意見具申も確認した。許可する、直ちに退避を」

 必要以上の事は言わせず、新城は龍驤の言葉を遮るように許可を出した。

「換装済みの機体は?」

「任せる」

「鳳翔攻撃隊は出撃。ウチの方は纏まってからの方がエエ思う。被害はヘタすると増えるかもしれんけど、バラバラやと仕留めきれんかも知れん。纏まってなら、ウチの子らは一発で仕留めてくれると思う」

「許可する」

 短い質問と早口だが聞き取り難さは無い提案に、最小限の言葉で許可を出す。

「了解。鳳翔はん?」

「了解致しました。鳳翔艦攻隊、出撃致します」

「龍驤艦攻隊は全機上空退避!」

 報告するように、或いは妖精たちに指示するかのように、無線を通して2人が言葉を発する。

 龍驤の方は短く新城に告げると、再び姿を消した。

 上方、甲板の方から幾つもの音が通り過ぎるように響いた後、遠ざかっていく。

「対空戦闘用意!」

「対空戦闘用意、了解」

「第二艦隊、対空戦闘用意完了しました」

 無線で各艦同士が確認を取る中、これまで無言で控えていた金剛が小声で新城に確認した。

「私は如何しましょうカ?」

「艤装を展開すると艦隊総数で敵に発見され易くなるかも知れない」

 新城の言葉に金剛は軽く頷いてみせた。

 現在の第一艦隊の総数は軽空母2隻、駆逐艦4隻の計6隻である。

 金剛が艤装を展開して戦闘に参加する場合、計7隻となって深海棲艦から此方の正確な位置を特定され易くなる可能性があるのだ。

 現状、こちらのほぼ正確な位置を把握しているのは直掩隊と戦闘に入った敵攻撃隊のみだろう。

 敵機動部隊にしても、此方の大まかな位置は掴んでいても特定には至っていない筈である。

 加えて付近の海域に別の敵艦隊がいないとも限らない。

「慎重に過ぎるのかも知れないが、情報は与えないに越した事はない」

「了解デス。待機致しマス」

 艤装を展開していないから、という事なのか……金剛は軽く頭を下げる礼で新城の言葉に応じてみせた。

 艤装を展開していなくとも普通に敬礼する者もいる以上、その辺りは彼女なりの拘りなのかも知れない。

 或いは別の理由があるのかも知れないが、無論と言うべきかそれを確認するような時間は無い。

 対空戦闘準備完了の報から数分と経たぬ間に、再び吹雪からの通信が届けられた。

「敵航空機発見! 第二艦隊、対空戦闘開始します!」

 

 

 


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