皇国の艦娘   作:suhi

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灰海の戦場
機動部隊迎撃 一


 

●機動部隊迎撃 一

 輸送部隊の撤退は、到着から数えて三日後の夜と決まった。

 その出発日の昼間、午前中の内に……再編された艦娘部隊、機動部隊である第一艦隊と護衛を兼ねる水雷戦隊となる第二艦隊は出撃した。

 輸送部隊が無事に撤退する為の援護というのが目的のひとつである。

 もう一つの目的は、拠点の移動だった。

 新城は現在の泊地を放棄して、転進部隊と泊地の間に位置する港湾施設まで後退しながらの抗戦を考えていた。

 

 自身が司令官となってからも色々と手を加えてきた泊地ではあったが、敵に全力で攻められるとなると守り切る事は難しい。

 新城はそう考えたのである。

 敵の航空部隊だけならばある程度は何とかなるかもしれないが、それに水上部隊からの砲雷撃も加わるとなると難しかった。

 泊地は補給や整備、修理を行うための基地としての機能ならば最低限整えられていたが、砲台や高角砲、対空機銃等を設置した防衛陣地という訳ではないのである。

 飛行場は用意されたが、それも空母の艦載機を転用しての事だ。

 数隻の砲撃だけでも、泊地の機能が麻痺させられる可能は十分にある。

 それを避けるには接近しようとする敵の水上打撃部隊に対して、牽制や足止めではない全力の攻撃を仕掛けなければならないだろう。

 その部隊だけに関してであれば、新城は決して撃退は不可能ではないと考えていた。

 問題は、その攻撃で味方にどれだけの被害が出るのか? ……である。

 無論懸念は、それだけではない。

 それによって更に強力な敵の増援が出現する(投入される)可能性はないのか?

 その増援と戦うだけの戦力を、艦娘部隊は維持できるのか?

 他にも考えれば、問題は幾つも挙げられる事だろう。

 

 

 様々な事を考慮した結果……偵察を行いながら後退し、航空機部隊による牽制を行っていくというのが最もリスクが少ないだろうと新城は結論を出した。

 航空戦力を主体とした遅滞戦闘という点は、前の艦娘部隊司令部の出した結論と同じである。

 異なるのは、現泊地で行うのではなく後退しつつ遅滞戦闘を行い、その後は後方の港湾施設を拠点とするという点だ。

 

 敵の戦力が大きい以上、可能な限り動き続けた方が良いと考えての事だった。

 総力で劣る以上、その力を活かさせない為に……つまりは此方に戦力を集中させられないようにする為に、機動力を活かし続けるのである。

 此方を把握させない為に動き続けるというのであれば、味方の数の不足もこの場合は利点に変わるのだ。

 指示を受ける者が少ないほど、命令の伝達とそれに対する反応の時間は短くなるし、単純に指揮官の方も全体を把握し易いのである。

 加えて新城は、味方の心理的にも動き回った方が良いだろうと考えていた。

 強力な敵が迫るのを泊地に腰を落ち着けて待つよりは、後退しつつではあっても活発に動き続ける方が重圧に耐えられる、或いは感じる重圧が軽減されるのでは……と考えたのである。

 とはいえ冷静な分析だけという訳でもなく、本人の好みという部分もあるのかも知れなかった。

 この点、新城という男は拠点防衛を行う場合であっても、機動戦の徒なのである。

 守りが堅かったとしても、好き好んで立て籠もる質の男ではないのだ。

 

 

 とにかく、残った司令部要員達や龍驤と鳳翔、金剛や吹雪も、新城の意見に賛同した。

 現泊地の放棄は問題なく決定され、港に出現させた艦娘たちの船体に物資が積み込まれ、残った分は輸送部隊に積み込んで後方の港湾施設へと輸送してもらうという方針も決定されたのである。

 

 後方の港に駐留する近衛艦隊の方には、既に龍驤の艦載機を使って連絡を入れてあった。

 船体に搭載する航空機は、操縦席に人を乗せたからと言って本人が操縦する必要はない。

 龍驤と妖精たちの力で操ることは可能なのだ。

 それを利用して新城は、司令部要員の一人を艦攻に搭乗させ連絡の為に後方へと赴かせていた。

 直接会うことは無いだろうという話を笹島から聞いてはいたが、問題が発生する可能性を防ぐという意味では話をつけておいて不味くなる事はない。

 そう考えての事である。

 赴いた少尉の方は艦隊の出撃前に許可を取り付け帰還している。

 それだけではなく、彼は新城に宛てた少将直筆の書状まで受け取ってきていた。

「殿下は大変感激しておられる様子で、司令官の要望に最大限応えられるように手配するとの仰せでした」

 そう言って少尉は書状を新城へと差し出した。

 新城は僅かに眉をひそめ、それを受け取った。

 予想していたような装飾に満ちた文章では無かった。

 形は整えられてはいたが本文の方は虚飾を全く排した内容で、新城の要望に最大限応える旨が記されていた。

 貴官と艦隊の幸運を祈る、と書は締め括られていた。

 それを読む限り、実仁少将という人物は極めて実際的な……つまりは軍人向きの人物であるように、新城には思えた。

 実際、弱兵をもって知られる近衛艦隊を率いての後衛戦闘をやりおおせている以上、将校として無能である筈がない。

 とにかくこれで、後方部隊からの許可と協力は取付ける事は出来た。

 つまりは懸念のひとつが片付いたという事である。

 物資は多いに越した事は無かった。

 何らかの事故や不手際で何かが悪い方に転がる可能性は常にある。

 それに、資材を残した場合……敵に利用される可能性もあった。

 深海棲艦たちが活動の為に必要とする物資は不明だが、少なくとも何らかの物資は必要としているのは間違いない。

 そうでなければ補給艦という艦種が存在する筈がないのだ。

 ならば現在の泊地に備蓄されている資材は……運ぶか、さもなくば破壊する必要があった。

 そう考え、新城は物資の残りを輸送部隊へ後送してもらうという作戦を考えたのである。

 

 艦娘部隊用の輸送船も残ってはいたが、使うには危険ではという意見が挙がっていた。

 新城も、使うのであれば積み込む物資の一部は失われる覚悟で使うべきだと考えていた。

 輸送船は軍用であるため民間の輸送船と比べて速度は出せるが、それでも艦娘やその船体のような……戦闘艦ほどの速度は、当然というべきか望むべくもない。

 そして、それを利用するのであれば……必然的に艦娘たちの動きも制限される事になる。

 輸送部隊の5隻に分けて積み込み、それでも物資が残る場合は……輸送船の使用も考えなければならない。

 司令部としては、そんな当たり前の結論しか出せなかったが……残念ながらというべきか、幸運にもというべきか……物資は、艦娘たちの船体に載せ切れる程度にしか残ってはいなかった。

 

 それでも、あと一週間弱という日程ならば艦隊を何とか保てる程度の量はある。

 もちろん、保たせた上で何とか本土まで逃げ帰るための量も計算には入れられていた。

 近衛艦隊の方でも融通してくれるというのであれば、多少の問題が発生したとしても保たせられる量になるかもしれない。

 そう考えると……綱渡りのような作戦に、僅かとはいえ余裕が生まれる事になる。

 輸送部隊について多少どころではなく不安を抱いている新城としては、少将の約束は大きかった。

 ちなみに輸送部隊の方は物資を港へと後送した後、転進部隊には合流せずに直接本土へと帰還する予定である。

 ある程度まで南下できれば、自分たちが存在する限り敵から攻撃を受ける可能性は低いだろう。

 せいぜいが部隊からはぐれた単艦か少数の駆逐艦に襲われる程度のはずだ。

 敵の偵察部隊と遭遇する可能性もあるが、どちらにしろ纏まった戦力がここより南方に存在しているとは思えなかった。

 だからこそ、出発の前後が最も危険なのだ。

 輸送隊だけでなく艦娘部隊の命運も懸かっている以上、出来得る限りの援護はしなければならない。

 

 笹島が新城に告げた日数は、あと5日ほど残っていた。

 無論、大事が起こらずに稼ぐべき日数の半分が過ぎた事に楽観的な見方ができるものは艦娘部隊には一人もいない。

 小規模にではあるが、敵は偵察と思しき艦を動かして此方の様子を窺っているのである。

 正確なところは分からないが、深海棲艦達はこれまでに戦法や戦術について考えていると思わせる行動も取り始めていた。

 もし攻撃を仕掛けてくるならば……少なくとも、勝てると判断できるだけの戦力を整えるか、その為の戦法を編み出してから攻めてくる筈だ。

 

 つまりは敵に攻められた時点で終わりなのである。

 新城はそう考えていた。

 そうなる前に、こちらが動く必要がある。

 勿論、敵の撃破を目的としてではない。

 作戦方針で定めたように、あくまで牽制、足止めを目的として、である。

 新城としては敵の追撃部隊を完全に撃破できるとは考えていなかった。

 損害を与え撤退させる事は不可能ではないが、損害も大きなものになるだろうとは推測していた。

 無論、そのような損害は許容するべきではないとも考えていた。

 新城以外の残存部隊の殆どの者達も、おそらくは同じだろう。

 態勢が整っていなかったとしても、敵の戦力は此方より優れている筈なのだ。

 以前の夜襲時の推定残存兵力ですら、水上打撃部隊として考えるならばこちらを圧倒しているのである。

 味方の水上打撃部隊は扶桑と山城の奮戦でル級の1隻を撃沈させ、もう1隻も小破か中破と思われる損害を受けたらしいが、沈まなかった方の1隻の修理が完了した時点で此方の戦力を上回ることになるのだ。

 

 そんな敵に対して被害を可能な限り抑えて、等と考えるのであれば……こちらにできる攻撃は、せいぜい嫌がらせ程度にしかならない。

 その嫌がらせで、何とか時を稼がなければならないのである。

 それでも、敵の航空戦力が失われてさえいれば……敵の進攻を遅らせる事は、決して不可能ではない筈だった。

 強力な水上打撃部隊や水雷戦隊も、制空権が失われた状態では力を発揮し切れない。

 加えて接近するまでの間に、航空機の攻撃による被害を受ける事になるのだ。

 航空戦力を此方だけが有している状況を、どれだけ活かせるか?

 それが、今後の艦娘部隊の運命を左右する事になる。

 新城はそう考えていたし、艦隊に所属する殆んどすべての者達もそう考えていた。

 

 

 

 

 そしてその考えは……出撃から数時間後に、根底から覆される結果となった。

 理由は偵察に出していた艦攻からの通信である。

 出撃前から新城は、龍驤と鳳翔の艦上攻撃機を交代で偵察に向かわせていた。

 新城が司令官となって以降、この時まで……敵の発見は、偵察らしき駆逐艦のみに限られていたのである。

 纏まった敵戦力も艦載機も、これまでは発見されなかったのだ。

 もちろん、敵戦力が全く存在しないと考えていた訳ではない。

 今回問題となったのは、発見されたのが敵の艦隊では無かったという点なのだ。

「二番機より報告、敵の航空隊を発見したとの事です」

 鳳翔からの報告に、新城は表情を引き攣らせた。

 艦橋にいる他の司令部要員たちの方は、もっと露骨に驚愕の表情を浮かべている。

 新城を含め全員で4名。

 それが艦娘部隊に残った人間の総数だった。

 何とも寂しくなったという印象があるが、逆に考えればここにいない分だけ帰還した者たちがいるという事でもある。

 人数は不足するだろうが、それでも艦娘部隊を運営していく事は不可能では無いだろう。

 新城以外の3名は全員が少尉で、全員新城より若かった。

 一人は副官となっている生真面目な青年で、残りの2人も夜襲以降司令部要員として勤めてきた者たちである。

 今のところ人員の不足による運営の困難には直面してはいない。

 もちろん、色々様々な不便は存在しているが。

「……新たな空母部隊が進行してきたのでしょうか?」

 一人が絞り出すような声で呟いた。

 戦闘によって損耗していた敵戦力が、増強され侵攻を再開したという事なのか?

(「いや、まだ分からない」)

「……詳しい情報は?」

 新城は努めて冷静に振る舞いながら、通信で鳳翔へと問い掛けた。

「護衛を伴った攻撃隊のようです、お待ち下さい」

 数秒間を置いて、鳳翔が言葉を続けた。

「……艦戦、艦爆、艦攻の三部隊編成ですが規模は小規模……恐らくはヌ級1隻程度、との事です」

 だとするならば、以前に長月と卯月の叩いた部隊が補修を終えて再出撃してきたという可能性もある。

 どちらにしろ、まだ何かを確定できる状況ではない。

「航空隊の進攻方向は確認できるか?」

「少なくとも此方には向かっていない模様です」

 にもかかわらず攻撃態勢で飛行しているとなれば……結論は一つしかない。

「輸送部隊か泊地への攻撃を企んでいるのではないでしょうか?」

 一人の言葉に他の者たちが頷いてみせた。

 当然と言えば当然である。

「すぐに輸送部隊に通信を!」

 急き立てるように副官の少尉が口にする。

 傍らで控えている金剛は、無言で視線だけを新城に向けた。

 副官の言葉に頷いて、彼は龍驤の方を向いた。

 

 

 最優先事項は艦隊への被害を可能な限り抑える事であり、次に優先すべき事は部隊の継戦能力を維持する事だった。

 輸送部隊が泊地で積み込んだ物資を無事に後送させる事こそが、両艦隊が出動した目的の一つなのである。

 迷うべき事は、何一つなかった。

 もし最優先目標が敵部隊の撃滅であれば、その為になら輸送部隊を犠牲にしても構わないという状況であれば……新城は迷うことなく輸送部隊を囮にするという選択をした事だろう。

 輸送部隊を襲った敵攻撃隊を追跡する事で敵機動部隊の位置を探り、その上で全力攻撃を仕掛けていた事だろう。

 そうすれば輸送部隊の犠牲と引き換えに第一第二艦隊は、艦の被害を抑えた上で敵機動部隊を撃破できる筈だ。

 とはいえ犠牲を出しても構わない勝利などというのは……現実的には、実際には、あり得なかった。

 いかにも現実的で残酷な雰囲気を漂わせてはいても……実際にはそれは、並の理想主義など及びもしない程に空想じみた代物と言えた。

 もっとも、そういったものが消滅せずに残り続ける辺り、人の心の中にはそういった苛烈さや残酷さを求める何かが存在しているという事なのかも知れない。

 何より、状況が絶望的であれば……なりふり構わずに、という事になるのかも知れない。

 どうであれ今の新城には、空想じみた代物を弄ぶ余裕など無かった。

 逆に言えば、なりふり構わずにという状況と比べれば、まだ余裕があるという事だ。

 

「輸送部隊に連絡。敵航空部隊接近、直ちに出港せよ。資材の積載が遅れているなら可能な限り破棄、難しいなら放棄して構わないと伝えろ」

「……ええんか?」

「湾内で攻撃を受けるような事になればほぼ確実に沈められる。至急出港せよと伝えてくれ。それから返信の必要はないとも」

「ん、分かった」

 龍驤が頷いて通信作業に入る。

 考え込んだ新城に、副官の青年が具申を申し入れた。

「こちらから援護の為に航空隊を向かわせては如何でしょう?」

「加賀には交換した九六式が乗せられているし、此方にそこまでの余裕はない。それよりも」

 問題は敵の機動部隊だった。

 航空隊が艦載機である以上、付近に空母を伴う艦隊が存在する筈だ。

「龍驤、鳳翔、出来るだけ偵察に手を割きたい。艦攻は何機まで出せる?」

 新城の言葉に数秒の沈黙があった後、無線から鳳翔の声が響いた。

「発見後即時の攻撃を艦爆に限るという事でしたら、全艦攻を偵察に使用可能です」

「ウチも、以下同文やね」

 通信を終えたのか最中なのかは分からないが、鳳翔に続けて龍驤も短く言葉を返す。

「なら、そうしてもらいたい。必ず付近に空母がいる筈だ」

「敵航空隊の進路から逆算して向かわせます」

「欺瞞の可能性も無いとは言わんけど……まあ、流石に低いやろ」

 新城の言葉に即座に2人が意見を返した。

 現状、龍驤には43機、鳳翔には42機の艦載機が、それぞれ搭載されている。

 出撃前に資材を使って補充を行う事ができた為、損耗もなく全機万全の状態だ。

 そのうち艦攻は、龍驤が24機、鳳翔が12機である。

 現状ではどちらも6機ずつが索敵の為に艦を離れている。

「基本から考えれば多すぎなのかも知れないが、とにかく一刻も早く敵艦隊を発見したい。索敵方法は2人に任せる」

「了解です……龍驤さんの方に、通常の索敵をお願いして宜しいでしょうか?」

「とすると八方向に二段やね? 残りは待機で。鳳翔はんの方は、アタリ付けて?」

「はい。艦載機の来た方角に残った全機を。燃料が足りそうな子も、そのまま向かわせるつもりです」

 無線を使って龍驤と鳳翔が索敵方法を相談し始める。

 その間にという感じで、金剛が新城に話しかけた。

「第二艦隊の方への指示は出されマスか?」

「敵航空隊発見の報のみ伝達。対応元はから決めてあった通りで問題ないだろう。交代での小休止は中止、全艦に対空と対潜警戒を務めてもらうだけだ」

「吹雪サンには改めて伝えた方が良いと思われマスが」

 生真面目な彼女の性格を考えて、という事なのだろう。

「分かった。龍驤、第二艦隊旗艦吹雪に連絡。全艦対空と対潜警戒のまま周辺警戒に当たるよう伝えてくれ。各艦の担当や警戒の詳細は任すと」

「了解」

「長月の方には、対空より対潜警戒を重視するようにと」

「ん、そっちも了解」

 相談を行いながら、龍驤が吹雪と長月へと連絡を入れる。

 

 

 後は……自分にできる事は、何もなかった。

 発見の報が入るまでは、ただ待つだけだ。

 敵部隊が発見されたら如何対応すべきか?

 その点について新城は考え始めた。

 単純に考えるのであれば、可能な限りの航空戦力を投入しての先制攻撃である。

 嫌がらせの繰り返しなどというのは、此方が好き勝手に一方的に攻撃できる場合の戦法だ。

 敵が水上打撃部隊である場合とは話が違う。

 中途半端な攻撃は戦力の分散と無駄な消耗を招くだけだ。

 敵味方の所有する戦力が大きかったり敵部隊が複数いるのが確定していたりすれば考え得る戦法は増えるのかも知れないが、今の此方には様々な手段を考えるような余裕は無いのである。

 とにかく発見した敵を全力で攻撃し、その後や最中に他の敵を発見したら……その時に考える、ぐらいに割り切るしかない。

 龍驤と鳳翔の技量を含めた戦闘能力は並のヌ級をはるかに上回っているのだろうが、それでも航空隊に全く被害が出ない……という訳には行かない。

 そして敵の戦力は、その機動部隊だけではないのである。

 夜襲で損害を与えたとはいえ水上打撃部隊と水雷戦隊が残っているし、更に増援が加わった可能性も否定できない。

 少なくとも北方海域海戦に参加した深海棲艦の残存戦力は、それらだけで全て……という訳ではないのだ。

 敵の本来の目的は自分たちではなく、本土への撤退準備中の味方の追撃の筈なのだから。

 新城たちの部隊は、それを阻んでいる邪魔者程度でしかないのである。

 とはいえ、だからこそ時間稼ぎが可能な余地が残っているともいえる。

 追撃など考えずに此方に全力を投入されれば……

 新城は司令部員たちで話し合った時の事を思い出した。

「まともにやり合えば、一時間と持たないでしょう」

 そんな言葉が零れたのだ。

 悲観的と言われるかも知れないが、新城としては冷静な意見だと受け止めている。

 だからこそ、夜襲で空母を沈めてしまおうという奇襲作戦を元の司令部も考えた訳だから。

「二番機、三番機より報告、軽空母ヌ級を含む艦隊を発見との事です」

 考えている間に偵察機から発見の報があったらしく、鳳翔の声が響いてきた。

「ヌ級は2隻……他、駆逐艦らしき4隻を伴うとの事です」

 決断の時が向こうから迫ってきた。

 結論そのものはほぼ出ているが、気持ちの方が追い付いていないのか……何か引っかかったような気持ちになる。

 数だけで考えれば此方の第一艦隊と規模は同じだ。

 長月たちが襲撃した部隊が修理を終え増援を加えて出撃してきたのか?

 それとも、全く新しい別の部隊なのか?

 敵の詳細が判明し始めても、疑問は解決されず更なる疑問が湧き上がってくる。

 空母が2隻確認され発見した航空隊が1隻分と推測されたという事は……こちらの通信を確認して、もう1隻分を此方への攻撃に回すのでは?

「司令官?」

「両艦の艦爆隊を出撃させる。護衛には龍驤の艦戦隊を、鳳翔の艦戦隊は直掩を続行。艦攻隊は発見した機以外は……発見した機の燃料は?」

「問題ありません」

「ならば触発を続行してもらう。発見した機以外は帰還し再編成。編成出来次第、出撃してもらう……龍驤の艦攻隊に予備はいなかったか?」

「2機が残っとるね」

「……そういえば、艤装の方の艦載機は触発には使えるのか?」

「距離的に厳しいかな~? 艤装の艦載機の方は船体のと比べると遠くまで飛ばせないっちゅうか、離れると力を無くしちゃう感じなんや」

「では、予備で残っていた2機に触発の引継ぎを担当してもらいたい。武装は無しで直ぐに飛び立って貰う。不満が出るかも知れないが命令で押し通せ」

「重要やからね、了解。ま。ウチの子らは分かってくれるって」

 外が、にわかに騒がしくなった。

 龍驤の艦橋は甲板上ではなく船体の前方に存在している。

 逆に飛行甲板のすぐ下が艦橋となっている造りなのだ。

 甲板へと移動してくる艦載機は見えないが、出撃していく艦載機は見る事はできる。

「それじゃ、ちょっと行ってくるわ」

 それだけ言って、龍驤が姿を消した。

 甲板上へと移動し、ついでに艤装の方の艦載機も直掩か何かとして出撃させるつもりなのかも知れない。

 先ほどの説明通りなら、離れなければ艤装の艦載機も戦力として使い物になるという事なのだろう。

「……龍驤、聞こえるか?」

「ん? 何?」

 姿は現さず無線から、彼女の声が響いてきた。

「艤装の艦戦は、直掩機として役に立つのだろうか?」

「いないよりは全然マシやけど、船体の方と比べるとやっぱり火力で劣るかな~? 逆に小回りなんかは効くから便利なところもあるんやけど」

「……とすると、直掩機を減らすのは危険か」

「一緒に使うんなら、補助くらいに考えとった方がええんちゃうかな~?」

「了解した。そのまま発艦作業を続けてくれ」

「ほい、了解」

 言葉が切れ、機械の稼働する音や何かを知らせるブザーやチャイムのような音が上や後ろから響いてくる。

 新城は艦橋内部から正面を見据えた。

 頭上から何かが動くような音が聞こえ、飛行甲板から飛び立った航空機が龍驤の船体を追い越すようにして飛び出し、高度を上げてゆく。

 前方には、露払いのように先行する駆逐艦が1隻。

 左右を見るとそれぞれ両側やや後方に、1隻ずつ駆逐艦が並走している。

 艦橋からは見えないが後方には鳳翔が追走し、その後ろを1隻が固めている筈だ。

 輪形陣と呼ばれるこの陣形は、対空戦闘や対潜戦闘を重視しつつ旗艦を守る事を優先した陣形である。

 砲撃戦や雷撃戦となった場合は、各艦の射線が妨害し合い攻撃の一点集中が難しくなるため攻撃力の低下が問題となる陣形であるが、航空戦に関しては当然というべきかそれらの問題は無い。

 

 攻撃の方で問題なのは、結果として戦力の逐次投入を行う形となる事だ。

 第一次攻撃隊は艦爆のみ。

 そして偵察に出していた艦攻隊を再編成しての第二次攻撃隊は、艦攻のみで護衛無し。

 果たしてこれで敵空母の撃破は可能なのか?

 攻撃隊の損耗はどれほどになるのか?

 輸送部隊は、敵の攻撃を凌ぐことができるのか?

 

 

 恐怖や不安は無論ある。

 だが、司令官というのはそれを表に出すような自由を許されない役職なのである。

 すべてを不愛想で禍々しい表情の内に隠し、新城は細巻きを取り出し口に咥えた。

 その手が震えている事に気付いた金剛は、その動きを皆の視線から遮るようにと移動しながら、火を付ける為のライターを手に取った。

 新城は短く礼を言った。

 それが、火を付けた事へなのか、自身の姿を皆から遮ってくれた事へなのか、或いは両方に対してなのか……金剛は、気にはしなかった。

 

 

 

 


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