●艦隊再編 五
「あれ……? 吹雪さんの方、何かあったんですか?」
「鳳翔さんに呼ばれまして、代わりに私が参りました」
「そうなんですか、お疲れさまです」
見張りの交代にと姿を現した白雪に質問した三日月は、答えを聞いて頷いた。
「特に異常は見受けられませんでしたが、お気を付けて」
「はい。お疲れのところ申し訳ありませんが、換装の方よろしくお願いします。望月さんも」
「うぅ~は~い」
「それでは初雪さん、御一緒に頑張りましょう」
「……うん、明日から……」
「だ、駄目ですってば!?」
白雪の言葉に不穏な返事をした初雪に、磯波が慌てたようすでツッコミを入れている。
その姿を微笑ましく眺めてから、三日月は望月に声をかけた。
「それじゃ、もっちー? 行きましょうか?」
「へ~い、分かってるってば~」
気のない返事をしつつも実際はキチンと三日月の後に続いて望月が歩き始めたところで、2人を呼ぶ声が響いた。
「見張り、お疲れさま~」
そう言って笑顔で文月が二人の許に小走りでやってくる。
「お~お疲れ~ ど~だった?」
「あたしは勿論、終わったよ~」
そう言って文月は笑顔を見せた。
「発射管が増設されたから、水雷戦はバッチリ~ってかんじ?」
「おー心強いね~」
「2人も早く~すませちゃえば?」
「そうですね」
頷いて歩き出した三日月たちに付いてく感じで、文月も一緒に歩き出す。
「文月も来るんですか?」
「うん、あたしも~ 試射とかで何かひつようなら、手伝うからね~?」
「ありがとうございます……そういえば、卯月の方は?」
「弥生と一緒に、長月のところ」
「……そうですか。元気になるといいんですけど」
「すぐには無理と思うけど、きっと大丈夫~」
「……そうですね」
そんな話をしながら一行は港の倉庫へと到着した。
装備は既に港まで運び出され、装備に宿る妖精たちが現れて手を振っている。
今のところは敵の襲撃も泊地への直接的な偵察も無いとはいえ、のんびりとしている訳にはいかない。
三日月に続くようにして、望月も艤装と船体を展開した。
入港した形で2隻の駆逐艦が姿を現す。
すぐに2人の船体と艤装からも……特に船体の方からは、たくさんの妖精たちが姿を現した。
「それじゃ、宜しくお願いしますね? 私の方は、この連装砲を装備する形になります」
三日月はそう説明して、12.7cm連装砲を手に取った。
単装砲と比べると、やはり重い。
それでも……その重さが頑丈さのように感じられて心強くもある。
妖精たちが主砲に取り付き、何体かは中に入っていく。
手持ちの主砲とセットになっている船体用の主砲の方も、妖精たちの操作するクレーンで吊られて船体の方へと運ばれてゆく。
追加装備を設置可能なプラットフォームへと運ばれた主砲は、そのまま妖精たちの手で固定され始めた。
金属を切断するような音やドリル音が響き、それに金属を打ちのめす音が加わる。
今回のような所持型の艤装の場合、三日月自身が実際に手で持って取り回しを確認しつつ必要に応じて内部を妖精たちに調整してもらうだけで良いが、船体に装備する側となると確りとした加工が必要となる。
時間そのものはそう掛からないが、キチンとした作業を行える工廠でなければ換装は難しい。
気軽に洋上でという訳にはいかないのだ。
だからこそ、装備の選択というのは重要である。
艦娘の艤装と船体には、その艦が洋上で基本的な戦闘行動を行えるように一通りの装備が備え付けられている(航空母艦を含め一部例外もある)が、それ以外にも追加装備が可能なスペースが確保されている。
その部分の装備を変更する事で、艦娘は様々な戦闘に対応できるのだ。
駆逐艦の場合は重巡や戦艦などと比べてそのスペースは少ないが、搭載可能な追加装備の種類の多彩さでは決して劣ってはいない。
今ここで換装を行っている三日月と望月、換装を終えた文月の3人3艦の換装は言葉通り三者三様だ。
望月の機銃増設は単純に対空能力の向上を目的としている。
駆逐艦であっても硬い装甲を持つ深海棲艦には機銃の掃射は大型の物でない限りあまり効果が無いので、純粋に敵の艦載機を迎撃、攻撃を妨害することを目的とした装備追加だ。
逆に文月の魚雷発射管の増設は、対艦攻撃に的を絞った強化といえる。
魚雷は装甲の薄い場所に命中させれば、大型艦と言えども一撃で中破大破させるほどの破壊力を持っているのだ。
とはいえ命中させるには可能な限り敵へと接近しなければならない。
魚雷は発射された後にスクリューを回転させ海面近くを進んでゆくので、銃弾や砲弾とは比べ物にならない程に速度が遅いのだ。
離れていれば、大型の艦であっても余裕をもって回避できる。
回避されないようにするには可能な限り敵へと近付く必要があるのだ。
その間に攻撃を受けて発射管が損傷すれば当然攻撃は不可能になるし、破損せずとも敵の攻撃で火災でも発生すれば誘爆を避ける為に魚雷を船外へと投棄しなければならなくなってしまう。
戦艦すら轟沈させかねない魚雷の爆発に耐えられる駆逐艦など存在しないからだ。
魚雷というのはそれだけハイリスクハイリターンな武装なのである。
そういう意味では、接近しなければ互いに認識し難くなる夜戦向きな装備ともいえる。
三日月の主砲の追加というのはこの両者から見ると、運用的な面でも性能的な面でも両者の間に位置するような換装と言えた。
装備を指示された主砲は、彼女が今まで使用していた12cm単装砲と比べて口径(口径長ではなく砲身の内径を示す意味での)が大きくなった上に、連装砲となっている。
高角砲や機銃ほどではないがある程度上空にも向けられるようになっており、深海棲艦に対する攻撃力、火力だけでなく対空性能の方も向上するのだ。
もちろん対空性能の向上とは言っても機銃とは比べるまでもないが、逆に望月の装備した機銃の場合は火力の方には一切影響がない。
火力も対空性能も向上し、そして雷撃のように接近する必要もない。
とはいえ魚雷ほどの破壊力も当然ない。
何かに特化するのではなく、全体的に戦闘能力を向上させるバランス型の兵装と言えるだろう。
艤装の砲を装備したまま動かし取り回し具合を確認している間に、船体の方の作業も完了したらしかった。
その辺りは砲塔ではなく砲塔式と呼ばれている砲の構造故なのかもしれない。
とはいえ、どのような装備であろうとも船体や艤装の修理などと比べれば、掛かる時間は極端に短い。
妖精たちが送ってきた完了の合図を確認すると、三日月は自身の船体の甲板へと移動した。
甲板への移動そのものは別に難しくもなんともない。
自身の船体内であるならば、艦娘は僅かな時間で移動する事が出来る。
船体内でなくても近くの海面程度ならば行き来は可能だ。
大抵の艦娘は海上で船体を展開したり収納したりする時に、その方法で船体に乗り移ったり降りたりする。
自身の装備くらいならばそのまま一緒に移動可能で、背負ったり抱えたりするならば一人くらいは連れて移動できる。
「お疲れさまです、ありがとうございました」
作業を終えて整列した妖精たちにお礼を言うと、三日月は艤装と船体の感覚を接続した。
「それじゃ動かしますね? 気を付けて下さい」
妖精たちに呼びかけてから、両手に装備した其々の砲を稼働させる。
一方は元々装備していた12cm単装砲。
そしてもう一方は今装備したばかりの12.7cm連装砲だ。
実際に身体を動かして砲撃の構えを取りながら、同時に船体の砲も稼働させる。
船体と身体を別々に動かすというのは、船体を用いて戦う際の艦娘の基本的な動作である。
精度を重視したい時に同じように動かすという者もいるが、別々には動かせないという話は聞いた事は無い。
どちらかといえば別々に動かすのが普通で、だからこそ特徴の違う両方の武装を活かせるのだ。
船体の武装と比べれば艤装の武装は威力で劣るが、それでも深海棲艦を多少なりとも傷付けられるだけの火力を持っている。
戦艦たちの艤装に至っては駆逐艦の艦載砲クラス……物によっては軽巡クラス、或いはそれ以上の威力を持っている。
もっとも、重要なのは威力よりも精度……船体の砲と比べてより精密な攻撃が可能という点の方なのだが。
その辺りは、艦娘本人の感覚(主に使用するのは視覚だが)と船体を通しての感覚の変化が影響している。
艦娘は船体を通して周囲を確認する事ができるが、船体で感知する場合と自身の身体、本体の感覚で感知する場合とでは、感じ方が異なってくるのだ。
最初は不便な感じもするが、慣れてくるとその違いで周囲をより詳しく感じられるようになったりもするので、決して悪いことではない。
ちなみに本体が船体の何処にいるかで船体の感覚まで変化するような気もするという意見は挙がっているが、正確なデータ等が収集されていない為、現状ではあくまで気持ち的な問題という事になっている。
とにかくそういった感じ方の違いもあって、多くの艦娘は船体を用いて戦闘を行う際に艦橋か艦首方面の甲板上に位置を取る事を好む。
その状態であれば、周囲の大凡の状況を確認し易いからだ。
もちろん個々で好みの違いはあるし、空母の人等は全く違ったりもするようだが。
ちなみに三日月は普通に、前方の甲板上で船体を扱うのが一番戦い易いと感じている。
船体を通して周囲を警戒しながら、自分の眼で遠近感を捉えるというのが彼女の戦い方である。
後方の主砲や魚雷発射管も出来るだけ正確に扱おうとすると艦橋にいるのが一番良いのだが、そうなると艤装の主砲が使い難くなるのだ。
吹雪型のように密閉ではないとはいえ、天蓋があるとなると角度を付けての射撃というのを窮屈に感じるのである。
それを考えると部屋状に覆われてなかったという露天艦橋というのも悪くないのでは……等と考えたりもするが、航海時のことまで考えるとなるとそうも言ってはいられないのだろう。
全体の攻撃精度が高くなるが艤装の主砲が使えないのと、船体後方の主砲と魚雷発射管の精度がやや落ちるが艤装の主砲2基が使用可能になるのでは、どちらが良いのか?
そう考えて、三日月は後者を選択したのだ。
ちなみに艤装の魚雷の方に関しては諦めている。
使用する場合には本当に艦の端に寄るか海面に移動しなければならない為だ。
その辺りの扱いは文月が上手い。
艦橋や甲板上で戦況を窺いながら、いざ雷撃という瞬間に船舷に移動したり、正確な雷撃を行う際は海面まで移動して魚雷発射後に艦橋まで戻るあの動きは、見ていて本当に凄いと思う。
砲撃に関しては負けないという気概を持つ三日月ではあるが、こと雷撃の際の動きに関しては、ああは動けないと思えるのだ。
同じ睦月型とはいっても、それぞれの違いというものを実感する。
艦の性能や性質とはまた違う……人で言うところの性格や個性というものなのだろうか?
少なくとも、かつての艦の記憶とは別のものである。
艦としての文月の武功は、姉妹艦である皐月と共に敵機動部隊の空襲を耐え抜いた対空戦闘にあった筈なのだから。
そういう意味では艦娘というのは、かつての艦の記憶を残してはいても、過去に縛られた存在ではないのだ。
優れた雷撃の技量は、文月本人の日々の研鑽によってもたらされたものなのである。
流石は姉の一人。
口には出さずとも、三日月にはそんな誇らしい想いがある。
夜襲作戦の際に艦長が亡くなって、心配していたけれど……実際、暫くはいつもと様子が違ったけれど……今は、前と同じように感じられる。
寧ろ、いつもは落ち着いて頼もしい長月の方が……不安定になっているようで心配だ。
そして、それとは別に心配なのが……
「かんりょ~っと」
所属する睦月型の中で唯一の妹に当たる、望月である。
不安定とか、そういう事ではない。
精神的な面で心配といえばそうなのだが、何かがあったからという訳ではなく素行的な意味での心配なのである。
流石に訓練等をサボったことは無いが、とにかく可能な限り手を抜こうとするところがあるのだ。
「……ふぅーん、いいねぇ。ちょっとやる気わいてきた」
今回は幸い、新装備のお陰で少しやる気が出ているようす。
「じゃあ、折角だからこのまま試射しちゃいましょうか?」
「……で? あたしの場合って……」
怪訝そうな声で望月が尋ねた時、通信機から文月の声が響いた。
「準備、できたよ~」
その言葉に二人は、海の方へと意識を向ける。
沖には射撃用の標的という事なのか、大きな浮標が浮かべられ波に揺れている。
「固定されてないから、早くしないと流されてっちゃうよ~」
そう言いながら文月が艤装のみを展開した状態で浮標から離れていく。
「文月~! そちらに行く時は2隻以上でと吹雪さんが……」
「まあ、いいんじゃん? ここも合わせて3隻いるんだし」
「それはまあ、そうですけど……」
「……で、あたしの方は?」
「見張り番の龍驤さんが、落下傘付きの標的を落としてくれるらしいですよ?」
「返信~今から5分以内に、港から見える範囲の湾外で高度3000mくらいから投下するって~」
再び通信機での会話に文月が加わってくる。
「……また手の込んだ、めんどくさい事を」
通信ではそう言いはしたものの、望月の船体に取り付けられた機銃の方は駆動音を響かせながら上空へと向けられた。
三日月の位置からは望月本人の姿は確認できないが、多分機銃を上空へと向けているのだろう。
もしかしたら甲板上で仰向けに寝転がっているのかも知れない。
回避行動は取り難くなるが単純に上を見るという事だけで考えれば、仰向けになった方が立ったまま上を向くよりも姿勢的には楽なはずだ。
もっとも、望月がそこまで考えているのかどうかは分からない。
単純に寝転がる為の口実という可能性もある。
でも、もしかしたら……そういうのは全て照れ隠しなのかもしれない。
以前に弥生が言っていたことを思い出した。
「もっちーは……素直、じゃない……から」
自分としては想像もしていなかった事だけれど、でも弥生が言うのならそうなのかも知れないと三日月としては思う。
やはり姉の一人である弥生のそういうところ、人を見る眼というのは凄いのだ。
あまり詳しくは話してくれないし言葉数も少ないが、色々なところを見ていると思う。
そんな風に挙げていくと、姉たちにはそれぞれ……凄いなと感じるところがあった。
それに比べると自分は本当に、まだまだなんだなと思う。
そんな風に考えて、落ち込んでいた時もあった。
一生懸命訓練しても皆に追いつけなくて、演習しても負けてばかりで……
どうしたら良いんだろう……そう悩んでいた時に、弥生が言ってくれたのだ。
三日月は、すごく頑張ってるから大丈夫……と。
それまでとは違う意味で、泣きそうになった。涙が滲んだ。
安心した。
迷いが消えたような、そんな気がした。
ああ、これで良いんだ。
そんな風に思えたのだ。
頑張ろうという想いは強くなったけれど、追い詰められるような不安な気持ちは減ったように思う。
思い返すと、少しずつではあっても変化があったと感じられるようになったのだ。
もちろん何もかもが前向きに変われた訳では無かったし、積み重ねて培ってきた沢山のものが、今回の海戦で全部崩されてしまったような……そんな気持ちにはなった。
足止めの為の夜襲の時は、生きて帰っては来れないと思った。
旗艦である龍田から、自分たちが足止めするから皆を率いて撤退するようにと言われた時、最初は艦長と共に反対した。
何故か……集中砲火を浴びて大破炎上し、船体を切断されながらも戦い続ける軽巡の姿が目の奥に浮かんだ。
コロンバンガラという言葉が、寂しさと悔しさと、懐かしさと……
誇らしさと共に、こみ上げてきた。
戦いそのものの意味するところは全く違って、状況の一部が似ているかも知れないというだけだったのに、不思議なほどに思い出したのだ。
もっとも、そうやって……思い返して疑問を感じたりできたのは、泊地に戻ってきて暫くしてからである。
その時は、そんな余裕は無かった。
色々なことが思い浮かんで混乱して、それでも最後は……天龍艦長からの命令に艦長が頷き、そうである以上は龍田の言葉に従わざるを得ず、艦長を背負って船体を収納し、文月と磯波と共にその場を離れて、吹雪たちと合流して……船体を再度展開して泊地に向かう途中で、弥生たちとも合流して……
味方を発見するたびに敵かも知れないと緊張して、味方だと知って安堵して……そうしたら、最後に敵の執拗な追撃を受けて。
振り切れずに一部が反転しての足止めを考えた時に、全艦バラバラになっての離脱を命令され……
本当に……思い返すと……よく戻って来れたと、しみじみと感じてしまう。
生き延びたという言葉が、これほど相応しい状況も無かった。
そうやって、自分が生き延びて……戻ってこれなかった艦がいて、艦と運命を共にしたり撤退中に亡くなった艦長がいて……そんな今を受け入れようとしている時に部隊は再編され、自分は第二艦隊が分隊する際の旗艦のような立場を与えられたのだ。
「お~~い~~」
「……あ、ごめんなさい」
我に返った三日月は、慌てて状況を確認した。
時間そのものは5分と経っていない。
それでも、実際に火器を扱おうという場面で考え事なんて迂闊すぎる。
「大丈夫~? ……寝ちゃってた?」
「そんな、もっちーじゃないんですから」
「うわ~ひでぇ~」
冗談じみたやり取りになってはいるけれど、文月はこちらに近付いてきているし望月の方も見えるところに姿を現している。
心配させてしまったのだと思うと、三日月は申し訳ないという気持ちで一杯になった。
長月の件もあるし、誰がどうなるか分からないのだ。
もしかしたら以前悩んでいた時も、色々と察されたり心配されていたのかも知れない。
自身への観察眼というものに自信は無いが、自分は隠せずに顔や態度に出てしまう方だろうという推測はしている。
実際、分隊旗艦を命ぜられた後……確かに悩みはしたのだ。
とはいえ其方は、完全に吹っ切れてはいないものの、色々あって、今のところ少しは落ち着いているのである。
(「とにかく今は試射の方を終わらせちゃわないと……」)
そう考えて、三日月は両手の砲を湾外のブイ(浮標)に向けた。
「それじゃ、行きます!」
無線でそう言って、すぐに狙いを定める。
まずは練習を兼ねて、船体の連装砲の方で狙いを定めた。
そして発射。
轟音が周囲に響き、衝撃が身体に伝わってくる。
放たれた砲弾は思った以上に飛んで、目標よりかなり先に水柱を作った。
左右のブレはそれほどない。
念の為に同じ感じで、単装砲の方を発射してみる。
音は大きいが、先程の連装砲と比べると小さいような気がする。
砲の位置が違う……というのもあるかも知れないが、こちらは手前に着弾した。
今度は艤装の方の2基を試す。
(「……今の感じからすると……」)
狙いを定めて、発射。
こちらも発射音が響きはするが、船体と比べると可愛らしいといっても過言ではない音だ。
放たれた砲弾は標的の前後に水柱を生み出した。
「目標、夾叉~」
文月の声が無線から響いてくる。
ここまでで発射した砲弾は合わせて6発だが、それで三日月は大凡の感覚を掴む事ができた。
船体の方は難しいが、艤装に関しては両手の主砲というのは意外と照準が定め易い。
とはいえ両手で砲を構えていた時と比べると、発射の衝撃で照準がずれそうなのは気になった。
衝撃で砲の向きや角度がずれてしまえば、照準を調整する意味がなくなってしまう。
(「その辺りは……慣れるしかないんでしょうか?」)
試射を少なめにと言われている以上、何度か試して後は実戦で慣れていくしかない。
顔を出した妖精と話し構えを微調整すると、三日月は再び標的を狙って両手の砲を発射した。
僅かに遅れて、船体の砲も一斉に砲弾を標的に向けて放つ。
無数の水柱が立ち昇り、水柱の生み出した波で揺らめいていた浮標は、僅かな残骸を残して消滅した。
「命中、かくに~ん! おつかれさま~」
文月の声が試射の終了を告げる。
「どうだった~?」
「……思った以上に、反動は少なかったです。取り回しも、違いはしますけど意識して扱えばそれ程でもないかも知れません」
文月からの言葉に、三日月は手に持った砲を軽く振り回してみながらそう答えた。
「それじゃ、今度は~」
文月がそこまで言った時、言葉を遮るように望月の声が響く。
「お、きたね~」
その言葉に三日月も顔を上げた。
しばらく空を眺めて、上空を飛ぶ1機の九七式艦攻を発見する。
「……上空警戒の戦闘機にやらせるのは大変なんでしょうかね?」
そんな事を呟きながら眺めていると、艦攻は積んでいた爆弾に似た容器を投下してそのまま上昇した。
「艦攻は撃たないようにね~?」
「……幾らあたしでも、そこまでヘマしないって」
文月と望月の無線でのやり取りを聞きながら、三日月は無言で空を眺めていた。
投下された容器はすぐに開き、そこから何かが解けながら落ちて……すぐに空気を孕んで大きく拡がる。
さして大きくもない重りを吊った落下傘は、風に揺れるようにしてゆっくりと海面に向かってゆく。
艦攻が向きを変えて戻ってきて、それから数十秒……といったところだった。
機銃音が響き、空気を一杯に抱え込むようにして膨らんでいた落下傘が、バラバラに弾け飛ぶ。
吊られていた重りらしき物は、そのまま加速して海へと落ちた。
小さな水柱らしきものは上がったが、三日月の位置からはハッキリとは確認できない。
とにかく、望月の機銃が命中したのは間違いなかった。
実際の航空機と比べれば御粗末と言っても甘すぎるくらいの挙動とはいえ、砲撃に例えれば初弾命中に等しいくらいの精度である。
面倒くさそうな物言いばかりしているが、本当にサボっていればここまで素早く銃弾を命中させる事は難しいだろう。
「機銃、命中~撃墜を、かくに~ん」
「うし、終わった~」
のんびりとした文月の言葉に続くように望月の声が響く。
直ぐに望月の船体が消滅し、艤装を纏った彼女の姿が岸のコンクリートブロックの上に現れた。
三日月も同じように船体を収納する。
念の為、すぐに岸には上がらずに海面に立った状態で艤装の主砲を動かしてみた。
防波堤で波が遮られている港内では、船上にいる時と取扱いに大差は無さそうな感じである。
波が荒い状態ではどうなるかは実際に試してみないと分からないが、今のところは極端な変化は無さそうだ。
「……まあ、とりあえず……寝よっかねぇ?」
もう何もかも終わったという感じで望月が艤装も仕舞って背伸びをし……くしゃみをしてまた艤装を出した。
「うへぇ~寒みぃ……マジで寒みぃぃぃ~!?」
「あたり前です。せめて外套を着てからじゃないと……どこに置いてきたんですか?」
「あ~確か……もう~ ……早く取って、帰ろ……」
そんな話をしていると、艤装を出した文月が上陸してきた。
「おつかれさま~ ふたり共、すごいね~」
そう言って笑顔で、すごいすごいと拍手をする。
「いえ、別にそれ程では……」
照れくさくてそう言ってから、三日月は文月に尋ねた。
「もっちーはこのまま休むみたいですけど、どうします?」
「あたしは~ ……一応、長月ちゃんのところに行ってみようかな~って」
「あ、じゃあ私も一緒に行っていいですか?」
「うん、もちろん~ 望月ちゃんは?」
「あたしは寝るよ~ お休み~」
「寝びえとかしないように、本当に気を付けないとダメ~だよ?」
「わ~ってるって」
やる気なさげに手を振る望月と別れると、三日月は先ず司令部へと足を向けた。
換装の完了報告である。
望月も呼んだ方が良いのだろうかとも考えたものの、取りあえず代表として一人が報告に行けば問題ないだろうと結論を出す。
「文月たちは報告したんですか?」
「あたしたちの方は……吹雪ちゃんが何か用事でいなかったから~白雪ちゃんが報告に行ったよ~」
「そうですか。じゃあ、私だけで大丈夫そうですね?」
先に行っててくれて構わないと言ったものの、文月は一緒に行くよと言って三日月の隣をのんびりと歩く。
司令部の建物がゆっくりと近付いてきた。
もちろん自分たちが近付いていくのだが……何か気持ちが上擦っているのか、そんな風に感じるのだ。
特に何かあるという訳ではないけれど、やはり緊張する。
だから、文月が同行してくれるのは心強かった。
別に司令官の事が嫌いだったり苦手だったりという訳ではない。
ただ……何か迫力というか、凄みみたいなものを感じるので、緊張するのだ。
けど、それは上官として決して悪いものではないとも三日月は思う。
親しげで安心できる司令官というのも良いだろうけど、仰ぎ見るような、そういう司令官というのも一つの理想だと思うのだ。
背は男の人としては高くは無いけれど、三日月から見た司令官は……圧倒されるような何かを発しているように感じられた。
表情や態度に何かが浮かんでいる訳ではない。
むしろ表情は難しいとでも表現すべきなのか、何を考えているのか分からない。
もっとも、自分はそういうのを察するのが苦手な方だから、ある程度分かり易かったとしても感じ取れるかは難しいとも思う。
自分の方はそんな感じだけれど……逆に司令官の方は、どうなのだろう?
そんな事を考えた事もある。
果たして司令官は、自分という存在を、駆逐艦三日月を、理解してくれているのだろうかと。
だから、部隊が再編された時も不安になった。
なぜ自分が艦隊を分けた場合とはいえ旗艦に命ぜられたのだろうか?
司令官は自分のどのような処を見て、それを決めたのだろうか? と。
勿論通達を受けた時は即座に了解しましたと返事をしたが、改めて考えてみると……考える程不安が膨らんでいった。
部隊の再編というだけでそもそも緊張するのだ。
今までと変わるというだけで、何か構えてしまうような気持ちになる。
しかも、艦隊を分割した際のみとはいえ旗艦としての役割を果たさなければならないという。
撤退の時は龍田に任されたのもあるが、そもそもあの時は艦長がいてくれたのだ。
その時の艦長の姿を思い返せば、ある程度までなら思い出すことはできるけれど……じゃあ今度は自分が、となると……どんな風にやって行けば良いのかという指針は思い浮かばなかった。
あの時の自分は唯々、艦長の言葉に従って逃げてきただけなのだ。
意見を求められたことはあったし相談もされたが、最後のところでは艦長が決断してくれたのである。
言ってしまえば、全てを艦長に任せ、そんな自分に文月と磯波が付いてきてくれただけなのだ。
だから、指揮下に文月がいると確認して安堵した。
磯波が分隊時に分かれるというので、ちょっと不安にはなったけれど……編入されてきたのが卯月だと知って、また安堵した。
分隊の旗艦として情けない、とも思ったけれど……この2人なら安心と思えたのだ。
同時に……この3人でなぜ自分が旗艦的な立場に任命されたのだろう? とも考えた。
既に再編直後から、各艦が自己で判断する訓練という事で艦長を乗せずに出撃を行い始めていたから、艦長の階級や能力で決めているという可能性は無さそうだった。
ならば自分たちの能力を基にという事になるのだろうが……三日月としては、それに関しては自信が無かった。
疑問だった。
単純に戦闘の技術で考えれば、2人のどちらかが務めた方が合っているように思えたのだ。
考えたところで自分では当然答えを出せず、そういった話では一番頼りになりそうな長月は艦長を失った事で不安定になっていて……相談するのは、迷惑に思えた。
頼もしい姉の意外な一面を見た気がして、同時に自分は姉の一面しか見ていなかったのではとも思えて、少し落ち込んだ。
もちろんというか卯月や文月の2人は言えず……結局は不安に耐えられなくなって、弥生に打ち明けて……そうしたら、直接司令官のところに連れていかれた。
迷惑だと思って謝ると、無闇に謝るべきではないと注意された。
それから質問されたのである。
「君は、文月が咄嗟に言ったことを瞬時に理解できるか?」
そう言われて三日月は、ある程度なら理解できますが全ては分かりませんと答えた。
「ならば、卯月の方は?」
そう言われて今度は、考えれば分かるかも知れませんが、瞬時にとなると半分以上は理解できないかも知れませんと答えた。
それを聞いて司令官は考え込んだ。
「……申し訳ありません」
「それだけ分かるならば十分だろう。僕は確実に、そこまでは分からない」
司令官は断言した。
呆気に取られている彼女に向かって司令官は、新城は訊ねた。
「そもそも分隊旗艦の役割とは何だ?」
突然の問い掛けに少し動揺しながら、三日月は急いで考えた。
「それは……部下に指示を与える事です」
「そうだ。厳密に言えば艦隊旗艦である吹雪から、場合によっては僕からの命令を受けて、その上で部下に命令を与える」
「はい」
「そして、自分の与えた命令に対して責任を負う」
「……はい」
「だから極論を言えば、君が卯月や文月の言う事を理解できる必要は無い」
「……え?」
思わず素で返してしまった三日月の態度を気にせず、もちろん可能なら理解できた方が良いがと前置きしながら、新城は続けた。
「最も大事なのは、卯月と文月が君の言う事を理解できるか如何かだ」
「そ、それはそうですが……」
「だろう? 卯月と文月が、君のいう事を理解できれば良いのだ」
「で、ですが……」
「そして、もうひとつ。君が僕や吹雪のいう事を理解できれば良いのだ」
「それは……確かに」
「僕は君が適任だと思う。卯月や文月は、畏まった言い方を苦手としているようだが、君はそういう事は無いだろう?」
「は、はい。何というか……私は逆に、そういう風でないと出来ないですので……」
「謙遜は構わないが、卑下は美徳ではないよ」
「……すみません」
「とにかく、僕が大丈夫だと考え命じたのだ。何かを果たせなかったとすれば、それは僕が負うべき責任であって、君が負うべき責任ではない」
「……そうですが……」
プレッシャーを感じないように、過度の責任を感じないように言ってくれているのだと分かっていても、逆にそれが申し訳なさのようなものを三日月に感じさせた。
司令官の方もそれを感じたのだろう。
表情は変えないものの、言葉を止めて口許に手を当てる。
何か考え込んでいるように見えた。
とはいえ、これ以上此処にいても迷惑をかける。
そう考えて退出しようとした時だった。
「……発言を許可する」
司令官の言葉にそちらを見ると、弥生がちょうど此方を向いたところだった。
「大丈夫……卯月も文月も、お姉ちゃん、だから……」
そう言ってから、少し考えて……弥生は付け足した。
「察そう、と……してくれる、し。困ったら、相談すれば……きっと、喜ぶ……」
「え……でも、それは……」
驚いて司令官の方を向くと、中年は軽く首を振った。
「僕が望むのは、命令が行き届く事だけだ。軍隊というのは確かに残酷で薄情な組織ではあるが、同時に酷く身内的で厚情の深い組織でもある。僕としては最低限の求めた結果とそれなりの体裁が整えられ、民間人から見て公私混同に見えないように努めてくれれば、それで構わない。とはいえ此処には民間人はいないが」
司令官の言葉は、酷く実際的だった。
わざとらしいほどに冗談めかした口調でもあった。
三日月はただ、呆気に取られた。
弥生は気にしない様子で、続けた。
「……だから、三日月は……早く慣れることだけ、考える……べき」
その言葉に三日月は、呆気に取られたまま、何とか頷いてみせた。
その後で、何かがじんわりとこみ上げてきた。
要は、周りから見て露骨でない程度に姉たちに頼ってよいという事なのだ。
「ありがとうございます、司令官」
敬礼して、三日月は礼を言った。
司令官は一瞬だけ硬い顔をしたものの、頷いて退出して良いと口にした。
新城はこの時、部下を操る為に都合のよい人物を演じている自身に激しい自己嫌悪の念を抱いたのだが、無論三日月はそのような彼の内情を知る由もない。
彼女は元気に返事をして、もう一度礼を言って部屋を出た。
外へと付いて来てくれた弥生にもお礼を言い、不安は残るものの少し安堵して……手品の種明かしをしてもらった子供のような気分で司令部を出た。
それが再編成を終えてから数日後、新城が笹島を迎える前の事である。
それから三日月は、司令官と自身の任務について話したことは無い。
司令部要員を残して他の人員が輸送部隊と共に撤退する事を説明された時は短く了解の返事をしただけだったし、命令や伝達事項については第二艦隊の旗艦である吹雪の方が全員を集めて報告することが殆んどだったからだ。
吹雪の方も主に白雪に助けてもらっている感じで、それを見てちょっと安心しながら三日月も色々と出来る範囲で吹雪を手助けできるようにと動いてみた。
実際に何かしたという程ではなく、主に吹雪の言葉を噛み砕いて卯月に説明したりという程度ではあるが、吹雪には随分と……恐縮するほどに感謝された。
三日月としては逆に吹雪の活動を見て、その手助けをすることで間接的に自身の仕事を知る事で不安を少しずつ減らす事ができたので、むしろ感謝したい気分だった。
そうやって第二艦隊は少しずつではあるが纏まっていったのである。
第一艦隊の方も、恐らくは同じような感じなのだろう。
数日が過ぎ、後衛戦闘の続行が説明され、補給部隊が到着して……
明日か明後日には、補給部隊と共に多くの人員も撤収する。
そうなったら、もっと寂しい雰囲気になるのだろうか?
数日後の風景を思い浮かべて……寂しくはあるものの、どこか安堵するような気持ちを三日月は味わった。
長月を含め幾人か、艦長を失った艦娘たちの姿を見ていたせいかも知れない。
居なくなるにしても撤収の方が、よほど良い。
そんな事を考えながら、司令部の置かれている建物に到着する。
此処に関しては元々の司令部要員、特別艦隊の第一第二部隊の首脳部が全員亡くなってしまっていた為、以前と比べると随分と人が減ってしまったという話だった。
以前の三日月は此処に来る必要が無かったのでその時の様子は知らないが、吹雪や弥生からは聞いた事がある。
もっとも、その2人も詳しくは知らない様子だった。
つまりは以前を知っている者は……司令官を除いて全員、居なくなってしまったのである。
そして、今を知っている者も……いずれは……
「……三日月ちゃん?」
「いえ、何でもないです。それじゃ……」
「うん、あたしはここで待ってるね~?」
「いってきます」
そう言って三日月は、入口の兵士に挨拶して司令官への要件を述べた。