皇国の艦娘   作:suhi

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艦隊再編 三

●艦隊再編 三

「……長月、お疲れさま。交代」

「お疲れ~」

「……ああ、もう時間か。次は望月の番か?」

「ん~ ……うぁあ~マジめんどくせ~」

「さぼるなよ?」

「サボは吹ぶ……あれ? ……いや、ま、どうでもいっか~」

「……もっちー?」

「大丈夫、さぼらないって」

「……ん、がんばって……」

「頼むぞ」

 弥生に続くように長月が言って、艤装を収納する。

 手を雑にひらひらさせてから上掛けを靡(なび)かせ艤装を展開した望月を残して、2人はその場を後にした。

 今のところ泊地での警戒は、それぞれ艦娘と兵士たちから交代で見張りを出す形の当番制で行われている。

 艦娘達は各艦隊から1名ずつの計2名、兵の方は4人ずつで泊地内を警戒している。

 それ以外では龍驤と鳳翔が交代で偵察用の艦攻を出し、周囲の警戒を行っていた。

 そちらは勿論、装備に宿る妖精たちの力を借りる形である。

 金剛の方も艤装用ではあるが水偵、零式水上偵察機を補充されたのでそれを使って2人の仕事を補助していた。

 

 施設近くの飛行場には運ばれてきたばかりの零戦が待機しており、敵の攻撃機は勿論、偵察機を発見した場合も、一部の機体は即座に飛び立てるようにと準備されている。

 それ以外は妖精たちの手を借りて準備した、どこか懐かしい感じのする掩体壕に分散して格納されている。

 実際に警戒と慣らしも含めて、昼間は1~2機を飛ばしてもいるようだった。

 最低限の手入れを施された飛行場は、平坦さでは飛行甲板に劣るものの助走できる距離が長い上に一度に複数が離陸できるので、柔軟な対応が取り易いとの事らしい。

 敵航空機の空襲に関しては、かなりの規模であっても対応できるかも知れない。

 ただ、龍驤や鳳翔が操る場合、彼女たちが船体を展開しなければならないというのが面倒なところだった。

 航空母艦の艦娘用に開発された艦載機であっても操縦席は備わっているので、操縦できる者が乗り込めば問題なく動かすことは可能である。

 だが残念ながら、航空機という概念は同じでも現代のそれとは全く異なるといっても過言ではない兵器を扱う訓練を行っている隊や科は……艦娘部隊を含め、軍の何処にも存在しない。

 となれば現状、動かすには艦娘と妖精の力を頼るしかなかった。

 飛行場に展開はしている零戦隊も、結局のところ龍驤と鳳翔所属の戦闘機隊なのだ。

 待機場所が艦内ではなく外というだけで、離陸し戦闘を行わせる為には2人の力が必要となる。

 そして……2人がその大きさの、船体用の航空機を操るためには、船体を展開していなければならないのだ。

 航空母艦の艦娘達が船体に搭載する航空機は、船体の格納庫に搭載していない限り船体を収納しても消えはしないが、艦娘の力で操ることは出来なくなってしまうのである。

 妖精の力が弱まったり届かなくなってしまうからだと言われているが、実際の処は分からない。

 ただ『船体を収納した途端、制御不能となった』という実験結果が存在しているだけである。

 そういう点で空母の艦娘達は、船体の航空機という強力で便利な装備を持ってはいるが、それを操る為に船体を展開していなければならない……という不便さも有している。

 戦闘時にですら、乗員さえいなければ場合によって船体を展開したり収納したりと器用に動き回れる駆逐艦達と比べると、その辺りは動きがかなり制限されると言えるかもしれない。

 非戦闘時であっても、それらは様々な点で不便をもたらす。

 例えば泊地や港湾施設等で動きを止め停泊している瞬間というのは、艦船にとって最も危険な状態の一つなのだ。

 攻撃を受けても一切の回避行動が取れないのである。

 加えて船体が直撃を受けずとも、周囲の建造物、構造物の破損や爆発で損傷を受ける危険があるのだ。

 他の艦娘であれば船体を収納してしまえば良いのだが、艦載機を操ろうとすれば展開しない訳には行かない。

 その為、不測の事態が起こらないようにと港周辺の警戒には特に重点が置かれていた。

 少なくとも今の時点では、敵の航空機などに不意打ちを受ける可能性は低いと言えるだろう。

 とはいえ今は兵士たちの眼も警戒に当てられているが……撤退という事になれば、以後全てを艦娘や妖精たちで補う形になるのである。

 より一層の警戒が必要となるかも知れない。

 

 

「……大丈、夫?」

 弥生は妹艦の顔を覗き込むようにしながら声をかけた。

「ああ、大丈夫だ」

 少し俯きながら長月が答える。

 見張りで疲れた等という事は絶対にないだろう。

 ただの見張り番ではなく敵の襲撃の可能性がある状況下での警戒は精神を消耗させるが、休憩なしで長時間でもないかぎり艦娘がそこまで消耗する事は無い。

 彼女の憔悴には別の理由があるのだ。

「……正直に言えば、もちろん完全には落ち着けていないが……それは仕方がない」

「……そう……?」

「……まあ、艦長を失った……訳、だからな……」

「……うん」

 弥生はハッキリと頷いてみせた。

 自分がそうなったら、きっと取り乱して……今の長月のようには落ち着けないだろう。

 ここ数回の出撃で、司令官が旗艦である龍驤に乗っているだけで寂しく感じるのだ。

 もう二度と会えない等となってしまえば……

「……長月……は、すごい……ね」

 素直な称賛の言葉が口から零れる。

「そんな事は無い。同じように辛く寂しい思いをしているのに……確りと受け止めて、抑えている者もいる。私は寧ろ、できていない」

「……そんな、事……」

「出来ていないんだ。みな、辛いんだ。ただ、耐えるしかない……分かってはいるのだ……」

 弥生の言葉を遮るように口にして、長月が再び俯いた。

 引き締められた顔に、いつもとは違う何かが滲んでいる。

 それが……彼女が、出来ていない、抑え切れないという……何か、なのだ。

 少なくとも弥生にはそう感じられた。

 何かができればと思うが、残念ながら何も思い浮かばない。

 2人共待機になったのだから、配給された缶詰でも開けるべきだろうか?

 でも、こんな時に食べても美味しくないかも知れない。

 自分だったらどうだろう?

 多分、味なんて分からない。

 ただ空腹だと拙いから、食事の時間には詰め込むように食べると思う。

 それとも……悲しくても苦しくても、寂しくても……美味しいと感じるのだろうか?

 涙を流し胸が締め付けられても、美味しいなあと思いながら食べるのだろうか?

 できればそんな日は……来てほしくない。

「……乗員が死ぬのは、辛いな」

「……うん」

 長月の言葉に、弥生は素直に頷いた。

「寂しいのは嫌だ、と思っていたが……これなら寂しい方が、良い。我慢できる」

「……うん、きっと……寂しいのは、辛いけど……一緒の方が、きっともっと……辛い」

 微かに、悪い夢のように……頭の中に浮かぶ記憶。

 編隊を組んだ大型の爆撃機の空襲を受け、動けなくなった船体。

 艦長を含めカッターで何とか脱出できた者もいたが、司令官を含め何人もの乗組員が……亡くなった。

「そうだな……我々は、守りたかったのだから」

「……うん」

「だからかな……守れなかったと感じる時……何かが、浮かぶんだ」

 外国の艦娘たちがどうなのかは分からない。

 でも……日本の艦娘はきっと、みんな同じなのだ。

 

 守りたくて、守りたくて……守れなかった。

 

「でも、今度こそ……」

「……守りたいな」

 長月はそう言ってから、弥生の方に向き直った。

「……司令官には感謝している」

 弥生は何も言わず、長月の顔を見た。

「実際、今は寂しいし艦長の事を思い出すが……同時に、ホッとしている」

「……そう、なんだ?」

「また艦長が着任したら……そう思うと、不安になるのだ」

「無理、は……しない方が、いい……から」

「ああ、分かってる。ありがとう」

 そう言って長月は笑みを浮かべてみせた。

「弥生は何というか、少し姉という感じがするな。卯月とは大違いだ」

 そう言った直後。

 

「まったく長月は失礼ぴょん! 姉への敬意が足りないぴょん!」

 明るい声が2人の後ろから響いてきた。

「……卯月?」

「どうした? 道にでも迷ったのか?」

「うびゃ!? な、長月は何て失礼な妹ぴょん!?」

「……でも……そんなやり取り、できるなら……少し、安心……」

 弥生がそういうと、長月は少し疲れた顔で弥生の方を向いた。

「卯月といると、落ち込んでいる暇なんてないのでな」

 そう言ってから、卯月の方へと向き直る。

 そう言いながらもその顔には、少し明るさが戻っているように弥生には感じられた。

 弥生としては、卯月のそういうところは……本当に凄いと思う。

「まったく、うーちゃんがせっかく呼びに来てあげたのに」

「一体何の用事なんだ?」

「ちょ、ちょっと卯月さ……ちゃ~ん! 待って~!!」

 そんな声が響き、卯月の後ろの方から吹雪が駆けてくる。

 卯月にお願いされたとかで、律儀にちゃん付けしているらしい。

「……吹雪が来たのなら、本当か」

「ま、また失礼な事を言ってるぴょん!?」

「すみません、皆さん!」

 駆けてきた吹雪が立ち止まると、生真面目な顔で2人に向かって敬礼した。

「……お疲れ、さま」

「お疲れ。それで、如何したんだ? 吹雪」

「はい、加賀さん達が運んできた装備の各艦への振り分けが決定されたとの事で、見張り以外の方に集まって頂く事になりました」

 敬礼を解いた吹雪がハキハキとした口調で説明する。

「そうか、お疲れ。場所の方は?」

「説明後すぐにそれぞれに換装を行ってもらうとの事で、ドックの方にお願いします」

「分かった。それじゃ、行こうか」

 そう言って、長月は卯月と弥生の方に向き直る。

「それじゃ、行きましょう」

 吹雪がそう言って、先頭に立って歩き出した。

 長月がその後に続き、さらにその後ろに卯月と弥生が並ぶようにして続く。

「まったく……長月は姉への敬意が足りないぴょん」

「……大丈、夫。長月、卯月のこと……頼りに、してる」

 不満そうな顔でブツブツ言う卯月の頭を、弥生はいい子いい子と撫でた。

「そ、そうぴょん?」

 嬉しそうにしながらも、卯月は小首を傾げ……伺うような視線で弥生を見上げる。

 弥生は頷いて、さらによしよしと頭を撫でた。

 歩きながらなのだが、卯月は器用に速度を合わせて嬉しそうに撫でられている。

 

「ふふ、何か姉妹って感じで良いですね?」

 振り向いてその光景を眺めながら、吹雪は楽しそうに笑った。

「そうか? ……まあ吹雪は吹雪で、真面目で立派な姉という感じだが」

「そ、そうですか? 私も一生懸命は頑張ってるつもりですけど……でも、白雪ちゃ……さんの方がしっかりしてるし、磯波、さんも……」

「人は人だろう。いや、我々の場合は艦娘か」

「まあ、私なりに頑張ってますけど……やっぱり天龍さんみたいには」

 そこで吹雪は言葉を切った。

「ご、御免なさい。空気を悪くしてしまって」

「構わないだろう。吹雪は自分が沈んだ後で、誰かに思い出して懐かしんでもらうのは嫌なのか?」

「そ、そんな事はありません……悲しまれるのは嫌、ですけど……懐かしんでもらえるなら……」

「なら、それで良いじゃないか? 今、吹雪は悲しかったのか?」

「いえ、天龍さんが旗艦だった事を思い出してただけで……それほど長い期間じゃないですけど……」

「私も、睦月や如月の事を思い出す……寂しいとは思うが、楽しかった事も沢山あった。まあ……私の場合、沈むところを見ないで済んだからかも知れないが……」

「……私もそうです。逃げろ、泊地へ戻れって……そう言って敵の水雷戦隊を足止めする為に囮になって……最後に振り返って見た時も戦っていました……」

 そういって吹雪は目元を擦った。

 本当に、その時の風景が浮かんだような気がする。

「ちょっと怖い感じもしましたけど……本当は、すごく優しい人だったんだな~って」

「……また会えるさ。礼はその時に言うと良い」

「……そうですね」

「まあ、もしかしたら本土に帰って新たに建造された天龍や龍田に会う事になるかも知れないが」

 長月の言葉が、吹雪にはありがたかった。

 きっと不安になっている自分を元気づける為に言ってくれたのだろう。

 言われた光景を想像してみる。

 けれど吹雪が頭の中に描いた光景は、少し違っていた。

 軽巡洋艦の天龍に話しかける駆逐艦吹雪は、自分ではなく新たに建造された吹雪なのだ。

 それは今よりもかなり未来で、2人は北の海で戦った先輩の……自分たちの話をするのである。

 そんな想像を振り払うようにして。

「そう言えば、鳳翔さんがまた建造されたって話は聞きました」

 吹雪は装備を運んできた駆逐隊から聞いた話を、長月に振った。

「赤城と加賀以外は正規空母は建造できていない、という話か……」

 長月が顎に手を当て考え込むような仕草をする。

「出発までにまだ少しは時間があるでしょうし、詳しいことはまた白露型の皆さんに聞いてみようと思いますけど」

「加賀を護衛してきた駆逐隊か。駆逐艦も新型が次々と建造されているな」

「そうですね。特型も、あっという間に一世代昔になってしまいます」

「お互い古参、という訳か」

「私もそんな風に呼ばれるように頑張りますね」

 長月の苦笑にそう言って笑顔で返す。

 

 話の方に意識が傾いた為に足はやや遅くなったが、それでも然程時間は掛からなかった。

 4人はそのまま港に向かい、装備が運び込まれた大型倉庫の前へと到着した。

 

 

 


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