皇国の艦娘   作:suhi

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艦隊再編 二

●艦隊再編 二

「あれが零式艦上戦闘機……九六式の後継機ですか」

 航空母艦の艦娘である加賀が運んできた戦闘機を眺めながら、鳳翔は呟いた。

 海軍の士官らしき人物が訪れて二日後、鳳翔が放っていた偵察の艦攻が南方から泊地へと近付いてくる艦隊を発見したのである。

 これまで偵察らしき少数の駆逐艦を発見した事はあったが、陣形を組んで航海する大型艦船を含む艦隊を発見したのは、夜戦後初めての事だった。

 艦隊の構成は、航空母艦1隻と護衛の駆逐艦4隻の計5隻。

 態勢を整えた敵の新たな機動部隊が進撃してきたのかと泊地に緊張と動揺が走ったが、すぐにそれが味方の、しかも艦娘部隊と判明し、今度は安堵と期待が膨れ上がった。

 軽空母の龍驤と鳳翔から護衛の戦闘機が派遣され、それらに守られながら加賀の率いる艦隊は泊地へと到着したのである。

 

 新城はそれを港で出迎えた。

 彼自身は他の者達ほど浮かれた気持ちにはなれない。

 航空機を艦載しているにもかかわらず直掩機を出していないという事が、彼を何とも言えない気持ちにさせたのだ。

 鳳翔や龍驤も推測はしていたのだろう。

 到着した加賀からの報告を受けて、新城と2人は何とも言えない表情を浮かべた。

 直掩を出さなかった理由は簡単で、艦載機の損耗を恐れる故である。

 戦闘を行わずとも艦載機を多数失う危険がある。彼女はそう判断したらしかった。

 加賀の表情と言葉は淡々としてはいたものの、節々に悔しさのようなものが滲んでいるように新城には感じられた。

 実際彼女は運んできた物資を移し終えた後、部隊への転属を希望してきたのである。

 装備輸送後は後退し本国へと帰還する。

 それが彼女に与えられた任務なのだ。

 冷静な判断ができていない。

 新城はそう思ったが、もちろん口には出さなかった。

 彼は艦娘と人間の女性を分けて考えてはいるが、感情的になっている時の対処としては色々と似通った部分があると考えている。

 事実を説明したところで火に油を注ぐだけだ。

 とにかく休息を命じ……金剛に護衛の駆逐艦たち含めて空いている建物に案内させている間に、彼は龍驤と鳳翔を本部へ呼んだ。

 建物の一室を借り、腰を下ろし2人も着席させる。

「気持ちは分からないでもないが、無駄死にするだけだ」

 前置きはせず、新城は率直な感想を述べた。

 龍驤は苦笑いするような表情を浮かべ、鳳翔は無言のまま少し俯く。

「最後は命令でも良いが、君たちの意見を聞きたい」

「提……司令官の仰る通りだと思います」

「……別に提督でも構わない」

 少々の気まずさを感じつつ新城はそう言った。

 新城は彼女が苦手だった。

 無論、鳳翔の方に落ち度は一切ない。

 ただ、彼女の仕草や姿に別の人物を被せてしまうのだ。

 できる限りそれらを表に出さないように努力してはいるが、正直なところ自信は無い。

「ありがとうございます、提督」

 礼を言ってから少し口籠って、鳳翔が言葉を続けた。

「……加賀さんには悪いですが、彼女は未だ錬成の途上でしかありません」

「せやね……北海の荒波に慣れてない言うても……直掩機もまだ満足に、ってのは流石になぁ……」

 龍驤も言葉を濁しつつ、否定的な意見を述べる。

 彼女自身も熱心に鍛錬しているのだろうが、結局は時間だった。

 北方海域での海戦の為に出撃する数日前に、彼女……航空母艦・加賀は建造された筈だ。

 だとするならば、満足に訓練できた期間は一ヶ月にも満たない筈である。

 彼女に過去の記憶が残っていたとしても、それを実際の戦闘技術に結び付けるのは決して容易な事ではない。

 加えてこの輸送任務だ。

 航海の練習にはなるだろうが、戦闘訓練は難しいだろう。

「……全く戦力にはならないか?」

「防空という事でしたら、ある程度までは戦力にはなると思います」

「制空戦闘は、結局は数やからね」

 新城の問いに2人が答える。

 2人の言葉を聞きながら、新城は自分の認識と実際の戦闘に齟齬が無いかを確認していった。

 

 大抵の戦いには攻撃と防御というものがある。

 敵を倒すのが攻撃で、それを妨害するのが防御だ。

 空母同士の戦いでは攻撃を行なうのが艦上攻撃機(艦攻)や艦上爆撃機(艦爆)で、それを妨害するのが、つまりは防御を担当するのが艦上戦闘機(艦戦)という事なのだろう。

 もっとも、味方の攻撃を妨害させない為に敵戦闘機と戦う事もある訳だから、味方の攻撃力を損なわないという意味では攻撃にも貢献する事になる。

 それらの効果を発揮するのに、艦載機の数が大いに影響すると2人は言っているのだ。

 酷い言い方をすれば、最低限の技量があって弾切れしていない戦闘機が多数飛んでいるだけで敵は攻撃し難くなるという事である。

 逆に攻撃の方は、数も大事だが技量が大きく左右する。

 大型の爆撃機である必要はない。

 艦爆や艦攻であっても搭載する爆弾や魚雷は、下手をすれば一発で艦艇を破壊し轟沈させてしまえるだけの威力を持っているのだ。

 極端な話、無事な1機が敵艦に攻撃を命中させ破壊できれば勝ちなのである。

 とはいえ妨害してくる敵機が多ければ攻撃は困難になる。

 艦を一発で破壊できるだけの重い爆弾や魚雷を抱えて飛ぶ艦爆や艦攻を迎撃する為に、機銃を装備した戦闘機が機敏な動きで襲ってくるのだ。

 艦爆や艦攻を落とすなら、その機銃で十分なのである。

 無論、目標の艦船からの機銃や高角砲などによる対空砲火もある。

 それらを何とかくぐり抜けながら距離を詰め、攻撃隊は目標の撃沈を目指すのだ。

 命中させるための技術も勿論だが、命中させるために目標へと近付く技術も重要である。

 編隊を組んでの高高度からの爆撃、直上からの急降下、海面すれすれを飛行しながらの雷撃。

 ただ教わっただけで簡単にできるものではないのだ。

 空母の艦娘達は艤装や船体を操り、妖精たちの助けを借りながら航空機たちも操って戦闘を行う。

 艤装や船体そのものが全く異なる場合、その扱い方も全く異なる。

 似ていてもそれぞれに微妙な違いがある以上、恐らくは各自で異なる勘所のようなものもあるのだろう。

 実際、龍驤と鳳翔を見ていても、同じ軽空母という機種であっても艦載機の動きそのものが異なるように新城からは見えるのだ。

 詳しくない自分ですら何となく分かるのだから、実際は全く別のものなのかも知れない。

 

「搭載機数ゆえの制空能力はあるが、それ以外は論外。そういう事だな?」

「キミ、わざわざそういう言い方するね?」

 困ったような、それでも笑いを顔に浮かべながら龍驤が口にする。

「龍驤さん? 提督に……」

「構わない。正確に言えば君たちは軍人ではない訳だから。ただ、五月蠅い奴は実際にいる」

「うん、分かってるって。目のある所では、やろ?」

「理解してもらえているならば、僕がこれ以上いう事は無い」

 新城はそう言ってその話を終わらせた。

「僕としては勘違いを避ける為に端的に話しているだけだ。勘違いして戦線に投入し呆気なく轟沈されては、こちらとしても気分が悪い」

 その言葉に2人はそれぞれの形で肯定的な態度を示した。

 言葉尻では酷い言い方だが、彼が無駄死にをさせたくないと明確な態度を示したからだった。

 実際彼は気恥ずかしさを誤魔化す為にそういった態度を取った処もあったし、それを2人が見抜いた様子なのを見て、増々不機嫌になった。

「古鷹も後方に護送してもらわなければならない。結論として、加賀は部隊には加えず後送者を乗艦させて退避。これで問題ないな?」

「ええよ」

「私もそれで構いません」

「最終的には僕が命令するが、君たちが望むならその前に話をしてもらって構わない」

 どうする、と新城は眼だけで2人に尋ねた。

「ありがとうございます、提督」

 代表して、という事なのか鳳翔が丁寧に頭を下げた。

「礼を言われる事はしていない」

「そう見えないかも知れませんが……激情的で、とても繊細な子なんです」

「厳しく言われたら、ずっとウジウジ悩んだりしてまうかも知れんからな~」

「……今は未熟ですが、十分な修練を積めば将来の機動部隊を背負(しょ)って立つ航空母艦の1隻になる子です」

 その艦隊には、恐らく自分たちはいない……2人はそう考えているのだろう。

 実際、単純に航空母艦としての能力だけを見るならば圧倒的だった。

 練度を高め全面的な改造を施した龍驤と鳳翔2隻の合計艦載機数を上回るだけの艦載機を、まだ改造を施していない加賀は運んできたのだから。

 寂しさを滲ませた穏やかさ……そんな風に表現すべき何かが、2人の顔に浮かんでいる。

 それから目を逸らすように、新城は顔を背けた。

「……では、手段は任せる。僕の方も部下たちに話をしなければならない」

「分かりました。それでは失礼致します」

 礼をして2人が退室する。

 それを目線で追ってから、新城はひとつ息を吐いた。

 それから副官のようになっている少尉に命じて、司令部要員として働かせている兵と艦長達を招集する。

 多数に話せば秘密は絶対に守られない。

 生き死にが命令で分かれる場面で冷静に行動する事を期待するほど、彼は楽観主義者では無かった。

 

 

 

「これまでは敵も偵察のみだったが、数日中には攻撃の為の艦隊を派遣してくるだろう」

 彼が集めた人数は、副官である少尉を含めて5名だった。

 新城を加えて6名、更に艦娘たちの意見を聞く相手として金剛も呼ぶ。

 下手に希望を持たせないように、新城は言葉を選んで説明した。

 この調子で十日が過ぎてくれれば幸いだが、あの時点で敵はこちらを上回る戦力を保持していたのだ。

「偵察を重視しているのは予想以上に大きな損害を受けた為、こちらの戦力を確認しようとしているのだろう」

 話しながら新城は、自分は敵側にこちらと同程度の知性がある事を前提として話しているなと実感した。

 この戦いの前までは、あまり考えなかった事だ。

 今は少なくともこの場にいる誰一人として、敵が知性の低い化け物とは考えていない。

 絶対的な確信を抱いている訳では無いが、感じるものに大きな違いは無いはずだ。

 異形ではあっても敵は知性持つ集団であり、軍隊だった。

 末端は分からないが、少なくとも上で率いている何者かは、その筈だ。

 

 そんな状況で敵の航空母艦であるヲ級1隻を沈め、もう1隻も少なくとも中破以上の損害を与えられたのは大きかった。

 あれで敵は艦載機ではなく駆逐艦を使って偵察を行わなければならなくなったのである。

 とはいえ敵は泊地の近海まで偵察艦を派遣してきている。

 もし泊地そのものが水上打撃部隊の襲撃を受ければ、絶対に耐え切れないだろう。

 あるいは確実を期すため後方から更なる戦力を呼び寄せるかも知れない。

「そうなる前に、こちらから再び攻撃を仕掛けなければならない」

 新城が説明したのは、以前説明された夜襲後の作戦と基本的に同じだった。

 航空母艦の艦載機を活かし、敵に近付かれないように動き回りながら小規模な空襲を繰り返すのである。

 水雷戦隊である第二艦隊は警戒の必要があれば泊地近海を巡回させるつもりだが、敵の情報が得られれば、機を見て再び夜襲を行う。

「その戦術であれば、これだけの人員は必要ない」

 新城の言葉を受けて、集まった者たちは顔を見合わせた。

 それを遮るように彼は説明を続けてゆく。

 彼が考えているのは、最低限の人員以外の退避だった。

 期間が短過ぎるというのも勿論だが、加賀に見られるように艦娘部隊の、特に本国の残留部隊の訓練が遅れているのは、人員の不足も大きく影響している。

 艦娘達の事をある程度でも理解し、訓練計画を立てて実行する人員が足りないのだ。

 加えて新城は艦長達がいない方が艦娘達が心置きなく戦えるのではと、数度の戦闘や偵察を通して感じていた。

 訓練では乗員が指示を出しながら戦闘を学び、実戦では艦娘たちが自身で判断し戦うという形式の方が、両者に掛かる負担は軽減されるのではと考えたのである。

 結論として彼は、いずれ艦娘部隊には人間の構成員は殆んど必要なくなるのではとまで考えていた。

 艦長を含む乗員がいない状態での戦闘ならば、艦娘達は心置きなく全力を発揮する事が出来るのである。

 確かに人間の構成員がいることで便利な部分も多々あるが、その事で艦娘達の能力が制限されては本末転倒だった。

 乗員がいない事による不便は受け入れ、それについての対策を考える方が効率的と言える。

 少なくとも戦場に同行しない事で、人員の死傷は大きく減少するだろう。

 新城はそう考えはしたものの、それ故に……そのような状態に、部隊に所属する者たちが耐えられないのでは、とも考えていた。

 戦闘時に自分たちも乗船し命を預けると考えるからこそ、艦娘達を死地へと向かわせられる……自身にそう言い聞かせている乗員は、特に艦長には多そうだった。

 自分たちが安全、自分たちだけが安全……そんな立場で死地に送り出す事に、耐えられない。

 そんな風に思う者が絶対にいないとは言い切れない。

 むしろ部隊に所属し、艦娘や艦隊の事に付いて真面目に考える者ほど、そういった陥穽に落ち入ってしまうのでは?

 新城はそう考えていた。

 自分のようなものですら微かな罪悪感を抱くのだ。

 純粋な者ほど特にそうなってしまう筈である。

 新城は人間というものに対して幻想を抱く性質では無かったが、実際にそういう人間が存在しているという現実から目を逸らす程に絶望主義者でもなかった。

 寧ろこの部隊に所属して、そういった者たちを多くみてきたように思っている。

 それはある意味では幸せなのかも知れなかったが……それに故に彼の長所はより一層、彼の内に存在する短所や劣等感を刺激し、責め苛んだ。

 美しく清らかな者の存在を感じ取れば、自身を不純と知る者ほどその差を強く意識するのである。

 実際そう感じる為には、感じる側にもある程度の純粋さが備わっている必要があるが。

 ともかく、艦娘部隊には他の軍隊と比べれば信じられない程に善良さを持つ人員が揃っており、それが却ってその者たちを苦しめ……狂わせかねないのだ。

 行き着くところ、何もかもを艦娘達に学ばせ彼女たちだけで部隊を運営する。

 それが艦娘部隊の理想なのだろう。

 

 そこまで考えて、彼は自身の思考の飛躍を嘲笑った。

 何をそこまで考えているのだ。

 今は必要なのは、この部隊の将兵の一部を無事に本国へと退避させる事だ。

「一部の将兵には付き合ってもらわねばならないが、それ以外の人員には本国に帰還してもらい、新たな艦娘達の練成(錬成)に加わって貰わなければならない」

 新城はそう説明した。

「残留艦隊の錬成が遅れているのは諸君も承知していると思う。経験を積んだ人員が足りないのだ。それをわざわざ此処で浪費する訳には行かない」

 そう言って、目の前の4人の顔を見渡す。

「詳細を今日明日中に決定しなければならない。無論、決定し発表するまでは他言無用だ」

 全員に、副官と金剛にも睨むような視線を向ける。

 2人はそれぞれ新城の両脇に直立していた。

 自分たちの立場はそうだと主張しているのだろう。

「僕としては先ず、艦長達全員には帰還してもらいたい」

「ですがそれは……」

 艦長の1人である少尉が表情を歪めた。

「……艦娘の方は、大破状態の古鷹以外の撤退は許されないだろう。足止めを目的とした戦闘を行う以上、戦力が低下する選択は了解を得られない」

 そう言い終えてから、表情を意図的に不敵にしてみせる。

「あと……非公式にはなるが、部隊には転進部隊と合流せずに独自に帰還してもらいたい。だからこそ、その為の手助けを行える人員を加賀の方に潜りこませたい」

 あからさまな言葉に、皆が言葉を失った。

「中佐を信用しないという訳ではないが、向こうには向こうの最優先事項がある。加えて其処に居合わせる階級が上の者が余計な作戦を考えて、それを達成する為にこちらの艦隊を組み込もうとする可能性も絶対にないとは言い切れない」

「つまりテイトクは、命令から逸脱しない範囲で部隊を救うおつもりデスね?」

 傍らに控えた金剛が尋ねる。

「僕は笹島中佐に、任務を果たす為に適当な手段を取ってよいとの言葉を受けている」

 視線を其方に向けてそれだけ言うと、新城は再び視線を前へと向けた。

「先日の夜戦の前、僕は少佐に言われた。全員、生きて祖国(くに)には帰れんと。残った者たちは、まあ……そうなるかも知れない。それは可能な限り少なくしたい。何度もいうが僕は無駄遣いが嫌いなのだ」

 そう言って目の前の4人を睨む。

「基本は偵察機の情報を基にしての航空戦、場合によっては水雷戦隊による夜襲。これに最低限、何人の人員が必要か……だと思います」

 一人が気負うような表情を浮かべながらも、懸命に、喰らいつくように発言した。

 新城は頷いて、他の3人にも視線を向けた。

「何でもいい。意見は?」

「艦長を失った艦娘達は、確かに大きく士気を落としていると思います。その点に関しては、新たな艦長を任命しなかった司令の判断は正しいと考えます」

 一人が発言する。

「……艦娘にもよりますが、艦長がいなくとも予め指示を与えておけば、戦闘に大きな支障はないでしょう。ただ……」

 続けようとした別の一人は、新城の視線を受けて俯いた。

 自分の想いが、感情的なものでしかないと自覚しているのだ。

 それでも、自覚していながらも……そういう事なのだろう。

 だからこそ、そういった者たちをできる限り生き延びさせなければと新城は考えている。

 彼としては、それは別に善良さでは無かった。

 欠員が出れば当然部隊には新たな人員が補充される事になる。

 今回の夜戦やその前後の戦い等で、艦娘たちの深海棲艦に対する有効性は確認された筈だ。

 となれば必ず……こんな情勢でも、或いはだからこそ、部隊に対する主導権争い的な何かが生まれる事だろう。

 設立当初は他の多くから期待されていなかったからこそ、今の艦娘部隊には部隊の事を第一にと考えている者が多い。

 勿論前の司令である少佐のように例外はいただろうが、それはあくまで少数、僅かだ。

 現在の最高責任者であり、残留部隊の指揮官でもある先任の大尉は、艦娘達に対しても親切な人物ではある。

 だが、人が良いだけに上にも下にも周囲にも振り回されかねない。

 考えた末に新城は、そういった事を丁寧に説明していった。

 

 

 何故わざわざ自分はこんな面倒なことをしているのだろうという疑問は、当然湧いた。

 そしてすぐに、もしかして自分は死を恐れるからこそ自分に関係なさそうな別の事を考えていたいのではないかと結論を出した。

 つまりは目の前に迫りつつある何かから、目を逸らしたいのだ。

 その為に懸命になって、大層な事を考えているのだろう。

 そう考えると、滑稽さと妙な可笑しみとでもいうべきものが湧いてきて、新城は愉快な気持ちになった。

 本来彼は、兵(この場合は艦娘も含まれる)には優しく士官には厳しい性格である。

 兵の場合は止むを得ずという者も多いが、士官の場合自ら望んでという者がほぼ全員だからだ。

 自分から望んで軍などに入った者は苦労して当然というのが彼の見解だった。

 だからこそ確りと士官である事を、兵の上に立つ者である事を望むのだ。

 愚劣である事が周囲への迷惑、場合によっては死となるのだから当然である。

 今の彼は、それとは対極にあった。

 まるで出来の悪い生徒に優しく指導する慈悲深い教諭のように見えた。

 その態度の理由を正確に感じ取れた者はいなかった。

 後ろに控える金剛だけは、何か新城が普段と異なる精神状態なのであろうと感じてはいたが、彼女とて神でも魔導士でもない以上、正確なところは理解できていない。

 もしかすると副官である少尉や4人の方が、意味的には近くに理解していたかもしれなかった。

 彼らは新城が死を覚悟し、それ故に自分の死後の艦娘部隊と艦娘達の事を心配して、こういった話をしているのだと考えていたのだから。

 それが全て間違っているとは言わないが、正解という訳でもない。

 それでも人は自らの考えこそが正しいと信じ、それが推測や想像にすぎない事を忘れてしまう。

 そして相手がその思考と異なる言動を取った際に、裏切られたと感じるのだ。

 金剛は新城の思考や感情を理解してはいなかったが、少なくとも理解できていないという事は理解していた。

 そして、少なくとも今はそれで良いと思えた。

 彼女は新城の言葉に神妙に頷く士官たちを見て、彼の説得が成功の裡に終わるであろうことを確信していた。

 今はそれで十分なのだ。

 部隊には解決しなければならない問題が、山積みとまでは言わないまでも複、数存在しているのである。

 

 

 


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