ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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サラトガのBLTサンド

ここ何日か、雨が降りそうで降らない、はっきりしない天気が続いていた。

そんな中でも気温はしっかり上がり、湿度も高くて蒸している。

 

畑で草むしりをしていた那珂の背中にもジワリと汗が浮かび、体操着が張り付いてくる。

 

鎮守府で配られている、白地にエンジ縁の体操着と、エンジに白いラインが入ったブルマ。

昭和のスクールテイスト溢れる、ある意味で変態チックな日常着。

 

提督は「艤装もそうだけど、指定したのは僕じゃないからね」と必死に言い張っている。

 

実際、これら衣装を用意しているのは妖精さんたちなのだが、妖精さんたちが提督の隠れた趣味を暴きだした可能性も、あながち捨て切れない。

 

(あ、提と……ぶっ……)

 

そんな提督だが、熱さでダウンしたらしい。

ブルマ姿の扶桑が太ももに提督の頭をのせて介抱しているのが目に入り、思わず吹き出しそうになる。

 

色々な方向でアウトすぎる絵面だ。

 

必死に笑いをこらえていたら、「しさむ」と名札が貼られた体操着が目の前をふさいだ。

 

「那珂、喰ってみろ」

ある部分が突出した、どう考えても既製品じゃないサイズの体操着を着た武蔵が、真っ赤な中玉のトマトを差し出してくる。

 

「えー、でも那珂ちゃん、草とりしてたからぁ……」

土に汚れた手を見て、どうしようか考えていると……。

 

「なら、ヘタを持っててやるから、齧りつけ」

「じゃあ……」

 

一口で食べられるゴルフボールほどの手頃な大きさの中玉トマト、フルティカ。

 

「んっ……甘~い!」

トマトとは思えないほど糖度が高く、皮が薄くて食べやすい。

 

「今朝の摘みたてだからな」

トマトは日中の光合成によって葉が養分を蓄え、夜の間に実に送られ、実はその養分を翌日中の成長のために使う。

つまり、朝一番の状態の実を摘み取るのが、最も美味しいトマトを収穫するコツだ。

 

「あー、那珂ちゃんさんばっかズルーイ!」

「武蔵さーん、夕立も食べたいっぽい!」

 

那珂がトマトを食べるのを見た駆逐艦娘たちが集まってくる。

 

一人一人に、ヘタを持ってあげてトマトを食べさせてあげる武蔵。

手が汚れていない子も、憧れの武蔵から食べさせてもらえるとなれば、自分でトマトを取ろうとはしない。

 

お店で売られているような形も大きさもそろった野菜に比べると、不恰好で見劣りするが、この畑で採れた野菜はどれも自然の恵みが凝縮された味がして、文句なく美味しい。

 

「いつも野菜を見守って、存分に手入れする。んでも、甘やかしちゃいげね」

ここでは宮ジイに教えられたとおり、肥料も水やりも控えめにしている。

野菜自身が努力して深く根っこを張り広げて、懸命に養分を集めてきた生命力に溢れる野菜。

 

 

「那珂っ、見てよこれっ!」

珍しく昼からテンションの高い、姉の川内に声をかけられる。

川内と、その後ろの吹雪たちが持つカゴには、見事なジャガイモが山盛りになっている。

 

「すごいね、川内ちゃん」

「今夜は肉じゃがだよ」

 

ジャガイモの原産地は、トマトと同じく南米のアンデス。

日本には戦国時代、オランダ船がインドネシアのジャカルタ(ジャガタラ)を経由して持ち込み、そのためジャガタライモが変化してジャガイモと呼ばれるようになったという説がある。

 

鎮守府で主に栽培しているのは、ホクホクした食感の男爵いも。

メークインの方が煮崩れせず、肉じゃがやカレーに向くというのが一般的な意見だが、煮崩れした男爵いもの肉じゃがやカレーもオツなものだ。

 

それに太平洋戦争中、政府の食糧統制により食用の馬鈴薯(ジャガイモ)は男爵いもに統一されていたので、艦娘たちにとっては圧倒的に馴染み深い味なのだ。

 

「しれーかんにぃー、文月のあまいトマトあげる」

「司令官っ! どうだ、この深雪様のスペシャルイモ!」

「白露のナスがイッチバーン!」

「クソ提督、ちょっとこのキュウリ齧ってみなさいよ」

 

「提督さん、リベのバジル欲しい?」

「夏バテ対策に、イクのニンニクを食べるといいの♪」

「提督、吾輩のホウレンソウも見るのじゃ!」

「どう、立派なブロッコリーでしょ? さ、誉めていいのよ?」

 

トマトやイモの他にも、様々な野菜を収穫して、提督に見せに行く小さな(?)艦娘たち。

 

肉じゃがに、ナスとピーマンの味噌炒め、ホウレンソウの卵炒め、ブロッコリーのチーズ焼き……今夜のメニューの相談にも熱が入る。

 

「Hi! 皆さん、lunchですよ~。サラ特製のBLTサンドウィッチです」

 

サラトガとアイオワが、アメリカンサイズのボリューム満点なBLTサンドを、体操着姿でみんなに配り回っているが……。

ブラをしていないのか、日米不平等っぽいアメリカンサイズなものが体操着の下でユサユサと揺れ、一部の艦娘にダメージを与えている。

 

「これ食うとったら、ああなれるんか!?」

同じく(とは見えない体操着とブルマに身を包んだ)龍驤が自棄っぽく、大きく口を開けて分厚いBLTサンドに齧りつく。

 

カリッサクッと小気味良い食感のトースト。

新鮮シャキシャキのレタスに、みずみずしい厚切りの完熟トマト、ピーマンとキュウリも加えて。

 

アイオワ特製の上等のベーコンはジューシーに焼いたものをたっぷりと挟み、さらにサラミソーセージでダブルミートに。

みんな大好き、パルメザンチーズを効かせた濃厚シーザードレッシングは、サラトガとアクィラによる手作りだ。

 

生で食べるだけで美味しい新鮮野菜で、肉々した旨味を挟み込み、絶品ドレッシングをかけて焼きたてのトーストでサンドする。

これが美味しくないはずがない。

 

笑顔と、幸せな歓声が辺りに満ち溢れる。

 

梅雨が明けたら、流しそうめん大会をやって、海に遊びに行き、バーベキューをして……。

そして夏の大規模作戦が始まる。

 

那珂もBLTサンドを頬張りながら、今月の地方巡業(遠征)スケジュールを頭に思い浮かべる。

夜間の鼠輸送作戦やボーキサイト輸送任務、南方への水上機前線輸送……。

 

提督は今回、過酷な作戦を予感して、危機感を持っているのかもしれない。

 

「サラちゃ~ん、あっりがとーーーっ! すっごく美味しかったよぉ~!」

 

アイドルらしく明るい声を張り上げながらも、那珂は静かに闘志を燃やしていくのだった。


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