ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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加賀と鱈鍋

午後6時半過ぎ。

いつもなら大食堂で夕飯をとっている時間帯。

 

艦娘寮本館1階、ロビーの奥の小座敷で、提督は加賀と囲炉裏を囲んでいた。

大規模作戦「小笠原諸島哨戒線強化」での活躍に対する、加賀の慰労のためだ。

 

この鎮守府は数次に及ぶ出撃の末、空母棲姫との決戦に勝利し、ついに規定の揚陸量を達成した。

 

その中、加賀は常に艦隊の防空の要として戦闘機隊を満載して制空戦を指揮し、艦隊の空を守り続けていた。

いや、この作戦だけでなく、ずっと以前から加賀は艦隊の守護神だった。

 

MVPに輝くことができなくても文句ひとつ言わず、黙々と戦闘機隊を繰り出し、敵機動部隊を封じ込めてくれる加賀があればこそ、艦隊はここまで勝利を積み重ねてくることができたのだ。

 

その貢献に応えたくて、提督はMVPの表彰とは別に、大きな作戦の後には加賀と2人きりでの晩酌をして感謝を伝えることにしていた。

 

 

「まずは鍋の準備と、おめでとうだね」

 

提督が囲炉裏の鉤棒(かぎぼう)に、用意しておいた小鍋をかける。

さらに純米酒の瓶を取り出し、自分と加賀の盃に冷酒(ひやざけ)をくむ。

 

「加賀、よくやってくれたね」

「ありがとう……良い作戦指揮でした」

 

まずは冷酒をグッとあおる2人の周りでは、手の平サイズの数人の航空妖精さんが、身振り手振りで、何事かを提督に訴えかけていた。

 

加賀と同じく、提督が感謝を伝えるために呼んだ、妖精さんたちの代表だ。

 

「加賀、村田さんは何て言ってる?」

 

妖精さんの姿は見えても、その声を聞けない提督は、妖精さんの言葉を伝えてくれるよう加賀に頼む。

 

「空母棲姫を雷撃で仕留められたのは、守ってくれた護衛の戦闘機隊のおかげです……五航戦の姉の方のようなことを言っているわ」

 

村田さんと呼ばれた長い銀髪の妖精さんの横で、ハチマキを巻いた銀髪のポニーテールの妖精さんは、さらに激しい身振りで何かを主張している。

 

「ええと、岩本さんは何だって?」

「提督が大量の戦闘機隊を投入してくれたおかげだと。あと……五航戦のうるさい方のことを何か話しているわ。そう……」

 

なぜか顔を赤らめて、加賀が岩本さんの口に指を押し当てて黙らせる。

 

編み笠をかぶり、侠客スタイルの妖精さんが、提督の眼前で歌舞伎のような見得を切る。

基地航空隊の一式陸攻を率いた野中親分だ。

 

「野中さんは?」

「当たれば火を噴く弾幕に、飛び込む度胸の漢道! 一天地六の賽の目に、命を張った大勝負! 憎きツ級に一撃を、喰らわしたるは我が一家! 以下略よ。どうやら……提督からご褒美が欲しいようね」

 

さらに、皮のジャンパーを着た緑髪の妖精さんが進み出る。

 

「“少佐”は何だって?」

「んっ……さすがにドイツの妖精さんの言うことまでは……」

 

フォッケウルフ隊を率いるその妖精さんは、周りの妖精さんを指差し、手でヒューンと飛行機が飛ぶような仕草を見せた。

 

その後、その手をポンと爆発のように開き、もう一度手で飛行機が飛ぶような仕草を見せるが、先ほどよりノロノロとぎこちない動きになっている。

 

「どうやら……みんな乗り慣れた機体を撃墜されて熟練度が落ちた、と言いたいみたい」

 

うんうんと頷く、緑髪の妖精。

 

「妖精さんたち、お疲れ様。熟練度が回復するまで、しばらくは難関海域は避けるよ」

 

提督は妖精さんたちの頭を一人一人撫でる。

 

「今日は、酒保から好きなだけお菓子を持って行っていいからね。他の妖精さんたちにも伝えておいて」

 

提督にそう言われると、妖精さんたちはワーッと喜んだ様子で走り去っていった。

 

 

提督はその後ろ姿を見送ると、残った冷やをあおった。

米の甘みが生きている、柔らかく優しい石川県の酒だ。

 

瓶に残っていた酒を、南部鉄の燗瓶(かんびん)へと注ぎ、囲炉裏の火にかける。

 

それから、湯気をあげ始めた小鍋の蓋をとる。

しっかりと上等な昆布からダシをとったダシ湯の中で、(たら)の切り身と白子、豆腐、椎茸、しめじ、人参、白菜の芯が煮えている。

 

(たら)の切り身と白子は、鍋に入れる前に塩を振り、一度熱湯にサッとくぐらせ、冷水で引き締めてある。

そうすることで、余分な水分と生臭みが落とされ、鱈の繊細な味わいを堪能することができる。

 

香りの良い湯気がたつ鍋に、提督が別皿に用意しておいたネギと白菜の葉、春菊を加える。

葉野菜のシャキッとした食感を残すため、完成直前にほんの少しだけ熱を加える。

 

鍋を仕上げる提督を見ながら、加賀が燗瓶(かんびん)を取り、提督の盃に酒を満たす。

 

「ありがとう。さ、加賀も」

 

提督は加賀の手から燗瓶(かんびん)を受け取り、加賀の盃にも酒を注ぎ返す。

 

加賀が盃をチビリと舐め、「ふぅ」と吐息を漏らした。

燗によって味が開き、甘みと旨みが増した酒が、すぅっと身体へと染み込む。

 

「冷えてきたなあ。また雪が降るかな」

「ええ、そうかもね」

 

提督ののんびりとした問いに、加賀は静かに答える。

左手の薬指にはめられた、提督から贈られた指輪を見つめて微笑みながら。

 

いつも、二人きりになると口数が減ってしまう提督と加賀。

 

しかし、その短くも静かな時間は、とても心地よいものだった。

 

食べ頃となった(たら)鍋を、提督が取り皿によそっていく。

 

外では、雪が落ち始めていた。


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