ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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七夕の宴会

7月7日、空が白み始めた頃。

七夕の朝の鎮守府の埠頭には、出撃艦隊が待機していた。

 

航空戦艦、伊勢。

巡洋艦、摩耶。

軽巡洋艦、五十鈴。

駆逐艦、照月。

軽空母の隼鷹と飛鷹。

 

出撃先は近海での輸送船団護衛作戦(1-6)。

 

いつもは燃費重視の水雷戦隊で行うのだが、今日は最大限の重編成だ。

この鎮守府にしては珍しい早朝からの作戦開始といい、気合が入っている。

 

何しろ今日の護衛対象は、艦隊のアイドル(真)の給糧艦、間宮と伊良湖だ。

 

七夕祭りの食材を買い出しに行く間宮と伊良湖を、無事に築地市場に送り届けるためなら、燃費収支などと眠たいことを言っていられない。

 

念を入れて、近海の対潜哨戒も事前に行っておいたし、海上護衛任務の遠征を名目として、神通が率いる水雷戦隊(エース駆逐艦の時雨、夕立も含む)を並行させる。

 

「行ってらっしゃーい!」

「間宮さん、気をつけてねー!」

 

提督も浴衣姿のままだが、見送りに来ている。

提督と大勢の艦娘たちに見送られながら、間宮たちは出港していった。

 

 

艦娘が鎮守府近海の「門」から、東京湾などにある別の内地の「門」に出るのは簡単なのだが……。

なぜか、輸送船や給糧艦などが編成に含まれている場合には、深海棲艦たちが潜む異世界の海を通過しなければならなくなる。

 

敵潜水艦隊の待ち伏せをかわし、東京湾から勝鬨橋のたもと付近に上陸した艦隊はようやく、築地の場外市場へと到着した。

 

活気に満ち溢れる日本の台所、築地市場。

流れるように顔見知りの店を回り、短い世間話の合間に、次々と注文を入れていく間宮だが……。

 

第一の目的は、魚介類を仕入れることではない。

魚介の流通に携わるプロたちが持っている、生きた“現在(いま)”の知識を仕入れることだ。

 

「今年の○○のアジは脂がのってません。△△港がおすすめですわ」

「鮎ですかい……へへ、ここだけの話、この夏は××川が一番です」

「イワシ? あいあい、スーパーや回転寿司の連中に買わせるにゃもったいない出物があるんだなあ……内緒だぜ?」

「日にちの猶予はもらえるかい? 最高のハモが入ったら、おたくに流すよ」

 

鼻の下を通常より5ミリ以上伸ばしたおっちゃんや爺ちゃんたちから、貴重な情報や商談を仕入れていく間宮と伊良湖。

 

深海棲艦の出没以来、一時は築地の集魚能力も下がり、全国の市場への分散傾向も広がっているのだが……。

それでも、世界最大の集魚場である、この市場にしかない何かがある。

 

それが、間宮が最低でも月に一回は築地を訪れる理由だった。

 

 

帰り道も、空母群による空襲や、重巡リ級が率いる打撃部隊の攻撃にさらされた。

しかし、艤装内の四次元ボックスに、大量の魚介類を詰め込んだ間宮と伊良湖は無傷。

五十鈴が中破したが、輸送任務の目的は無事に達成した。

 

そうして、楽しい七夕のお祭りが始まる。

宴会場に集まった、200人を超える艦娘たちと提督。

 

周囲は、艦娘たちの手により七夕の笹の飾り付けがされている。

願い事が書かれた、色とりどりの短冊。

 

脂たっぷりで味は濃厚、それなのに、あっさりとした口当たりのイワシハンバーグ。

大葉と紫蘇、大根おろしの和風醤油ソースがよく合う。

 

七夕に合わせた、星形の飾りニンジンとオクラが入った、春雨の中華スープ。

 

飲兵衛たちのためには……。

端麗な味わいのスズキの洗いに、さわやかな酢漬けのコハダ、イワシのなめろう。

カツオの酒盗と、イカの塩辛。

 

ご飯が食べたければ、イワシの蒲焼き丼もある。

 

酒からの締めには、笹の若葉の粉末を混ぜ込んだ、笹切り蕎麦。

 

ささの葉 さらさら のきばに ゆれる

お星さま きらきら きんぎん 砂子

五しきの たんざく わたしが かいた

お星さま きらきら そらから 見てる

 

 

今日のこの地方は、幸いなことに晴れ。

今夜は、織姫と彦星が幸せな夜を過ごせることを祈って。

窓から夜空を見上げながら、楽しい宴会の時間が続いていく。


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