ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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由良とそうめん

紫陽花をモチーフにした、白地に水色や薄紫淡色が配された、爽やかな季節の壁。

 

そんな壁紙との相性も抜群のナチュラルウッドのフローリングと、紫陽花モチーフの季節の特注カーペット。

 

部屋の片隅には、特注施設の水風呂。

「ジメジメする日には水風呂でさっぱり汗を流したい!」と、村雨と夕立が水着で遊んでいる。

 

村雨の手によるテルテル坊主が飾られた半開きの窓からは、やかましいウミネコの鳴き声とともに、気持ちのいい海風が入ってくる。

 

壁に飾られた掛け軸には「瑞雲魂」の熱い文字。

 

そんな休日モードの執務室に、由良の声が響いている。

 

「ちょっと、提督さん……あんまりベタベタ触らないでください! あんっ、夕張、そんな所に指を入れちゃダメ!」

 

由良の抗議の声を無視して、提督と夕張が弄ぶのは……。

 

零式水上偵察機11型乙

 

由良が改二改装で持参した新装備で、対潜用の磁気探知機を備えているのが特徴だ。

 

三式爆雷とソナーのセットに、二式爆雷を搭載した夕張に、さらにこの機を搭載すれば(夕張は水上機を飛ばすことはできないが)、対潜先制爆雷攻撃能力を維持しつつ索敵値を稼げる……。

 

「もう返してくださいっ! この子は私のよ?」

 

提督と夕張の思惑に気付いた由良が、あわてて零式水上偵察機11型乙を取り返して背中に隠すが……。

 

「やだ、ベタベタしてるっ!」

「あ、ゴメン。枝豆を食べた手でそのまま触ったから……」

「提督さん、怒りますよ!?」

 

竹ザルに盛られた、鎮守府の畑で採れた枝豆の塩茹で。

地下のドイツ艦工房で内密に作られた、冷えて泡立つ麦ジュースによく合う。

 

 

「フコウダワ……」

 

提督の膝に寝そべりつつ、新たな対潜兵器を見て、山城のような不幸オーラを振りまく美しい白髪の深海棲艦。

 

大規模作戦の度に毎回、艦娘たちに爆雷を投げつけられ悲鳴を上げ続ける、悲劇の潜水棲姫だ。

 

最初に邂逅した2015年秋には、連合艦隊で押し包んで(グラーフ・ツェッペリンを見つけるまで)エンドレスで凌辱した。

昨年初頭のカンパン湾沖では、ガチガチの対潜装備艦隊で叩きのめした。

 

可哀想に思った提督が昨年夏、マレー沖での海水浴に誘ってあげたのだが……。

それ以来、潜水棲姫は提督に妙になついている。

 

 

提督の膝を奪い返そうとするものの、天敵の潜水艦が怖くて「ぐぬぬ……」となっている、イギリス戦艦娘のウォースパイト。

 

「そうか……ウォースパイトは瑞雲を運用できないか。単なる戦艦の時代は終わったな…」

 

「瑞雲魂」と書かれた緑の法被を着て、哀れみの表情を向ける日向の態度に、ウォースパイトがさらに「ぐぬぬ……」となる。

 

「Admiral、Cherryをどうぞ」

 

せめてもと、果樹園で摘んできたサクランボを提督の口に運んで、自分の存在をアピールするウォースパイト。

 

さわやかに甘酸っぱく、優しい香りが口内に残るサクランボ。

 

「村雨の、ちょっといい水着、どう?」

「提督さん、提督さんも水風呂入るっぽい!」

「キャアッ! ヤメテヨォォッ」

 

村雨と夕立が竹細工の水鉄砲を撃ってくるが、その水が思いっきり潜水棲姫にかかってしまう。

 

そういえば昨年、夕立の水着を見て、由良が「由良も来年こそ……」と言っていたので、夏が楽しみだ。

 

 

「サメノエサニナレ」

「頭にきました」

 

空母棲姫と加賀は、ボードゲーム『アイランド(旧題:サバイブ)』でタイマン勝負中。

 

プレイヤーは自分の冒険者コマを、沈んでいく島からボートやイルカを使って安全な浜辺へと脱出させるゲームだ。

 

だが、ボートを破壊してしまうクジラや、海上に投げ出された冒険者を食べてしまうサメ、

ボートに乗っていようといまいと冒険者を食べてしまう海竜、周囲の全てを飲み込む危険な渦潮、脱出できていない冒険者を全滅させてゲーム終了となる火山の噴火と、様々な困難が襲い掛かる。

 

そして、これらトラブルはプレイヤーの手によっても、ある程度コントロールが可能で、他のプレイヤーへの妨害手段とすることが出来る。

 

「海竜をワープさせます」

「イイノカ、コノボートニハ、オマエノコマモノッテイルゾ?」

「そのコマ、高得点と見ました。逃がさないわ」

 

コマの裏には1~6の数字が書かれていて、それがそのコマの脱出成功時の得点となる。

 

2~4人プレイ用のゲームだが、タイマン勝負は自分の低い点数のコマを犠牲にしてでも相手のコマを「絶対コロス」という殺伐とした作戦がとりやすく、人間関係破壊ゲームと化す。

 

空母棲姫と加賀の場合、元の人間関係がマイナスから始まっているので、今さら壊れるものもないが……。

 

 

お昼は由良が茹でてくれた、そうめん。

畑からミョウガ、シソ、大葉、オクラを摘んできて薬味に。

 

つるりと滑らかなのどごしと、薬味のさわやかさが、梅雨のうっとうしさを払ってくれる。

 

そもそも、潜水棲姫と空母棲姫を呼んだのも、梅雨明けの恒例行事、流しそうめんとバーベキュー大会の打ち合わせのためだ。

(ついでに、KW環礁での作戦の際に、基地を空襲してくるの止めてください、とお願いしてみたがやっぱりダメだった)

 

「今年こそ、私の台でもそうめん食べてもらうんだから」

 

毎年、イロモノの巨大流しそうめん台作りに情熱を傾けている夕張。

 

2014年の初登場時はジャンプ台やトリプルループなどのギミックに凝り過ぎ、麺がこぼれまくって失敗。

2015年は高さにこだわって庁舎の屋上から滝のような台を作ったが、高低差のために麺が加速しすぎて全くすくえずに失敗。

2016年は長さにこだわって全長300メートルのものを作ったが、そうめんが上流で全滅して下流にはまったく流れてこず敗北判定。

 

今年はどんなネタを提供してくれるのだろうか。

 

 

こうして、週末をのんびり過ごせるのも、由良のおかげだ。

 

由良の改二任務で、東部オリョール海と南方海域前面への出撃を行ったのだが、どちらもストレートで攻略できた。

この鎮守府には昔から、由良を旗艦にしていると羅針盤がボスを向くというジンクスがある。

 

南方海域前面の敵主力艦隊に含まれていた潜水艦も、きっちりと由良が始末してくれたので全滅させられた。

 

「由良、おかわり」

「提督さん……私のそうめん、そんなに好き?」

 

今日もここの鎮守府は平和です。


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