鎮守府には、いくつかの倉庫がある。
もともとは漁協事務所だった小さな鎮守府庁舎と、第三セクターの水産加工場だった、大型プレハブ建ての工廠。
その間にあった駐車場と船揚げ場を半分潰して建てられた、間口17メートル、奥行き35メートルの、背の高い赤レンガ倉庫。
第一倉庫と呼ばれるそこには、鎮守府の備蓄資源や資材が蓄えられている……こともある。
資源が吹き飛んだ際には倉庫内はガラガラになり、バドミントンやミニ四駆をやる遊び場と化す。
工廠の裏手にある冷凍倉庫の跡地には、冷凍倉庫の骨組みと鋼板外壁をそのまま流用した、間口8メートル、奥行き16メートルの小さな倉庫。
第二倉庫と呼ばれるそこには、頻繁に使う装備や修理待ちの艤装、当座で使う資源・資材(燃料・弾薬も含むので安全管理上、大変よろしくない)などが置かれている。
工廠前の左手から海へと突き出している、防潮堤を背にした幅広の突堤には、間口15メートルに対して、奥行きが8メートル足らずしかない、いびつな横長で、門の大きさに似合わぬ規模の小さな赤レンガ倉庫。
第三倉庫と呼ばれるこの倉庫は艤装と装備の保管庫なのだが、提督は立ち入らないように妖精さんから言い渡されていた。
この倉庫の奥は、深海棲艦の支配する闇の海域とも性質が近い異世界につながっており、四次元ポケット的な無限大の広さを誇る迷路空間となっているらしい。
ここには、妖精さん製の謎家具や、季節外の家具・衣類・食器その他生活雑貨、釣り道具やキャンプ用品、農工具、木材、炭、灯油、さらに開発失敗の時に出てくる正体不明のヌイグルミ(?)なども放り込まれており、中はかなりのカオス状態になっていると思われる。
たまに取り出したいものも出るのだが……方向音痴で羅針盤運のない提督のこと。
中で迷ったら確実に死ねる自信があるので、言いつけを守って自分では絶対に入らないことにしている。
今日は装備に詳しい夕張に倉庫内に入ってもらって、
「ぅわぁ~、梅雨の季節って機械が錆びやすいから、少し嫌かも。でも、頑張ろっと!」
いよいよ、この鎮守府の地方でも梅雨入りとなった。
雨で畑仕事や釣りが出来ない日には、溜まった難関任務を消化しようかと考えているので、その前の戦力チェックだ。
特に、軽空母へと改装された鈴谷の関連任務。
「改装攻撃型軽空母、前線展開せよ!」では、KW環礁沖海域での勝利が要求されるのだが、ここの鎮守府はまだその前面にあるピーコック島の再攻略をしていないので、KW環礁沖に通じる門を設置をしていない。
ピーコック島は、2014年春に提督にトラウマを植え付けた、離島棲姫(当時は離島棲鬼だった)が支配している島だ。
当時のトラウマの主な原因だった、随伴の戦艦棲姫はいないようだが、代わりに島は砲台小鬼で要塞化され、集積地棲姫が居候している。
昨年3月、ピーコック島の再攻略に向かって惨敗して以来、ずっと放置してきたのだが……。
今回の任務を機に本腰を入れて攻略する気になったのだ!
……というのは表向きの理由。
離島棲姫が鎮守府にご飯を食べに来ては「……コナイノ?」とダダをこねていたし、つい先日には、朝まで帰らず提督の布団の中にいるところを、青葉にスクープされてしまった。
ちょっと一度、ピーコック島を焼け野原にしないことには、色々と収まりがつかない雰囲気が鎮守府に漂っている……。
「提督、ヴルフゲレートは5個ありますって」
夕張に連れられて、Uボート潜水艦娘のローちゃんが報告に来る。
かの国のロケットランチャー、WG42は対地攻撃に威力を発揮する。
「上陸部隊の陣容だけど、こういうのって陸軍に帰さなくていいの?」
リストを見ながら、夕張が尋ねてくるが……。
「陸軍? あきつ丸、まるゆ、戦車妖精さん、みんなウチの子だよ?」
借りパク常習犯の提督のこと、上陸戦力に不足はない。
戦車第11連隊を乗せた特大発動艇に、改修がすすんだ特二式内火艇、そして大発動艇に乗った八九式中戦車と陸戦隊が2隊。
「二式大艇ちゃんは降ろしたくなかったけど……がんばるかも!」
水上戦闘機をフル搭載して攻略部隊に加わってもらう、水上機母艦娘の秋津洲。
強風改に、二式水戦改が2部隊。
他にもRo.44水上戦闘機bis、Ro.44水上戦闘機と数はそろっているが……。
「あ、二式水戦改は……、まだ熟練部隊にしてないんだったね……」
二式水戦改の改修をすすめ、熟練搭乗員妖精さんに乗ってもらう精鋭部隊を作ろうという計画があるのだが、ネジ(改修資材)と素材が不足して進捗が遅れている。
「それと提督、倉庫内の有効スペースが不足してますよ」
夕張が愚痴を言う。
「46cm三連装砲と41cm連装砲、各種機銃、零式艦戦、瑞雲を貯め込んでるせいですね」
内部の空間は無限大だが、その内安全に利用できるスペースには限りがあるらしい。
使わない装備はどんどん廃棄すればいいのだが、改修のための素材を大量に確保しておこうとすると、倉庫の容量がすぐに足りなくなってくる。
「寮の拡張もしたいし、妖精さんに頼んでみるか……」
妖精さんたちにお願いすれば、謎の超技術で寮の増築を一瞬で行ったり、倉庫内の空間を整理して使えるスペースを広げてくれたりする。
ただし、それには対価が必要で……。
「寮に、これぐらいの増築を……」
提督はピンクの髪に白いリボンを結んだ妖精さんを呼び、増築や倉庫内拡張の計画を伝える。
それを聞き終えた妖精さんが右手を突き出し、指を3本突き立てる。
対価として要求されたのは、うまい棒換算で3万本分のお菓子だった。
「あと……補強増設改修を4人分やってもらったら?」
妖精さんの指が2本足され、右手がパーの形になる。
「うーん……さらに、ネジを20本作ってもらったら?」
妖精さんは左手の人差し指を立て、一拍おいてから、人差し指から小指までを立てて見せた。
1.4という意味だろう。
しめて、うまい棒換算で6万4000本分のお菓子。
提督の夏のボーナスの大半が消えていった……。
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夕飯時の大食堂。
提督は明日、ピーコック島の攻略作戦を行うことを宣言したが、盛り上がりはイマイチだった。
提督の膝の上に、ほっぽちゃんこと北方棲姫が乗っていたからかもしれないが……。
小鉢には、タコの酢の物。
今日は、静岡県の浜名湖から仕入れた、味の濃いタコを使っているそうだ。
海水と淡水が入り交じる
それ自体が名産品となるエビやカニを餌として育ったタコも、また濃厚な旨味を誇っている。
「コレ、オイシイ」
喜ぶほっぽちゃんに、笑顔で提督がタコを食べさせる。
水菜とツナのサラダに、カンパチの刺身。
カンパチは、九州の佐伯湾と四国の宿毛湾の間の海域で行われた演習大会のついで(だが気合いは釣りメインで)獲ってきた新鮮なものだ。
ほどよく脂がのっているが、くどさや臭みが全くない。
「はい、提督。いちご煮ですよ」
夕張が熱々の椀を渡してくれる。
いちご煮とは、青森県は
ダシ汁でウニとアワビを煮た、贅沢な吸い物だ。
汁に沈む橙色のウニが、まるで「野いちご」のように見えることから名づけられたという。
香り豊かな磯の風味に、飯でも酒でも、いくらでもすすむ濃密な旨味。
「どう?美味しい?」
「うん。美味しいよ、夕張」
「提督の好きなメニューのデータは、ぜぇーんぶ揃ってます」
嬉しそうに微笑む夕張。
いちご汁を作るため、ドラム缶を満載して各地の漁港を巡って食材を調達してくれたのは夕張だ。
そんな頑張りに応えたくて、大淀を入れた方が有利と知りつつ、夕張をピーコック島攻略のメンバーにした。
実艦の夕張は、3000トン級の船体に、5500トン級と同等の武装を施そうとした意欲作。
夕張のバイタリティは、艦隊に元気をくれる。
「夕張、明日は旗艦として頑張ってね」
「もちろん、任せといて!」
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そして翌朝……。
「出撃よ!…ってやだ、私が一番遅いって……お、置いてかないでよぉ!?」