ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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大鳳と肉まん

艦娘寮の本館1階。

大きく突き出した堂々たる玄関口は、高野山金剛峰寺の門構えを模している。

 

もともと、昭和初期にマグロの遠洋漁業で莫大な財をなした網元が、道楽で金に糸目をつけず全国から名工を招いて建てさせた旅館というだけあって、日本建築の粋が込められている。

 

艦娘たちが気軽に靴を脱ぎ散らかしている沓脱石(玄関の土間と板間の段差を埋める石)も、さる大名屋敷に使われていた銘石だ。

 

『靴はきちんと靴箱に!』とか『玄関に靴は一人一足!』とか『ストーブで服を乾かすな!』とか『舞風ここで踊るべからず!!』とか無粋な標語がベタベタ貼られた柱や壁にしても、今では寺社の補修に用いるなど、特別な許可がなければ伐採できないランクの天然国産木材が惜しげもなく使われている。

 

もちろん、そんなことは艦娘たちには無関係。

ここはあくまで『我が家』であって、愛着はあっても生活の舞台でしかない。

 

だから、ミカンの箱で手がふさがった摩耶が足で玄関を乱暴に開けたりするのも、数寄屋大工が丹精込めた透かし彫りの欄間にポケモンシールが貼ってあったりするのも、仕方ないことだ。

 

玄関から館内に上がると、大正ロマンを感じさせる和洋折衷のロビーがゆったり広がり、正面奥に2階へ続く大きな階段がある。

また、ロビーの奥の片隅は、囲炉裏のある小座敷になっている。

 

洋風のロビーと和風の小座敷という二つの異なる雰囲気の空間。

これを、片面から見ると和箪笥、もう片面から見ると洋書棚という、特注の両面家具を壁代わりとし、上手に隔離しているという凝りようだ。

 

だが、そんな有形文化財に指定されてもいい和箪笥には、夕張が妙に精巧に作り込んだガンプラ(しかもなぜか量産型ザク)が置かれているので、いろいろと台無しになっている。

 

 

玄関の左手横には、江戸の裏店に見立てた遊び心ある帳場(ちょうば)と土産物売り場があり、艦娘寮となった現在では酒保として活用されていた。

 

趣のある小間物屋という風情の空間だったが、うまい棒シリーズやキャベツ太郎、蒲焼さん太郎、よっちゃんイカ、麩菓子、モロッコヨーグルなど、今ではケバケバしい箱やケースが並び、完全に昭和の駄菓子屋のようになってしまっている。

 

この酒保と小座敷の間を通り抜けて、さらに左手奥に進んでいくと温泉大浴場があり、さらに別館へとつながる。

 

その温泉への通路脇にある、もとは従業員室だった2つの部屋が、提督と、明石・大淀の部屋になっている。

 

 

玄関から右手には、旅館の正面に沿って畳廊下が続くが、廊下沿いの窓は意図的に小さく、そして視線よりもはるかに低く作られている。

 

畳廊下の壁沿いには小さくも見事な坪庭があしらわれ、薄暗く演出された廊下の中に、外界から隔離された幽玄の世界を表している。

 

この旅館を建てた網元は、建築や造園など学んだことはないし、小学校さえまともに通ったことがなかったというが、独学とセンスだけでこれだけのものを作ったというのだから立派だ。

 

だが廊下には、大洗鎮守府からもらった「干しいも」のダンボール箱が無造作に放置されていたり、空になったビールのケースが重ねられていたり、生活臭が漂い過ぎてせっかくの芸術性が台無しになっている。

 

 

それはともかく、この廊下沿いに、今は鳳翔が居酒屋として使っている、老舗の鮨割烹(すしかっぽう)といった風情の食事処がある。

 

さらにまっすぐ進むと、五十畳の広さの和室。

この寮が温泉旅館だった頃には、宴会場として使われていた大部屋で、食事処とは厨房を介してつながっている。

 

艦娘の人数が少ないうちは食事処を食堂とし、季節の行事や宴会などはこの部屋で行っていた。

 

しかし、1年もすると艦娘の数が60人を超えて本館が手狭になり、新たな艦娘を受け入れるための新館や、大食堂と大広間を備えた別館が増築された。

 

そして、新館と別館の完成以来、本館1階は公共スペースとして使われることになり、この大部屋にも『休憩室』の看板がかけられ、艦娘たちのたまり場となっていた。

 

室内には、いくつものコタツやストーブがあって温かいし、ここに来れば話し相手や遊び相手(一部の艦娘たちの場合は飲みに誘う相手)にも困らない。

 

夕食後は寝巻き浴衣に着替え、冬は綿入りの袢纏(はんてん)を羽織って、温泉に行きつつ本館1階をブラブラするのが艦娘たちの日常の過ごし方だ。

 

 

今日も室内では、多くの艦娘がおしゃべりや遊びに夢中だった。

 

「ゆで玉子のBLTサンドも捨てがたいですが、定番のミックスサンドは外せませんわ」

「妙高さん、ここってどう縫ったらいいんですか?」

「島風、その「うまい俸」って何味? え、そんなのあるの!?」

「ふぁ、おもち焦げてる!」

 

「ねぇ、誰か夜戦しよっ!!」

「早霜、風呂まだだろ? 清霜も行くぞっ! 帰ったら『ニムト』やろうぜ!」

「誰か麦くれない? 土あげるからさ」

「僕のこのカードは……カメムシ「本当っぽい!!」」

 

そんな喧騒の中、部屋の中央のコタツだけは比較的静かだ。

そこでは、提督が大規模作戦の編成表の作成を行っていた。

 

「横須賀や佐世保からの情報だと、潜水艦に複数の機動部隊がいるらしいね。大発やドラム缶を欲張って大量に積むのは止めようか……」

 

今回は輸送が主目的なので、提督は戦力の維持と輸送力のバランスに悩んでいた。

 

提督の横では、今日の秘書艦である大鳳がミカンを剥いてあげている。

他に参謀役を任されたグラーフ・ツェッペリンもいるが、コタツの中で眠ってしまっている。

 

 

「見いつけた!」

「提督~、飲みに来いよ!」

 

酔っぱらいの軽空母どもが提督にからみにくる。

 

「まだ編成が決まらないからダメだよ」

「もう、そんなこと言わずに♪」

 

千歳が提督の背中に、けしからん豊満タンクを押し当てる。

 

「くっ」

 

大鳳の口から、何やらうめき声が漏れる。

 

「コホン!」

「やっべ、ずらかるか」

「それじゃあ、がんばってくださいね」

 

大鳳がわざとらしく咳払いすると、軽空母たちは退散していった。

 

 

と、その騒ぎで目が覚めたのか、グラーフが起き上がってきた。

浴衣が完全にはだけていて、豊かな双丘がこぼれかかっている。

 

「提督、編成は決まったのか?」

 

「ダメダメ!」

 

そのまま提督にしなだれかかろうとするグラーフを大鳳が引き離し、浴衣の胸元を直す。

そんな大鳳を無視して、ミカンの入った篭に手を伸ばすグラーフ。

器用にミカンを剥いて食べ始める。

 

「うん、日本の冬はやはりコタツーでミカーンだな」

「それより、ブラジャーぐらいしなさい。お風呂上がりだからって……あなたの場合、はみ出るものがあるんだから」

「だが、プリンツが日本の着物には下着をつけないと……」

 

「まさか!? ちょっと!!」

 

グラーフの言葉に危険を感じた大鳳が、あわててコタツ布団をチラッとめくる。

直後、大鳳は猛烈な勢いで、グラーフの浴衣をギチギチに締め直していく。

 

「だが、トネやチクマも……」

「黙りなさい!!」

「タイホーはブラジャーは? 浴衣の下のそれはTシャツじゃ……」

「黙れ!!」

 

何とか、大鳳はグラーフの「大開帳」を防いだ。

 

 

あらためて大鳳が室内を見渡すと、けっこう「やばい」姿の子が何人もいた。

特に、そもそも浴衣のサイズが小さすぎるアイオワ。

 

「アウトオォォォォッ!!」

 

大鳳はアイオワに駆け寄り、浴衣を締め直そうとしたが……。

 

「What?」

「くっ、こんなのどうやって格納するの……?」

 

あまりの立体感に悪戦苦闘する。

 

 

大鳳の奇行を目を丸くして見ていた陽炎と不知火だが……。

続けて提督を見て、大鳳の意図を察した。

あわてて自分たちの浴衣を直す。

 

(その時、不知火は大鳳の魂が乗り移ったかのように「くっ」とつぶやいたが……)

 

そして室内を見回し……。

 

「浜風、アウト!」

「アクィラさん、完全アウトです!!」

 

大鳳を手伝い「やばい」姿をさらしている艦娘を矯正していく。

 

こうしてR-15タグの危機は回避された。

 

 

 

「提督、にゃっほいっ★ 」

「よっ!  提督、頑張ってるねー!」

「みてみて~、この輝く肌。あはっ、もっと近くで見てよ」

「ぴゃ~ん♪ 司令、遊んでくれる?」

「司令官に手紙が来たわ。見てもいい?」

 

その後も駆逐艦(一部、軽巡洋艦)娘たちが提督にちょっかいをかけてくる。

中には浴衣が開いちゃってる子や、きわどいアプローチをする子もいたが、まあ可愛らしい子供のやることなので、提督も大鳳も自然にいなした。

 

「最低でも、大発3とドラム缶5つは積みたいよね」

「そうね。でないと、出撃回数がかなり増えるわ」

 

真剣に議論する中、提督にボスンと抱きついてきた問題児が現れた。

 

「提督ぅ。ポーラ、お風呂頂きま~す」

 

入浴前から飲み始め、すでにベロベロになったパスタの国のアル重だ。

 

「脱ぐのはやめようね、ここはお風呂じゃありません」

 

提督が止めにかかるが……。

 

「あれ? 提督ぅなんで邪魔するのぉ!? ポーラ暑いのぉ!」

 

艦娘の馬力の前に、簡単に跳ね飛ばされる。

 

「えへへ~、脱いじゃいました」

 

上着を脱ぎさり、ブラジャーにまで手をかけるポーラ。

 

たゆん、と白い美乳が重力に解放される直前、大鳳は間一髪で自分の袢纏(はんてん)をポーラにかぶせるのに成功した。

 

そのまま押さえつけ、騒ぎを聞きつけ飛んできたザラに引き渡す。

 

 

「何だかドッと疲れました」

 

大鳳にとっては、精神的にもかなり「持ってかれた」気がする。

 

「でも、ひらめいた」

 

ふと見れば、提督が手を開け閉めし、宙をモミモミしている。

 

(乳!? やっぱり乳なの!? そんなに脂肪の塊が揉みたい!?)

 

般若のような顔になりかけた大鳳に、提督がにっこり笑いかける。

 

「夜食は中華まんにしよう」

「え、ええ……?」

 

冬場、提督は料理のできない艦娘でも蒸すだけですぐに食べられるようにと、皮も餡も自作した大量の様々な中華まんを、急速冷凍して冷凍庫にストックしている。

 

「中華まんを蒸すけど、欲しい子はいるかーい?」

 

提督の言葉に、辺り中から大反響があったのは、言うまでもない。

 

 

「はい、どうぞ。これは五目肉まんだよ」

 

提督が差し出した大皿から、大鳳は一つの中華まんに手を伸ばした。

 

手の平に余るほどの、大きめの五目肉の中華まん。

大きさと熱さに戸惑いつつ、両手でしっかり押さえて、口に運ぶ。

 

二段発酵させた、もっちりふわふわした皮をかじると、ジュワッと溢れ出す肉汁。

 

熟成した銘柄豚を使用し、バラ肉は大きめに角切りに刻み、肩ロースは細かくミンチにした、二種類の肉の濃厚な味わい。

 

豊かな滋味と深い旨味を加えるホタテ貝柱、風味と歯触りの幅を広げるキャベツ、玉ねぎ、椎茸、たけのこ、といった具材。

そこに、醤油ベースに生姜の香りを加えた、特製ダレの旨味が足される。

 

「やっぱりこれ、寒い夜には最高だよねえ」

 

様々な味の中華まんにかぶりつき、とっかえっこをしている笑顔の艦娘たちを見ながら、提督が嬉しそうに笑う。

 

大鳳は胸のあたりに、キュンという小さな痛みを感じた。

 

(グラーフやポーラほどじゃなくても、せめてこれくらいあったら提督も喜んで……)

 

肉まんのふくらみを真似て、自分の胸に手で架空のふくらみを描いてみる。

 

(いや、何やってんの、私?)

 

あわてて手をしまい、提督に気付かれなかったのを確認して安心する。

 

 

「大鳳、方針は決めたよ。やっぱり駆逐艦の子達に無理はさせたくない。空母主体の機動部隊編成で、出撃回数で押していこうかと思う」

 

じゃれつく朝霜と清霜をあやしつつ、提督が静かながらハッキリと決意を込めて言う。

 

「はい! 大鳳の機動部隊、全力で参ります!」




【業務連絡】            責任者:大鳳

1.寝間き浴衣は季節に応じて生地の厚みが違います
・春夏用は、白に紺の『たてかん柄』
・秋冬用は、白に黒の『三本くさり柄』

2.サイズは5種類あります
きちんと適正サイズを選びましょう

3.浴衣の交換について
上記、交換を希望する子は、妙高または羽黒まで

4.浴衣の下には下着を着けましょう
絶対です!
Watch out! You must UNDERWEAR!

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