いやらしい雨雲だった。
ザーッと降られれば諦めもつくが、シトシトと地面を濡らし、やんだかと思えばまた降り始める。
元漁協の本部だった粗末な鎮守府庁舎のキッチン。
提督はシャツを腕まくりして、畑で採れたキャベツをざく切りにしていた。
この雨を思えば、先日の収穫はベストタイミングだった。
15玉ものキャベツを一心不乱にざく切りし、5玉分ずつ木の樽に放り込む。
一緒に入れるのは、針生姜と塩昆布、すった白ゴマに荒塩、そしてゴマ油を回しかけて手で揉み回す。
蓋をして石で重しをし、夕飯に食べる浅漬けの準備完了。
「よし、できた」
「ん……」
提督の声に、テーブルで足をブラブラさせながらマンガを読んでいた初雪が反応する。
初雪は今日の秘書艦だ。
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提督は新品の中華鍋を空焼きしていた。
よく洗った中華鍋を中火にかけ、十分に温まったら強火でまんべんなく焼き、錆止めに塗られたニスを焼き切る。
カンカンに熱くなった中華鍋を冷ますため、「熱い、触るな!」という張り紙をして執務室に戻る。
その後ろを、初雪がトテトテとついていく。
しばらくして……。
出撃を終えた提督はキッチンに戻り、熱のとれた鍋をお湯で洗った。
また火にかけ、煙が出始めたらたっぷりの油をしいて鍋肌に馴染ませていく。
油を馴染ませたらタワシで洗い、またカンカンに熱する。
「ふう、行こうか」
「ん……」
鍋を冷ますため、また張り紙をして放置し、初雪と執務室へ。
察しのいい方はもうお気づきだと思うが、先日からの新任務「増強海上護衛総隊、出撃せよ!」。
第一艦隊はすでに30回、沖ノ島海域、通称2-4で敵主力撃破に失敗しており、提督はその度に気分転換の家事をしている。
こういう時、気持ちを察して(あるいは面倒くさがって)何も言わないでいてくれる初雪は秘書艦に適任だ。
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33回目の作戦失敗。
「あの時みたい……だね?」
今日初めて、初雪が提督にちゃんと言葉をかける。
そういえば、初めて沖ノ島海域に挑んだ時もこんな感じだった。
長門、伊勢、高雄、赤城、鳳翔、龍驤。
当時考えられる最強の艦隊を組んで、それでも戦艦ル級や空母ヲ級に簡単に大破させられた。
たまに上手く戦闘を乗り越えても、羅針盤が狂った……。
それでも、あの時は楽しかった。
この海域で拾った敵の残骸を核にして新たな建造をすることで、今まで出会えなかった数多くの艦娘の顕現に成功した。
金剛、蒼龍、利根、筑摩、鬼怒、島風……。
沖ノ島海域で邂逅できた、たくさんの家族。
でも、今ではこの海域で新しく仲間にできる艦娘はいない。
ここで戦うことに意味を見いだせない提督に向けて……。
「あの時は……駆逐艦は呼んでもらえなかった……し、怖い場所だと思ってたけど……今、駆逐艦を入れて行くんなら……私も……提督のために働き……たい」
提督はその言葉に驚いて初雪を見た。
見つめられ、最初はオドオドした初雪だが、やがて胸を張って「や、やれば……出来るし」と鼻息を荒くする。
その健気さに、提督は初雪を抱きしめて頬ずりする。
「いやぁだ、触らないで……」
けれど無視。
部活の顧問の先生だったら言い訳無用で懲戒免職になるぐらい、たっぷり初雪にスキンシップしました。
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「明日から本気だす……から見てて?」
夕暮れの埠頭。
艤装にベコベコと穴が開き、セーラー服風の制服を何か所も千切れさせた初雪。
今回の出撃、旗艦である初雪の大破で、あえなく2戦目での撤退だった。
「いいよ、何度でも挑戦しよう」
提督は優しく初雪の頭を撫でる。
「初雪の大好きなプリン、用意しといたよ」
卵黄と牛乳、砂糖、少量のバニラエッセンスと生クリームを加えてオーブンで焼き、冷蔵庫で冷やしただけのシンプルなプリン。
素朴だが、とても優しい味のするプリン。
「これは……嬉しい。ふつうに、嬉しい……」
明日も、がんばりましょう!