ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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清霜とホヤの刺身

「そこ、水糸ずれてるデース。ちゃんとピンと張ってクダサーイ」

 

鎮守府では、シャッター付ガレージを設置しようと基礎工事が行われていた。

 

というのも、久しぶりに新しい車、ハイエ○スを買うことになったからだ。

先日、キラキラ状態の隼鷹と飛鷹が、なぜかゲッソリした提督を連れてディーラーに行き、即決してきた。

 

新設するガレージは3台用。

一応2トントラックにも対応するようにした。

 

そこで提督が、鎮守府で一番運送に携わっている天龍に、追加で2トントラックが欲しいか聞いたところ……。

 

「畑への往復回数が減って楽になるかなぁ。資源とか資材は……まあ、うちが貰える量だと軽トラでも十分。うちの埠頭から倉庫なんて距離ないからさ、まだフォークリフト増やしてくれた方が役に立つと思うぜ」とのことだったので、2トントラックの導入は検討中になっている。

 

現在、鎮守府にあるフォークリフトは、リーチ式と呼ばれる立ったまま運転する小型のものだが、とりあえず座って運転するカウンター式のフォークリフトを買い足すことにした。

 

どこにそんな金があったかというと、天草の婦女子提督に指摘されるまで気付かなかった、車両購入費申請という制度が(かなり前に)新設されていて(制度導入時、大淀が書類をくれて説明もしたが、ここの提督は読まずに捨てて聞き流した)、業務用車両の購入にはちゃんと専門の予算がつく。

 

鎮守府という制度の黎明期、用途不問の全体経費を渡されて、それを遣り繰り(という名の好き勝手な運用)をしていた時代に比べて、今では予算制度も洗練されているようだ。

 

「この機会に、他の予算制度についても説明しましょうか」と意気込んだ大淀が分厚い資料の束を持って執務室にやって来たが、提督は「今でも十分やってけてるんだから、無駄に税金を使うのはよそうよ」と断った。

 

言葉どおりに公僕の鑑(ただし「提督」という身分は公務員ではない)なのか、単に提督が面倒くさがっただけなのか、真意は不明だが……。

 

 

さて、今日の本題。

ここの鎮守府の工廠横には、トタン屋根のついた小規模の立ち飲みスペースがある。

 

艦娘寮を改修した際に余った、長さ3メートルちょっと、幅60センチほどの杉の一枚板を使ったカウンターと、伊勢が作った扉付きの食器棚だけがある。

 

食器棚の中にあるのは、日本酒の瓶、コップ、小皿と小鉢、箸、そして缶詰ぐらいと、いわゆる角打ちの雰囲気。

 

その日最後の出撃、特に特別海域で姫級の深海棲艦との戦いから戻った艦隊が、夕食前にちょっと労いの一杯をやるための場所。

別に利用資格があるわけではないが、普段、遠征や低難易度の海域への出撃しかしない駆逐艦娘たちには近寄りがたい場所の一つだ。

 

今日、清霜はようやくこの憧れの場所に来ることができた。

 

カスガダマ沖での敵東方中枢艦隊の撃滅作戦。

敵艦隊に潜水艦がいるのと、ルート固定と呼ばれる羅針盤を安定させる呪術的要素のため、この海域への出撃には駆逐艦娘が2人選ばれる。

 

いつか戦艦になりたい清霜は、この大激戦に参加したくて提督に陳情を繰り返していた。

提督の自室のお風呂場に突入して背中を流したり、提督の布団に潜り込んで枕を半分占領して意気込みを語る枕営業(?)をしたり、地道な努力を続けて、ついに2回目の艦隊編入のチャンスを得た。

 

半年前に参加させてもらった前回は、何もできないうちに大破して朝潮と交代させられてしまったが、今回は最終戦まで残り、敵の潜水艦を沈める貢献ができた。

 

戦果報告の際の「お疲れ様、よくがんばったね。バナナのパウンドケーキを焼いてあるよ」という提督の言葉に後ろ髪を引かれたが、断って庁舎を出る。

 

提督はちょっと寂しそうだったが、一緒に出撃した防空駆逐艦娘の秋月とその妹たちが代わりに食べてくれた。

 

 

「あら、あなたも飲みたいの?」

 

立ち飲みスペースに行くと、加賀が声をかけてきた。

建造時は戦艦として起工されただけあって、加賀には独特のオーラがある。

 

「い、いいですか?」

「別にいいけれど……」

 

他には、一緒に出撃した伊勢、日向、愛宕がいる。

 

「清霜ちゃん、はいコップ」

「まずは半分ね」

愛宕がコップを渡してくれ、伊勢が酒を注いでくれる。

 

ここに置いてある酒は、剣菱。

精米歩合とか吟醸香とか隠れた地酒とか、そんな能書きなしの定番の美味しい日本酒だ。

 

わずかな甘みにキリッとした後味、芯のある味わい。

 

 

「清霜、今日はよくやったな」

日向がコツンと、自分のコップを清霜のコップに合わせて乾杯する。

 

清霜も、チビチビとコップの日本酒を舐める。

 

美味しい……?

普段から飲み慣れているビールやサワーに比べると、アルコール度数が高くて、鼻につく独特の匂いがある。

 

「これ、よかったら食べなさい」

加賀から勧められたのは、小皿に載ったホヤの刺身。

 

海のパイナップルとも呼ばれる、この地方の名産品ホヤ。

一見ナマコ(あとクト○ルフ神話的生物)にも似ているし、海中植物のようにも見えるが、 脊索動物(せきさくどうぶつ)という、独立したジャンルの海中動物だ。

 

プリプリと肉厚な貝のような食感で、味は鮮烈な磯臭さ。

そして、ほのかな甘みが口の中に広がる。

 

珍味に分類される一般受けしない味だが、ここに日本酒を合わせると評価はガラリと変わる。

 

「ん!?」

 

ホヤの味を洗い流そうとクピクピと飲んだ日本酒の味に、清霜はビックリした。

酒だけでは重すぎた印象が、実に軽やかに変わっている。

 

「死んだホヤはどんどん苦みと臭みが出て不味くなってくけどさ、そこの漁港で生きたまま貰ってきたんだ。ね、美味しいでしょ?」

「日本酒と相性バツグンだろ?」

 

伊勢と日向に尋ねられ、清霜はブンブンと首を縦に振った。

 

「ふふ、戦艦にまた一歩近づけたな」

「清霜は頑張り屋さんだから、いつかきっと戦艦並になれマース」

 

いつの間にかガレージの基礎工事から戻ってきた、武蔵と金剛に頭を撫でられる。

 

日が落ち始め、まだ蒼さの残る空の中に、湾の片隅だけがオレンジ色に染まっている。

ふわりと吹く、優しい潮風。

 

希望に燃える駆逐艦娘を優しく見守りながら、今日もこの鎮守府は平和です。


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