ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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季節外れの塩ちゃんこ鍋

「ハイ○ースはやっぱいいねぇ。普段はラブホ代わりにも使えるし、買っちゃおうか?」

 

開幕から絶好調に下ネタを飛ばす隼鷹。

彼女と飛鷹はレンタカーを駆り、片道10時間かかる提督の母方の田舎、岐阜県からの帰り道にあった。

 

後ろのシートを倒した荷室では、積み上げられた段ボール箱の合間で 占守(しむしゅ) 国後(くなしり) 択捉(えとろふ)が毛布をかぶって眠っている。

運転手が提督だったら事案発生の絵面だが、提督は年に一回も田舎に帰らず、今回も同行していない。

 

提督の祖父の家、美濃窯の窯元に土や釉薬を分けてもらいに行き、新入りの艦娘を紹介するのは、もっぱら隼鷹と飛鷹の役目になっている。

 

「あの瀬戸黒、何度見ても素敵よねぇ」

「提督の好みじゃないけどねぇ……もったいないなぁ」

 

提督の祖父の家の蔵に、まさに秘蔵されている、桃山時代作の千利休好みの瀬戸黒茶碗。

 

世に出せば重要文化財候補になりそうな逸品だが、祖父が提督に蔵から一つ好きな器を譲ってやると言った時、提督は真っ先に瀬戸黒茶碗を「これはいらない」と切り捨てたという。

 

提督が好むのは、日常の食事や飲酒に使えるような雑器だ。

その時に提督が選んだのも、素朴なシルエットに、外側に細かい筋彫りが幾重にも入った、白い千段 飯椀(めしわん)だ。

 

その飯椀は提督の祖父が若い頃に焼いたもので、祖父も実は嬉しかったのか「あいつは見る目がない」などと言いながら、隼鷹たちが来ると毎回その話をする。

 

隼鷹と飛鷹は提督の祖父の手ほどきを受け、今ではけっこうな大作も焼ける陶芸家に育っている。

それだけに毎回2人は、祖父から「早くひ孫の顔が見たい」というプレッシャーも受けている。

 

「この車、返却は明日だよね?」

「うん、明日の夕方」

「明日……提督拉致る?」

 

提督をハイ○ースしてダンケダンケする計画を立てながら、2人は高速道路を巡航していくのだった。

 

 

一方、鎮守府では今日は久しぶりに、大広間でのお泊まり会の予定だった。

 

衣替えをしたものの、翌日から雨が降り出して気温が急激に下がり、夜には10℃を下回っていた。

 

秋冬物の布団をクリーニングに出し、コタツをしまったばかりのところに、この寒さは身に染みる。

人間がたくさんいる部屋は暖かいし、一ヶ所に集まれば冷暖房費も節約できる。

 

というわけで、零下にまで気温が下がる真冬や、猛暑の真夏にはよく大広間に集まるのだが、まさか6月に寒さしのぎで大広間でのお泊まり会を開くことになるとは、提督も思いもよらなかった。

 

巡洋艦娘と駆逐艦娘が大広間に布団を敷きつめている間に、大食堂では夕飯の準備が進められている。

 

リクエストをとったところ、圧倒的に多かったのは季節外れながらも「鍋」。

 

そこで今日の艦隊行動の計画は、鍋の具材の収集を第一に組み立てた。

 

まずは、北海道の毛ガニとニラ。

海上護衛作戦を3回も行い、市場に立ち寄っては良いカニを買い集めてきた。

 

午前は天草鎮守府との演習で、熊本の大根とニンジンを仕入れた。

天草の腐女子提督から「マジでまだそっちは寒いの!? あたしが暑さダメなの知ってるでしょ? 夏の間、鎮守府交代してよ、お兄ちゃん!」と電話がかかってきたので、丁重にガチャ切りした。

 

午後は、延岡鎮守府との演習で宮﨑の夏ホウレン草と、大洗鎮守府との演習で茨城の白菜、木更津鎮守府との演習で千葉房総の(あじ)も仕入れた。

 

ここの提督と元同級生である木更津提督からも「テメェ、今晩艦娘みんなとお泊まり会ってマジか!? 憲兵さん、こっちです! どさくさに紛れて、浜風ちゃんや潮ちゃんのおっぱ(以後、自主規制)」と電話があったので、録音して木更津提督の妹である横須賀提督に送っておいた。

 

明日の深夜には北野た○し監督映画のように、椅子にくくりつけられてバッティングセンターの打席のど真ん中に置かれる木更津提督がいるだろうが、知ったこっちゃない。

 

県内では、 椎茸(しいたけ)農家と地鶏の養鶏場を、天龍に軽トラで回ってもらった。

もやしは鎮守府で年中自製しているし、畑からは今年最初の水菜も採れた。

 

 

とにかく、そうやって集めた食材で塩ちゃんこ鍋を調理する。

 

鯵は叩いて団子にし、毛ガニと、地鶏の手羽、椎茸とともにダシのベースにする。

間宮謹製の油揚げからも、豊かなコクが染みだしてくる。

 

「さすがに気分が高揚します」

「塩加減よーし! アク取りよーし! 私の計算では、これは美味しいはずです!」

「うむ、これはよい香りだのぅ」

 

毛ガニを煮る匂いは強烈で、それだけで寒さに沈んでいた鎮守府の雰囲気が解凍され、活気が戻ってくる。

 

季節を先取りした、火の国・熊本の根野菜。

太陽の恵みと、高冷地の気候を活かした宮崎の夏ホウレン草。

甘味や旨味こそ秋冬からはやや劣るが、シャキシャキした食感が魅力の茨城の春白菜。

たっぷりと入れた地鶏肉の滋味深さ。

 

そして、昨年採れたジャガイモで自家製してみた春雨(もちろん駆逐艦娘の方じゃない)も加えて作った、素材にこだわった塩ちゃんこ鍋。

 

霧島の言うとおり、美味しくないわけがない。

 

他には、ピーマンの煮びたしに、ひじきの煮物、そして宮崎で仕入れた、らっきょうの天ぷら。

 

身体が温まるだけでなく、一足早く夏の足音が訪れている地域の旬の食材を口にすることで、心も温かくなってくる。

 

 

今夜も冷え込みが予想されるが……。

布団を寄せ合い、身を寄せ合い、今日もここの鎮守府はみんな仲良しです。


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