「さっちん、ながなが、見て見て! もうすぐ産まれそうだよ」
真っ直ぐな日差しの中、皐月と長月の手を引っ張り、農具の倉庫の軒下についた飴色の塊を見せようとする水無月。
「ほら、ピクピク動いてない?」
秋に産み付けられたカマキリの
孵化したカマキリたちは、害虫退治の頼もしい用心棒になる。
「宮ジイが、カマキリは雨の降った次の日に孵りやすいって言ってたよね」
「うむ、明後日が雨の予報だったな」
ほとんど農薬を使わないここの田畑では、多くの生き物たちが暮らすことになり、小さな艦娘たちのよい遊び相手になってくれる。
やって来たときは色白で引っ込み思案だったU-511ことユーちゃんも、他の艦娘たちに引っ張りまわされて自然の中で遊んでいるうちに、明るい性格の日焼けっ娘ローちゃんになってしまった(ドイツから苦情が来なければいいけど……)。
田植えした苗が落ち着いたら、
直接雑草を食べて駆除してくれるのに加え、泳ぎ回ることで水が濁って雑草が育ちにくくなるし、糞も水田の養分になると、いいことづくめ。
もちろん、増えた鮒や泥鰌は最後に美味しくいただきます。
「そこの石と木の隙間を狙ってごらん」
「ほら、クナ、がんばるっしゅ!」
提督は今日は新入りの海防艦娘たちに、小川でザリガニ釣りを教えていた。
タコ糸にスルメや煮干しを巻きつけ、割り箸から垂らすだけの簡単な仕掛け。
ザリガニが勝手にハサミで挟んでくれるので、針さえ不要だ。
「着任してから毎日遊んでばっかりじゃない……ふんっ」
「あ、引いてるよ?」
「え!? ちょっ、どうすればいいのよっ?」
艦娘として顕現する元となった艦が、駆逐艦よりはるかに小型な海防艦の艦娘たち。
小回りが利いて対潜水艦戦は得意だが、低速で火力や耐久性は低く、燃費は良いが大発動艇は乗らずに、雷撃戦にも参加できない。
もとは沿岸警備が主任務だった彼女たち。
どのように艦隊に組み込んでいくか、ゆっくり考えていくつもりだ。
ザリガニ釣りで遊ぶ提督たちの後ろではピクニックシートを敷き、鳳翔さんと春日丸がお弁当の準備をしている。
貨客船から建造途中に改造された特設航空母艦という、特殊な背景を持つ春日丸。
搭載できる航空機は多くなく、機種にも制限がかかる。
こちらも運用法を考えつつ、まずは鎮守府に慣れてもらうために鳳翔さんに預けて料理を手伝ってもらっている。
間宮に伊良湖ちゃんがいるように、鳳翔さんにも春日丸という娘ができたことで、正妻戦争が激化するのではないかとの一部情報筋の見方もあるが……。
少し離れた場所では補給艦娘の
青葉の指導で、移動式
柱の土に埋め込む部分は、そのままでは腐ってしまうので、表面を焼いて焦げ目をつけ防腐処理するのだ。
大規模作戦の後、今月はほっぽちゃんが大人しかったかと思えば、リランカ島の港湾棲姫が荒ぶったおかげで、残り少なかった鎮守府の資源も吹き飛んだ。
先日、港湾棲姫が鎮守府に遊びに来たときは、ワンコのように大人しく温泉に浸かって、喜んで豆乳鍋を食べていたのだが……。
悪ノリした隼鷹とポーラが例のセーターをめくり上げたり、酔って目が据わった大鳳があの爆乳をバインバイン揉みしだいたのが逆鱗に触れたのだと思う。
とりあえず月末まで、遠征と近海航路の輸送船団護衛で資源を稼ぎながら、ほとぼりが冷めるのを待つつもりだ。
今月は畑に定植しなければいけない作物も多いし、湾では養殖のコンブやワカメ、ウニの収穫も始まるから忙しい。
あまり提督業ばかりやっているわけにもいかない(おい)。
「はーい、お昼ですよー! 手を洗って集まってくださいね!」
「ふひひ。ありがとっしゅ!」
里芋の煮物に、ふきの佃煮、がんもどき。
ひじきの煮つけ、
大きなタッバで広げられる、家族の味。
旬の姫竹(根曲り竹)の豚肉巻き。
歯ざわりはよいが淡白な姫竹に、適度に脂がのった豚肉を巻き、それを濃い味のタレで焼いている。
姫竹は食感がアスパラに近いので、豚肉との相性は抜群、もちろん美味しくないはずがない。
時鮭は、時不知と書かれることもあり、秋ではなく春から初夏に日本近海に帰って来る珍しい白鮭だ。
単に、秋に故郷のロシアに帰ろうとしていたら、途中の日本で捕まえられてしまったロシア鮭らしいが……まだ産卵期を迎えていない成長途中の魚体なので身の脂のりが良く、ギュッと凝縮された旨味が楽しめる。
「美味しいですね」
「フクゥースナ!(ロシア語で美味しい)」
「食」という字は、人を良くすると書く。
愛情のこもった良いものをたくさん食べて、良い艦娘になってもらいたい。
鳳翔さんが名札を縫い付けてくれた、新品のえんじ色のジャージを着た新人艦娘たちを見守りながら、提督はそう思うのだった。