一面に稲が植えられ、夕日に黄色く染まる田んぼ。
鳥が稲を食べに来ないように張り巡らされた、鳴子があちこちでカラカラと音を立てている。
田植えをしている間に、手が空いた艦娘たちによる畑作業も進んでいた。
トマト、ピーマン、キュウリ、ナス、カボチャなど、いくつもの野菜の苗を畑に植える、定植が行われ、ここの鎮守府が田畑として利用している土地のほとんどに若芽が萌えている。
夏になれば、一面青々とした光景になるだろう。
提督は龍田の運転する軽自動車タ○トに揺られ、田畑を後にした。
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提督は鎮守府の寮に戻り、まずは自室へと直行しようとした。
とにかく風呂に入りたい。
寮のロビー奥にある小座敷には、海外艦が集まっていた。
新入りのロシア戦艦娘ガングートと、イギリス戦艦娘ウォースパイトが、ドイツ戦艦娘のビスマルクと、ドイツ巡洋艦のプリンツ・オイゲンと、
ほっこりしたのも束の間、オイゲンの「日本にはヨバイーという習慣があって……」とか不穏当な発言が聞こえてきた。
会話に割って入りたくなったが、そんな気力もなく自室に向かう。
湯船にゆったり浸かりたいが、そうしたら寝てしまいそうだ。
誘惑を断ち切り、シャワーだけで我慢する。
それでも温かい湯を頭から浴びると、とても爽快だった。
さっぱりして浴室を出、タオルを腰に巻いて部屋に戻ると……。
「提督」
「うわっ」
儚げな女性の声が突然耳に入り、提督は思わず飛びのいた。
さらに白装束と長い黒髪が目に入り、背筋にゾワゾワッと悪寒が走る。
「提督……? お風邪ですか?」
「部屋にいるだけで怖がられた……不幸だわ……」
扶桑と山城だった。
黙って部屋に入ってきて、気配なしで待っているのはやめて欲しい。
「お疲れになられただろうと思って……どうぞこちらへ。仰向けになってください」
扶桑が敷いたのだろう、布団の横で三つ指をつく。
巫女風だがミニスカートの衣装でそういうことをされると、いかがわしいお店のような雰囲気になるので、それもやめて欲しい……。
言われるまま、提督は布団に仰向けになる。
「ええと、山城も……?」
「私じゃ不満?」
「いや、そんなことないけど……」
扶桑の華奢な指が、提督の首筋に触れる。
そこから撫でるように指を下げていき、鎖骨のリンパ節を軽く押す。
扶桑のマッサージに、うっとりと目を閉じるが……。
足に、山城の指が当たる。
(来た……ぐぉおおおっ)
グリグリグリッと、足裏に山城の指がメリ込む。
扶桑の優しいリンパマッサージに対して、山城が得意なのは指圧、特に足つぼマッサージ。
「そ、そこは!?」
「胃のつぼです。弱ってるんじゃないですか?」
苦しいのだが、すごく痛気持ちいい。
「提督、今度はうつ伏せで」
組んだ腕を枕に、布団にうつ伏せになる。
扶桑に太ももの裏をさすってもらいながら、山城に腰のつぼを押される。
これまた気持ちよく、疲れが抜けていく。
そのまま、提督はまどろみに落ちていった。
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「今日は一日、本当にありがとう。乾杯!」
艦娘数が200人に達し、やっぱり満員を実感するようになった艦娘寮別館の宴会場。
扶桑と山城のマッサージで身体が軽くなった提督は、元気に宴会に出席することができた。
ふきの煮浸し、絹さやの胡麻和え、タニシの酢味噌和え、
田植えの後の宴会には、最初に伝統的な旬の料理が出される。
青臭さが残るが、大地の恵みを実感させる、ふきの濃厚な旨み。
酒によく合う(飲兵衛たちはともかく、駆逐艦娘たちには少し不評だったが……)。
シャキシャキした食感に、黒ゴマの甘味が広がる絹さや。
盃を傾ける合間にちびちび食べるのによい。
農薬によって減少してしまった
冬の間は田んぼの泥土の中に身を潜め、春になって温い水が入ると這い出してくる。
コリッとした食感に、酢味噌の爽やかさがよく合い、これまた酒の供にピッタリだ。
どこか懐かしい、筍とニシンの煮物。
ニシンの出汁が筍に染みると、こんなにも美味しくなると最初に発見したのは誰なのだろう?
もちろん、酒がすすむ。
子孫繁栄を願う、縁起物の数の子。
今年こそはと子宝を願う嫁艦たちがやたらすすめてくるので、塩っ気で喉が渇き、ついつい杯を重ねてしまう。
どれも、よく日本酒に合う。
米から作られる日本酒が、田植えの祝い料理に合わないわけがない。
続けては、小さな駆逐艦娘たちにも好まれる料理が出てくる。
コーンバター、トマトのチーズ焼き、オクラの牛肉巻き、肉じゃが。
つい先日、九州
酔いですでにボーッとしながら、提督はゆっくり宴席を見渡した。
料理をつまみながら、今日の体験を嬉しそうに語り合う艦娘たち。
「
「ここの土質じゃ難しいだろうな……もっと粘土質が強ければいいんだが」
「それに、嫌気性菌の増殖という弊害もあるから、一概にメリットばかりじゃないのよ」
「じゃあ、
農業に目覚めてきたのか、那珂ちゃんが武蔵や神通に質問をぶつけまくっている。
うん、幸せな光景だ。
「では、僕はこれで……」
そろそろ眠気を感じ、名取の真似をして、こそっと席を立とうとするが……。
「提督、次は何をお飲みになりますか?」
「今日は特別な日だな。今夜ばかりは飲ませてもらおう。貴様と共にな」
「提督、いつもお疲れ様だな。今日くらいは一緒に飲もう」
「パーッといこうぜ~。パーッとな!」
「提~督~も飲みます~? 身体熱くなりますよぉ~♪」
いつもの包囲網に、あっけなく退路を断たれる。
今日もまた、提督は幸せに(?)酔い潰されていくのだった。