雪が舞い散る日々が続き、鎮守府の周囲は白く染められていた。
そんな、ある日の朝……。
朝食前のザワつく大食堂の隅では、提督と大淀、長門、霧島が何事かを熱心に話し合っていた。
提督がうなずくと、霧島が壁際に向かい、スピーカーのスイッチを入れてマイクをとった。
「マイク音量大丈夫…? チェック、1、2……。よし」
お決まりのマイクチェックをしてから、霧島は伝達を始める。
「傾注!! 天気予報によると、本日夜半より寒波による大雪が予想されます!」
透き通る明瞭な発音の声で、食堂全体に情報を伝達する。
「よって、本日の課業予定は全て中止! 朝食終了後、我が鎮守府は全力をもって、第一種雪害対策体制へと移行します!!」
食堂内が一斉にざわめく。
「静粛に! 提督、訓示をお願いします!」
ピタリと静まった無音の食堂内にペタペタと間抜けなスリッパの音を響かせて、提督が霧島の隣に向かいマイクを受け取る。
「あーあー……うん、まあ、細かいことは朝ご飯を食べてからで」
髪に寝ぐせがついた部屋着姿のまま、提督がしゃべる。
「とりあえず……ね? いただきます!」
「「「「いただきます!!!!」」」」
食堂内に大合唱が響いた。
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この鎮守府の『雪害対策体制』には、三段階がある。
頻発される『第三種雪害対策体制』は、出撃に必要な設備への融雪剤の散布といった降雪対策と、雪が降った後の周辺の一般的な雪かきを示す。
この段階だと、鎮守府の日常業務と並行して行われる。
その上の段階の『第二種雪害対策体制』となると、寮や倉庫などの屋根の雪下ろしといった二次災害防止が加わる。
さらに、町内から県道までの除雪作業や、町内各所の電柱などの安全点検作業による、インフラ確保も行うので、人員を割くためにシフトの変更が行われる。
そして、『第一種雪害対策体制』というのは……。
町内全体の雪かきや雪下ろしの手伝いと、いざ町内が大雪に閉ざされた時の、お年寄りの公民館への避難誘導や、炊き出しなどが加わる。
ほぼボランティア活動が8割を占めるのだが、とにかく必要な人員が多すぎて、並行して普通の鎮守府業務などやっていられない。
こうして、この鎮守府は開店休業状態となる。
「提督、呉鎮守府より入電。我が作戦部隊、屋久島の南南西80海里にて、軽空母ヌ級からのものと思われる空襲を受く。各鎮守府、警戒を厳重にされたし」
「屋久島かあ……あ、それより霧雨商店さんの雪下ろしは? あそこに潰れられたら、町内で何も買い物ができなくなるからねえ」
「提督、横須賀鎮守府より入電。我が海上護衛部隊、輸送部隊とともに小笠原諸島父島沖に進出するも、空母棲姫を中核となす強力な通商破壊機動部隊と接敵、被害甚大にて撤退す!」
「空母棲姫かあ……ま、横須賀なら何とかするだろうね。そうそう、飲料水とおむつは公民館に届いたかな? 重いものとかさばるものは、先に届けておかないとね」
いいのです。どうせ地域密着型の辺境鎮守府なのですし!
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伊勢と日向は、艦娘寮の屋根の雪下ろしを行っていた。
普段の雪下ろしは、金剛や比叡、武蔵、ビスマルク、アイオワといったお祭り好きの戦艦が豪快に行うのだが、今日は建物の下で多くの艦娘が活動している。
提督は、安全第一で地道に作業できる2人を選んだのだろう。
「それっ」
伊勢はスノースコップで雪をかくと、うまく体をひねって海の方へと投げ出した。
武蔵などと比べたら地味でも、そこは戦艦娘のパワーだ。
放られた雪の塊は綺麗な放物線を描き、100メートルほど先の海面に没する。
「やるじゃないか……」
日向も、伊勢に続けて雪の塊を投擲する。
姉妹艦だけあって、日向の放った雪の塊も、伊勢とほぼ同じ距離の海面に着水した。
一昨年、雪下ろしをしていて調子に乗った比叡が、大量の雪を一気に蹴散らしたことがある。
その結果、屋根の上の雪全体が雪崩的に滑り落ち、比叡と、比叡と一緒に作業していた榛名が屋根から滑り落ちる事故となった。
幸い、下には誰もおらず、比叡と榛名も無事だったが……。
「あの時の提督、珍しく怒ったよね」
伊勢が、前置きもいつの出来事かの説明もなく日向に声をかける。
「ああ、そういう奴だからな」
日向も、以心伝心で自然に答える。
「そうそう、あれは覚えてる?」
「もちろんだ」
「提督さー、鼻血出しちゃったよね」
「…まあ、そうなるな」
他の人間や艦娘が聞いても、絶対に理解できない会話を続けながら、伊勢と日向は雪下ろしを続けていく。
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雪の塊が飛んでいく、その下の埠頭。
提督が焚き火をしていた。
軽く下茹でしたジャガイモに塩こしょうをふり、濡らしたキッチンペーパーで包み、さらにアルミホイルで二重にくるんで、焚き火の中へと入れる。
そのまま30分。
雪下ろしが終わったとき、冷え切って屋根から下りてくる伊勢と日向が喜ぶよう、絶妙な焼き加減になるように。
軍手をしたまま2人が熱々のアルミホイルをむくと、ホクホクと湯気を立てるジャガイモ。
その上にバターの塊をたらして、割り箸を渡してあげる。
伊勢は素直に歓声をあげるだろう。
日向は……うーん、ちょっと予測が難しいな。
提督はその時のことを想像しながら、焚き火に木をくべるのだった。