ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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朝潮とチキンマカロニグラタン

大規模作戦の最終局面。

北方水姫に、あと一撃を加えるのみとなった、ある日。

 

攻略のためには、ボーキサイトがやや足りない。

主力部隊の休憩を兼ね、ボーキサイト集めの遠征に集中していた、ある日。

 

この日、鎮守府の提督執務室では、ちょっとした騒動があった。

長門が壁ドンして開けた大きな穴を、建築妖精さんたちが必死に修復している。

 

 

長門が書類を届けるために執務室に入った時……。

 

「朝潮と 子作り」

 

執務室の壁にかけてある黒板ボードの提督の予定表。

昼の予定欄に、そう書いてあったのだ。

 

 

「長門、机がゴリゴリ削れてるからやめなさい」

 

早とちりして壁ごと提督をぶち壊しかけた長門が、ごにょごにょと言い訳しながら提督の机に指先で「の」の字を書いている(というより掘削している)。

 

以前、養殖わかめの飼育作業の予定として「第六駆逐隊、種付け」と黒板に書いてしまった時にも、榛名が大丈夫じゃなくなって大変だった。

 

 

黒板には今日の秘書官の朝潮が、辞書を片手に「螺」という漢字を書き込んでいた。

そう、朝潮が漢字に自信を持てずに空欄にしていた部分を埋めた、今日の正しい予定は「朝潮と 螺子(ねじ)作り」だ。

 

螺子(面倒なので以後はネジと書く)は、鎮守府にとって非常に重要な戦略物資の一つだ。

艦娘が使う装備を強化する「装備改修」に欠かせないのだが、本部からの支給も少ないし、偶然に手に入れられる機会も少ない。

 

しかも、大規模作戦にかかりきりで日常任務をほったらかしていたから、定期分の支給も削られている。

 

ただし……。

提督が私財を投げ打って妖精さんに「ゴニョゴニョ」すると、数個ほど増産することができる。

 

提督は不足してきたネジを補うため、初めて身銭を切ってネジを補充しようとしたのだ。

 

提督と長門の目が合う。

 

 

思い出される、ついさっきのやりとり。

 

「提督よ、恥ずかしいと思わないのか?」

「恥ずかしいとは思わないな。後ろめたさは多少あるけど……」

 

「真昼間に、堂々と宣言してまですることか?」

「ああ……ゴメン。気にする子もいるかな?」

「いるに決まってるだろ!」

 

「でも、そろそろ切実に必要だと思うんだ」

「た、確かに、そろそろ……誰かと作ってもいい頃だとは、思う……が、今まで“授かりもの”だから、そのうち自然に出来るのを待つとか言っていなかったか?」

 

「まあ、それが理想なんだけど……やっぱり、みんなには隠して作った方がいいかな?」

「ん……!? いや、その前に、初めて名指しして作る相手が駆逐艦というのはどうなんだ……?」

 

「朝潮のことかい? 朝潮なら(秘書艦の)経験豊富だし、いいと思ったんだけど」

「あ゛!? そ、そうなのか……ああ、朝潮は提督のお気に入りだしな……いや、しかし……」

 

赤面してグルグルと目を回した長門だが、意を決して提督ににじり寄る。

殺気にも似た気迫に、たじろいた提督が逃げようとするが、逃がすまいと長門が飛びかかる。

 

「まずは連合艦隊旗艦たる、この長門にこそ……!」

 

ドッシャーン!!

 

そして、世界のビッグ7たる超弩級戦艦の壁ドンにより、元漁協の組合本部だった安普請の壁には大穴が開いた。

 

「提督! 螺子の漢字、分かりました!」

そこに漢字辞書を抱えた朝潮が帰ってきたのだった……。

 

 

提督と再び目があった長門は、機関が暴走したかのような赤さになって、第一戦速で執務室から逃げ出して行った(その先々で破壊音や悲鳴がするが……)。

 

「長門さん、どうされたんですか?」

「なんだかなぁ~」

 

今さら、お金を使ってまでネジを作る気も失せてしまった。

 

「とりあえず、お昼でも食べようか」

 

 

鍋にバターを熱して薄力粉を加えて炒め、牛乳を少しずつ加えて混ぜのばしながら、塩胡椒とコンソメで味を調えてホワイトソースを作る。

 

フライパンで、薄くスライスした玉ねぎをバターでしんなりとさせ、鶏肉とマッシュルームを加えてさらに炒めながら、茹でたマカロニとホワイトソースの一部を加える。

 

そして、バターを薄く塗った耐熱皿にフライパンの具を入れ、残りのホワイトソースをかけまわし、チーズをのせてオーブンに。

 

チーズが焼ける香ばしい匂いがキッチンに充満し、それに正比例して朝潮の瞳のキラキラが増していく。

 

「はい、チキンマカロニグラタンだよ」

 

テーブル前に行儀よく着席しながらも、バッサバッサと目に見えない尻尾を振りまくっている朝潮。

その前に、綺麗に焦げ目がついたグラタンを出して、刻みパセリを振ってあげる。

 

「司令官、感謝いたします!」

 

こんがり焼けたチーズに、とろりまろやかなホワイトソースのコク、バターで炒めた具材の旨味、マカロニのやわらかい食感が重なる。

 

「司令官、朝潮は司令官のためなら何でもいたす覚悟です。どんなことでもお申し付けください!」

 

さすが、鎮守府でも忠誠度ナンバーワンと噂される朝潮。

提督がお願いごとを切り出すか迷っているのを素早く見抜き、先回りしてきた。

 

「朝潮には大規模作戦でも頑張ってもらったのに申し訳ないんだけど……1-5の潜水艦狩りを頼めるかな?」

 

手つかずにしていた定期任務。

近海に出没する敵潜水艦を一定数狩ることで、ある程度ネジの供給が受けられる。

 

「この朝潮にお任せください!」

 

頼もしく言う朝潮の、綺麗な黒髪を撫でてあげる。

 

長門に、朝潮がお気に入りと言われたが、ひいきするつもりはなくても、ついつい朝潮に頼ってしまう。

改二丁になって、対潜水艦要員としては駆逐艦首位だし、大発動艇も積める上にいつもキラキラしているので遠征要員としても大活躍してくれる。

 

(子供かあ……もし子供を授かって、それが朝潮みたいな女の子だったら……)

 

提督は朝潮の髪を撫でながら、ちょっと父親気分の妄想をふくらませてみる。

 

「駄目だ、朝潮を嫁になんかやらないぞ」

「え?」

「いや……何でもないよ」

 

つい、妄想がふくらみ過ぎて、花嫁の父になるまで十年も育ててしまった。

 

「朝潮はどこにもお嫁になんて行きません。ずっとずっと、司令官だけの朝潮です」

「朝潮……」

 

父親気分全開、目頭が熱くなり、涙目で朝潮を抱きしめてしまう提督。

そんな提督を優しく抱きしめ返し、今度は逆に提督の頭をナデナデしてあげる朝潮。

 

「うわっ、キモッ!」

「ウザイのよッ!!」

「うふふふふっ」

 

そして、キッチンを通りかかってその光景を目撃し、ドン引きする鈴谷と満潮、微笑みながら防犯ブザー(型探照灯?)に指をかける荒潮がいたのだった。


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