夕闇が迫る東京湾。
大規模作戦の発令を受けて、横須賀にある軍令部の直轄施設は喧騒に包まれていた。
定期航路の護衛計画変更による民間船舶の誘導に、各地の鎮守府への最終補給。
猫の手も借りたい忙しさだ。
しかし、横須賀鎮守府は静けさを保ったままだ。
一時は米海軍横須賀基地司令部となっていた、鎮守府の会議所の大ホールに、制服に身を包んだ艦娘たちが勢ぞろいしている。
至誠に
言行に恥づるなかりしか
気力に欠くるなかりしか
努力に
不精に
大きく五省が貼られた壇上。
元帥の階級章をつけた若い女性提督が堂々と立った。
涼しい切れ長の瞳には、一点の迷いもない。
「これより大規模作戦を実行します」
提督が言葉を発するが、眼前の艦娘たちは身じろぎもしない。
ほとんどの艦娘が錬度100を超えるまで練成を積み重ね、装備を極限まで改修し、最大限の備蓄を行ってきた。
この鎮守府にとって、大規模作戦さえ日常の一環でしかない。
提督からも、今さら言うことはない。
日頃、ともに努力する中で培ってきた信頼の絆こそが全てだ。
ここにいる誰もが信じている。
この横須賀鎮守府に、十個目の甲勲章がもたらされることを。
横須賀の女性提督は、怜悧な顔貌に一瞬だけ笑みを浮かべ、そして宣言した。
「暁の水平線に勝利を刻みなさい!」
・
・
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同時刻。
呉鎮守府では、埠頭で熱血提督を中心に艦娘たちが円陣を組み、勝利への気持ちを一つにし、鬨の声を上げる光景が見られた。
佐世保鎮守府では、プロテインをこよなく愛する筋肉提督と艦娘たちが、道着に身を包んで武道場で瞑想し、精神を統一させていた。
物音ひとつないが、道場の壁には提督直筆の「一日入魂」という魂の叫びが吠えている。
一方、我らが鎮守府。
こちらでは、温泉上がりの浴衣姿の艦娘たちが、大広間で食事会をしていた。
春めいてきたとはいえ、夜は冷え込むのでコタツはまだ撤去されていない。
一応、大規模作戦前の壮行会という名目なので酒は控えめのはずだったが、一部の艦娘が予定外(想定内ではある)の大量持ち込みをして、場は宴会状態となっていた。
すでに〆のリゾットが出されているのに、宴会が収束する気配はない。
粘り気の少ないイタリア米をオリーブオイルで炒め、くつくつと煮立てた、あさりとポルチーニ茸のリゾット。
味付けは岩塩とパルミジャーノチーズのみだが、あさりとポルチーニ茸から出たダシが、豊かな風味を提供している。
シンプルだからこそ、凝縮された素材の旨味が舌を楽しませてくれる。
「ええと、大規模作戦が発令されました。田畑も忙しい時期で大変だけど、何とか田植えまでには終わらせよう。とにかく安全第一、無理はしないように」
提督の最後の挨拶も気の抜けたものだったし、すでにカラオケが始まっていたので、ほとんどの艦娘の耳には届いていない……。
けれど気持ちは一つ。
甲勲章はもらえなくても、絶対に未帰還者を出さず、新たな仲間とともにここで再び宴会を開く。
「おら、ちゃんと歯を磨いてから寝るんだぞ」
消灯時間を前に、部屋に戻る駆逐艦たちを誘導して行く天龍。
「鯛が残ってるから、ソテーしてトマトソースをかけますね」
まだ飲み続ける気の飲兵衛どもにせがまれて、追加のつまみを作りに厨房へ向かう大鯨。
提督は、上半身裸で抱きついてくるポーラを器用にかわし、おねむになっていた
「んぅ……提督? もう
時報を言いたくて、眠いのを我慢して残るつもりだったらしい。
まだ22時45分。
子の刻までは15分ある。
「いいから、今日はもう寝なさい」
優しく諭し、そのまま初春型の部屋へと子日を運んでいく。
ま、今回の大規模作戦も何とかなるでしょう。
いよいよ春イベント開始ですね。
のんびりまったり頑張りましょう!