鎮守府の提督執務室は、肌色に溢れていた。
「これ、どんな状況よ?」
遠征から戻った叢雲が室内の惨状を見やった。
上半身ほぼ裸になりタオルを羽織っている瑞鶴。
スーツがお腹から破れて、隠し切れない下乳がはみ出している愛宕。
スカートがビリビリに千切れた飛鷹。
豊かな双丘を腕で隠しているのかアピールしているのか分からない鹿島。
セーラー服型の制服が破れて、ブラや下着をのぞかせて涙目の名取。
駆逐艦らしからぬ胸部装甲がうらや……けしからん浜風。
もし提督と2人きりなら、通報やむなしなヤバイ姿をさらす谷風。
そして死んだ目をして窓の外を眺める提督。
入渠用のお風呂は、すでに赤城、加賀、夕張、磯風で満員だ。
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北方海域戦闘哨戒で、ほっぽちゃんこと北方棲姫が月末恒例の荒ぶりをみせた。
「カエレッ!」と、お約束のように瑞鶴が半裸にされ、やむなく撤退。
その前の空母戦で中破、小破になっていた赤城と加賀の修復にも時間がかかっている。
「装甲空母になったとか散々自慢していたくせに……しばらく反省していなさい」
と、小破の加賀は、大破している瑞鶴より先にお風呂に入ってしまった。
同時に、リランカ島周辺での潜水艦狩り(4-3)を行っていた艦隊は、敵戦艦タ級に遭遇して真っ先に飛鷹が中破させられ、あとはタコ殴りにされた。
なぜか、こちらが用心棒の戦艦や正規空母を連れて行かない時に限ってタ級が出てくる気がするのは……気のせいだろうか……。
鎮守府近海航路での船団護衛作戦では、毎度おなじみの空襲の後に重巡リ級の待ち伏せがあり、浜風と谷風が甚大な被害を受けた。
磯風が先にお風呂に入っているのは、損害が軽微で、すぐに入渠が終わりそうだからだ。
「みんな、ごめんね。今日はもう休んで、明日仕切り直そう」
提督は本日の閉店を決定した。
「艤装の修理は、高速修復材も使ってすすめるから、みんなは空いたらどんどんお風呂に入っちゃって」
深海棲艦の攻撃により受けた穢れを祓うという、ありがたい霊薬が張られた入渠用のお風呂。
提督には、どうしてもただの季節の薬湯にしか思えず、軍令部総長がタチの悪い自称霊能者に引っかけられているだけだと思うのだが、一応浴びてくるように指示する。
軍令部総長は、海自時代に深海棲艦に乗艦を沈められた経験がある。
艦娘に出遭ってスピリチュアルな世界に目覚めてしまったが、本人は妖精さんを見ることができない霊的センス0のおじいさんだ。
4月は桜湯が張ってある。
提督が、本部からお風呂に浮かべろと指示のあった霊薬の袋を一つ、バチあたりに開けて中を覗いてみたところ、やっぱり刻んだ桜の葉と乾燥させた桜の樹皮が入っているだけだったが……。
「お風呂から上がったら、夜は寮の大広間でお疲れ様会をしよう。叢雲、間宮さんや他のみんなにも伝えてくれるかい?」
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寮の別館3階には、200人が入れる宴会場の大広間がある。
現在、鎮守府の人口は提督、間宮、伊良湖を入れて195人。
別館を増築した当時は、200は大げさだと思っていたのが、いつの間にかギリギリの広さになってきてしまった。
1階の大食堂から配膳用エレベーターを引き、その分3階の厨房を半減させて広間を広げるという、建築妖精さんから出ている改築案を実行しなければならない日も近いかもしれない。
「提督、お手伝いに来ました」
早めにお風呂を出た赤城が、大広間の厨房に顔を見せる。
「今日のは僕の完全なミス、慢心しちゃったなあ……」
5月に大規模作戦があるのではないか。
そんな噂から、今のうちに出来る作戦は「パパッと片付けてしまおう」などと思ったのだが、完全に驕りだった。
「そうですね。しかし、実戦部隊にも緩みがありました。私達、鎮守府全体のミスです」
赤城が、端正な表情を崩さないまま静かに言う。
赤城が言っているのは、瑞鶴のことだろう。
報告書を見る限り、瑞鶴は護衛要塞から発進した敵艦攻の雷撃を避けることができたのに、装甲に頼って受け止めようとした。
結果、動きを止めたところを、北方棲姫の艦爆による急降下爆撃にやられてしまった。
しかし、きちんと航空隊の戦力を整えておけば制空権を奪えたし、艦隊に防空巡洋艦である摩耶を加えておけば、敵艦載機の動きを封じることもできた。
北方棲姫をなめて、惰性のローテーション編成のまま出撃させてしまった、提督の責任だ。
よく鎮守府に遊びに来て、埠頭で平和にアイスを食べてるけど、本気を出されるとやっぱり姫なんだと実感させられる……。
「明日は、戦闘機隊も厳選して確実に制空権を奪えるようにしよう」
「はい。明日は不覚をとりません」
鎮守府で最高の練度を誇る赤城。
真面目で日々の自主練に余念がなく、休日に畑作業の手伝いに行く前にも、弓道場での射行を欠かさない。
その分、よく食べるが……頼もしい鎮守府の支柱の一人だ。
「それで、今日は何を作るんですか?」
赤城が目を輝かせて訪ねてくる。
赤城から、間宮が夕飯のために用意しておいた食材のリストを見せられ、提督はあるメニューを思いついた。
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白菜とキャベツを粗みじん切りにして塩を振り、水けを抜く。
さらに、ニラ、ニンニクと、しょうがを絞った豚ひき肉、背脂と混ぜ合わせ、調味料を加えて粘りのある餡を作る。
薄力粉と強力粉を合わせ、お湯を加えながら混ぜ捏ねて生地を作る。
そう、今日は餃子パーティー。
広間の入り口に大きなテーブルを2つ出し、生地を麺棒で皮に伸ばすのと、餡を包んで餃子の形にするのを自分たちで体験してもらう。
カレーと同じく、餃子も本場中国式から魔改造を施された日本人の国民食の一つだ。
中国では餃子の中にニンニクを入れないし(タレにスライスしたものを添えることはある)、ご飯と合わせることもなく、餃子を焼くのも元は前日の水餃子や蒸し餃子の残り物を消化するためだった。
しかし、白いご飯や冷えたビール(これも中国人は好まない)には、油でパリッと焼いた、ニンニク入りの焼き餃子が一番。
「北上さん、餡のついた手で前髪触らないでください!」
「気合! 入れて! 行きます!」
「不知火、不器用やな~」
「不知火に何か落ち度でも?」
「サラっち、ほら、こうやって皮を人差し指で軽く押してヒダを作って、つまんで……」
「Oh my god……」
キャーキャー言いながら、不揃いな餃子を作っていく艦娘たち。
大切にしたい、家族の風景だ。
業務用の餃子焼き機と、中華鍋をフル動員してどんどん焼いていく。
ピータン豆腐、トマトとネギの中華サラダ、スナップエンドウの鶏肉炒め、カジキマグロの中華風ソテー、おつまみはもう全部のコタツに運んである。
「提督、味見は大切です」
カリッと焼き色のついた餃子を大皿に盛ると、早速、赤城が横から箸を伸ばしてくる。
皮の表面はパリッと香ばしく、そしてプリッとした弾力を噛み切れば、餡は肉汁をこぼさないように食べるのが難しいほどジューシー。
「餃子、美味しいです」
赤城がニッコリと微笑む。
「はい、みんなの所に持って行って」
提督も微笑みながら、次の餃子を焼きにかかる。
大広間からは艦娘たちの笑い声が聞こえてくる。
失敗もするけれど、今日もここの鎮守府は平和です。