ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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足柄とカツ丼

朝食後の7時半、戦艦や重巡を中心にした数人の艦娘が倉庫前に並んでいた。

全員、安全ヘルメットに作業着姿、もちろん出撃のためではない。

 

「腕を大きく上にあげてぇ、背伸びの運動ぉ~!」

 

お馴染みのラジオ体操を終えて、長門が本日の作業の説明のため前に出る。

 

「本日の午前の作業予定は杉林、葉枯らし材の搬出1本、曲がり木の処理1本、枝打ち3本」

 

杉の葉枯らし材とは、秋の新月の日に伐採した杉の木を山中に放置して、翌春から初夏に回収し、さらに屋内で半年以上、自然乾燥させるものだ。

 

切り倒されて枯れた杉は、冬の間に自然に水分が抜けて、きめ細かい木肌の色艶がよい木材となる。

水分が抜けたことで山から下ろす労力も減るし、冬は虫食いの心配もない。

 

そして、なぜ新月の日に伐採するのかといえば、虫害や腐りに強い木が得られるからだ。

まだ学術的には研究途上で証明はされていないのだが、大昔の職人はこれを経験的に知っていたのか、世界最古の木造建築物である法隆寺には「闇伐りの木」、つまり新月伐採の木材が使われたと伝えられている。

 

 

「焦るな急ぐな気を抜くな、安全確認最優先! それでは装備点検!」

長門がスローガンに続けて、装備の点検を指示する。

 

「ヘルメット、よし」

「アゴ紐、よし」

「安全帯、よし」

「足元、よし」

2人一組で指さしながら、互いの装備をチェックする。

 

「それでは、今日も一日安全に!」

 

 

現場に到着すると、扶桑と三隈がまずは葉枯らし材の搬出にかかった。

足柄は、長門、羽黒、摩耶とともに曲がり木の状態の確認に向かう。

 

雪によって弓反りに倒れかけている木は、伐採が難しい危険な木だ。

 

通常の伐採は、まず木を倒したい方向にナタで受け口という三角の切れ込みを作っておいて、反対側からチェーンソーを水平に入れて追い口という切断を行っていく。

 

割り箸を割るのを想像すると分かりやすいが、下手に追い口を入れてしまうと、突然一気に木が裂けて、裂けた木が追い口にいる伐採者の方に跳ねてくる可能性がある。

 

「V字に切るかい?」

摩耶が提案したのは、木が倒れる方の受け口を2つ、V字に木が残るように開ける方法。

V字の先端を圧し潰すように倒すことで、木が倒れるスピードを遅くして退避しやすくする方法だ。

 

「これは……突っ込み切りするしかないわね。まずはロープを巻きましょうか」

足柄が裂け防止のためのロープを幹に巻きつけていく。

 

今回、足柄が行う突っ込み切りは、受け口を作った後に一度、真横からチェーンソーの刃先を木の真ん中部分に突き入れる方法。

追い口を入れる前に木の芯を断ち、不意の倒木を防ぐ方法だ。

 

ただし、技術的な難易度は高くなる。

特に刃を無闇やたらに突っ込んでしまうと、木に刃が入らずに弾き返され、操作者の方に暴れてくるキックバックという現象を起こすことがあり危険だ。

 

綺麗に水平を保ってまっすぐ突き入れていけないと、余計に重心を不安定にしてしまい、目的とは逆に木が裂ける原因を作り出してしまうことにもなる。

 

「姉さん、大丈夫ですか?」

妹の羽黒が、心配そうに尋ねてくる。

 

「任せて、勝利が私を呼んでいるわ!」

 

足柄はチェーンソーの操作には自信がある。

整備は欠かさず、刃先も万全に手入れし、木の構造についても勉強を重ねた。

 

常に木の筋がたてる音に注意し、木が裂ける兆候を見逃さないようにしながら、丁寧に慎重にチェーンソーの刃を入れていく。

 

長門たちも後方に退避しながらも、木の傾きに変化がないか注視している。

 

「よし」

足柄は見事、木の姿勢はそのままに綺麗に刃を貫通させた。

 

突っ込み切りの穴と受け口の間には、数Cmほどの木(ツル)を残してある。

追い口を作って突っ込み切りの穴まで繋げてやれば、残ったツルに木の重みがかかり、木は受け口の方へと倒れていくはずだ。

 

だが念には念を。

少しだけ切り入れた追い口にクサビを打ち込んで、木の重心を変えて自身の重みで倒れていくように促してやる。

 

「さあ、いい子だから……!」

 

足柄が数打目のハンマーをクサビに打ちつけると、ミシッと木が鳴いてガクッと受け口の方へと傾いた。。

 

足柄も木から離れるが、木はゆっくりと、しかし確実に大きく傾き始める。

木がイメージ通りに倒れていくこの瞬間が、足柄は大好きだ。

 

 

曲がり木の処理を終え、足柄たちは枝打ちにかかる。

枝打ちとは、観賞用の樹木でいう剪定のことで、不健康な枝を落として、葉の日当たりや風通しを良くしてやる。

 

林業用のスパイク付き地下足袋をはき、木に登って樹上で作業を行う。

 

万一の落下事故に備えて、林業用の安全帯をしっかりと使う。

 

そういえば、以前に足柄が20メートルクラスの木から足を滑らせて安全帯に救われた時、その姿を見て「立体機動装置だ!」と目を輝かせた夕張がやたらと使いたがっているが……。

何やら心配なので、夕張にはまだ使わせていない。

 

長門は先ほど切り倒した曲がり木を、邪魔にならない場所に移動させている。

足柄の力では、あの乾いていない木を1人で動かすのは難しい。

 

適材適所。

重火力・重装甲、重パワーでは戦艦に劣るが、機動性と両立していることこそが重巡洋艦の取り柄だ。

 

木の上を器用に動き回りながら、ノコギリで余分な枝を切り落としていく。

チェーンソーは好きだが、野鳥を驚かせてしまうので最小限しか使わない。

 

それに、しっかりとヤスリをかけ、目立てをしてあるノコギリの気持ちいい切り味。

流れる汗に吹く、山の風も心地よい。

 

 

昼の弁当を平げながら、休憩をとる。

 

「姉さん、今日は……出撃組に回らなくてよかったの?」

羽黒が声をかけてきた。

 

足柄の練度は98、今日の出撃でバシー島沖に同行していれば、練度99に達してケッコン可能になるのだが……。

 

「羽黒、私のケッコンは華々しい勝利で飾りたいの」

 

足柄の狙いは明日の、深海東洋艦隊漸減作戦。

港湾棲姫を撃破するイメージトレーニングを続け、明日の秘書艦も予約してきた。

 

「そのための、勝利のカツ丼よ!」

 

弁当には不向きそうなカツ丼だが、足柄もそこは工夫をしてきている。

たっぷりの米に切ったとんかつをのせただけのタッパとは別に、玉ねぎと溶き卵の入った汁を保温ボトルに入れて持ってきている。

 

煮ていないカツはもちろんサクサクのまま、汁は熱々で出来たてのように。

 

白いご飯に、カツの脂と濃い味付けの汁が染み込む。

同じく汁を吸い、少ししんなりしたところに卵をまとったカツはジューシー。

勝利が約束された、王道の美味。

 

「みなぎってきたわ! 明日は餓えた狼の実力、見せてあげる!」




17/4/24
感想でいただいたご意見をもとに、伐採方法について修正できました。
半月様、ありがとうございました!

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