その日、大淀は香取から相談があると言って、鳳翔の居酒屋の奥座敷に呼び出されていた。
「貸切り」の木札がかけられた奥座敷の前、一声かけて障子を開ける。
「すいません、ちょっと書類整理にてまどって遅れました」
「お忙しいところ、ごめんなさいね」
すでに机には、香取が頼んでおいたのだろう料理が、何品か並んでいる。
胡麻豆腐、めかぶ酢、イカの木の芽和え、アジのなめろう、ミル貝の味噌漬け焼き。
「さ、まずは……」
香取がお銚子を差し出してくる。
普段の鎮守府の飲み会では、控えめに舐める程度にアルコールを楽しんでいる印象の香取。
それが、これだけ日本酒向けの陣立て……。
(これは何か、面倒くさい相談な気がしますね)
「ありがとうございます、おっとっと」
大淀は警戒しながら、香取のお酌を受けたのだった。
・
・
・
1時間後。
大淀の予感は的中し、香取はベロベロに酔っ払っていた。
「らって、おかしいじゃないですか!」
ろれつが怪しい香取だが、その言い分を要約すると次のようになる。
自分は妹の鹿島より、9ヶ月も前にこの鎮守府に来た。
鹿島が新入りの時、自分は錬度70であった。
そして現在、自分の錬度は94であり、鹿島は錬度97である……。
「絶対に不公平れす!」
「あぁ……」
大淀には、大体理由が分かっている。
ここの提督は、頻繁な装備の変更を面倒くさがる。
鹿島は着任以来、ずっと三式ソナーと爆雷の対潜セットを装備していて、リランカ島への練成出撃や、潜水艦相手の演習に頻繁に参加している。
たまに提督が装備変更をしようとしても「提督さんに初めて頂いたこの装備、ずっと大切に使っていたいんです」と言って放さないあたり、鹿島もしたたかだが……。
それに最近、高射装置付の12.7cm高角砲を倉庫から借りパクしているので、ますますリランカ出撃に呼ばれることが多い気がする。
「この差は一体、どこから来るんですか!?」
「婚活に対する、真剣さの差じゃないですかねえ……」
大淀が香取に聞こえないよう、小声でボソリと言う。
鹿島は、強化型艦本式缶も1個持って帰ったままだと、明石がこぼしていた。
「今まで姉より先にケッコンした艦娘っているんですか?」
香取が身を乗り出して聞いてくる。
「いっぱいいますよ? 大井さん、北上さん、摩耶さん、阿武隈さん、雪風ちゃんや時雨ちゃん、夕立ちゃん……最近だと鬼怒さん」
「みんな、鎮守府を代表する一芸持ちじゃないですか!」
「そうですねえ……姉妹艦で性能が横並びなら、提督は均等にレベリングしますからね。このまま鹿島さんが香取さんより先にケッコンすれば、初の快挙ですよ」
「めでたくありません!」
「なめろう、美味しいですねえ」
なめろうとは千葉沿岸の郷土料理で、青魚や貝に味噌と薬味などを乗せ、粘り気が出るまで細かく叩いたものだ。
「真剣に聞いてくれてますか?」
「はい、聞いてますよ?」
大淀は追加注文した、ブリの照り焼きに箸を伸ばした。
ふっくらと柔らかく、脂ののった身。
旬は少し外れているが、トロッとした甘辛いタレの旨味が、それを補って余りある。
「聞いてましゅ?」
「はい、ちゃんと聞いてますよ」
と言いつつ、大淀は伊良湖に運んでもらったアサリの味噌汁に口をつける。
深い深い滋味に癒される。
「それでですね……」
香取の愚痴はまだまだ続くが、大淀は適当な相槌を打つだけで、まともに聞いていない。
意識のほとんどは、鳳翔の手書きのメニュー表に。
蕪のソテー。
焼けばトロッとして甘味が増す、大淀の好物だ。
「せっかくの私の特技の遠洋練習航海だって、数回しかやらせてもらっていませんし……」
「提督は、駆逐艦の子たちに長時間勤務をさせるのを嫌がりますからねえ……」
最後のしめには、豆ご飯を頼もう。
香取の言葉を適当に聞き流していた大淀だが……ふっと、ある企画が頭に浮かんできた。
・
・
・
『香取先生と行こう! キッズ2017』
-外洋体験学習、参加者随時募集中♪-
翌週、そんな張り紙が鎮守府の各所に貼られたのだった。