ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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戦艦組とビスマルク風ハンバーグ

「誰よ、手作りしようなんて言い出したの」

山城が愚痴をこぼしつつ、檜の板材に(かんな)をかける。

 

そう、戦艦組は露天風呂に設置する、樽風呂の制作に入っていた。

 

「仕方ないわ、山城。業者さんに作ってもらうと、200万円もするんですもの」

扶桑も鉋がけをしているが、山城の使っている鉋とは種類が違う。

 

樽や桶を作るには、合わせると円形になる曲面のついた側板が必要だ。

内丸鉋と外丸鉋という特殊な鉋を板の内外で使い分けて、板に必要な丸みをつけていく。

 

樽の大きさや使う板の枚数に合わせて側板の曲面を適正にするには、熟練の経験と勘が必要になる。

 

誰かが、自分達で大樽を作ってみないか、と言い出したときは無理に決まっていると思ったが……。

 

「意外と思い出せるものね」

 

山城が艦だった頃、自分に乗り込んでいた樽職人の弟子の記憶と、彼の技術と知識。

 

今作っている風呂よりも、さらに大きい醤油の仕込み樽を兵役前に作り、親方からようやく一人前と認められた彼も、日本に帰ることなく山城とともにスリガオ海峡に没した。

 

今回、樽風呂を買おうとして調べて分かったのは、今では酒や醤油の醸造も金属タンクが主流になり、大きな樽や桶を作る職人や会社は、もう残り少なくなっているという現実だった。

 

「不幸だわ……」

「ところで、山城。確か最初に、自分達で作ろうって言い出したのは、あなたよ?」

 

 

直径2メートル、高さ75センチ、4人が同時に入れる大樽の風呂。

何をやるにも、作業のスケールが大きくなる。

 

側板を巻くタガを作るのだが、樽の円周は6メートル以上。

今では木のおひつなどに銅やステンレスのタガが使われているが、温泉の湯を入れておけば錆びて水圧に耐えられなくなるおそれがある。

 

山城は伝統的な、丈夫な竹を編んだタガを使うことにして(明石の「銅に防錆加工しましょうか? 現代ならいい表面処理の方法が……」という言葉は無視)、大和に竹探しを依頼した。

 

「15メートル以上の真っ直ぐで丈夫な竹を数本……ええ、ありましたか、良かった」

 

大和があちこちに聞き込んでたどり着いたのは、日本一の真竹の産地である大分県。

佐伯湾泊地に電話して、地元の竹材業者への注文を仲介してもらう。

 

「はい、次の演習の際、取りにうかがいます。ええ……こちらこそ、お手柔らかにお願いしますね」

 

こういう場面では、さすがに大和のネームバリューが活きる。

 

 

長門、陸奥、伊勢、日向、金剛四姉妹は作業着姿で、露天風呂と休憩小屋の基礎を造っていた。

 

熟練見張員の妖精さんを助手にして、設計図に沿って仮の杭や板を打ち、その間に糸を張って縄張りをする。

 

そして、艦娘のパワーでバックホー(シャベルカー)並みの根伐(ねぎ)りという掘削をし、地盤の状態を確認しながら、割栗石という小さな砕石を敷き詰めて、ランマー(よく工事現場で「ダダダダダダダッ」と音を響かせて地面を叩いているやつ)で押し固めて地盤を強固にしていく。

 

熟練見張員の妖精さんを助手にして水準器で測り、きちんと水平になっているかを確認しながら微調整して、地面からあがる湿気を防ぐための防湿シートを敷く。

 

霧島がモルタルミキサーで、モルタルと砂利、砂、水を混ぜてコンクリートを練っている。

捨てコンと呼ばれる、下地となるコンクリートを流し込むためだ。

 

ミキサーは、隣の市の建設業者が壊れたので捨てるというものを貰ってきて、明石がレストアしたものだ。

 

以前、某所の提督が東京での会議の後、ここの提督を誘って六本木のキャバクラやクラブをハシゴし、あまつさえ酔い潰れたここの提督をソープランドにまで連れて行こうとしたことがある。

 

尾行していた榛名と霧島が未然に取り押さえ、拉致した某所提督の口をガムテープで塞いでドラム缶に押し込み、埠頭で霧島が無言のままコンクリを練ってやったら、二度とここの提督を飲みに誘わなくなってくれた実績がある、頼りになるマシーンだ。

 

 

武蔵とアイオワ、イタリア、ローマ、ウォースパイトが、人間ならとても1人では運べない重さの建材を担ぎながら、寮からの渡り廊下を上がってくる。

 

今は仮設の足場に滑り止めシートを敷いただけの渡り廊下だが、露天風呂の工事が全て終われば、木製の床や屋根に本格的に組み直す予定だ。

 

「しかし、お前たちまで手伝ってくれるとは思わなかったな」

作業の手を休めた長門が、海外艦に声をかける。

 

「NipponのFleetは仕事熱心ね……でも、Love&Peaceのmixed bathing,not so badよ」

「日本の文化、コンヨーク! なんて地中海的な!」

「テルマエ建設には興味があるし……」

 

「これ、私も入っていい、のね……? Admiralと一緒に……うっ」

「ウォースパイト、鼻血、鼻血が出てマース!」

 

 

艦娘寮の厨房では、ビスマルクが「戦艦の会」のための昼食を用意していた。

 

合挽き肉に、バターで炒めた刻み玉ねぎと、パン粉、牛乳、塩こしょう、ナツメグを加えて混ぜ合わせてタネを成形する。

 

フライパンでこんがりと焼き色をつけ、さらにじっくり蒸し焼きにしてから、赤ワインとソースを加えて煮詰めていく。

 

肉汁あふれるハンバーグの完成だが、これだけではビスマルク風とは言えない。

 

ビスマルク風とは、ビスマルクの名前の由来となった、ドイツの鉄血宰相ビスマルクその人の好物にさらに由来する、目玉焼きがのせられた料理のことだ。

 

手伝いのオイゲンが鉄板に次々と卵を割り、ドイツ的にはありえない日本ならではの半熟具合になるように、目玉焼きを丁寧に焼いていく。

 

レーベがフライヤーでポテトを揚げ、マックスが鍋で付け合せのブロッコリーとニンジンを茹でている。

 

「パンは、本当にこんなに少しだけでいいの?」

オーブンでライ麦パンを焼いているグラーフが尋ねるが……。

 

「いいのよ。ハンバーグに半熟玉子といったら、白いご飯に決まってるでしょ!」

 

と鼻息を荒くして答える、「真田()」と筆書きされたトレーナーを着たビスマルク。

 

炊飯器からは、お米が炊ける甘い香りがプーンと漂ってくる。

 

ここの鎮守府は今日も平和です。

 

 

 

【おまけ】

鎮守府のレストア漁船「ぷかぷか丸」に揺られながら、曙たち第七駆逐隊は昼食を食べていた。

 

甘辛い豚ロースの肉巻おにぎりが2個に、彩りの良いエビとグリーンピースの炒め物、そして赤と黄色のプチトマトが入った、潮の手作り弁当だ。

 

午前にはメヌケが何尾も釣れ、曙はご機嫌。

 

メヌケとは、メバル属のうち赤く大型で、釣り上げた時に水圧で目が飛び出るほどの深海にいたものの総称。

東京の割烹店などで「時価」と書かれたメヌケを頼むと、それこそ目が飛び出るほどのお勘定になることがあるので注意が必要だ。

 

「しっかし、戦艦たちも迷惑なもん作ってくれるわよね。クソ提督と混浴の露天風呂なんて冗談じゃないわ」

 

「翻訳すると、戦艦のお姉さんたち、素敵なお風呂を作ってくれてありがとう。提督と……」

「勝手に訳すなっ! そんなんじゃないわよ!」

 

「図星だ」

「図星じゃない!」

 

漣と朧にからかわれ、顔を赤くして怒る曙。

 

「わ、私も……混浴って、胸とか見られちゃったら恥ずかしいかなって……」

テレテレと潮が言った瞬間……。

 

「せいやっ!」

スパパパーン!

漣の掛け声とともに、3人が潮の胸を連続してはたく。

 

「痛っ、何で叩くのぉ!?」

 

「見せつけられるもの持ってる子に言われると腹が立つのだよ」

「ふんっ、どうせクソ提督に見せるくせに」

「朧は、陽炎型の浜風に負けないように激励」

 

などと騒がしい七駆の隣では、砂をかんだような表情の大鳳が、豆乳でサンドイッチを流し込むのだった。


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