ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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那智と棒ラーメンとツナチャーハン

艦娘寮の玄関に、何人かの重巡艦娘たちが集まっていた。

 

「どうして同じものを着て、こうも雰囲気が違うのかしらねぇ」

那智と提督の服装を見比べて、足柄が首をかしげる。

 

紫のウィンドブレーカーに、ワインレッドのトレッキングパンツ。

足元もワインレッドとカーキを組み合わせたトレッキングシューズ。

スラリとした体形で、凛々しい那智によく似合っている。

 

赤のウィンドブレーカーに、ターコイズブルーのトレッキングパンツ。

足元は赤と黒のトレッキングシューズ。

提督も細身の体形でよく着こなしているが……。

 

色違いだが、2人が着ているのは同じトレッキングウェアだ。

それなのに、アウトドア雑誌の表紙を飾れそうな那智と、(おか)サーファー的ななんちゃってファッションにしか見えない提督。

 

「そもそも、提督にアウトドアというのが、水と油なんですわ」

熊野が辛辣(しんらつ)なコメントをする。

 

「熊野、それはひどいよ。鈴谷は似合ってると思うなぁ。自分探しとか言って軽装で登山に来て遭難する若者って感じじゃん」

 

「あ、落ち込まないでよ、提督。大丈夫、いくら提督でも裏山ぐらいで遭難なんかしないって」

「いざという時は私が貴様を守る。安心しろ」

鈴谷の言葉にダメージを受ける提督に、天然で追い討ちをかける最上と那智。

 

「まあ、行こうか」

提督が山用の保温ボトルを肩からかけ、玄関を出ようとする。

 

「ああ」

置いてあった大きなザックを背負い、後に続く那智。

 

「まあ、レディにだけ荷物を持たせるなんて」

「いいんだって。那智が騎士(ナイト)で、提督はお姫様なんだから」

 

「ぶぅわっはははははっ」

山ガールファッションに女装化された提督を想像してしまい、足柄の腹筋が崩壊した。

 

そう、これから提督と那智は裏山にトレッキングに行くのだ。

 

先日、那智が錬度99に達し、ケッコンした。

その記念に、裏山でいいから2人で登りたいと言われたのだが(最初は那智山の熊野古道(くまのこどう)を提案されて提督が断固拒否した)、出発前からこの有様だ。

 

「野次馬など気にするな。頂上でこれを食べるんだろ?」

玄関を出た那智が、後ろで落ち込んでいる提督に棒ラーメンの袋を振って見せる。

 

シャカシャカという乾麺の音に、提督が嬉しそうに那智についていく。

その様は、まるでドッグフードに釣られる犬のようだったと、後に目撃者の証言を青葉タイムズが報じている。

 

 

艦娘寮の裏山には、寮が温泉旅館だった頃に整備された、林道の散歩道がある。

 

雑木林の中を続く、なだらかな登りを15分ほど歩くと、小さな池と休憩所があり、道が登りと下りで二又に分かれる。

 

さらに登れば、標高300メートルちょっとの山頂まで続く、本格的なハイキングコースだ。

 

基本的にはゆるやかな傾斜で、四季の草花が顔を見せるのどかなコースだが、所々には獣道のような狭い悪路や急傾斜があるし、旅館時代と違って道が万全に整備されているわけでもない。

 

運動不足で平衡感覚が悪い提督にとっては、なかなかの大冒険だ。

 

「そこは泥濘(ぬかるみ)だ。ほら、手を貸してやる」

那智に手を引かれながら、恐る恐る次の岩場へと足をかけていく。

 

「うわっ」

突然、足元に出てきた大きな蛇に提督が驚いても……。

 

「貴様、こんなものが怖いのか? ただの青大将だぞ」

那智はまったく冷静だ。

 

「男前すぎて、危うく惚れそうになるよ」

提督が軽口を叩くが……。

 

「む? 聞き捨てならんな、貴様、私に惚れてないのか?」

「えっ? そういう意味じゃ……」

「なら、きちんと言葉にしてくれ」

 

「ええと……惚れて、ます」

 

それを聞くと、那智は提督を抱き寄せ、いきなりキスをした。

 

「ならいい」

唇を離して、微笑む那智。

 

提督は心の中で、どこぞのお笑い芸人のように「惚れてまうやろー!」と叫んでいた。

 

 

休憩所から山頂まで、1時間以上かけてやっと辿り着いた。

 

山頂といっても、より高い隣の山へと続く尾根伝いに開けた台地なので、けっこうな広さがあり、鎮守府全体のピクニックにも利用される。

 

提督は疲労困憊しているが、那智にはまったく疲れの色がない。

那智がザックを下ろし、キャンプの準備を始める。

 

「ほら、汗はちゃんと拭いておけ」

またもや男前なセリフとともに、まず提督にタオルを渡す。

 

超小型の折り畳み椅子とローテーブルを取り出し、座席を確保。

提督が持ってきた保温ボトルのお茶で一息つく。

 

一杯飲むと、すぐに軍手をはめてケロシン(灯油)ストーブの着火にかかる那智。

 

着火が簡単で、取り扱いも容易でコンパクトな、良いところだらけのガスカートリッジやガスボンベではなく、あえてのケロシンストーブ。

 

ケロシンストーブも、燃料が入手しやすくてランニングコストが安いが、そんなもの現代の日本においては微々たるメリットでしかない。

 

それでも、半世紀以上生産が続く真鍮製のアンティーク品を思わせる美しさと、“あえての一手間の苦労”が、わざわざ食事するためだけに山に行こうとするような物好きの心を揺り動かす。

 

このケロシンストーブも、最初は提督が学生時代に道楽で買ったものだ。

 

本当は一手間どころでなく、給油口のキャップを開けてタンクに燃料を入れ、バーナーヘッドを接続してレンチで締め、調節弁を緩めて、ヘッドの予熱カップにアルコールを入れて火をつけてプレヒート(予熱)、ヘッドが暖まってきたら調節弁を閉めて、ポンピングでタンクを加圧することにより灯油を送り込んで火勢を増してプレヒート続行、十分にヘッドが熱されたらさらにポンピングして火力を強めていく……。

 

と、クソ手間がかかるため、さすがに酔狂な提督も公園や河原で数回使っただけで、長年放置していた(アウトドアグッズは好きだが、山には登らないあたりがしょっぱい……)。

 

引越し荷物にまぎれて鎮守府に来ていたものを、押し入れから島風が引っ張り出してきて、駆逐艦娘たちにせがまれて使って見せたら、一部の大人艦娘たちが異常に食いついてきた。

 

今では鎮守府に100台以上あり、完全にガス式より優位に立っている。

 

 

ちなみに、花見のお供からバイクツーリング、トレッキングやキャンプ、本格登山まで、とりあえず何か一個携帯バーナーが欲しいなら、おすすめは定番であるプリムス社の「153ウルトラバーナー」だ。

 

小型で軽量、高火力、高耐久、風にも強く、組み立ても着火も超簡単。

スウェーデンの会社だが、日本ではイワタニと組んで合弁会社を設立しているので、カートリッジの入手にも困らない。

 

次点でおすすめなのは、新潟県三条市が世界に誇るスノーピーク社の「ギガパワーストーブ (Chi)」。

胸ポケットに入るほどの小ささ(タンクはコッヘルに入れられる)の大ヒット商品で、75.0gという驚きの軽さを達成している。

余談だが漫画「山と食欲と私」の主人公が使っているのがそれだ。

 

 

などと、寄り道するぐらいの時間をかけて、ようやく火力が安定するケロシンバーナー。

 

だが、それだけに“育てた火”とでも言うべき愛着がわく。

この感覚だけはワンタッチ着火の「153ウルトラバーナー」では絶対に味わえない。

 

那智がアルミの鍋をバーナーにかける。

2~3人用の1.6リットルの大鍋は荷物としてかさばるが、鍋の中にウォーターキャリーを入れ、水を運んできたりと工夫をしている。

 

お湯を沸かし、マルタイの棒ラーメン「醤油とんこつ味」を2人分一気に投入。

さらに、シャウ○ッセンを1袋丸ごと。

 

メーカー指定の茹で時間は、ともに3分。

 

提督が鍋を火から下ろし、那智はケロシンバーナーの火力を弱める(これまたちょっと一手間)。

 

スープの素と調味油を入れてかき混ぜると、山の上に漂うラーメンの匂い。

 

提督がポケットに入れてきた小タッパから、刻んでおいた青ねぎをふりかける。

無駄な皿や丼など持ってきていないので、そのまま鍋から直接食べる2人。

 

レンゲは一本しか持ってきていないので、スープは交代で飲む。

意外にあっさりとしながらも、コク深いスープ。

 

パキッとした歯応えでジューシーな肉の旨味が際立つシャウ○ッセン。

 

 

ラーメンを食べ終わったら、再び火力を上げたバーナーにフライパンをかけ、ツナ缶の油でごはんを炒める。

ごはんは、昨日の食堂の余りものの冷蔵品をタッパに詰めてきた。

 

ごはんをほぐしたら、ツナ缶と青ねぎを入れて炒め、これまた提督がポケットに入れてきたプラボトルから塩こしょうをふる。

 

最後にフライパンを火から下ろし、弁当用の醤油さしで、醤油をまわしかけて混ぜ合わせれば、簡単ツナチャーハンの出来上がりだ。

 

 

「うん、旨いな」

「こんな場所でこんなものが食べられるなんて贅沢だねぇ」

 

木々が風に揺れ、どこからともなく小鳥がさえずり、蝶が舞う。

眼下には湾の景色が一望できる。

 

「ほら、新妻らしく食べさせてやる」

那智がレンゲにすくったチャーハンを提督の口に運ぶ。

 

提督も、照れながらそれに応じるのだった。


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