艦娘寮の庭のしだれ桜の老木が、前日の雨に洗われ淡い紅色の花を輝かせていた。
今日はお花見。
鎮守府は普段の艦隊活動とは比べものにならない喧騒に包まれていた。
広い芝生の庭に大きなブルーシートを何枚も敷き、その上にクッション性のある厚手の断熱シートでお花見会場を作っていく。
「そこ、シートが飛ばされないように押さえておいて。今、ガムテープ持って行きます」
「ガキどもは重いもん運ばなくていいからな。テーブルなんか重巡以上に任せとけ」
鳥海と摩耶が、準備をしている艦娘たちの間を飛び回る。
「舞風さん、野分さん、ブランケットを配ってもらえる?」
香取と鹿島が寒さ対策に、たくさんのカラフルなブランケットを持ってくる。
「おーそーいー!」
「待ってよ島風ちゃん。っていうか、島風ちゃんもそれを羽織って!」
島風と夕張も毛布を持ってきていたが、島風は相変わらずの露出の多い格好だ。
本格的な寒さが去ったとはいえ、風が吹けばまだ肌寒い北方の鎮守府だ。
「神通、
「はい、姉さん」
「やだっ、夜戦バカが昼間からマトモなこと言ってる」
「阿武隈、名取、あなた達も駆逐の子達の服に気を使いなさいよ」
「あ、はい、長良姉さん」
こういう時は頼りになる軽巡組の長女たち。
「ぱんぱかぱーん! 鳳翔さんから煮卵が届いたわよっ!」
「瑞鳳の玉子焼きも食べる?」
「隼鷹、クーラーボックス運ぶの手伝って」
「さすが長門、ビールケース3つでも余裕ネ!」
大量の飲み物と食べ物も運ばれてくる。
「しおいさん、このオレンジジュースは酒入り?」
「赤いシールが貼ってあるのはウォッカ、黒には焼酎が入ってるよ」
「イヨちゃん、飲み過ぎは……ダメだからね」
いちいち割る手間がかからないよう、ジュースやお茶のペットボトルに、あらかじめアルコールを混ぜたものを用意してある。
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あらかた準備を済ませ、ようやく落ち着いたのは正午を過ぎた頃だった。
「うーんと……まあ、いつもお疲れ様、今日は楽しんでね。乾杯」
提督のしまらない乾杯の合図で、宴会が開始される。
茨城県産の春ピーマンを使った、炒めポン酢のかつお節がけ。
「春……桜、か…なに、綺麗なものだな」
「武蔵さーん、これ夕雲姉さんたちと作ったんだよ♪」
武蔵の背中に抱きついて甘える清霜。
みんなの憧れ、戦艦のお姉さんたちの周りには、駆逐艦娘たちが集まってくる。
「うん、美味しい。そう、藤波も手伝ったの。偉いわね」
「いっひひっ」
大和に頭を撫でられ、藤波が顔をほころばせる。
ちくわの穴に、チーズやきゅうりを詰めて輪切りにしたおつまみも、乾杯のビールの供に。
「羽黒、新しいビールお願い」
「はい、足柄姉さん」
「私はそろそろダルマにしようかな」
「割りもの用の氷はそっちのクーラーボックスよ」
大量の酒瓶を備蓄した重巡組の陣地。
今はまだ後半戦に備えて、まだ大人しく飲んでいるが……。
イカとセロリの塩炒めも、ビールの苦みと絶妙な組み合わせだ。
「いやー、今月のほっぽちゃん退治も苦労したよねぇ」
「瑞鶴さん、ほっぽちゃんの『カエレ』で大破して、ほぼ全裸にさせられてましたよね」
苦労話に話を咲かせる、瑞鶴と葛城。
イタリア艦娘が作った、タコやマグロ、ホタテなど数種類のカルパッチョ。
「あらあら、桜もだけど、これも綺麗ね」
「リベもいっぱい食べて、大きくなろっと」
陸奥と一緒の毛布にスッポリくるまれているリベッチオ。
ドイツ艦娘が作った、ソーセージをカリカリに炒め、カレー粉とケチャップをあえたカレーヴルスト。
「提督、僕のカレーヴルストどうかな?」
「うん、美味しいよ」
レーベが提督にソーセージを食べさせるのを見て……。
「閃いたっ! いやぁ、はかどるわ~♪」
「はわわわわぅ!? 生やすな、このバカ雲!」
邪な笑みを浮かべてネタ帳にデッサンを書き込む秋雲の頭を、顔を真っ赤にした巻雲が殴りつける。
鶏ささみ肉の大葉とチーズ挟み焼き。
定番の、アスパラのベーコン巻き。
「阿賀野姉、どうどう」
「ここで大食いしたら水の泡よ。ケッコンまで、あと3~4出撃しかないんだからね」
「う、うぅー……」
「ぴゃー、美味しい!」
目刺しの塩焼きに、ほこほこのホウボウの干物、味がのったサバのみりん干し。
「春は、春風の春。風が気持ちいいですね」
「ちょ、ちょっと、春風! 何、司令官のこと膝枕してるのよ!?」
「あは、姉貴、嫉妬してる」
「もう! 朝風、松風、こんな時までケンカしないの!」
「ほーら、龍驤さん特製の串揚げやでー。1本100万円」
「なんでやねん!」
龍驤と黒潮が、厨房で揚げた串揚げの山をトレイにのせて現われる。
他にも、鶏唐揚げにタコ唐揚げ、コーンクリームコロッケ、金剛とウォースパイト合作のフィッシュ&チップスなど、揚げ物も充実している。
「赤城さん、ソースをたっぷりつけるのね」
「ソースは飲み物ですから♪」
耳を落とした薄切りの食パンに具材を乗せ、そのまま食品ラップフィルムで巻き上げた簡単ロールサンド。
「オハーナミー、気に入ったわ! 」
「Polaもオハーナミー、とってもとぉっても楽しみにしてたんですぅ。飲みホーダイ最高でーす」
「オイゲン、オハーナミーって言ったら笑われたわよ!? セッツブーンの時といい、また何か間違ってない?」
「えええっ、そんなハズは……ない、です?」
「こ、これは……何?」
「ピッツァ……なの……?」
「パンは苦手だけど、これは美味しくてビールに合うわ」
イタリアとローマが眉をひそめ、サラトガは美味しそうに食べている、サラミ、ベーコン、ピーマン、コーンが具材で、ケチャップたっぷりのピザトースト。
じゃこやゆかり、刻み沢庵など、様々な具と混ぜ合わせたご飯を握った、ミニおにぎり。
「明石さん、いつも修理……ありがとうございます」
「潮ちゃん、ありがとう」
「あの、翔鶴さん。このおにぎり……朧がにぎりました。美味しいと思います。多分」
体が冷えてきたところに、温かい干しダラと大根の卵スープ。
「鳳翔さん、味どうですか?」
「ええ、とっても美味しいわよ」
「やったね♪」
今日は鳳翔を休ませようと、代わりに厨房でスープを作っていた飛龍と蒼龍。
鳳翔から味のお墨付きをもらって大満足だ。
桜葉と色素で染めた桜色の餡を使ったワッフルに、ホイップクリーム入りのどら焼き。
スイーツもたくさん準備されている。
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風が出てきて気温が下がりつつある中、あちこちに出来ていた毛布の固まりが、中央に寄り始めていた。
みんな、毛布でくるまった簡易テントの中で飲食や会話を楽しんでいる。
「燃えるゴミはここ、プラ系や発泡スチロールはここクマ」
「瓶はこっち、缶はあっちにゃ」
後片付けの準備も、一部で始まっている。
「ちょっと、お邪魔するよ」
提督が、最上と敷波の毛布にもぐりこむ。
「提督は寂しがり屋だなぁ」
「へっ? いいのかよ、あたしとか構ってもさ。なんも出ないよ?」
この後、さらに日が傾いて来れば、あまり酒を飲まない艦娘たちは寮に引き上げていく。
そして、飲兵衛たちの宴、修羅場の後半戦が始まるのだが……。
「うん、ごめんね……おやすみさせて」
「……別に、い、嫌じゃないけどさ」
提督は敷波の太ももに頭をのせながら、しばしの眠りにつくのだった。
鎮守府のお花見2017の1という題名で『変な題名ですが、飲兵衛にとっては「桜なんて口実です。偉い人にはそれが……」なので、お花見は鎮守府全体でないにしろ椿やら梅で繰り返される予定です。』という前書きを入れてましたが、分かりやすく【桜】に変更しました。
桜の花見って、個人的には天候に恵まれたことが少ないです……。