ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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那珂とニシンの塩焼き

いったん落ち込んでいた気温が戻り、春の気配が色濃くなってきた昼下がり。

 

今日は那珂の率いる第四水雷戦隊による、長ネギの種まきの日。

と言っても、畑に来ているわけではない。

 

春の大規模作戦に備えて備蓄に入っているとはいえ、まだまだ空きに余裕のある、元は水産物の冷凍倉庫だった資源倉庫の中。

 

セルトレイという、格子状に穴が連なっている樹脂製の容器に種をまく。

発芽するまでは日陰で土の乾燥を避けながら、発芽してから苗として十分な草丈になるまでは日に当てつつも雨が降ったら屋内に退避させながら育てるのだ。

 

セルトレイの穴に、二水戦からもらった元肥え入りの腐葉土を入れ、指先で各穴をつつき、まき穴を作る。

各まき穴に種を2~3粒まき、湿った腐葉土でおおい、表面を手で軽く押さえて平らにする。

 

まずは那珂が見本として、朝雲と山雲、手伝いに来てくれた秋月とともに、1つ目のセルトレイの種まきを行った。

 

今回用意したセルトレイは、10×20の200穴のもの。

これを20トレイ用意し、10トレイずつ別の種をまく。

 

品種は宮ジイのすすめにより、病気に強いというホワイトタイガーと、折れにくく育てやすいという夏扇3号という、メジャーで初心者向けなものを選んだ。

 

18トレイ分、3600本の苗を植え付け予定で、2トレイ分は予備としている。

 

「丈夫に育ちますように」と願いながら、タネをまいては腐葉土で覆っていく。

 

「あー、そんな一穴ずつやってたんじゃ時間かかるにゃ」

ところが、作業を見に来ていた多摩が口を挟む。

 

ツンツンツンツンッと、手首にスナップを効かせてセルを連続で突っつき、まき穴をどんどん開けていく。

 

「全部穴を空けてから端から種をまいてって、一気に土をかぶせれば早いにゃ。土をならす時は、上から空っぽのセルトレイで押すと簡単にゃ」

「う、うん。ありがとう、多摩ちゃん」

 

「ネギはまだまだ収穫まで先が長いから、気負いすぎず頑張るにゃ」

そう忠告すると、猫のように大きくのびをしながら、倉庫を出て行く多摩。

 

「多摩さんて、たまに貫禄がすごいよな……」

嵐がボツリとつぶやく。

 

 

その後の種まきはスムーズに進んだ。

 

多摩に教えられたように、どんどんまき穴を作っていく駆逐艦娘たち。

腐葉土の入ったフワフワの土をつつくと、感触が何だか気持ちいいのでクセになる。

 

「あっ、4粒入った……1粒取らなきゃ」

「のわっち、神経質すぎ」

「おらおら、早くまき終わらないと土かぶせちゃうぞぉ」

「もうっ、嵐はふざけないの!」

 

「ふふ、元気にやってますね。美味しいネギ、期待してますよ」

第四駆逐隊の野分、舞風、嵐、萩風が種をまいているのを、赤城が覗き込んだ。

 

「赤城さん! と、あれ? 満潮も見に来たの?」

赤城に抱きついた舞風が、その後ろにいる満潮に気付いて声をかける。

 

「これから赤城さんと出撃だけど、まだ時間あるから……ちょっと、様子見てこうかって」

モジモジと小声で言う満潮。

 

「満潮姉さ~ん♪」

「うもぅ、心配して見に来なくてもいいのに」

「だ、誰も心配なんかしてないわよっ!」

妹の朝雲と山雲に見つかり、声を荒げる満潮だった。

 

 

「きらりーん☆ 阿賀野、南方海域より戻りましたっ!」

 

赤城たちと入れ替わりで倉庫に現れたのは阿賀野。

小破しているらしく、艤装や服が所々痛んでいて、入渠待ちらしい。

 

「那珂ちゃん、畑仕事手伝うから阿賀野にも、絶対絶対に声かけてね」

「え、あ、うん……ありが……、ありがとーー♪」

突然、阿賀野に手をつかまれて真剣に言われ、思わず素になりかける那珂ちゃん。

 

「あのね、少し……すこぉ~しダイエットするまで、ケッコンは待ってて欲しかったんだけどぉ。提督ったら待ちきれないみたいで、今日も旗艦にされちゃった♪」

阿賀野がクネクネしながら惚気るが……。

 

(あー、南方の水上打撃部隊任務、本部の指示で軽巡1が必須だし、潜水艦が出るもんね……)

那珂は冷静に思う。

 

ここの提督は装備の変更指示を面倒がってあまりしないので、一度対潜装備を付けられた軽巡はしばらく対潜任務にばかり駆り出されるのは、よくあることである。

 

「提督のために早くダイエット成功させなきゃ♪ 畑も呼ばれたらバンバン働くから、阿賀野に期待しててね! えへへっ」

「きゃはっ♪ 阿賀野ちゃんたら、ごきげェん!」

 

 

種をまき終わった20のセルトレイを、ヒーターと換気扇内臓の育苗棚に収め、保温のためのビニール扉を閉じていく。

 

「作業しゅーりょー! みんな~、おつかれさまぁ!」

那珂は(主に阿賀野のハイテンションに合わせていたせいで)疲れ切りながらも、種まきの作業を完了させた。

 

「それじゃあ、みんなでお風呂にレッツ・ゴー! 川内ちゃんの第三水雷戦隊が、畑にジャガイモの植え付けに行ってるから、早くしないと混んじゃうよぉ!」

 

疲れてもキャラを守り通す、那珂のプロ根性だった。

 

 

寮の大浴場で汗と汚れを落とし、大食堂へ。

 

空いてるテーブルに陣取ると駆逐艦娘たちが、ご飯のおひつ、水やお茶をもらいに手分けして散る。

那珂も、お茶碗と味噌汁、漬け物、小鉢がのったトレイを人数分用意するのを手伝う。

 

「うーん、おかずはのってないんだぁ?」

 

「那珂ちゃんさん、今日はニシンの塩焼きだってさ。焼きあがったら出すから、これでつないでてくれって」

江風と山風が、大皿に盛られたがんもの煮物をもらってくる。

 

みんなのお茶碗にご飯を山盛りでよそい……。

 

「それじゃあ、第四水雷戦隊。いただきます」

「「いただきます!!」」

 

コクがたっぷりの熱々なシジミの味噌汁に、ほかほかのご飯。

あっさりした大根ときゅうりの浅漬けに、小鉢には苦味の効いたほうれん草のおひたし。

 

上品な甘さの煮物のタレをご飯にからめ、ふんわりしたがんもと一緒に口に運んでいくと、大盛りにしたお茶碗がもう残り少なくなっている。

 

「セル穴から何本も芽が生えてきたらどうするのかな?」

「丈夫そうな1本を残して、他は間引くんだって」

「えー、なんか可哀想っぽい」

 

「那珂ちゃんさん、苗を畑に移すのはいつ頃なんですか?」

 

「うーん……今年のお天気によるけど、6……ううん、7月……でーす♪」

海風の問いに、思わず素で考えてしまい、笑顔とキャラ作りを忘れそうになった。

 

「お待たせー、まずは8皿ね」

ちょうどタイミングよく、厨房を手伝っている由良が、ニシンの塩焼きをワゴンにのせて持ってきてくれた。

 

大きな瀬戸焼の長角皿から、頭と尾がはみ出るほど立派なニシン。

脇には、玉子焼きと大根おろし、みょうがたけが添えられている。

 

ニシンも2~4月によく獲れる春告げ魚の一種だが、北海道の漁師は、ニシン漁に適した雲が低く垂れこめたどんよりとした空模様を「鰊曇り(にしんぐもり)」と呼び歓迎するそうだ。

 

まだジュウジュウと音を立てるこんがりした皮に、パリッと箸を入れる。

小骨は多いが、身がギッシリと詰まっていて食べ応えがあるニシン。

身は柔らかくふっくらな食感で、脂がのりながらもくどさがない。

 

そして、お腹を割れば、プリプリッとした火の通った白い数の子。

 

「いよっ、那珂ちゃん、アタリだねっ。ちょっとばかし分けてくれよ」

「いいよ、代わりに白子も少しちょうだいね」

 

産卵期のニシンを食べるときの特典。

メスには卵である数の子、オスには精巣である白子が入っている。

 

涼風に数の子をあげ、お返しに白子をご飯にかけてもらう。

ねっとりとクリーミーで、濃厚な白子もたまらない。

 

「ほら、山風、こうやってほぐしてみなさい」

「う……ん……」

隣では、海風が山風に小骨のよけ方を教えている。

 

「夕立姉、後でガイスターやろうぜ」

「江風には負けないっぽい」

江風と夕立は、すでに夕食後の遊びの相談。

 

「春雨ちゃん、おかわりよそってくれる?」

 

充実感を感じながら、那珂はお茶碗を春雨に差し出すのだった。




多摩がドロップして、語尾が「ニャ」じゃなく「にゃ」なことに気付きました。

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