提督が
鎮守府の艦娘寮では戦艦組によって、露天風呂作りの計画が行われていた。
大部屋に集まった艦娘たちが、思い思いの理想の露天風呂のデザインを描いている。
「提督と入る温泉を考えさせられるなんて……はぁ、不幸だわ……うふふ、ふふふふ……」
不幸だ、不幸だ、と連呼しながら、妙なニタニタ笑いを浮かべてコタツの上のデザイン画にペンを走らせる山城。
「不幸だわ……ここをこうすれば……ふふっ」
招聘された特注家具職人さんがコタツによじ登り、山城を不気味がりながらも図を確認して……。
「あら? 家具職人さん、どうしたの?」
激しくかぶりを振る特注家具職人さんに、隣の扶桑が尋ねる。
特注家具職人さんが扶桑に向けて必死に腕をバタバタさせ「倒れる! 倒れる!」とアピールする。
山城のデザイン、それは自身が艦だった時の大改装後の艦橋のように、前のめりに傾斜した14層の巨塔がそびえ建っているものだった。
扶桑のようにジェンガじゃないだけマシだが……こんな塔の上の露天風呂、怖くて誰も入りたくない。
「却下だ! 誰がピサの斜塔を建てろと言った!」
「ひどいこと言うのね……不幸だわ」
見回りに来た責任者の長門に叱られ、不幸アピール全開になる山城。
「ふふ……どうかな?」
自信満々に自分のデザイン画を披露する伊勢。
「まあ……悪くないな」
「伊勢、日向には負けたくないの……」
まんざらでもない顔をする日向と、対抗心を燃やして鬱陶しい嫉妬のオーラを振りまく扶桑。
扶桑の肩では、特注家具職人さんが、腕を大きくバッテンさせている。
「どれどれ?」
長門も、伊勢のデザインに目を通し……。
「却下だっ! お前、寮を押し潰す気か!」
すでに四階建てに達している木造の寮。
その屋根の半分が、伊勢型の航空甲板のような形の屋上にされており、そこに広がる大パノラマ風呂。
「これならロクマルも積め……」
「積むな!」
「批判はダメよ、長門、特注家具職人さん。自由奔放に考えてもらって、たくさんのアイデアを出すためにやってるんだから」
陸奥が長門と特注家具職人さんをたしなめる。
自由に制限なく沢山のアイデアを集めることで、発想の連鎖を生み出し発展させていく、ブレインストーミングという手法だ。
アイデア出しの最中には、自由な発想を阻むような批判や結論付けをしないのがルールの一つだ。
「む、そうだったな……すまん、山城、伊勢」
長門と特注家具職人さんが頭を下げる。
「ところで長門のは?」
長門が描いていたデザイン画を覗く陸奥。
「これは……温泉が妖怪の群れに襲撃されてるの?」
「何を言う! 壁一面に動物が描かれてるのが分からないのか?」
長門に絵心が無さすぎて、まったく分からなかった。
「比叡お姉さま、それは樽のお風呂ですか?」
金剛四姉妹もコタツを囲んでいたが、比叡のデザインが気になった霧島が声をかける。
「そうよ、霧島。提督と熱海鎮守府に出張に行ったとき、泊まったホテルの部屋に檜の樽の露天風呂が付いてて……」
「ヘーイ、比叡? その話、初耳デース!」
「比叡お姉さま、詳しく! 榛名にも詳しくお聞かせくださいっ!」
血相を変えた金剛と榛名が、比叡に詰め寄る。
「ご飯は? その時は2人だけで何を食べたんですか!?」
「ひえー!」
突然沸いて出た赤城が比叡の腕をがっちり掴み、比叡が悲鳴を上げる。
今回、こういう不公平への不満を和らげるために、数人一緒に提督と入れる家族用の露天風呂を新たに作ろうという計画が持ち上がったのだ。
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昼食は休日で大食堂がやっていないので、比叡による手作り。
使うのは3食パックのチルド焼きそばの大定番「○ルちゃん焼そば」だ(カップ焼きそばの「焼そばバゴ○ーン」も含めて、○ルちゃんの焼きそば商品は「やきそば○当」を除いて全て「焼そば」と表記されている)。
比叡は独自のアレンジを加えて酷い味の料理を作ることに定評があるが、「○ルちゃん焼そば」だけは失敗しない。
比叡に余計な手出しをさせないほど完成度の高い、王者の貫録を持つ、粉末のソースの素。
具は、豚のコマ切れ肉と、もやし、ザク切りキャベツのみ。
かんすいが多く使われた黄色っぽいチルド麺は、もちもちとした独特の食感。
甘じょっぱい、濃い味付けで香りの強い粉末ソースが、野菜から出た水気を吸って溶けながら麺とよく絡む。
焼きそばを食べながら、露天風呂のイメージをまとめていく。
「山城や伊勢の天空の露天風呂ってアイデアはいいわね」
焼きそばをすすりながら、陸奥が言う。
「ここなど、どうだろう?」
日向が、寮と裏山の地形図の一点を指す。
もともと旅館だった艦娘寮は、津波の被害を多く受けてきたこの地方の知恵として、港より一段高い山裾に建てられていた。
だから本館の1階でも、海抜からの換算ではマンション5階分ほどの高さがある。
さらに大食堂がある別館は、軍艦の背負式砲塔のように、裏手のより高い高台に建てられていて、別館の1階は本館の3階と同じ高さだ。
その別館の2~3階の部分と同じ高さの斜面に、家が一軒建つぐらいの平地がある。
海抜からの換算では8~9階ほどの高さにも相当するから、眺めもバッチリだ。
「別館の2階から渡り廊下をかけて、ここに階段を作れそうですか?」
霧島が特注家具職人さんに尋ねると、チッチッチッと家具職人さんが否定し、ペンを持って白紙の上を走り回り、スケッチを描き始めた。
別館の2階から、稜線に沿って緩やかに登っていく屋根付きの渡り廊下の先には、本館と造りを似せた古民家風の休憩所と、樹木や庭石が配された坪庭。
木々の中には、4本の柱に支えられた切妻屋根があり、そこに檜の大樽風呂。
休憩所の中には、8畳の和室にトイレ、板敷きの脱衣所と小さな内風呂、温泉を汲み上げるポンプと、お湯を温め直すボイラーが置かれている。
「胸が熱くなるな」
「帰ってきたら提督、ビックリしちゃうかな?」
「機械のことは、明石と夕張も呼んで相談しましょうか」
俄然、具体的になってきた露天風呂計画。
提督不在のまま、実行まで秒読みとなっていくのだった。