ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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北上と露店のたこ焼き

ここの鎮守府も参加している、この地域独特の露天市、互市(たがいち)

その2日目の売り子役は、北上だった。

 

「本当だって、おばちゃん。このスプーンすごく食べやすくて、これでカレー食べると美味しいからさあ。あ、買ってくれる? ありがとね」

 

年上相手にも気さくな北上は、けっこう売り子に向いていた。

 

「おじいちゃん、北上様とかって拝むのはやめてよぉ」

 

この県内には北上の名前の由来となった北上川が流れている。

流域の穀倉地帯を潤して豊かな恵みを与えつつ、時には水害や水不足で人々を苦しめてきたその大河は、この地の生活や歴史と切り離せない存在となっている。

 

その縁で北上は地元民からの知名度というか親密度が高く、ここの北上が大規模作戦で活躍すると、地元新聞の一面は、広島カープが勝った翌日の中国新聞のような状態になるし、地元のテレビやラジオにも何度も呼ばれている(那珂ちゃんェ……)。

 

年配者が多く、賑やかながらも、のんびりした雰囲気が漂う、細い大通りを歩行者天国にして行われている、こじんまりとした市場。

 

無地の白いセーターの上に袢纏(はんてん)を羽織った北上は、ゆるく接客しながら妙に地元に馴染んでいる。

 

「え、これくれるの? まいったなぁ。ありがと、おじちゃん」

 

大葉の苗木とか、山菜、干物、昆布茶、ほろほろ漬けなど、渋い物をプレゼントされることが多い。

 

「おじいちゃーん……まあ…これは……そう、まあ…そうねぇ……」

木工職人の老人から、手作りの贈り物を渡されて困惑する北上。

 

市内の山に鎮座する子宝祈願で有名な神社の、男根を模した御神体をかたどった、木彫りのお守りだ。

 

「あんちゃんこ、いっつもかっつも夜よっだぐれておったら、おぼっこさなさねぇぞ」

 

提督も老人に「いつも夜酔っ払ってばかりいたら、赤ちゃんはできないぞ」と、「アッ、ハイ」としか答えようのないお叱りを受ける。

 

 

そういう御神体を祀る神社や、子授け信仰を集めている道祖神が県内には多数ある。

 

ケッコン記事が出た後などたまに、普通の子宝・安産のお守りに混じって、キーホルダー化された指先ぐらいの小さなものから、身長を超えるような立派なものまで、鎮守府に贈られてくることがある。

 

今回のは、こけしサイズなだけ置き場所に困らないで助かる……御神体ということで、無碍にも捨てられないし。

 

 

「でもねぇ……私、母親とか絶対向いてないじゃん? こういうのはさ、昨日の榛名とか、明日来る千歳が貰えばいいんだよ」

 

老人が去った後、指でつんつん、と“お守り”をつつく北上。

 

「そうかなぁ。駆逐艦からも大人気だし、意外といいお母さんになるかも」

「えー、駆逐艦ウザイ……ってか、提督は私に子供産んで欲しいわけ?」

 

「え!?」

いきなり直球な質問をされ、提督が返答に詰まる。

 

「…………」

「…………」

いきなり訪れる沈黙。

 

「あ、あー、困ってやんの♪」

北上も自分の質問を後悔したのか、笑いながら茶化して幕引きを図る。

 

「…………」

「…………」

再びの沈黙。

 

「何か買ってこようか」

恥ずかしくて間が持たないので、提督は食べ物の露店を回りに行った。

 

 

大井がいたなら「そういうヘタレな所がダメなのよ!」と激怒すること間違いなしだが、とりあえず提督が、たこ焼きを1パック買って戻る。

 

「いいねぇ、しびれるねえ! ありがとね♪」

透明なプラスチックに入った、ソースにマヨネーズ、かつおぶし、青のりのかかった、何の変哲もない露店のたこ焼きだが、北上は喜んでくれる。

 

「はふはぅ……あつっ」

外はそれなりにカリッと、中は少しトロリ。

 

良くも悪くも期待を裏切らない平凡な味だが、さすが漁師も訪れる市だけあってタコはしっかり一個に一つ入っていて、味が濃い。

 

何より、熱々を外で食べるソース味のたこ焼きは、何だか胸がワクワクする。

 

「ほれ、提督も。あーん……」

北上が不意に、たこ焼きを刺した串を提督の方に向けてくる。

 

「……って、提督ぅ、照れないでよぉ。こっちも……照れる、じゃん? それに、お客さんも遠慮して待ってるよ?」

 

周囲からの生温かい視線を感じながらも、照れを振り払い、たこ焼きを食べさせてもらう。

 

「熱っ……つ」

ポイと提督の口にたこ焼きを放り込むと、北上は待っていたお客さんの接客に戻る。

 

「はーい、お待たせ、間宮羊羹2本ね? うーん、晴れて良かったよねぇ」

 

 

日が傾いて市が終わる時間となり、片づけをする提督と北上。

 

「提督と会って、もうすぐ4年なんだねぇ」

北上がボツリと言った。

 

「うん、そうだね。長かったような、あっという間だったような」

 

「ほらさ、私って……鳳翔さんみたいな落ち着きとか、榛名とか翔鶴みたいな可愛げとか……あと、千歳や鹿島みたいなお色気もないじゃん?」

 

貰い物をダンボール箱に仕舞いながら、北上が続ける。

 

「でも、一応は私も嫁として、提督の……」

 

ちょうどそこで、老人に貰った“お守り”を手にしていた北上。

 

「あっ! いや、今のナシ! てか、もう、そういう話じゃなくってさぁ!」

 

赤面し、慌てて“お守り”をダンボールの奥に乱暴に投げ込む。

 

「うっ」

御神体をかたどったものだから罰当たりとか以前に、形が“アレ”なので、箱の奥でゴンッとか音を立てられると、男である提督は思わず身がすくんでしまう。

 

そんな提督をよそに、北上はさっさと残りの貰い物を詰め込み、ダンボール箱を持って軽トラへと歩き出した。

 

残った商品を仕舞いこんだ提督も、急いで北上の後を追う。

 

「戦艦や空母みたいなことはできなくてもね……」

軽トラの直前で提督が追いつくと、待っていたように北上が言葉を再開した。

 

「戦艦水鬼でも空母水鬼でも夜戦でやっつけちゃうしさ!」

 

北上はそう言うと、ダンボール箱を軽トラの荷台に押し込み、“由緒正しき雷巡のポーズ”を決める。

 

「提督が困ったら……ね、いつでもスーパー北上様を呼んでよ。多分、何とかしたげるから」

 

笑いながら立ち上がり、軽トラの助手席に乗り込む北上。

提督も運転席に座り、左の助手席の北上を見ると……。

 

露店のパイプ椅子に座っていたときと並び位置が変わったことで、北上の唇のすぐ右に、ソースがついているのを見つけた。

 

「んぉー? 何ぃ~? 提督…………」

 

提督と北上の顔が重なる。

甘辛いソースの味がするキス。

 

「……っ、もう何なのさぁ……いいけどさぁ」


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