その夜、鳳翔さんの居酒屋は賑やかだった。
「妙高姉さんと高雄に続いて、古鷹のケッコンにカンパーイ」
「カンパーイ!」
足柄の音頭で、乾杯する艦娘たち。
提督は姉妹艦を均等にレベリングする癖があり、特にザラとポーラを除く重巡洋艦娘の場合は全員が錬度98で横並びになっていた。
そのため、摩耶とプリンツ・オイゲンとケッコンして以来、ここのところ立て続けにケッコンが続いている。
「フルターカ、やったね! ザラからもお祝いさせて。おめでと♪」
「テイトクー、ポーラとザラ姉様のこともちゃんと一生養ってくださ~い」
「次は吾輩と筑摩の番なのじゃ」
「ちょっと待ってよ、そこはボクでしょ?」
「あの、提督さん、練習巡洋艦の育成計画はどうなってますか?」
「秋津洲も、もっと出撃させて欲しいかも!」
酒が入り、賑やかさが加速する。
「おうおう、今夜はお熱い夜戦かい?」
ドバシッ!
下品なセリフとともに、卑猥なハンドサインを作って古鷹と提督に絡もうとする隼鷹の頭を、横から飛鷹が手加減無しでブッ叩く。
「はい、皆さん。アイナメの煮つけですよ」
グリリッ
「あイタタタタタタッ!」
大皿料理を運んできた鳳翔が、ついでに隼鷹の足を踏んでいく。
喧騒から少し離れたテーブルでは、阿賀野型の四姉妹が料理をつついている。
「このカサゴの唐揚げ、美味しいっ」
「ぴゅー♪」
そこには、いい食べっぷりの長女と四女を、冷たい視線で見る次女と三女がいた。
「酒匂はいいけど……阿賀野姉、自分の置かれた立場が分かってるの?」
能代が重い声で問いかける。
「へ!?」
「分かってないみたいね。阿賀野姉も錬度98、もうすぐケッコンなのよ?」
やれやれと頭を振りながら、矢矧がさらに続ける。
「そうだよ、もうすぐ! その時は、みんなもいっぱいお祝いしてね!」
「ぴゃーあ!」
ヘラヘラ笑う阿賀野と、歓声をあげる酒匂。
「……球磨型から川内型まで、日本海軍には水雷戦隊旗艦として傑作といえる5500トン級軽巡がいました」
「え?」
「しかし、対米英戦が迫る中、すでに旧式化していた5500トン級軽巡に代わる、より大型で重武装、重装甲の水雷戦隊旗艦が求められ、私たち6650トン級の阿賀野型が生まれたのよ」
「ヒュゥ! やったぁ♪」
「それがどうかしたの?」
突然、自分たちの艦としてのルーツを語りだす妹達に、阿賀野がキョトンとする。
チッ、と舌打ちを一つし、矢矧はこの察しの悪い長女に対して、オブラートに包んで言うのを諦めた。
「その軽巡離れしたボディ、今からダイエットが間に合うのか、って聞いてるのよ」
「ダイエット? 阿賀野に、そんなの必要ないし。まだ慌てるような……」
「慌ててよ! そのお腹、どう見てもプニプニが育ってきてるでしょ、阿賀野姉!」
能代が、阿賀野のお腹をつまみにかかる。
「私も、長門さんと大和から真顔で、阿賀野姉が妊娠してるんなら特例でケッコンを早めるから急いで申告させろ、って言われたときは恥ずかしくて死にそうだったわよ」
「そんなこと言われてたの!?」
「ぴゃあ? 阿賀野お姉ちゃん、赤ちゃんできたの?」
阿賀野はスレンダーな酒匂から目をそらし……。
「さ、酒匂はともかく……能代や矢矧とは大して変わりは……ぅっ」
自分と、あらためて妹達の身体を見比べていた阿賀野の声が詰まる。
「どうして? 同型艦だし、食べてる量もそんなに変わらないのにっ!」
「阿賀野姉は非番の時はグータラして、私たちより圧倒的に動いてないでしょう」
「しかも、その間にポテチやバゴ○ーンを間食してるし」
「ともかく、ケッコン時に“デキ婚”だとか噂されたら、姉妹艦の縁を切るからね」
「それがいいわね、能代姉。能代型って呼び方、私も嫌いじゃないわ」
「えーと……酒匂は阿賀野型? 能代型? どっち?」
「能代、矢矧、酒匂、見捨てちゃイヤ~!」
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朝の大食堂。
基本的にどの席に座るかは自由だが、朝一から出撃予定の艦隊のメンバーだけはミーティングを兼ねて、最前列のテーブルに集まることになっている。
阿賀野、三隈、秋月、サラトガ、隼鷹、藤波。
カレー洋で錬度上げと新入りの藤波の育成を行いつつ、空母や補給艦の撃沈ノルマを稼ごうという、ルーティンワーク的な出撃編成だ。
「阿賀野、今日の旗艦は、藤波ちゃんに譲ろうと思います」
旗艦を任されていた阿賀野が、いきなり告げる。
「え!? 待ってください、藤波、まだ改になったばっかりで……」
「もちろん、旗艦の仕事を体験してもらうためで、実質的な指揮や撤退の判断、サポートはするから。お願い、助けると思って! くまりんこもOKだよね?」
ダイエット成功までケッコンを保留しようと、錬度評価の計算が1.5倍になってしまう旗艦を避けたい阿賀野は必死だ。
「三隈は別に構いませんけど……サラトガさんと、隼鷹さんはどう思います?」
「Practice makes perfect.(習うより慣れろ)。サラもGood ideaだと思います」
「あー……気持ち悪ぃ……何でもいいよ」
「秋月ちゃんもいいよね?」
「はい。藤波、防空は秋月に任せてください」
「あ、ありがとう……」
朝食は、
炒めて水気を飛ばしてから
凝縮した旨味と燻煙が香ばしい牡蠣の濃厚さに負けない、鶏と干し貝柱でダシをとった深い味の染み渡っている米粥。
おかずは、青梗菜の炒め物と、大根の中華風漬物。
「あれ、阿賀野さん、もやしの卵炒めとシュウマイは?」
「いいの、阿賀野はこれだけでいいの。何なら、秋月ちゃんが食べて。ピーナッツゼリーは藤波ちゃんにあげるね!」
雨が降った翌日には、まだ肌寒さが残る朝。
じんわりと身体を温める、クリーミーな熱いお粥。
味の詰まった燻製牡蠣と、青梗菜そのものの味が生かされた薄味の炒め物、ピリ辛でポリポリの食感の漬け物。
量を減らす分、一口ずつしっかりと味わいながら……。
(ちょっとだけ待っててね、提督さん。阿賀野の洗練された体……今度はゼッタイ本領発揮しちゃうからね)