「あっさりーしっじみーはーまぐーりさーん♪」
鎮守府の農地の一角、農具小屋の脇。
吹雪が珍妙な歌を歌いながら、貝殻をトンカチで叩いている。
深雪がハンマーで叩いて乾燥させた貝殻を砕き、その破片を吹雪がトンカチでさらに細かく割り、白雪と初雪がすりこぎですり潰していく。
ちなみに、叩いている貝はカキとホタテで、吹雪の歌詞の貝は使用していない。
「これを畑にまくの?」
吹雪たちの作業を見学していた那珂が質問する。
「はい、磯波ちゃんと浦波ちゃんが作ってる、にがりと10対1で混ぜて」
「私たちのジャガイモは酸性の土壌でも育つんですけど、那珂さんたちのネギは、土が中性に近くないといけないんです」
雨が多い日本では、土の中のカルシウムやマグネシウムが流失し、土が酸性に傾きやすい。
野菜が育ちやすい土壌濃度になるよう、こうしてアルカリ性の有機石灰を作り、中和させてやることも必要になってくる。
磯波と浦波が海水を煮詰めて作ってるにがりも、マグネシウムの補給になる。
「ごめんね、手伝ってもらっちゃって」
「いえ、気にしないでください」
「お礼は……間宮さんのアイスで」
「もうっ、初雪ちゃん!」
「いいよいいよ、アイスぐらい那珂ちゃんがおごっちゃう♪」
那珂の率いる第四水雷戦隊は、土起こし器という巨大フォークに持ち手がついたような農具を使って、土の掘り返しを行っている。
下の土が上になるように掘り返し、小石や雑草、木切れなどを拾い、水や空気、養分をしっかり蓄えられる粒状の土になるように砕いていく。
よく耕された土の層が深ければ深いほど、植物の根はよく伸びてくれる。
那珂は吹雪たちにお礼を言うと、農具小屋からポリタンクを取り出して畑へと向かった。
ポリタンクの中身は、宮ジイに作り方を教えてもらった、納豆菌の土壌改良液。
沸き水に、ミキサーにかけた納豆と、さとうきび糖、豆乳を加え、熱帯魚飼育用のミニヒーターとエアレーションで30℃の温度を保ち、菌を増殖させたものだ。
納豆菌が土中の悪い菌を殺し、有機酸や分解酵素、ビタミンB群や成長ホルモンに似た物質を分泌して、土の力をアップさせてくれる。
納豆菌はチーズの発酵に必要な菌とは相性が最悪なので、鎮守府の地下の倉でチーズ作りをしているイタリア艦娘たちからは「悪魔の水」と呼ばれ恐れられているが……。
他に、米のとぎ汁に牛乳、乳酸菌飲料を加えた、乳酸菌による消毒薬の作り方も宮ジイに教えてもらった。
あくまでも菌が由来の病気の予防にしかならないが、市販の農薬はほとんど使わずに植物を育てることが出来る。
良い農作物を作るには、まず良い土作りから。
20リットルのポリタンクの重みに耐えながら、那珂は懸命に納豆液を運んでいった。
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農具小屋からパイプ椅子や折り畳みテーブルを引っ張り出して、食事の準備をする那珂たち。
初代は土の上に直接、簡単な木の骨組みを建ててポリカーボネートの波板を張っただけの、粗末で小さかった物置小屋。
鎮守府のDIY能力が上がるにつれて立て替えや改修をされてきて、バージョン3.5となる現在、コンクリの基礎に漆喰塗りの壁と板張りの床を張り、壁棚や明かり取りの窓までつけた、立派で大きなものとなっている。
そして、物置小屋の隣には、レンガと耐火モルタルで手作りした、ドーム型の石窯。
ピザ焼き用の窯も、ドラム缶を流用した初歩的なものに始まり、コンクリートブロックの上にレンガを四角形に積み上げて固めたものを経て、今では熱が対流するドーム天井のものでも大した苦もなく作れるようになった。
さらに鎮守府には、燃焼室と調理室が分かれた二重構造で、扉と煙突を備えたパン焼きにも使える石窯もある。
「那珂ちゃん、ピザ入れま~す!」
駆逐艦たちの歓声を浴びながら、朝から火入れしてよく温まった石窯に火かき棒でスペースを作り、打ち粉をした金属性のピールで窯の中にピザを入れる。
ピザはイタリア艦のザラが作ってくれ、愛宕が軽自動車で届けてくれた。
最初はザラ自身が出前しようとしたが、「悪魔の水」をまいていることを知り、納豆菌がつくことを嫌って愛宕に任せたらしい。
炉の床材には、蓄熱率の高いセラミックを使用していて、温度は500℃近くにまで達する。
1分もするとピザがフワッと膨らんでくる。
「は~い、おっ待たせ~♪」
ピールにのせてピザを取り出し、テーブルの木板へと移すと、萩風がピザカッターで切り分けてくれる。
モッツァレラチーズ、トマト、バジルの葉、イタリアントリコロールが美しいマルゲリータ。
「さあ、どんどん食べてねっ!」
那珂も、すぐに2枚目、3枚目を焼きにかかる。
窯からの熱気は相当なものだが、アイドルは笑顔を崩してはいけない。
菜の花とサルシッチャ(生ソーセージ)のビアンカ(トマトソースなし)。
4種類のチーズにハチミツをかけたコク深いクアトロフォルマッジ。
裏山から切り出してきた木で作った薪を追加しながら、額に汗してピザを焼き続け、4枚目にまたマルゲリータを焼いたところで、ようやく嵐と交代した。
切り分けられた熱々のピザをとると、ネットリとしたチーズの香りが鼻をつく。
口にすれば、あふれ出すトマトのさわやかな果肉が、チーズの旨味とバジルの苦味ととろけあう。
生地は薄く柔らかいが、ふちだけは太く盛り上がり、モチモチとした食感と小麦粉の風味をたっぷりと感じさせるのが、ザラの作るナポリ風ピザの特徴だ。
ローマが作ってくれると、生地はもっと薄くてサクサクのクリスピーなものになる。
ローマ風はもっと低温で焼くので、同時に焼けるようにピザ窯を艦娘寮の庭に増やす計画もある。
山城と足柄が、夏前には薪小屋を大きく建て直したいとか話をしていた。
洗濯物が乾くのが追いつかないと間宮が愚痴をこぼしていたので、テラス囲いの物干し場も増やさないといけないし。
農作業や釣りと並行して、鎮守府のDIYは今年も熱を帯びそうだった。