地元の方が見て、間違っている方言がありましたら、ご指摘くださると嬉しいです。
先日、ふとしたことから鎮守府のお母さんである鳳翔さんのご機嫌を損ねてしまった提督。
その噂は翌朝には鎮守府全体に広がっていた。
赤城には「別に鳳翔お母さんも私も、雲龍と温泉に入ったこと自体を怒ってるんじゃありません。鳳翔お母さんや私を温泉に誘ってくださったのは、いつが最後か思い出せますか? ケッコンしている艦娘の扱いに不公平があるのがいけないんです。大体、飛龍、蒼龍とも、ひんぱんに温泉に入ってるみたいですし、加賀さんとは石川まで温泉旅行に行ってカニを食べたとか……」と朝食後に正座で説教され、赤城にカニをご馳走する約束をさせられた。
鎮守府のお父さんである長門からは「理非はともかく、和を乱した罰だ」と噂を広めた青葉とともにゲンコツを喰らい、瑞鶴、瑞鳳、葛城には「このハレンチ提督!」と執務室を爆撃され、大井には「別に気にしてませんけど、ムシャクシャするんで一発いっときますね」と酸素魚雷型バットでお尻を叩かれた。
鎮守府を出た提督は、町の何でも屋キリショーこと霧雨商店の二階の住居部に逃げ込み、居間のコタツで読書にふけっていた。
奥の寝室のベッドでは腰を痛めている老主人が寝ていて、下の店舗の店番はバイトにきた鹿島がやっている。
「んで、浮気魔の提督は居場所がなくなって、涙目でここに来てるってわけさ。きひひー」
こちらもバイトに来ていた江風が、コタツで老婦人相手にお茶を飲みながら、わざわざ人聞き悪く事情を説明している。
「殿様もうざねへぇてしまたごど」
江風の話を聞いた老婦人の言った言葉は、方言で「殿様も難儀でしたね」という意味である。
提督は、商店街の人からは殿様と呼ばれている。
身長が高くて細身の見栄えのする体格に、穏やかな顔貌、おっとりとした性格、それなりの教養の高さ。
そして、この商店街で遊び歩いている間、居ても居なくても藩(鎮守府)が回るあたり、良い意味でバカ殿っぽい。
「あっぱさうんといるさ、むつけらがしたらおっかねなぁ」
ベッドから起き上がった老主人がボツリとつぶやくのは「嫁さんがたくさんいるから、機嫌を損ねたらおっかないな」という意味である。
「ごんけへぁでばりでなんにもでぎねぁだぐせに。こんかばねやみが」
すかさず老婦人が返した言葉は「威張ってばかりで、何もしてないくせに。この仮病者」という意味で、「かばねやみ」には「本当はできるのに病気などと理由をこじつけて何もしない怠け者」といったニュアンスがある。
老主人はわざとらしく腰をさすりながら、また布団をかぶってベッドの中に潜り込んでしまう。
だらしない夫にとって、嫁さんというものは、一人いるだけでも十分おっかないのだ。
「司令官、いるんでしょ?」
階段を上がってきた神風が、遠慮なく襖を開けて部屋に入ってくる。
「神風、どうしたんだい?」
「これを長門さんが。司令官がお世話になってるお礼に、キリショーさんに持って行けって」
キリショーは鎮守府とツーカーなので、提督の隠れ家はバレバレなのだ。
「永世秘書艦」の叢雲に言わせれば「叱られた子供がベソかいて庭の物置に隠れてんのと一緒よ。放っときなさい」ということだ。
神風が持ってきたのは、県内の養豚場から贈られてきた銘柄豚肉だった。
鎮守府には、この手の贈り物がよく届く。
年をとってそんなにたくさん豚は食べられないから、と断る霧雨商店の老夫婦を説得し、神風が特製の豚汁を作って、バイトを含めてみんなで食べることになった。
「おやじさん、後で倉庫からコーラとウーロン茶の箱もらってくから」
買い物に来たジャージ姿の天龍も、下の階で買った「ガ○ガリくん」をかじりながら、勝手に2階にあがってくる。
「さむがら、こだつさへぇたらば、ぬぐだまってけ」
「お、サンキュー」
老婦人にすすめられ、コタツに入ってテレビを見ながら「ガ○ガリくん」を食べる天龍。
キリショーは、イートイン空間まで完備しているのである。
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「んじゃ、倉庫から箱もらって帰るから!」
天龍がコタツから立ち上がりつつ……。
「これ、昼飯の後で読めよな」
提督のふところに手紙をねじ込んて帰っていった。
江風が八百屋で買ってきた根菜やきのこをたっぷり入れて、神風特製の具だくさんな豚汁が完成した。
野菜を均一の厚さに切って火の通りを一定にすること、肉と豆腐は先にゴマ油で炒めて水気を飛ばし旨味を閉じ込めておくこと、細やかなアクとりをすることが美味しさの秘訣。
高原の清らかな水と空気の中、広々とした厩舎でストレスなく、植物性飼料のみを与えられ大切に育てられた、雑味のない豚肉。
上品な豚の脂と根菜ときのこのダシが溶けあい、合わせ味噌のコクとともに絶品の汁を作る。
麦を白米に混ぜた麦飯は、少量の塩としょうがの搾り汁を加えて炊いてある。
「司令官、ほら、あ~んして?」
「提督さん、おかわりは? 私、よそってきます」
神風と鹿島がやたらと提督の世話を焼いてきて、それを見た老婦人が同じように食べさせてあげようとしたら、「おしょすい(恥ずかしい)」と言って顔を赤くしていた老主人。
江風も元気な食べっぷりで、豚汁を3回もおかわりした。
楽しい食事を終え、「私がやりますから」という鹿島を制して、食器を台所に持っていく。
提督は流しの前で、天龍の入れた手紙を開いてみた。
「由良さんたちが鮎を釣ったそうです。今夜は鮎ご飯をお出しします。 鳳翔」
正妻の鳳翔さんから、夜までには帰って来なさい、というサインだ。
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「おすずかに、おぎゃありらんせ」
老婦人に「気をつけて帰ってね」と見送られ、提督は神風と鎮守府に帰ることにした。
湾と山林に挟まれた漁師町の狭い道を歩いていると、色々なところで声をかけられる。
「けぇ(食べて)」
ホタテやワカメなどを、新聞紙に包んで渡されることもある。
その新聞紙のほとんどが、この県の地元新聞だ。
あまりにも地元密着すぎて、この鎮守府の出撃記録やケッコンさえ記事になっている。
摩耶、プリンツ・オイゲンとケッコンした際にも記事になり、近隣や県内からたくさんの祝電と贈り物が届いた。
鎮守府と隣の漁港を隔てている突堤では、深雪と敷波が釣りをやっていた。
近づいてクーラーボックスを覗き込むと、40Cmほどのカレイが5~6尾と、アイナメが入っている。
それなりに長い時間釣りをしていたようだ。
「お、司令官! 鳳翔さんのお怒りは解けたの?」
「一部の娘ばっかりひいきするから怒られるんだよ。ま、いいんだけどさ……ぅん」
さっき、「かがが、ごしょっぱらげたんやと?」と漁港の顔役であるベテラン船長に声をかけられた理由が分かった。
ここの「かが」は「加賀」ではなく「おかみさん」、「ごしょっぱらげた」は「腹を立てた」という意味だ。
情報源はこの子たちだろう。
「やがねるかがには、ちゃちゃど謝るしかねっぺよ」
(焼き餅焼いてるかみさんには、さっさと謝るしかないぞ)
含蓄ある人生の大先輩のお言葉を噛みしめながら、提督はつかの間の「家出」から、鎮守府に帰っていく。
「大丈夫よ、司令官。みんなに謝る時、付いててあげるから。私だって伊達に長く……あっ、長くない! 私、何にも長くないからね!」