未見の方は、できればそちらを先にお読みください。
とある休日の夕方、鎮守府庁舎の提督の執務室。
執務室という概念が崩壊するぐらいに、妖精さんによる模様替えが行われていた。
床には青畳がしかれ、麻雀卓のコタツが出され、窓は消え失せて障子戸になっている。
コタツでは、大淀、足柄、伊勢、日向が麻雀をしていた。
計算に基づくデジタル派の大淀。
感性によるアナログ派の足柄。
行き当たりばったりだが、運に恵まれる伊勢。
目立たないが、たまにボンと大きな手を炸裂させる日向。
ギャンブルは好まないが、ボードケームが大好きな提督としては興味をそそられる対決だ。
提督自身は石油ストーブの近くで暖まりながら、霞、清霜、朝霜とカードゲームのウノをやっていたが、清霜と朝霜が絶好調で、ほとんど何もさせてもらえないままに終わった。
もっと悲惨なのは霞で、直前の清霜のリバースから、提督のドロー2に重ねた朝霜のドロー4を食らったりと、何回もフルボッコにされていた。
「ツモ、メンタンピン三色」
「うわー、間に合わなかった―! 飛んだっ!」
麻雀で、日向がアガッたらしく、伊勢が悲鳴をあげている。
麻雀にはローカルルールが大量に存在するが、ここの鎮守府では基本的に「飛び」、つまり誰かが持ち点0点以下になると終了となる。
金銭を賭けているわけではなく、敗者に罰ゲームを課すのが目的だから、負け犬さえ決まれば十分なのだ。
「伊勢にはこの後の飲み会中、ずっと頭に猫耳を着けていてもらおうか」
「ひぇ~っ!」
「ほら、観念しなさい」
高速戦艦のような悲鳴を上げる伊勢に、足柄が三毛柄の猫耳を着けた。
意外と似合う。
「そっちのビリは誰でしたか?」
「わ、私よ」
大淀の問いに、霞が憮然と答える。
「よっしゃー、霞にも猫耳着けさせようぜ」
「そうだね、そうしよう」
「ちょ、意味わかんないったらっ!」
「ダメですよ、罰ゲームは神聖なルールです」
大淀が楽しげに笑いながら、霞の頭に黒い猫耳を着ける。
「くっ、大淀、後で覚えてなさいよ!」
「さあ、飲みに行きましょう!」
霞の腕をとって、連れ出そうとする足柄。
「先に行ってて。クズ司令官と部屋の片付けしてから行く」
足柄の手を振りほどき、霞が言うと……。
「ほお?」
「へぇ~」
「うしししっ」
「ふ~ん」
「何、ニヤニヤしてんのよっ!! 蹴るわよ!?」
すでに清霜のお尻を蹴りながら霞が怒鳴ると「わーっ」と逃げ散る足柄たち。
礼号組は今日も仲良しです。
「じゃあ、間宮さんとこ先に行ってるね」
「伊勢、語尾はニャンだ」
「誰がそこまでするかっ!」
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提督が麻雀牌を片付けていると、霞(猫耳Ver.)がモジモジと寄ってきた。
「こないだは、ごめん……なさい」
一瞬、何のことか分からずにキョトンとした提督の目の前に、ラップに包まれたコッペパンが差し出される。
具は、もちろんポテトサラダだ。
「お詫びも兼ねて、作ってみたわ。約束もしたし……」
「ありがとう、霞ママ!」
「バカッ、声大きい!」
霞が作ってくれた、ポテトサラダのコッペパン。
コッペパンは、この鎮守府がある県では定番の有名店が作る、ふわふわで素朴な味のもの。
県内では学校給食に採用されたり、学校の購買やスーパーなどでも売られているため、全国チェーンの有名ブランドと錯覚している県民もいるほどの人気ぶりだ。
ポテトサラダの主役、芋はホクホクの男爵芋を、芋らしさが残るように潰しすぎず、熱いうちに酢と塩とこしょうで味付けをする。
キュウリとタマネギは塩水でしんなりさせつつ、しっかり下味をつけてと工夫したが、ハムは気取らずスーパーで買った普通のロースハムを細切りにした。
マヨネーズも市販のものを使ったが、ゆで卵をすり潰してコクをアップさせた。
塩は控えめだが、味の輪郭をハッキリさせるために、粒マスタードをほんの少量隠し味にし、リンゴの絞り汁をちょっとだけ加え、生パセリを刻んで混ぜ合わせた。
できるだけ、提督の母親が提督に作ってあげたポテトサラダと同じような姿で、けれど味だけはしっかり上回る出来になったと、霞は自負している。
試行錯誤の途中、背後で大淀が「間宮さんのポテトサラダには砂糖も入っているそうですが、リンゴの絞り汁にしても美味しいらしいですよ」とか、足柄が「あ、こんなところに伊良湖ちゃんがいつもポテトサラダに入れてるゆで卵が!」とか白々しいアドバイスを与えにきた結果だが……。
朝霜は、身体の前後に「具材とマヨネーズの」「黄金比は10:2」とか書いた紙を貼り、何度も霞の視界内を行ったり来たりしていたし。
清霜は武蔵に頼んで軽自動車を出してもらい、隣の市のスーパーでコッペパンを買ってきてくれた。
(まったく、バカばっかり!)
提督の味への感想は……。
その笑顔を見れば聞かずとも分かるが、霞はじっと提督の言葉を待つのだった。
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【おまけ】
提督と一緒に、足柄たちが待つ間宮の居酒屋に向かう霞。
廊下ですれ違おうとした青葉が「あ、いい顔ですね」と何故かカメラを構えた。
上機嫌だった霞は、ついそのままカメラに笑顔を向けた。
カシャッ、とカメラに収められる提督とのツーショット。
後でこっそり焼き増ししてもらおうか、などと内心考えながら歩き出し……。
ハッ、と気付いた霞の手が、自分の頭へと伸びる。
もちろん、しっかり猫耳が着いたままだ。
「青葉! 待ちなさいっ!」
その後10分間、霞と青葉の追いかけっこが続いたという。
礼号組が大好きです。