ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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足柄のロースかつ定食

数年前、突如として世界中の海に現れ、人類から制海権を奪った災厄……。

かつて沈んだ艦船の怨霊と噂される、深海棲艦。

 

人類の兵器を一切寄せ付けない深海棲艦に対抗し得る唯一の存在は、妖精さんの協力により顕現した、在りし日の戦船の魂を宿す乙女、艦娘のみ。

 

この鎮守府の提督も、艦娘達と海の平和を守るために戦いながら、今日も飯を食う。

 

 

提督は、鎮守府庁舎の2階に設けられた、通信室にいた。

外洋での作戦指揮を行う、鎮守府の最重要施設の一つだ。

 

この鎮守府に協力してくれている妖精さんたちには、悪癖がある。

妖精さんたちの近くにある最新の機器類はすぐ壊れるという法則(グレムリン現象)だ。

 

そのため、この鎮守府の通信室には、半世紀以上前の旧式送受信機と、真空管を使った電子演算機が室内にどでかいスペースを占めている。

 

人類の生存を賭けて戦う最前線だというのに、ここではトランジスタさえ使っていない(使えない)のだ。

 

 

今、提督はある任務達成のために送り出した艦隊へ、針路指示を行おうとしていた。

 

妖精さんによって選ばれた、提督の権限は大きい。

 

司令本部である軍令部の立てた作戦を放棄することすら許されるほど、提督は独立した指揮権を持っている。

 

人類は妖精さんに力を貸してもらっている立場上、妖精さんの選んだ提督に対して、直接命令に従わせる権限を有しないからだ。

これを通称『妖精統帥権の独立』というそうだ。

 

そこで軍令部が、提督たちをある程度コントロールするために作ったシステムが『任務報酬』と『戦果褒賞』の制度だ。

 

軍令部が定めた様々な任務を達成したり、優れた戦果を挙げることで、提督とその鎮守府は報酬として、装備や資源などをもらうことができる。

 

 

そんな任務の一つに、南西諸島海域作戦というものがある。

 

定期的に発令されるこの作戦は、南西諸島海域の制海権を維持するために、同海域の敵主力艦隊を撃破せよというもの。

 

深海棲艦は沈めても沈めても再び湧き出してくるため、定期的な掃海作戦が必要になるからだ。

 

練度の上がった、この鎮守府の艦隊にとって、南西海域に出現する深海棲艦は、それほど脅威となる敵ではない。

適切な編成と装備で出撃すれば、ワンサイドゲームも珍しくない。

 

事実、数度にわたって繰り出した艦隊は、全て勝利をつかんでいる。

だが、それなのに……今回の南西諸島海域作戦がまったく達成できない。

 

 

『最大の敵は羅針盤なり』

 

提督の最も重要な仕事の一つに、妖精さんが羅針盤を回して決定した航路を、艦隊に伝えることがある。

 

何を言っているか分からないと思うし、提督も何(以下略)。

 

羅針盤はそもそも回すものじゃないのだが、それでも羅針盤を回して進路を決定しなければならないのだ。

 

作戦海域では、妖精さんが羅針盤を回して決めた方角以外に、艦隊を進めてはいけない。

 

それが妖精さん達との神聖な約束だ。

それを破った時、どうなるのかは誰も知らない。

 

最悪、妖精さん達の加護を失ってしまうのかもしれない。

どの提督にも、それを試す勇気はない。

 

だから提督は今日も羅針盤に従う。

従うのだが……。

 

アホ毛を生やしリンゴの髪飾りをしている妖精さん。

彼女は羅針盤妖精さんの1人。

 

妙に気合いの入った表情で、提督に羅針盤を回していいかと催促してくる。

 

「じゃあ、回してくれるかい?」

「よーし、らしんばんまわすよー! えいっ」

 

提督にも聞こえる「声」を出せる、珍しい妖精さんの一人。

彼女は人生ゲームのルーレットのように勢いよく羅針盤を回す。

 

「ここっ」

 

そして、狙った一点で両手で押さえ、ピタッと停止させた。

羅針盤の針が指したのは……。

 

 

「バシー島沖出撃の結果報告です。敵運送船団、重巡リ級2及び輸送ワ級4を撃沈、当方の損害なし。完全勝利です」

 

艦隊指揮に特化した軽巡洋艦・大淀が受信文を読み上げてくれるが……。

提督は大淀の報告を、真っ白に燃え尽きたボクサーのポーズで聞く。

 

連続で敵の主力部隊を取り逃がしている。

 

やっと敵に遭遇したと思えば、補給艦主体の敵運送船団ばかり。

こんな時に限って、補給艦に対する撃沈任務が発生しておらず、何の報酬にもつながらない。

 

 

「どうして、任務を引き受けると途端に羅針盤が荒ぶるのかな?」

提督はいつもと同じ疑問を、大淀と羅針盤妖精さんにぶつける。

 

「任務の有無と針路に、統計学的に有意な関係性は認められません」

大淀からはいつもと同じ返答。

 

羅針盤妖精さんも我関せずとスルーしている。

 

羅針盤を自由に制御できないものか。

 

お菓子による賄賂や、泣き落とし、はたまた神社での祈祷だの、様々試してきたが全て無駄だった。

泣く駆逐艦と羅針盤妖精さんには逆らえない。

 

「お腹がすいた」

 

今日も、提督は思考を放棄する。

 

 

大食堂に行き「足柄特製ロース勝つ定食」を注文した。

 

生パン粉のサクサクした揚げ衣に包まれた、ロースかつ。

 

最初は岩塩をかけて一口かじる。

口の中でとろける、豚の甘い脂身。

 

王道の旨さに、ご飯の旨味も一段と引き立てられる。

 

なめこの味噌汁に、豆腐、お新香、大根の煮物、ほうれん草の胡麻和えの小鉢類がつく。

 

たっぷり添えられたキャベツの千切りとともに、ロースかつにソースをかける。

あとは、いさぎよく一気に食べ進めるだけだ。

 

「ロースかつで勝つか……」

 

(本当は南西諸島海域作戦なんか捨ててもいいけれど、げん担ぎをしておこうかな)

 

提督は午後、足柄を含めた第五戦隊を、沖ノ島沖の戦闘哨戒に出そうと決めたのだった。


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