ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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【番外編】鎮守府のひな祭り

灯りをつけましょ ぼんぼりに お花をあげましょ 桃の花

五人囃子の 笛太鼓 今日は楽しい ひな祭り

 

 

ひな祭りは、言わずと知れた女の子のお祭り。

女の子だらけの鎮守府にとっては、一大行事である。

 

ひな祭りの料理に欠かせないものといえば、まずは『ちらし寿司』だ。

 

提督は朝から大食堂の厨房に入り、大量の仕込みに追われていた。

 

タケノコを水煮し、ニンジンを飾り切りし、干しシイタケを水で戻す。

かんぴょうは塩でもんで洗ってから、水に漬けて戻す。

 

 

エビは長寿の象徴。

車エビを使い、背が曲がらないよう、竹串に刺して茹でる。

冷ましてから竹串を抜き、背ワタをとり、殻をむき、尻尾を落として、二等分に切る。

 

「金剛、比叡、この通りにどんどんやってね」

「Yes! 私の実力、見せてあげるネー!」

「まっかせてー!」

 

「……比叡、くれぐれも、“この通り”にやってね?」

「アッ、ハイ!」

 

 

レンコンは、先の物事を見通せる、という意味の縁起物。

3ミリ厚に切りそろえ、花形に切り飾り、水にさらす。

そして、さっと茹でて、合わせ酢に漬ける。

 

「榛名、霧島、この通りにお願いね」

「はい、提督。お任せください!」

「霧島、レンコン調理参ります!  飾り切りよーい、始め!」

 

 

健康でマメに働ける、という意味で枝豆。

さやごと薄い塩水で茹でてから、さやをむいて豆を取り出しボウルに溜めていく。

 

「速吸、このまま続きを頼めるかい?」

「はい! 速吸、いつでもどうぞ」

 

 

間宮もフル回転で働いている。

 

たこをさばいて酢だこにし、するめいかをさばいて刺身にする。

 

大きなマグロの切り身から、トロと赤身の刺身を切り出していく。

 

ズワイガニを茹でて身をほぐし、ホタテを刺身に。

 

イクラと飛び子(トビウオの卵)、錦糸卵も彩りに欠かせない。

 

才能の芽が出るように、と最後に三つ葉を飾るのも忘れてはいけない。

 

そして、大量の炊き立てのご飯に酢、砂糖、塩を混ぜ加え、しゃもじで切って酢飯を作る。

 

1万8000人分の食料を3週間分貯蔵できる冷凍・冷蔵庫に、それらの調理室、アイスや羊羹、豆腐やこんにゃくの製造設備まで搭載していたという、給糧艦の間宮。

 

艤装を展開し、艦娘としての能力を発揮した間宮は、熟練の調理師が束になっても敵わないほどだ。

一人で(正確には調理妖精さんたちの協力を得て)膨大な量の作業を次々とこなしていく。

 

ただし、艤装を展開している時の間宮の弱点は……。

 

「卵を取りたいんだけど、冷蔵庫を開けてもいいかな?」

 

提督の問いに……間宮の動きがピタリと止まる。

そして、羞恥に頬を染めながら……。

 

「は、はい……どうぞ」

 

覚悟を決めたように目を閉じて、背中を向けて艤装を提督に差し出す。

 

その反応はおかしいだろう、と提督は思うのだが、とりあえず艤装を開けて中に手を突っ込む。

 

「ん……ぁっ」

提督が卵のパックを取り出すたびに、間宮が身悶えする。

 

金剛が包丁を握ったまま、ジト目でこっちを見てくるし。

 

(何だかなぁ……)

 

夏には大胆な水着を披露した間宮なのに、提督に艤装の中を見られたり、手を入れられる方が恥ずかしいらしい。

 

「提督って、私の格納庫もまさぐるし、変態だよね」

白酒に浮かべる桜の塩漬けを準備している瑞鳳からは、変態の認定を受けてしまった。

 

(冷蔵庫から卵を取り出しただけで、どうして……)

 

何か反論したいが、艦娘ばかりの環境の中、こういう時の提督の立場は弱い。

しかも今日は女の子のお祭り、ひな祭りだからなおさらだ。

 

「ありがとう」

取り出した卵パックを抱えて、提督はそそくさと退散する。

 

 

「はぁ……、伊良湖ちゃん。 さあ、頑張りましょうね」

「間宮さん、はい。伊良湖も頑張ります」

 

伊良湖も、デザート用の菱餅風三色プリンと、ひなあられを作っている。

 

食紅をほんの少し入れ、桃色に染めたのは、魔除けのため。

生クリームをふんだんに使った白は、清らかさの象徴。

抹茶を混ぜた緑は、厄除けと健康祈願のため。

 

三色が重なれば、雪の下に緑が芽吹き、桃の花が咲く春の情景となる。

 

桃、緑、黄、白の4色でそれぞれ四季を表している、ひなあられ。

切り餅を揚げ、砂糖とイチゴのドライパウダー、抹茶、黄色の食紅で色をつける。

 

 

鳳翔も居酒屋の厨房で、ハマグリのお吸い物を作っていた。

 

ハマグリの貝殻は、対になっている貝殻でなければぴったりと合わない。

 

このことから、一生一人の人と添い遂げるように、という願いが込められた縁起物だ。

 

冷たい状態から時間をかけてじっくり火を入れ、微妙な加減を見極めて塩をふり、昆布とハマグリのダシがきいた、上品な潮汁の吸い物を作る。

 

 

遠征や演習を早めに切り上げた艦隊も、次々に母港に戻ってくる。

 

着物をきかえて 帯しめて 今日はわたしも 晴れ姿

春の弥生の このよき日 なにより嬉しい ひな祭り


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