朝は大食堂で全員いっせいに食事をとるこの鎮守府。
しかし、昼は出撃や遠征、演習などで各自の食事時間がバラバラになる。
この日も昼の大食堂には艦娘の姿がまばらだった。
「長門さん、どうかしたんですか?」
一人でポツンと食事をしている暗い表情の長門をめざとく見つけ、自称ジャーナリストの青葉が駆け寄って、真ん前の席に陣取る。
長門は日本が誇るビッグセブンと呼ばれた戦艦娘。
常にその言動は堂々とした武人然と自信に満ち溢れていて、こんな落ち込んだ姿は珍しい。
「何か悩み事ですか? 青葉、聞きたいです!」
好奇心丸出しで長門に迫る青葉。
手にはしっかり「取材メモ」と書かれた手帳とエンピツ。
「別に……ただ最近、提督が私を使ってくれないのがな……」
「スクープの匂いです! それは、提督との夜の営みが減…イタッ!」
無理矢理にスクープをねつ造しかねない青葉の後頭部を、相方の衣笠がどつく。
衣笠も自分の食事トレイを置き、青葉の隣に座った。
ちなみに、昼食は各自好きなメニューを注文することができる。
「長門さんの考え過ぎじゃない? 連合艦隊編成でB環礁に出撃した時は、旗艦に選ばれてたでしょ?」
「それは去年の話じゃないか」
「先週、南方海域前面に出撃してましたよね?」
「あそこへの戦艦群での出撃は毎月恒例だ。それまで外されたら、私は精神的に轟沈するぞ」
衣笠と青葉がなだめるが、長門の悩みは深刻なようだった。
長門は、この鎮守府では最古参の部類に入る、提督が最初に建造に成功した戦艦娘だ。
長く艦隊全体のリーダーとして鎮守府を支えてきた自負も強い。
それだけに、編成に組み込まれないのは辛いのだろう。
「ウォースパイトさんが入ったから、その練成を優先してるとか?」
あわてて衣笠が、思いついた理由を口にしてみる。
イギリスの戦艦娘ウォースパイトが鎮守府に加入したのは昨年の夏。
新規艦の集中練成のため、編成の枠が埋まってしまうのはよくあることだ。
「ウォースパイトの件は分かっているし、それは納得もしている。しかし、私が納得できないのは……」
「今度こそスクープの匂いです!」
青葉の目がキラーンと光り、エンピツをなめる。
「提督は、陸奥のことは頻繁に使っているんだ」
「ふむふむ……提督の偏愛が姉妹の友情にヒビを……イタッ」
話を脚色してメモしようとする青葉の頭を再びどつく衣笠。
長門の姉妹艦である陸奥の練度は、長門と肩を並べるほどに高く、今さらスパルタの集中練成が必要なわけではないが……。
「青葉は昨日、陸奥さんとカレー洋に行ってきました」
「そういえば、一昨日はむっちゃんとアルフォンシーノ海域に出撃したっけ」
青葉と衣笠にも思い当たるふしがあった。
「ほら見ろ、巡洋艦の枠は姉妹艦で交代させているのに、提督は私は呼ばず陸奥ばっかり……」
いじけてしまった長門を見て、青葉と衣笠は目を合わせる。
このままでは、青葉がメモしようとした、姉妹の友情の危機が事実になりかねない。
そこに諸悪の根源(?)である提督が現われた。
風呂に入って整髪料も落とし、軍装も脱いで部屋着として量販店の激安スウェットの上にドテラを着込んでいるので、寮住みの北国の大学院生ぐらいにしか見えない。
真冬だというのに、春の眠り猫のような呑気さを全身に漂わせている。
「ああ、長門。ちょっと頼みたい任務があるんだよ」
優しい声で提督が長門に話しかける。
今まで暗かった長門の表情が、一瞬にして期待に満ち溢れ……。
「明日の金曜カレーの買い出しと製作指揮を頼めないかな?」
星のように輝いていた長門の瞳が、一瞬で死んだ魚のようになる。
「五十鈴と江風、涼風をつけるから……って、イタタタ」
無神経に言葉を続ける提督の足を、衣笠がグリグリと踏んづける。
「この乙女の敵っ!」
「恐縮ですが、インタビューよろしいですか?」
「ぼ、僕が何かしました!?」
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「何だ、そんなことを考えていたのかい?」
青葉と衣笠から事情を聞いた提督は、ほがらかに笑った。
そして、キッパリと言い放つ。
「長門は昔も今も、うちの総旗艦、艦隊の要です」
「じゃあ、何で長門さんを編成に組み込まないの?」
「それは長門を出すまでもない海域だからだよ」
「なのに陸奥さんは使うんですか?」
「あー、それはね……衣笠なら分かるだろ?」
まだ半分涙目の上目づかいでこっちを見ている長門を気にしつつ、提督は衣笠にウィンクした。
「えっ、この衣笠さんなら?」
一瞬キョトンとした衣笠だが……。
「あー、そういうこと!?」
ポンと手を叩いた。
「明石の改修工廠があるだろ? アイオワが持ってきてくれた16inch三連装砲Mk.7を改修する素材として、大量の41cm連装砲が必要なんだよ」
「つまり、むっちゃん牧場してるの?」
「そう、41cm連装砲搭載の陸奥の艤装は比較的量産しやすいからね。そのままでも素材になるけど、実際に陸奥に使ってもらって艤装の霊力を上げてから改修素材にした方が効率がいいんだよ」
「そういえば、衣笠や三隈も新しい艤装ができる度にそっち使わされて、3号砲を量産してましたね」
「うちには今、予備の陸奥の艤装が4つも溜まってるんだ。倉庫の置場にも困るし、改修素材に使えるまで陸奥に一気に鍛えてもらってたんだよ」
お茶を啜ってから、提督は細い目を精一杯開き、じっと長門の瞳を見つめた。
「陸奥には負担をかけて済まないと思っているよ。長門にも手伝ってほしいけど、知っての通り、長門の艤装は新規に造れたことがないだろ?」
「あ、ああ……」
「僕は好運なことに、最初の戦艦建造で長門を引き当てた。そのバチが当たってるのかと思ってるけど……とにかく、僕は陸奥と同じように長門のことも愛しているよ」
「青葉、聞いちゃいましたっ!」
「やーん、提督? 衣笠さんのことはどう思ってるのぉ?」
青葉が猛烈なスピードでメモを始め、衣笠は提督ににじり寄る。
「あ、いや……今のはその……自慢の艦娘という意味でね?」
しどろもどろになる提督の横で、長門は顔を真っ赤にしていた。
そして30分後。
「全艦、この長門に続けぇ!!」
迷いが吹っ切れ、元気に買い出し部隊を率いる長門の姿があった。
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翌日の夜の大食堂。
演習から戻ってから、ゆっくり風呂に浸かった陸奥は、やや遅めに食堂に着いた。
朝は艦種ごとの指定席制だが、夕食は到着順に席に着くことになっている。
今日は金曜日、食堂内には恒例のカレーの香りが充満している。
「伊勢、私のカレー持ってきてくれない?」
陸奥は向かいの席に座る伊勢に頼んだ。
出撃や演習から帰ってきて疲れている艦娘の夕飯の配膳は、非番や軽い遠征任務だった艦娘がやってあげるのが、暗黙のルールになっている。
しかし、頼まれた非番組の伊勢はニヤニヤと笑いながら、首を横に振った。
さらに、陸奥が座った席の隣にいた阿武隈が、あわてて自分のトレイを持って席を立つ。
「なに!? 私、ハブられてる?」
軽くへこむ陸奥のもとに、駆逐艦娘の江風がカレーを運んできた。
「ほいほい~、陸奥さん用特盛カレーお待たせぇ!」
陸奥の前に、ドカンと山盛りのカレーライスが置かれる。
「赤城や大和じゃあるまいし、私はこんなに……」
「いいから全部食え」
文句を言いかける陸奥の隣、阿武隈が空けた席に、長門がカレーライスをのせたトレイを持って座った。
「がんばっているお前のために、私と五十鈴、江風、涼風、そして提督で作ったカレーだ」
そして、陸奥の頭をポンポンと優しく撫でる。
「今日もお疲れ様だったな、陸奥」
「青葉、ベストショットいただきました!」
【提督のひとりごと】
巨大な寸胴鍋で、水から鶏ガラ、玉葱、ニンジン、セロリ、ニンニク、マッシュルーム、しめじ、野菜くずを煮込んでブイヨン(ダシ汁)を作る。
一方で、大量の玉ねぎのみじん切りをあめ色に炒め、肉はいったん塊ごと赤ワインで柔らかく煮込んでおく。
うちの鎮守府のカレーの旨さの秘訣といえば、これぐらい。
手間を惜しまず、基本の仕事を丁寧にやること。
この基本さえしっかり押さえておけば、味の調整はどうとでもなる。
今回はゴロッと切ったニンジンと玉ねぎ、ジャガイモを入れ、市販のカレールウにカレー粉とガラムマサラ、ウスターソース、はちみつ、すりおろしリンゴ、隠し味に由良が名古屋みやげに買ってきてくれた八丁味噌を加えて、長門好みの甘めよりに仕上げてみた。
陸奥も長門も、笑顔で美味しそうに食べてくれている。
しかし、もう少し艦隊全体に気を配らなくちゃなあ。
心から反省です。
新人が鎮守府に馴染めるかや、幼い駆逐艦たち、陸奥のように特定の艦に負担をかけていることには、特に気にしてフォローしてきたつもりだけど。
逆に長門のように、気心が知れるし頼りになるからと、今まで上手くいっていた経験から安心しすぎて目が届かなくなっていた、現状に悩んでいる大きな子が他にもいるかもしれないね。
艦娘全員と、もう一度きちんと丁寧に接し直してみよう。
そう、人間関係も料理と同じ、手間を惜しまないことが大事なんだと思う。
それはそうと、僕もカレーを食べようか。
カレーだカレーだ、みんな大好きカレーライス。
いただきます!