提督がヒトミとイヨの買い物から鎮守府に戻ると、執務室では鳳翔が待っていた。
「名入れ、できましたよ」
艦娘に配っている
さらに黒地の
寒い時期の、この鎮守府の家族の証だ。
「まだ寒さも残っているので、手袋も作ってみました」
鳳翔が手袋を提督に見せる。
松風、藤波、ヒトミ、イヨ、それぞれの制服の色や艤装の形などをモチーフにした、凝った複雑なデザインがほどこされた、手編みの手袋だ。
「さすがだなぁ、鳳翔さん」
「うふふ、喜んでくれるといいんですけど」
「それと、枕カバーとお弁当袋も」
誉められて嬉しい鳳翔は、さらに作ってきた手芸品を披露する。
寮内で居酒屋をやりながら、いつ寝ているのか心配になってしまうほど、鳳翔は他の艦娘たちのために様々な手芸品を作ってくれる。
「本当に鳳翔さんは、艦隊のお母さんだなあ」
艦隊初の軽空母として序盤海域の攻略を支え、前線に出ることが少なくなった今でも、こうして物心両面から艦隊を支えてくれている鳳翔。
そんな鳳翔を、提督は一度だけ怒らせてしまったことがある。
それは、3年前の今日、冬が終わろうとしている時だった。
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「鳳翔さんは、
今までの貢献にも感謝したくて、提督はそれまで言ったことがないことが不思議なぐらいな、しかし絶対に口に出してはいけなかった感想を、初めて口にした。
ピシッ!
執務室内の空気が一気に氷点下にまで下がり、ドア前まで報告書を持ってきていた飛龍が、あわてて回れ右をして逃げ出したのに、その時の提督は気付いていなかった。
その晩、鳳翔の居酒屋に行ったら、お通しに「皮付きのままの生のジャガイモ」がでてきた。
ジャガイモは洗われておらず、土もちょっとついていたし……。
「私は提督のお母さんじゃありませんから、提督のために料理なんか作ってあげません」
ようやく失言に気付いて申し分けない気持ちになったが、同時に、すねて涙目になっている鳳翔が、とても可愛らしいと思った。
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提督がその時の話を持ち出すと、鳳翔は顔を赤らめて頬に手を置いた。
その左手の薬指には、提督が贈った指輪が光っている。
直前に始まった『ケッコンカッコカリ』の制度。
任務で手に入れたものの、誰に渡すか迷っていた指輪を、鳳翔に贈ったのだ。
しかし、プロポーズがすんなり上手くいったわけではない。
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「鳳翔さん、僕のためにお味噌汁を作ってください」
提督のベタ中のベタなプロボーズの言葉を、そのままの意味にとったのだ。
まだ怒っているんだぞ、と頬をふくらませてアピールしつつ、無言で厨房に引っ込んで、本当に味噌汁を作ってきたのだ。
春の足音を教える菜の花の味噌汁。
使われている味噌は、あっさりとした口当たりの信州の麦味噌で、麦の良い香りが漂う。
手間を惜しまず、薄く飾り切りした人参を熱湯にくぐらせ、彩りに添えてある。
ダシこそ濃厚だが、低塩の麦味噌により味は軽い仕上がりで、菜の花のほろ苦いが、さわやかな風味が活きている。
もちろん、日本人にとって、味噌汁だけというのは殺生だ。
続いて鳳翔が出してくれたのは、塩むすび。
炊き立てのふっくらとしたご飯でむすぶ、ツヤツヤとした塩むすび。
ふくよやかな米の甘味と、絶妙な塩加減。
提督はその味噌汁と塩むすびを、プロポーズの了承だと勘違いして喜んで食べたのだった。
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もう一幕ドタバタがあったものの、二人は晴れてケッコンすることになった。
「今年は仙台味噌で作ってみます」
以来毎年、この日には鳳翔が菜の花の味噌汁と塩むすびを作ってくれるのが恒例になっている。
仙台味噌は、辛口だが、まろやかな風味が特徴だ。
「楽しみだなあ」
それから、ふと思い出したように鳳翔が言った。
「でも、提督……提督のお話に一つだけ間違いがありましたよ」
「え?」
ぷぅっ、と頬をふくらませて、上目遣いに提督を見てくる。
「私を
「鳳翔……さん?」
「提督が今までに買われた指輪の数、いくつですか?」
ドア前まで報告書を持ってきていた蒼龍が、あわてて左手を隠し、回れ右をして逃げ出したのに、今回は提督も気付いた。
今日もこの鎮守府は……平和です?