提督の私室は、艦娘寮本館1階の奥、温泉大浴場へと続く通路わきにある。
温泉旅館だった頃には、女将の部屋として使われていたようだ。
独立した家屋のような造りになっており、玄関風の入り口を入ると土間があり、応接間を兼ねた四畳半の次の間、トイレと洗面台、浴室、そして稽古事もできる広さの十二畳の和室の本間へと続く。
本間の押し入れ内に隠されたドアは、隣の事務室へのもので、大淀と明石が使っている元従業員仮眠室が事務室の奥にある。
最初、提督は広いこちらの部屋を大淀と明石に使わせ、自分は八畳の元従業員仮眠室を私室にしようとしたが、男性である提督には浴室もついている部屋の方がいいだろうと説得された。
結局、提督の私室には大淀や明石も含めて、多くの艦娘が入り浸るようになっているので、広い部屋にしておいたのは正解だった。
この日も、コタツは睦月、如月、弥生、卯月に占領されている。
長距離航海練習で行った千葉県銚子のお土産、「ぬれ煎餅」と「あさり」を届けにきた、という口実で上がり込み、コタツでゲームを始めてしまったのだ。
ちなみに、睦月たちがやっているのは「ゲット・ビット」という、迫りくるサメから逃げる海外のボードゲームだ。
プレイヤーは1~7の手札から1枚を出し、数字が他と
このプレイヤーコマは両手足が着脱式で、サメに食べられるたびに片方ずつ手足が食いちぎられたものとして外していき、コマの手足をすべて失うとゲームオーバー。
最終的に、自分だけが生き残ることを競う、ブラックユーモアあふれるゲームだ。
でもご安心を!
サメに食べられているのは「ロボット」という設定です!(ここ大事)
決して残酷な描写タグが必要な内容ではありません。
ここの提督はなぜかボードゲームやカードゲームを大量に持っていて、艦娘たちの娯楽に一役買っている。
(その代わり、この鎮守府に電源系ゲームは、ほとんどなかったりする)
「また如月ちゃんとかぶったにゃしぃ!」
「弥生は……サメは…苦手」
「負け犬はサメに食べられるといいぴょん」
「司令官、如月サメさんに両足食べられちゃったわぁ」
ゲームで盛り上がる艦娘たちを優しく見守りながら、提督はパットに塩水をはり、あさりの塩抜きをする。
「弥生ちゃん、食べられるにゃしぃ!」
「あたしの腕が……怒ってなんか…ない、けど」
「うーちゃんもヤバくなってきた気配ぴょん」
「司令官も如月の足、タ・ベ・ル?」
「そのゲームは、最後の2人になった時に、先頭にいる人が勝利だからね」
提督があさりの入ったバットに新聞紙をかぶせながら、チラチラとスカートをめくって誘惑してくる如月を華麗にスルーし、ゲームのヒントを伝える。
「弥生、卯月のヤバイはブラフだよっ」
「そう……ね、卯月はまだ1のカード使ってない」
「司令官、助言はズルぴょん。ぷっぷくぷー」
「司令官たら、照れちゃってカワイイ」
そこに、ガラガラッと玄関が開く音がし、ドヤドヤと大勢の駆逐艦たちが上がりこんできた。
近海の警備任務に出ていた、皐月、水無月、望月。
防空射撃演習に出ていた、文月、長月、菊月、三日月だ。
「みんな、お疲れ様」
「ふわっ、わっ、わぁ~!? く、くすぐったいよぉ~っ」
「しれーかん、えへへ」
「うぅっ……なんなのさ、一体……」
提督は帰ってきた皐月たちに抱きつかれながら、彼女達の頭を撫で回す。
大規模作戦の消費で備蓄資源がなくなり、開店休業中のこの鎮守府だが、ある程度は活動しているアリバイを作っておかないと、補給物資が減らされてしまう。
そこで、消費の軽い睦月型の駆逐艦娘を使っての、最低限の遠征任務をこなしているという、本部へのアピールなのだ。
あとは夜に「夜戦!夜戦!!」とうるさい軽巡を放り出して出撃1回の報告書をあげる。
『長良型主催 お昼の第一倉庫バトミントン大会 毎日開催・賞品アリ』なんて張り紙が消えるぐらいに補給で倉庫が埋まるまでは、この手で回復を待つのが、提督の方針だ。
しかし、小さな駆逐艦娘とはいえ11人もやってくると、12畳の部屋でさえ一気に狭く感じる。
「まぁ、とりあえず、寝よっかぁ?」
望月など、勝手に押し入れから布団を出しているし。
駆逐艦たちは提督の部屋に気軽に遊びに来るが、中でも睦月型は日ごろから遠征でフル活用されている分、特に遠慮がない。
「うーちゃんのカードに狙ってかぶせてきてるしー!」
「1を出さない限り、最後尾でサメのエサにゃしぃ」
「うふふふふ(このまま2番手キープしてたら勝てそうね)」
「……(そろそろ、如月を潰さないと……)」
「ふみちゃん、バトルラインやりましょう!」
「え~、あれは考えるの大変だから嫌だなぁ」
「ならば、この長月が相手しよう」
三日月と長月は別のカードゲームを始める。
「うっ、急に眠くなってきたかも」
「菊月、入ってくんなよぉ~」
菊月が、望月の敷いた提督の布団にもぐり込む。
「さっちん、提督んとこのお風呂入ろっ」
「司令官、一緒に入ろうよ! ボクが背中流してあげる♪」
「あん、それなら如月も入りたいわぁ」
皐月と水無月も、勝手に浴室を使い始める。
睦月型に完全に乗っ取られた室内は放っておいて、提督は昼食の準備を続ける。
塩抜きしたあさりと、ざっくりと切ったねぎ、刻みしょうが。
それだけのシンプルな具材を、酒、みりん、味噌、醤油でさっと煮込み、熱いご飯にぶっかけ、海苔をちらす。
これが、「深川めし」だ。
江戸前で魚貝類を採っていた、短気な漁師たちが発祥の生活料理だ。
漁の合間に手元の材料で短時間に作れ、しかも一気にかっこめる。
今回は、江戸味噌と信州味噌の合わせ味噌と、濃い口の房州醤油で作った。
「望月と菊月。布団から出て、鳳翔さんのとこから、お新香を大皿でもらってきて」
「え~、マジめんどい」
「いや、輸送任務も大切なミッションだ……」
提督に命じられ、文句を言いながらも望月と菊月がモゾモゾと動き出す。
「睦月、ゲームオーバーなら、お茶を用意してくれる?」
「はいにゃしぃ!」
「如月、勝ったみたいだね」
「はぁーい♡」
「それじゃあ、特別に盛り付けの手伝いをさせてあげるよ」
「やったわぁ!」
「弥生も……手伝います」
「それじゃあ、そこの海苔を手で細かく千切ってね」
そうして、みんなの分の深川めしが用意される。
プリプリとした肉厚の身を噛めば、ジュワッと染みだす新鮮なあさりの濃厚なエキスが、混ぜ味噌と醤油、そしてねぎの風味と、口の中で絶妙なマッチングをする。
さらっと、上からかけただけの海苔だが、それも磯の味の調和に役立っていた。
味が濃く、汁けも多いので、ご飯もさらさらとかっ込める。
鳳翔からもらってきた大根のお新香も、いいアクセントになる。
「ああっ、ズルイ! 先に食べてる!」
お風呂場から飛び出してきた皐月が、タオル一枚の姿で提督に飛びつく。
「はい、皐月と水無月の分もちゃんとあるから、せめて浴衣を着なさい」
提督は皐月に抱きつかれたまま、押し入れから予備の浴衣を放り出す。
背中でパラリと、皐月のタオルが落ちる気配がする。
「はーい」
皐月に続いてお風呂を出てきた水無月も、部屋の中でタオルを脱ぎ捨てて真っ裸になり、浴衣を着はじめる。
睦月型にとって、提督の部屋は自室と変わらないプライベート空間なのだ。
「あの……そういうのは……」
蒼白な顔色になった、提督の視線の先。
「あらあら。うふふふふっ」
何かの書類を届けに来たのだろう、部屋の入り口で防犯ブザー(型の探照灯?)に指をかけながら、荒潮が妙にニコニしながら立っている。
提督には、その背後に「ゴゴゴゴゴ」というジョジョ風のオーラが見えたのだった。