天龍は車庫の前で、この鎮守府が誇る最強の輸送戦力「
天龍以外は普通に「ハイゼット」と呼ぶ、軽トラックのことだ。
そこに、摩耶がやって来た。
「洗車手伝うからよ、後でちょっとキリショーまで乗せてくれ」
キリショーとは、町内の何でも屋「霧雨商店」のことだ。
「キリショーぐらい歩いてけよ」
「ガキどもの菓子とコーラを箱買いすんだよ」
「そっか、じゃあ乗せてやる」
ガキだのチビだの言いながら、摩耶と天龍は小さな駆逐艦娘たちの面倒をよく見る。
「あと、バゴ○ーンも箱で買ってこないと」
「庁舎のキッチンに置いとくと、すぐ無くなるよなあ」
「間宮さんや提督のメシは旨いけど、バゴ○ーンは夜中とか妙に食いたくなんだよ」
「分かる!」
ちなみに、バゴ○ーンとは某大手食品メーカーから1970年代に発売されたが、全国区の知名度を得るには及ばず、リニューアルを重ねながらも現在ではこの地方向けのローカル商品として販売されている、カップ焼きそばの商品名だ。
キリショーには他のカップ焼きそばは売っていないので、この鎮守府の艦娘たちはバゴ○ーン=カップ焼きそばの定番だと思い込んでいる。
「でもよ、キリショーってすごいよな」
天龍を手伝い、軽トラックにホースで水をかけながら、摩耶が言う。
「何が?」
「あそこ、食品店て書いてあるくせに何でもあるじゃん」
「そうかあ?」
「じゃあ、ないと思うもん言ってみろよ。ただし、あくまでも日用品だぞ。でかい家具とか、間宮さんの料理道具とか、夕張が持ってるようなマニアックなのとかナシだぜ」
「ていうか……まず、酒とタバコを置いてないだろ?」
「バカ、目の前に酒屋と、バアさんのタバコ屋があるだろ? あの親父は縄張り荒らしみてえな真似はしねえんだよ」
「そっか……」
「電球とか、電気系は消耗品しか置かないのも、電気屋に気ぃ遣ってんだぜ、きっと」
そう言われてしまうと、町内にある他の店が扱うものは言えなくなる。
それ以外で何とか霧雨商店にない商品を言おうとする天龍だが……
「傘……売ってるな。洗剤もタワシもアルミホイルもあるし、洗濯ばさみも物干し竿も売ってるよなぁ……」
鎮守府内の様々な情景を思い浮かべ、そこに置いてあるものを思い出していく天龍だが、霧雨商店で売っていない品物を見つけられない。
辺りを見渡すが、ホース、バケツ、スポンジ、タオル、モップ、ほうき、ちり取り、スコップ……目に入るもの全て、霧雨商店で売っているものばかりだ。
「ほらな? 売ってねえもんないだろ?」
そんな天龍の様子を見て、摩耶が胸を張る。
「やべえ! 本当だ、すげえ!」
当然である。
この鎮守府にある日用品のほとんどが、霧雨商店かその周辺の店で買ったものだ。
この鎮守府にあるもので、他の店以外の品とは、ほぼイコールで霧雨商店の商品だ。
「それでな、こりゃアタシの推測なんだけど……」
「うんうん」
「スーパーやコンビニって、キリショーの商売の仕方パクッたんじゃねえかな?」
「マジか!」
「ぶふぉっ」
通りがかって2人の会話を聞いた鈴谷が、飲んでいたイチゴ牛乳を噴き出す。
「だってよ、キリショーの方がコンビニとかできる、ずっと前からあるんだろ? あんなスゲー商売の方法、小ずるい奴等が知ったら絶対マネすっだろ?」
「大企業ってやつは、やっぱりやり方が汚ねえな!」
摩耶の言葉に、天龍が拳を握りしめる。
「ゲホッ……ゴホッ」
イチゴ牛乳が気管に入ってしまい、鈴谷がむせ込んでいる。
「あそこの親父、きっと特許とかとってなかったんだぜ」
「ああ、あの親父じゃな……そういうこと気がつかなそうだもんな」
「ハ……ァ……ヒッ……フォ」
2人が話し続けるので、変な笑いが止まらずに呼吸のできない鈴谷が、お腹をよじらせながら足をバタバタさせる。
「ん、鈴谷じゃねえか」
「変な顔して、何してんだ?」
摩耶と天龍に問いかけられても、しばらく鈴谷の笑いは止まらない。
「ハーハー……あんたら、バカな田舎の男子中学生の会話じゃないんだから!」
少しして、ようやく笑いが収まってきた鈴谷が、肩を震わせながら2人に怒鳴る。
しかし、この鎮守府が所有している漁船「ぷかぷか丸」のデッキ掃除に来ていた鈴谷も、制服のスカートの下にエンジ色のジャージを着ていて、十分に田舎の女子高生っぽかった。
というより、この鎮守府があるのは、本当にド田舎だし……。
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その後、霧雨商店での買い物から戻った摩耶は、鎮守府庁舎のキッチンで提督と鉢合わせした。
「よ! 提督、頑張ってっかあ?」
だが、摩耶に声をかけられた提督は、少し疲れているようだった。
「んだよ、シケてんなあ。そんなに攻略ヤバイのか?」
「うん……」
現在、この鎮守府は大規模作戦として、トラック島の西北、ウルシー環礁の深海棲艦泊地に攻撃を続けている。
しかし、周辺海域を守る敵機動部隊の強力な防空網と、敵主力艦隊の旗艦たる「深海双子棲姫」の化け物じみた耐久力のせいで、決定的勝利を得られずにいた。
その間にも、見る見るうちに鎮守府の備蓄資源は減り続け、あと数回の攻勢を行うのが限界となっていた。
「提督、バゴ○ーン食おうぜ。今作ってたの、半分やるから元気出せよ!」
摩耶が提督の肩をバンと叩き、お湯を注いで3分がたったカップ焼きそばを傾け、お湯を切る。
テーブルに座った提督の前にカップ焼きそばの容器を置き、箸を2人分取り出しながら……。
「こ、小皿とか洗うの面倒だしよ、このまま……一緒に食えばいいだろ?」
頬を赤らめながら、提督の横の席に摩耶が座る。
そして、摩耶と提督はカップ焼きそばを食べ始める。
なめらかで弾力のあるちぢれ麺に、ウスターと中濃をミックスしたフルーティーで甘めのブレンドソースが絡まる。
他の全国区のカップ焼きそばも知っている提督からすれば、ややパンチに欠ける少し垢抜けない味だが、素朴なザク切りキャベツのかやくも合わせて、飾り気のない独特の魅力がある。
バゴ○ーンという尖ったネーミングで全国的に売り出しながら、いつの間にか地方限定のローカル商品として、まるでここがあるべき場所だったかのように落ち着いていた、不思議な商品。
提督は、目の前のカップ焼きそばと、摩耶の顔を見比べた。
「な、何だよ……あの、スープも飲めよ……な?」
バゴ○ーンには、わかめスープの素もついてくる。
カップ焼きそばを茹でたお湯は、お椀やマグカップに入れたスープの素に注ぐのがこの地方の流儀で、シンクに流し捨てるなど論外だ。
自分が一度口をつけたスープのマグカップを、顔を赤くしながら摩耶が提督に差し出す。
「ありがとう」
提督は、スープをそっと飲み込む。
ほっとするような、これまた素朴なわかめスープが体を温めた。
「摩耶」
突然、提督が摩耶の名前を呼ぶ。
「あ、ぅふ……う、うん……何だよ? んっ」
すすっていた焼きそばを、あわてて飲み込んで答え、むせる摩耶。
「はい、これ飲んで」
そんな摩耶にマグカップを渡しながら……。
「次の出撃、妙高と秋月の代わりに、摩耶一人で二役をやってもらえないかな?」
顔を真っ赤にしながら、両手で大事そうにマグカップを抱え、そっと口をつける摩耶。
「それなら、雪風を切り札に入れられるんだ」
「ふぅ……うん、いいぜ」
スープを飲み、摩耶が顔を伏せたまま答える。
そして、提督の制服のすそを指でつまみ、一つ深呼吸すると……。
「当ったり前だろ!? あたしは摩耶様だぜ!!」
ガバッと満面の笑みを浮かべた顔を提督に見せるのだった。