「翔鶴姉、やるよ! 艦首風上、攻撃隊…発艦、始め!」
「サラの子たち、岩本さんの言うことをよく聞くのよ、いい? アタック!」
旗艦を務めるサラトガの試製甲板カタパルトからも、岩本隊の零戦に守られながら、戦闘爆撃機F4U-1Dや雷撃機TBFアベンジャーが次々と飛び立っていった。
サーモン海域北方の最深部。
艦娘たちの攻撃により、駆逐イ級が猛爆に包まれて轟沈し、空母ヲ級も火炎を上げて大破した。
嬉々とした笑みを浮かべ、報復の「飛び魚艦爆」隊を発進させる戦艦レ級。
続けて「深海烏賊魚雷」(というふざけたコードネームからは想像もつかない恐ろしい威力がある)を発射しようとしたレ級に、支援射撃として武蔵から放たれた46cm砲弾が直撃した。
爆撃を受けて翔鶴が中破、阿武隈が小破したが、戦闘力は失っていない。
昨夜、徹底的にキラ付けしたおかげで、味方の回避能力は格段に上がっている。
「隙ありっぽい!」
こちらもレ級に負けず劣らずの狂暴な笑みを浮かべ、夕立が敵艦隊の中へと飛び込んでいく。
本部が出してきた新任務『精強大型航空母艦、抜錨!』。
なぜ、この極悪海域に軽巡と駆逐2を入れた編成で挑まされるのか……提督は何度も文句を言いながら連日挑戦を続けて、その度に道中でしつこく絡んでくるレ級に泣かされ続けた。
「こちらヴェールヌイ、敵潜の撃沈を確認」
「阿武隈の魚雷、イ級に命中です! イ級、急速に沈没しつつあり」
最終的に出した結論は、資源を投げ捨てた全力支援と、噴式戦闘爆撃隊の投入、そして全艦への惜しみないキラ付け。
ようやく今、それが報われようとしているが……。
「も、も~ばかぁ~! これじゃあ戦えないっぽい!?」
「きゃっ! やっぱあたしじゃムリ……?」
夕立は敵の随伴ヲ級に止めを刺した代償に、レ級の砲撃を受けて大破。
阿武隈は旗艦のヲ級から飛来した艦攻から雷撃を受けて大破。
翔鶴と瑞鶴の第二次攻撃隊が、反復攻撃でレ級の撃沈に成功したが……。
「ちょっと待った、これはマズイ……S勝利逃がしちゃう?」
本部が出してきた任務成功条件はS勝利、敵の完全な全滅。
まだ旗艦のヲ級が残っているのに、こちらの動ける夜戦要員はヴェールヌイ1人になってしまった。
しかし、ヴェールヌイは対潜装備しか積んでいない。
使った資源の量を考え、カ○ジのように「ぐにゃあっ」となりかけた提督の耳に、通信が飛び込んでくる。
「提督、夜間戦闘を行っていいですね?」
夜間作戦空母に改装されたばかりの、旗艦のサラトガからだ。
まだサラトガの夜間戦闘力を試したことはなかったが、ここはサラトガに賭けるしかない。
「頼むよ、サラトガ」
「はいっ! 艦隊前進、追撃戦に移行します! サラに続いて!」
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「提督、作戦成功しました。さすがです」
「お疲れさまでした」
大淀に作戦成功を祝われ、鳳翔さんがお茶を淹れてくれたが、提督は素直に喜べないでいた。
「資源の消費、燃料が1000、弾薬が1500超えてるって、間違いじゃなくて?」
「はい。本隊の燃料消費分の正確な集計は、修理が終わってからになりますが……何か急ぎの遠征に行かせましょうか?」
「いや、いいんだ」
提督は鳳翔さんの淹れてくれた、香ばしいほうじ茶を飲んで気持ちを切り替え、報告書を片付けた。
今夜は楽しい鎮守府の秋祭り。
そんな中、誰かを遠征に行かせる気にはなれない。
貧乏には慣れているし。
「それから提督、今月のお給料です」
大淀が、なかなかの厚みがある封筒を渡してくれる。
提督は一応拝んで受け取るが、封も切らずにそのまま鳳翔さんへと手渡す。
鳳翔さんがそれを開け、生活費や貯金、保険、積み立て……と様々なことに回す分を別の封筒に入れ分けていく。
「はい、提督。どうぞ、お小遣いです」
まだけっこうな厚みがある封筒が提督の手元に戻ってくるが……。
「提督、酒保から集金に来ました~」
笑顔で明石がやってくる。
「ケッコン書類一式と指輪が4セット、補強増設1、家具職人さんへの特注1、天才明石の元気が出るクスリ(精力剤)6ダース、ご褒美用間宮特別券300枚、ガリガリ君(ソーダ味)7ケース……」
封筒はすぐに明石の手に渡り、お釣りだけが返ってくる。
「はい、大淀さん。今月の売り上げです」
明石から大淀の手元へと戻っていく厚い封筒を見ないようにしながら、提督はのそのそと薄い空っぽ寸前の財布に、その2万6052円を注ぎ足した。
いいんだ、貧乏には慣れているし……。
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妖精さんたちの力でだだっ広く拡張された執務室を、祭り提灯が赤く照らす。
鎮守府秋祭りの
「はい、これは今日分の別のお小遣いです。みんなにちゃんと、ご馳走してあげるんですよ」
提督も鳳翔さんの選んでくれた、白地にかすれ縞の爽やかな浴衣に着替えて祭りに参加し、艦娘たちに声をかけて回っていた。
設置された屋台では木曽が鉄板で焼きそばを焼き、まるゆが忙しくパックに詰めている。
焼きトウモロコシ、いか焼き、たこ焼き、焼き鳥、味噌田楽、リンゴ飴、綿飴、かき氷、チョコバナナ……。
定番ニューから、ソーセージ、ジェラート、ポップコーン、フィッシュ&チップスといった海外艦のものまで、様々な屋台料理が並んでいる。
醤油やソースが焼ける匂いに、菓子類の甘い香りがあたりに漂う、あの祭りの匂い。
射的台では浦風と綾波が腕を競い合い、天龍が海防艦たちやほっぽちゃんにヨーヨーすくいを教えている。
名取が手に持つ金魚を入れたビニール袋に、イ級の稚魚が混じってるんですがそれは……と思ったら、金魚すくいの水槽を運営しているのは南方棲戦姫とレ級だった。
隣では戦艦棲姫と装甲空母姫がクジ引きの屋台を出している。
「1人1枚タダ、2枚以上引クナラ、2枚目カラハ1枚300円ヨ」
「よし、あたしは10枚」
「こちらも10枚もらいます」
「私は20枚」
J鷹とA城とY和が思いっきりカモられてるが、棚の上の方にこれ見よがしに飾られた豪華商品、銘酒とか高級食材とかに目が眩んだのだろうから、同情できない。
子供たちは普通に1枚引き、残念賞の玩具を貰って喜んでいるので、放っておくことにする。
「これがこの国のFestival? 良いわ。好きよ、この雰囲気。Très bien」
「ほぅ、この艦隊のAutumnもいいな。まさに収穫祭のようだ。チンジュフ・アキマツリィ、悪くない」
新しく鎮守府に加わった海外艦のリシュリューとアーク・ロイヤルも、祭りを楽しんでくれているようだ。
「サラトガ、今日はありがとうね」
提督は球磨が揚げていたアメリカンドッグを買ってきて、今日のMVPであるサラトガに渡した。
「Oh,Corn Dogs.ありがとうございます、提督」
日本のアメリカンドッグは一般的に衣として小麦粉の粉を使うが、アメリカではトウモロコシの粉が使われ、Corn Dogと呼ばれている。
たっぷりとつけたケチャップとマスタードの味を感じながら、サクモフとした衣を齧れば、ジンワリと油の香りが鼻に抜け、プリッとしたソーセージが弾けて旨味のある肉汁が染み出してくる。
「その浴衣、とっても似合ってるよ」
「嬉しいです……この柄、加賀さんが選んでくれたんですよ」
青や紫系統の色を華やかに重ねた、牡丹柄の浴衣を着ているサラトガ。
提督の言葉に、嬉しそうに頬を染めてはにかんでいる。
「提督ー! 聞いてくださいっ、ポーラが、ポーラがー!」
そんな良い雰囲気ブチ壊しで、イタリア重巡艦娘のザラが突入してくる。
どうせ、ポーラが泥酔したとか、そんな泣き言かと思ったのだが……。
「ポーラが、今日はお酒を控えるって言ってるんです!」
「はっ!?」
「あ、は~い。ポーラ、覚えましたよぉ~。アキマツリーは子供のためのお祭りで、今週の飲み会の本番はイモニーですよね? ポーラ、ちゃんと体調を整えてイモニーにもサンマツリーにも参加します♪」
言うとおり、確かにお酒を控えて(それでも水準以上の酔っ払った状態で)食材運びなどを手伝っているポーラ。
帯はほどけて浴衣がはだけ、大胆に下着を開けっ広げているのだが、そこはザラの評価ポイントではないらしい……。
「あー……うん、がんばってね」
確かに、今週の“飲み”の本番は芋煮会だ。
そして、その翌日からは怒涛の第三次秋刀魚漁が始まる。
「サンマツリー? 提督、もうすぐ何が始まるのですか?」
前々から何かを感じていたらしいサラトガから質問が上がるが……。
「ま、始まれば分かるよ」
「あ、提督……せっかく着付けた浴衣が……後にしてくださいねっ。お願いします」
まあ、今日もまたここの鎮守府は平和です。