ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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台風と芋煮会議

提督たちが鎮守府に帰って来た。

周囲には、たくさんの駆逐艦娘や潜水艦娘、海防艦娘たち。

提督たちにお土産話をせがみながら、わいわいと騒いでいる。

 

だが、無邪気に喜んでいられるのは子供たちだけ。

大人組は提督への挨拶もそこそこに、台風対策のために走り回っていた。

 

屋根に上って瓦を点検し、雨戸を補強し玄関のガラスにはシートを貼り、危険物や可燃物はしっかりと倉庫に。

雨どいやドブの落ち葉を取り除き、停電に備えて発電機や防災グッズを点検する。

 

畑や水田にも……気休め程度だが、台風対策を施す。

 

長門が妙に張り切っているが、夜に「ちょっと用水路の様子を見に」行かないように注意しようと、提督は心に決めた。

 

 

そんな台風対策の作業に参加しない者たちも、大事な会議を始める。

提督たちの周りの喧騒から離れた、大食堂の一角がその舞台。

 

「さて、能代も帰ってきたし。毎年恒例……来月の芋煮会、大鍋の味を決定するよ」

「芋の子会だけどね」

「鍋っ子の間違いでしょ?」

 

最上の言葉に、即座に反論する北上と能代。

そう、この地方の人々が愛する秋の風物詩、野外で里芋メインの鍋料理を食する宴会、芋煮会。

 

便宜的に、最も全国的にメジャーな山形の芋煮会という名前を使うが、北上や能代がそれぞれの郷土愛を発露したように、名称や調理方法にも地域差がある。

 

そして、その芋煮会のメインとなる一番大きい 直径2メートルの大鍋の調理権を賭けて、熱いバトルが繰り広げられるのも、この鎮守府の毎年の恒例行事。

 

 

「まずはボクからいくよ? 当然、味のベースは醤油だと思うんだけど!」

「はいっ」

「あり得ません、味噌です」

「お、お味噌……がいい……です」

「まだ初手だし保留」

「別にどっちでもいーよー」

「あたし的には……両方混ぜてもOKです」

 

それぞれ、最上、羽黒、鳥海、名取、能代、北上、阿武隈の発言。

醤油派2、味噌派2、中立3。

 

「お肉は……牛肉が……」

「遺憾ながら豚肉です」

「あの……ごめんなさい……豚さんです」

「鶏肉」

「あ、鶏いーねー」

「えーと……豚でいいんじゃないかなーって」

「豚肉でしょ?」

 

それぞれ、羽黒、鳥海、名取、能代、北上、阿武隈、最上の発言。

豚肉派4、鶏肉派2、牛肉派1。

 

「……最上さん、醤油同盟……維持のために牛肉にきて、くれませんか?」

「うっ……分かったよ、その代わり甘口の醤油はなしだよ?」

「最上さん、鶏肉に来てくれるなら醤油に一票入れますよ?」

「能代、悪いけど鶏肉はあり得ない」

 

「羽黒っち、あたしも鶏と鱈と貝も一緒に入れていいなら、牛肉派に移ってもいいよ?」

「そ、それは……」

「待って! 北上さんの寄せ鍋化を阻止できるなら、あたしが牛肉に移りますっ!」

「ちぇー」

 

最上と阿武隈が牛肉に移り、豚肉派2、鶏肉派2、牛肉派3。

 

こうして多数決で味や具を決めようとするのだが……。

 

「それでは、厚揚げの有無は?」

「こんにゃく入れていいですか?」

「きりたん……『ないわ!』」

「昆布と豆腐『ないわ!』」

「醤油と味噌を混ぜ『ないわ!』」

 

一通り、それぞれのこだわりを提案し、そして結局は絶対に相いれないのを確認して……。

 

「コホン……何でもよくない?」

『むっちゃんは黙ってて!』

 

芋煮空白地帯の青森代表・陸奥の仲裁を蹴って、ゲームで決着を着けるのが毎年恒例の流れになっている。

 

プレイするのは、手頃に短時間でプレイでき、単純なルールでありながら、思わぬ展開から様々な盛り上がりを生み出すカードゲームの傑作『ニムト』。

 

本当にルールは単純。

 

牛の頭の図柄に1~104の数字が書かれたカードを、プレイヤーにそれぞれ10枚ずつ配り、4枚を場に並べる。

 

例えば、場に「13、25、47、69」とカードが並んだとする。

 

プレイヤーは出す札を選び、それを一斉に公開する。

出されたカードは、数字が小さいものから順に、そのカードの数字より小さいもののうちで最大のものの後ろに置かれる。

 

例えば、最上が一番小さい数時15を出したら、13の後ろに置かれ、次に小さい数として能代が18を出していれば、最上の出した15の後ろに置かれる。

 

こうしてカードを置いていき、カードの列に6枚目のカードを置いてしまったプレイヤーは、その6枚目のカードを残して、列にある前のカード5枚を全て引き取らされる。

 

最終的に10枚の手札を出しきった時、引き取ったカードの点数が「最も少ない」プレイヤーが勝者となる。

 

ちなみに、すでに場に出ているカードより小さい数字のカードを出すと「任意」の列を引き取ってそのカードを場に残すことになるので、今の例のような場合に手札に一桁カードが来たならば、速攻で出して13の引き取りを目指すのも有効だ(ただし、同じことを考えた他のプレイヤーがより小さい数字を出しているかもしれないが)。

 

今回のように7人もプレイヤーがいれば、カードの列は思いがけない変化を繰り返し、そこにドラマが生まれていく。

 

「ああっ、もうこの列5枚になっちゃったよ!」

「名取ちゃん、いきなり104出すなんてエグイ。ここ、もう置けないよぉ」

「私の計算では……こんな事あり得ない…!」

「いやいや、鳥海っちの計算は霧島さんぐらいよく外れるじゃん」

 

ギャーギャーと騒がしい喧騒に、提督は「我が家」に帰ってきたことを実感する。

熱々のご飯に、納豆、卵、海苔、豆腐とワカメの味噌汁という、久しぶりの「我が家の味」を楽しんでいた。

 

懐かしく感じる醤油と味噌の香りに、ご飯がどんどんすすむ。

 

「卵かけご飯、美味しいですって!」

「ん……それと、カレーも貰えるかしら?」

「リベ、ラーメンが食べたいっ!」

 

ろーちゃんやローマ、リベッチオ、旅行に同行していた海外艦も、「我が家の味」を堪能している。

 

はてさて、今年の芋煮会の大鍋は、どんな味になるんだろうか。


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